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一章 春を告げる黄金

春を告げる黄金 三話

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 その日。ラリアたちは野営していた。
 冒険者の中で最も斥候せっこうに優れている男が、最適な場所を選んでいた。しかし、男は疲労からか雪影女王スノウシャドウクイーンの前兆を見落としていたのだ。

(もし、見落としてなければ……ラリアは)

 イジスは唇を噛んだ。

「雪影女王の前兆は、青白い水晶に似た溶けぬ雪片です。風に混じるそれを見落とした結果、ラリアたちは雪影女王に襲われてしまいました」

 現れたのはたった一体だが、強烈な雪嵐、生命力を吸い上げる力、そして魔物ゆえに物理攻撃が効かないため厳しい戦いとなる。
 冒険者たちの奮闘のお陰で巣に連れ去られた者はいない。死者もいない。だが、怪我人が出てしまった。

 最も重症なのは、雪影女王によって仮死状態にされたラリアだ。部下と共に馬車の中にいたのだが、激しい戦闘の末に雪影女王に入り込まれてしまった。
 雪影女王はまずラリアの部下を襲った。

「ラリアは責任感の強い人です。部下をかばったため、雪風女王に襲われて仮死状態になってしまいました」

 この仮死状態は【雪の眠り】と呼ばれ、最上級治癒魔法でしか治せない。
 そこまでの治癒魔法を受けれるのは、今のフリジア王国では王族かそれに近しい貴族だけだ。このままでは、ゆるやかな死を受け入れるしかない。

「今から十日前。ラリアの家族は私にすがりました」

 宮廷魔法使いイジス・エフォートが最も得意とする魔法こそが、治癒魔法だ。
 二年前。その力を遺憾なく発揮し、大病を患った第三王女を治療したのもイジスである。そのような功績があったからこそ、平民出でありながら男爵位に陞爵されたのだ。

 だが【雪の眠り】を治療できるのは最上級治癒魔法のみ。宮廷から支給されるレベルの魔道具なしには発動できない。支給の魔道具は、任務以外で使えば厳しく罰せられる。
 平民であるラリアのために使うなど不可能だ。強力なコネがあれば別かもしれないが。

 しかし、どこで情報を得たのかある人物……イジスの同僚であり友人のバンスロット・プライディア子爵が、自分の実家にある魔道具を貸すと言いだした。

「驚きました。私は、バンスに何も言っていませんでしたから」



◆◆◆◆◆



 今から八日前のことだ。イジスは終業後、ラリアの元に行こうとしていた。見舞いと、気休め程度だが治癒のためだ。
 魔道具なしだから低級治癒魔法しかかけれないが、かけてやると少しだけだが顔色が良くなる。魔法をかけながら、何か手はないか考えるつもりだった。

『イジス、来てくれ』

 しかし、宮廷から出る前にバンスに捕まる。バンスはイジスを自分の馬車に乗せ、自分の邸宅に連れて行った。
 イジスはあっという間に応接室に通され、バンスと机を挟んで向き合った。当惑していると、バンスは人払いしたのちラリアの件を知っていると言った。かなり驚いた。

『バンス、何故それを知っているんだ?』

 ラリアは表向き仕入れ旅に出ていることになっている。真実を知るのは、ラリアの両親をはじめリュトン商会のごく一部、護衛した冒険者たち、そしてラリアに仕入れを依頼した貴族だけのはずだ。

(いくらバンスが俺と違い、貴族らしい権謀術数けんぼうじゅっすうと情報収集に長けているとはいえ不自然だ)

『そんなことはどうでもいいだろう。それより、癒しの魔道具を手に入れなければならない。違うかい?』

『あ、ああ。その通りだ。何か策があるのか?』

 バンスは力強く頷いた。

『フィランスの【慈悲の杖】を用意する。私なら可能だ』

【慈悲の杖】は、バンスの実家であるフィランス侯爵家が所有する有名な癒しの魔道具だ。
 たしかに、【慈悲の杖】があれば問題ないだろう。

『イジス、私は君の友人だ。君の大切な人であるラリア嬢とも、友人になりたいと思っている。私は君たちの力になりたいんだ』

 誠実な声だ。本気で言っているのだろう。平民を見下しがちなバンスだが、能力を認めた者に対しては寛容で庇護したがる。ラリアに対しても、初対面以降は態度も緩和していた。

