5 / 68
一章 春を告げる黄金
春を告げる黄金 四話
しおりを挟む
友との苦い衝突を話し、イジスは息を吐いた。
ただ話しただけだというのに酷く気怠い。
(まるで強力な魔法を使った後のようだ。魔力が足りない)
花染め屋はイジスの顔を見つめた後、席を立とうとした。
「お茶が冷めてしまいましたね。新しい物を用意します」
「いえ、どうかお構いなく。続きを語らせて下さい」
「……わかりました。お好きになさってください」
イジスは頷き、すっかり冷めてしまった茶で喉を潤してから続けた。
「私はバンスと話した翌朝、休暇を申請しました。ラリアの件に集中するためと、魔道具を手に入れるためです。
……私には、心当たりがありました。」
イジスは、今から七日前の出来事を思い浮かべた。
◆◆◆◆◆
(あそこしか無い)
上司から休暇をもぎ取り、そのまま王都を歩く。大通りからそれて細く複雑な道を行く。
王都の中でも移民の多い区域に入りしばらくして、目的地に着いた。どっしりとした石造りの建物だ。
看板には【古道具の迷宮】と書いてあり、細々とした建物がひしめく通りにあって一際存在感を放っている。ここは、魔法使いにとって、知る人ぞ知る店だ。
イジスは開け放たれた入り口から中に入った。
増改築を繰り返したのだろう。見た目より中は広く複雑で、ありとあらゆる古道具が所狭しと並べられている。
分類はあまりされていない。鉄の大鍋の上に箒の束が吊るされていたり、薬研の横に花瓶が置いてあったりする。
そして、古魔道具も混じっている。
こういった店に流れてくる古魔道具は使えないと相場が決まっているが、ここには使える良品も混じっている。上手く探し出せば、古魔道具専門店より良い物を見つけれる。
『おや、お久しぶりですね。まあ、見ていって下さいよ』
店主はカウンターの中から慇懃に、こちらを小馬鹿にした様子で声をかけた。
眼鏡をかけた、どこか気品がある男だ。
年齢は四十代くらいだろうか。白髪混じりの灰色の髪と似たような色の目をしている。移民かその子孫なのだろう。フリジア王国では、黒髪と灰色の髪と目は珍しい。
この店主は、常連以外を歓迎しない。新参者にはそれらしいことを言って、まるで自分の意志で退店したかのように追い出す。
まだ通いだして半年も経たないイジスもそう扱われている。それでも、長時間ねばって様々な古道具を探してはながめるのが楽しみだった。
だが、今回はそうもいかない。
イジスはカウンターの前まで歩み、口火を切った。
『店主殿。不躾とは思うが、癒しの魔道具を購入させて頂きたい』
『はあ?いきなりなんですか?勝手に探して下さいよ』
店主の口調はそっけなく冷たいが、イジスは引き下がらなかった。友人が魔物である雪影女王に襲われ、【雪の眠り】によって目覚めない。
その為に最上級治癒魔法が使える魔道具が必要だと説明した。店主は眉をひそめる。
『それはお気の毒ですが、ここには大層な魔道具なんてありま……』
『店頭ではなく、奥にある特別な古魔道具だ。言い値で買う。どうか購入させて欲しい』
『っ!それを何処で聞いたんですか?』
常連の一人から聞いた。店の奥には、新品同然の古魔道具が大量にあると。その常連は両親の知己で、嘘をつく人物ではない。
『あー、あの爺さんか。見込みある奴に教えといたっつってたな。チッ!仕方ねえ』
店主はガラリと気配を変えて毒づき、カウンターから出た。
『けど悪いな。いま奥にある古魔道具は売約済みだ』
『そんな!どうにかならないのか!』
『まあ待て』
店主は魔道具だらけの店内を泳ぐように進み、ぎゅうぎゅうに詰まった棚の中から古ぼけた杖を取り出した。
『代わりにこれを売ってやる。来歴のしっかりした古魔道具だ。【黄金の慈悲】という』
差し出された白茶けた杖は、確かに良い古魔道具だった。複数の魔獣の牙と骨で出来ているのだろう。手触りは滑らかで細かい彫刻を施されている。しかし。
『魔法の気配が薄い。低級、中級の治癒魔法なら使えるかもしれないが、それ以上は……』
『ああ、このままじゃだめだ。染魔し直してやらないとな』
『それは不可能だ。貴方もわかっているだろう!』
『……お前さん、花染め屋って聞いたことあるか?』
聞き覚えがあった。静寂の森の中に染魔が出来る魔法使いがいると。
『まさか、ただの噂ではないのか?』
『ああ、噂なんかじゃねえ』
店主は意味ありげに笑い、花染め屋について詳しく説明してくれた。にわかには信じがたい話だ。
(そんな魔法使いが実在するとして、国が放置しておくか?やはり、ただの噂じゃないか?)
