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一章 春を告げる黄金

春を告げる黄金 四話

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 友との苦い衝突を話し、イジスは息を吐いた。

 ただ話しただけだというのにひど気怠けだるい。

(まるで強力な魔法を使った後のようだ。魔力が足りない)

 花染はなそめ屋はイジスの顔を見つめた後、席を立とうとした。

「お茶が冷めてしまいましたね。新しい物を用意します」

「いえ、どうかお構いなく。続きを語らせて下さい」

「……わかりました。お好きになさってください」

 イジスは頷き、すっかり冷めてしまった茶で喉を潤してから続けた。

「私はバンスと話した翌朝、休暇を申請しました。ラリアの件に集中するためと、魔道具を手に入れるためです。
……私には、心当たりがありました。」

 イジスは、今から七日前の出来事を思い浮かべた。


◆◆◆◆◆



(あそこしか無い)

 上司から休暇をもぎ取り、そのまま王都を歩く。大通りからそれて細く複雑な道を行く。

 王都の中でも移民の多い区域に入りしばらくして、目的地に着いた。どっしりとした石造りの建物だ。

 看板には【古道具の迷宮】と書いてあり、細々とした建物がひしめく通りにあって一際存在感を放っている。ここは、魔法使いにとって、知る人ぞ知る店だ。
 イジスは開け放たれた入り口から中に入った。
 増改築を繰り返したのだろう。見た目より中は広く複雑で、ありとあらゆる古道具が所狭しと並べられている。
 分類はあまりされていない。鉄の大鍋の上にほうきの束が吊るされていたり、薬研やっけんの横に花瓶が置いてあったりする。

 そして、古魔道具も混じっている。

 こういった店に流れてくる古魔道具は使えないと相場が決まっているが、ここには使える良品も混じっている。上手く探し出せば、古魔道具専門店より良い物を見つけれる。

『おや、お久しぶりですね。まあ、見ていって下さいよ』

 店主はカウンターの中から慇懃いんぎんに、こちらを小馬鹿にした様子で声をかけた。
 眼鏡をかけた、どこか気品がある男だ。
 年齢は四十代くらいだろうか。白髪混じりの灰色の髪と似たような色の目をしている。移民かその子孫なのだろう。フリジア王国では、黒髪と灰色の髪と目は珍しい。
 この店主は、常連以外を歓迎しない。新参者にはそれらしいことを言って、まるで自分の意志で退店したかのように追い出す。
 まだ通いだして半年も経たないイジスもそう扱われている。それでも、長時間ねばって様々な古道具を探してはながめるのが楽しみだった。

 だが、今回はそうもいかない。

 イジスはカウンターの前まで歩み、口火を切った。

『店主殿。不躾ぶしつけとは思うが、癒しの魔道具を購入させて頂きたい』

『はあ?いきなりなんですか?勝手に探して下さいよ』

 店主の口調はそっけなく冷たいが、イジスは引き下がらなかった。友人が魔物である雪影女王スノウシャドウクイーンに襲われ、【雪の眠り】によって目覚めない。
 その為に最上級治癒魔法が使える魔道具が必要だと説明した。店主は眉をひそめる。

『それはお気の毒ですが、ここには大層な魔道具なんてありま……』

『店頭ではなく、奥にある特別な古魔道具だ。言い値で買う。どうか購入させて欲しい』

『っ!それを何処で聞いたんですか?』

 常連の一人から聞いた。店の奥には、新品同然の古魔道具が大量にあると。その常連は両親の知己で、嘘をつく人物ではない。

『あー、あの爺さんか。見込みある奴に教えといたっつってたな。チッ!仕方ねえ』

 店主はガラリと気配を変えて毒づき、カウンターから出た。

『けど悪いな。いま奥にある古魔道具は売約済みだ』

『そんな!どうにかならないのか!』

『まあ待て』

 店主は魔道具だらけの店内を泳ぐように進み、ぎゅうぎゅうに詰まった棚の中から古ぼけた杖を取り出した。

『代わりにこれを売ってやる。来歴のしっかりした古魔道具だ。【黄金の慈悲】という』

 差し出された白茶けた杖は、確かに良い古魔道具だった。複数の魔獣の牙と骨で出来ているのだろう。手触りは滑らかで細かい彫刻を施されている。しかし。

『魔法の気配が薄い。低級、中級の治癒魔法なら使えるかもしれないが、それ以上は……』

『ああ、このままじゃだめだ。染魔せんまし直してやらないとな』

『それは不可能だ。貴方もわかっているだろう!』

『……お前さん、花染はなそめ屋って聞いたことあるか?』

 聞き覚えがあった。静寂の森の中に染魔せんまが出来る魔法使いがいると。

『まさか、ただの噂ではないのか?』

『ああ、噂なんかじゃねえ』

 店主は意味ありげに笑い、花染はなそめ屋について詳しく説明してくれた。にわかには信じがたい話だ。

(そんな魔法使いが実在するとして、国が放置しておくか?やはり、ただの噂じゃないか?)

 イジスのためらいを察したのだろう。店主は真顔になった。

『流れの魔法使いにすがるんだ。宮廷魔法使いの威信いしんに関わる。例え周りに知られなくてもだ。なあ、お前さん。やめておくか?……それでも、やるか?』

「っ!」

 宮廷魔法使いの誇りを逆撫でられて、グッと息が詰まる。
 意識しないようにしていたが、イジスはずっと悔しかった。自分は魔法局所属の宮廷魔法使いだというのに、幼馴染一人助けられない。こうやって、真偽のあやしい噂にすがるしかない。
 しかし。

『私は、それでもラリアを救いたい』

 イジスのほこりも意地も、ラリアの命に比べれば軽いのだから。

『全て覚悟の上だ。未熟な私は、私が出来ることをするまでだ。どうか【黄金の慈悲】を売って頂きたい』

『おう。売ってやろう』

 店主の顔がほころぶ。初めて見た、冷ややかでも嫌味でもない笑顔だった。

 イジスは代金を渡して、【黄金の慈悲】を受け取った。

花染はなそめ屋に会う手順は、さっき言った通りだ。後は魔法植物の用意だな。これも条件があるから書いてやる。後はお前さん次第だ』

『ありがとう。恩に着る。今後、私で力になれることがあれば何でも言って欲しい』

 イジスは最敬礼で頭を下げた。

『おい!男爵様が軽々しく頭を下げるな!』

『感謝と敬意を伝えたかったのだが、不快だろうか?』

『不快じゃねえけどよ……はあ……お前さん、前々から知ってたけどクソ真面目だなあ。どうも素直すぎるし、魔法以外は色々と鈍感だし、宮廷魔法使いとしてやっていけてるのか?……いや、俺には関係ねえ。もういいから、さっさと行けよ』

 イジスは素直に店を後にした。しばらくして、店主はなぜ自分の職業や身分などを詳しく知っていたのか疑問におもったが、とりあえず頭から振り払う。

 急がなければならない。

『次は、あいつを探さないと』
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