『バンス、しかし……』

 だがイジスは、申し出を受けることを躊躇した。理由は二つだ。
 一つ目の理由はわかりやすい。【慈悲の杖】は、かつて王家からフィランス侯爵家に下賜された家宝だ。
 当然、当主であるバンスの父フィランス侯爵の許可なく持ち出すことはできない。
 魔道具は使えば使うほど劣化する。いくら実の息子に言われたとしても、フィランス侯爵が許可するはずもない。

 だが、バンスはとんでもないことを言い出した。

『私が持ち出せばバレない。宝物庫の場所はわかっているし、私の力なら開錠できる』

『馬鹿を言うな!』

 露見すれば、イジスはもとよりバンスも無事では済まない。

『大体、君はフィランス家を継ぐのが夢なんだろう?現当主と対立しかねない行動は慎むべきだ』

 フィランス侯爵家は、二代前までは魔法使いの名家だった。代々宮廷魔法使いを輩出していたが、魔法使いが産まれなくなっていた。バンスは、一族で久しぶりに産まれた魔法使いだ。
 周りの期待を背負って育った彼は、幼い頃から自分がフィランス侯爵家を継いで魔法使いの名家として復活させることが夢だった。

『それなのに……駄目だ。バンス』

 バンスは顔を曇らせつつも、覚悟の上だと言う。

『終わった夢だ。父上……いや、フィランス侯爵閣下は、兄上を当主にすると決めている。私は期待外れだったのだろう。その証拠に、私は本家を出されている。爵位は与えられてはいるが、贈与された財産は微々たるものだ』

『バンス、それはお父上から直接聞いたことなのか?思い込みでは……』

『……私のことはいい。イジス、任せてくれるな?一刻の猶予ゆうよもないぞ』

 その通りだ。雪影女王の【雪の眠り】は、半月以上経つと手遅れになる。

『いいや、駄目だ』

 だが、イジスは首を横に振った。バンスとフィランス侯爵を対立させるような真似はしたくない。

 さらに、もう一つ理由がある。

 この理由は、やや曖昧あいまいだ。ただの勘と言っていい。だが。

(ラリアはバンスに借りを作るのを許さない。絶対に)

 ラリアの野望は大商人になること。貴族を後ろ盾にするならともかく、大きすぎる借りを作るのを望まない。
 それに、ラリアはバンスに対して思うところがある様子だった。
 それはイジスも同じだ。

(気持ちはありがたい。同僚としても友人としても信頼している。だが、いち早く情報をつかんだことといい引っかかる……)

 バンスは悪い奴ではない。イジスたち下級貴族に宮廷の慣習や礼儀を教えてくれたり、他部署への根回しを引き受けるなど、面倒見がよく世話好きな所もある。

 だがしかし、見下している相手には冷淡だ。高位貴族らしい傲慢ごうまんさもある。

 バンスはラリアと初めて会った時『君、立場を弁えなよ。イジスは下位とはいえ貴族になったんだ。平民風情が気安く話しては彼の品位を下げる』と言って激怒させた。
 イジスが暴言に抗議したので改めたし、優秀な商人だと知ってからは敬意を表していたが……。

(本当に、平民のラリアを助けるためにここまでするか?)

 イジスが様々な想いを錯綜さくそうさせていると、バンスはじれた様子で机を叩いた。

『イジス!なにをためらっている!まさか彼女を救いたくないのか!』

『それは違う!だが!……バンス、申し出はありがたいが受けることは出来ない』

 イジスは席を立ち、邸宅を後にした。

『イジス!考えなおせ!ラリア嬢を救うにはこれしかないんだぞ!』

 友の声がどこまでも追いかけてきたが、一度も振り返らなかった。
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