イジスのためらいを察したのだろう。店主は真顔になった。
『流れの魔法使いにすがるんだ。宮廷魔法使いの威信に関わる。例え周りに知られなくてもだ。なあ、お前さん。やめておくか?……それでも、やるか?』
「っ!」
宮廷魔法使いの誇りを逆撫でられて、グッと息が詰まる。
意識しないようにしていたが、イジスはずっと悔しかった。自分は魔法局所属の宮廷魔法使いだというのに、幼馴染一人助けられない。こうやって、真偽のあやしい噂にすがるしかない。
しかし。
『私は、それでもラリアを救いたい』
イジスの誇りも意地も、ラリアの命に比べれば軽いのだから。
『全て覚悟の上だ。未熟な私は、私が出来ることをするまでだ。どうか【黄金の慈悲】を売って頂きたい』
『おう。売ってやろう』
店主の顔がほころぶ。初めて見た、冷ややかでも嫌味でもない笑顔だった。
イジスは代金を渡して、【黄金の慈悲】を受け取った。
『花染め屋に会う手順は、さっき言った通りだ。後は魔法植物の用意だな。これも条件があるから書いてやる。後はお前さん次第だ』
『ありがとう。恩に着る。今後、私で力になれることがあれば何でも言って欲しい』
イジスは最敬礼で頭を下げた。
『おい!男爵様が軽々しく頭を下げるな!』
『感謝と敬意を伝えたかったのだが、不快だろうか?』
『不快じゃねえけどよ……はあ……お前さん、前々から知ってたけどクソ真面目だなあ。どうも素直すぎるし、魔法以外は色々と鈍感だし、宮廷魔法使いとしてやっていけてるのか?……いや、俺には関係ねえ。もういいから、さっさと行けよ』
イジスは素直に店を後にした。しばらくして、店主はなぜ自分の職業や身分などを詳しく知っていたのか疑問におもったが、とりあえず頭から振り払う。
急がなければならない。
『次は、あいつを探さないと』
ただ話しただけだというのに酷く気怠い。
(まるで強力な魔法を使った後のようだ。魔力が足りない)
花染め屋はイジスの顔を見つめた後、席を立とうとした。
「お茶が冷めてしまいましたね。新しい物を用意します」
「いえ、どうかお構いなく。続きを語らせて下さい」
「……わかりました。お好きになさってください」
イジスは頷き、すっかり冷めてしまった茶で喉を潤してから続けた。
「私はバンスと話した翌朝、休暇を申請しました。ラリアの件に集中するためと、魔道具を手に入れるためです。
……私には、心当たりがありました。」
イジスは、今から七日前の出来事を思い浮かべた。
◆◆◆◆◆
(あそこしか無い)
上司から休暇をもぎ取り、そのまま王都を歩く。大通りからそれて細く複雑な道を行く。
王都の中でも移民の多い区域に入りしばらくして、目的地に着いた。どっしりとした石造りの建物だ。
看板には【古道具の迷宮】と書いてあり、細々とした建物がひしめく通りにあって一際存在感を放っている。ここは、魔法使いにとって、知る人ぞ知る店だ。
イジスは開け放たれた入り口から中に入った。
増改築を繰り返したのだろう。見た目より中は広く複雑で、ありとあらゆる古道具が所狭しと並べられている。
分類はあまりされていない。鉄の大鍋の上に箒の束が吊るされていたり、薬研の横に花瓶が置いてあったりする。
そして、古魔道具も混じっている。
こういった店に流れてくる古魔道具は使えないと相場が決まっているが、ここには使える良品も混じっている。上手く探し出せば、古魔道具専門店より良い物を見つけれる。
『おや、お久しぶりですね。まあ、見ていって下さいよ』
店主はカウンターの中から慇懃に、こちらを小馬鹿にした様子で声をかけた。
眼鏡をかけた、どこか気品がある男だ。
年齢は四十代くらいだろうか。白髪混じりの灰色の髪と似たような色の目をしている。移民かその子孫なのだろう。フリジア王国では、黒髪と灰色の髪と目は珍しい。
この店主は、常連以外を歓迎しない。新参者にはそれらしいことを言って、まるで自分の意志で退店したかのように追い出す。
まだ通いだして半年も経たないイジスもそう扱われている。それでも、長時間ねばって様々な古道具を探してはながめるのが楽しみだった。
