半魔の勇者は第三王子を寵愛する

花房いちご

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私たち結婚しました

私たち結婚しました【5】

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「ルナルシオン殿下は、もうギリク語とラスパニア語を話せるのですか」

 ルナルシオンは並外れて聡明だ。特に語学と歴史学に堪能で、十二歳を超える頃には数ヶ国語を話し、古書をすらすらと読むことが出来た。才能だけでなく努力の賜物である。

「うん。私は魔術も武術も才能がないから、これくらいは出来ないと駄目だもの」

「立派なお志ですが、ご自分を駄目だなどと仰らないで下さい。ルナルシオン殿下は素晴らしいお方です」

「ダガン……ありがとう。実はね、君が遠い国の話や昔話を教えてくれたから勉強に興味を持てたんだ」

「ルナルシオン殿下……光栄です。それはそうと、乗馬の練習や剣の練習もしっかりなさって下さいね」

「え?今の流れで?ふふ。わかってる。ちゃんとするよ」

 その後、ダガンは四十二歳で子爵となった。これは、月花離宮げっかりきゅうに居を移すルナルシオンの護衛騎士に任命するためであった。ルナルシオンの強い希望であり、ダガンにとっても嬉しい命令で、二人は穏やかに過ごしていた。
 しかし、ダガンが四十五歳の時に『勇者のしるし』が現れてしまう。『勇者のしるし』は魔王が誕生、あるいは復活した瞬間、最も勇者に相応しい者の額に現れる。魔王は魔族と魔物を大量に発生させ、支配し、人類を脅かす存在だ。速やかに倒さねばならない。こうして、ダガンは魔王討伐のため旅立たねばならなくなった。
 ルナルシオンの元を去るのは辛かったが、それ以上に奮起ふんきしていた。魔王を倒す。ルナルシオンのいるローゼラント王国を守り、その笑顔と幸福を見守るために……。

 ◆◆◆◆◆◆

 そこまで思い出し、ダガンは「あれ?」と、違和感を抱いた。バルドレッドも首を傾ける。

「おめえ、そんなにうちの子が好きだったの?」

 ダガンはその場で飛び上がった。衝撃で椅子が後ろに倒れるが、お構いなしに叫んだ。

「いやいや!好きというかだな!見守ってただけだ!」

 バルドレッドは何かを諦めたような、納得したような顔になった。

「そうだよなぁー。ステラリリスとの縁談を断るにしても、女避けに男好きのふりをするにしても、わざわざルナルシオンを持ち出すのはおかしかったよなぁー。無自覚か、そうか……」

「何言ってんだお前!違う!そんなんじゃねえ!」

 ダガンはお高いテーブルを叩いて否定した。が、バルドレッドは生温かい眼差しで肩を叩いた。ポンポンと、なだめるように。

「うん、おめえは今まで恋なんかしてこなかったもんな。わからないよな」

「な、なんだよ」

 ダガンは身を引こうとした。が、バルドレッドの指が肩に食い込み阻まれる。ギシリと嫌な音が立った。

「ルナルシオンとおめえのためだ。あきらめて初恋を受け入れろ」

 こうして、勇者ダガンは速やかに月花離宮げっかりきゅうに放り込まれた。

 ◆◆◆◆◆◆

 ダガンが月花離宮げっかりきゅうの門をくぐると、五十名をこえる家臣たちが整列して出迎えた。執事が代表して挨拶する。

「勇者ダガン様。この度のルナルシオン殿下とのご成婚と、ご無事のご帰還を心からお喜び申し上げます。まずはごゆるりとお過ごしください」

「ああ……」

 ダガンは居た堪れなかった。とはいえ、久しぶりに会うルナルシオンの執事たちに不満があるわけではない。彼らは最初こそダガンを警戒していたが、すぐに信頼しあえた大事な同僚だ。事実、彼らの目には安堵と親しみがある。
 居た堪れないのは月花離宮げっかりきゅうそのもののせいだった。月花離宮げっかりきゅうは王都郊外の森の側にあり、ルナルシオンの生活と研究と研究のための施設である。ダガンも、護衛騎士として五年前まではここに通ってはいた。が、暮らすとなると別だ。元は数代前の寵姫のために作られたとあって、外観も内装もきらびやか過ぎるのだ。落ち着かない。
 しかし、中に入って驚いた。外観はともかく内装は記憶と違ったのだ。記憶では、壁も調度品もド派手な目に痛い仕様だった。
 が、今は違う。壁はオフホワイトで統一され、調度品も高級感がありつつも落ち着いたデザイン。かつて散りばめられていた宝石の代わりのように花が生けられているが、目に優しい色合いだ。
 ダガンはなにも言わなかったが、執事は察したのだろう。

「ルナルシオン殿下が指示されました。ダガン様が落ち着かれるようにと」

「そうか……」

 昔からそういう気遣いのできる少年だったと納得したが。

「いや待て。おかしくないか?俺がここに来るのは今日決まったことだぞ」

 すると、執事は遠い目になった。
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