だが、今回はそうもいかない。
イジスはカウンターの前まで歩み、口火を切った。
『店主殿。不躾とは思うが、癒しの魔道具を購入させて頂きたい』
『はあ?いきなりなんですか?勝手に探して下さいよ』
店主の口調はそっけなく冷たいが、イジスは引き下がらなかった。友人が魔物である雪影女王に襲われ、【雪の眠り】によって目覚めない。
その為に最上級治癒魔法が使える魔道具が必要だと説明した。店主は眉をひそめる。
『それはお気の毒ですが、ここには大層な魔道具なんてありま……』
『店頭ではなく、奥にある特別な古魔道具だ。言い値で買う。どうか購入させて欲しい』
『っ!それを何処で聞いたんですか?』
常連の一人から聞いた。店の奥には、新品同然の古魔道具が大量にあると。その常連は両親の知己で、嘘をつく人物ではない。
『あー、あの爺さんか。見込みある奴に教えといたっつってたな。チッ!仕方ねえ』
店主はガラリと気配を変えて毒づき、カウンターから出た。
『けど悪いな。いま奥にある古魔道具は売約済みだ』
『そんな!どうにかならないのか!』
『まあ待て』
店主は魔道具だらけの店内を泳ぐように進み、ぎゅうぎゅうに詰まった棚の中から古ぼけた杖を取り出した。
『代わりにこれを売ってやる。来歴のしっかりした古魔道具だ。【黄金の慈悲】という』
差し出された白茶けた杖は、確かに良い古魔道具だった。複数の魔獣の牙と骨で出来ているのだろう。手触りは滑らかで細かい彫刻を施されている。しかし。
『魔法の気配が薄い。低級、中級の治癒魔法なら使えるかもしれないが、それ以上は……』
『ああ、このままじゃだめだ。染魔し直してやらないとな』
『それは不可能だ。貴方もわかっているだろう!』
『……お前さん、花染め屋って聞いたことあるか?』
聞き覚えがあった。静寂の森の中に染魔が出来る魔法使いがいると。
『まさか、ただの噂ではないのか?』
『ああ、噂なんかじゃねえ』
店主は意味ありげに笑い、花染め屋について詳しく説明してくれた。にわかには信じがたい話だ。
(そんな魔法使いが実在するとして、国が放置しておくか?やはり、ただの噂じゃないか?)
イジスのためらいを察したのだろう。店主は真顔になった。
『流れの魔法使いにすがるんだ。宮廷魔法使いの威信に関わる。例え周りに知られなくてもだ。なあ、お前さん。やめておくか?……それでも、やるか?』
「っ!」
宮廷魔法使いの誇りを逆撫でられて、グッと息が詰まる。
意識しないようにしていたが、イジスはずっと悔しかった。自分は魔法局所属の宮廷魔法使いだというのに、幼馴染一人助けられない。こうやって、真偽のあやしい噂にすがるしかない。
しかし。
『私は、それでもラリアを救いたい』
イジスの誇りも意地も、ラリアの命に比べれば軽いのだから。
『全て覚悟の上だ。未熟な私は、私が出来ることをするまでだ。どうか【黄金の慈悲】を売って頂きたい』
『おう。売ってやろう』
店主の顔がほころぶ。初めて見た、冷ややかでも嫌味でもない笑顔だった。
イジスは代金を渡して、【黄金の慈悲】を受け取った。
『花染め屋に会う手順は、さっき言った通りだ。後は魔法植物の用意だな。これも条件があるから書いてやる。後はお前さん次第だ』
『ありがとう。恩に着る。今後、私で力になれることがあれば何でも言って欲しい』
イジスは最敬礼で頭を下げた。
『おい!男爵様が軽々しく頭を下げるな!』
『感謝と敬意を伝えたかったのだが、不快だろうか?』
『不快じゃねえけどよ……はあ……お前さん、前々から知ってたけどクソ真面目だなあ。どうも素直すぎるし、魔法以外は色々と鈍感だし、宮廷魔法使いとしてやっていけてるのか?……いや、俺には関係ねえ。もういいから、さっさと行けよ』
イジスは素直に店を後にした。しばらくして、店主はなぜ自分の職業や身分などを詳しく知っていたのか疑問におもったが、とりあえず頭から振り払う。
急がなければならない。
『次は、あいつを探さないと』
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる