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【1】偽り聖女の罪★
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「聖女様」
そう呼ばれることが何よりも嫌いだった。自分の罪を宣告されているようで、呼びかけられるたびに胸が締め付けられていく。上手く息を吸えず、曖昧に微笑むことにさえ苦しさを感じていた。
聖女――
それはきっと気高く高潔で、心の清らかな人。誰にでも分け隔てなく優しくて、自分のことよりも他者の幸せを願える人。多くの人から愛されて慕われ、敬われる曇りのない乙女。人を救い、国を救い、導きながらも決して見返りを求めることのない慈愛に満ちた人。
教養の多くはない少女にも聖女のなんたるかはぼんやりと理解することができた。それはきっと英雄のような存在で、そうして尽くす姿に民衆は胸を打たれるのだろう。
だからこそ、甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いてくれる彼女たちも口を揃えて聖女を称える。
「聖女様は本当にご立派な方ですね」
止めて。そう叫びそうになる。
「聖女様のおかげで両国は平和を取り戻したのでしょう」
止めて。その偉業を成し遂げたのは『私』ではない。
「聖女様、本日のお召し物はいかがされますか?」
お姫様のように世話を焼かれ、石壁に囲われた塔に閉じ込められ、今日も『私』は聖女と呼ばれている。
偽りの名、偽りの経歴、偽りの身分。偽りだらけで構成された現在の『私』は一体誰なのだろう。
一つだけ確かなことがあるのなら、自分は聖女とは似ても似つかない人間なのだと思う。本当の聖女なら、誰かを騙し続けることを受け入れたりはしなかっただろう。いつか彼らの信頼を裏切ることもない。
ああ、でも……
そこまで考えて、『私』は皮肉を込めて笑った。所詮は聖女もただの人間であると、『私』は知ったのだ。聖女という存在が偶像であるからこそ『私』はここにいる。
どこか諦めたような感情を抱えながら『私』は世話役たちに笑みを返した。この世に無欲な人間など存在しないのだと、いっそ伝えてしまいたかった。
なんて裏切りだろう。聖女は尊くて気高い人なのに、決して私欲を優先したりはしないのに。そのせいで『私』は『私』ではなくなってしまった。
だから、だから……『私』は今日も聖女と呼ばれている。
けれど少なくとも彼だけは、『私』を名前で呼んでくれる人だった。
もっともそれすら偽りの名ではあるけれど……。
「リエーベル」
労るように、慈しむように、その名が紡がれる。本当の自分ではない、かつて真に聖女として崇められていた人の名前を、愛しい彼が呼んでいる。甘く囁かれると『私』がリエーベルという名の聖女になったことを直接身体に教え込まれているようだった。
「ねえ、リエーベル」
普段なら躊躇うことなく返事をしていたと思う。けれど行為の最中は、どうしても素直に頷くことが難しい。
だってそれは『私』のことではないから。
ほんのささやかな反抗だった。喉まで出かかった想いを彼は知らないだろうし、知らないままでいてほしい。
激しい責め苦が止んでいることに気づいたリエーベルはきつく閉じていた瞼を開く。組み敷かれたままに見上げたその人は、愛おしそうにまたその名を紡いだ。
「アロイス様……?」
リエーベルは偽りの名を受け入れて恋人の名を呼んだ。それがリエーベルという女性を愛してくれた彼への裏切りであろうとも、そうすることしか出来ない無力さを噛みしめようと、あと少しだけは夢を見ていたかった。
見上げた眼差しの先で、アロイスは困ったように微笑んでいた。美しい金の髪は汗に濡れ乱れている。つい先ほどまでは情欲に濡れていたはずの瞳はいつのまにか同情を買うような切なさに揺れていた。
「俺に声を聞かせるのはそんなに嫌?」
咎めるようなアロイスの指先が薄く開いたリエーベルの唇をなぞる。美しい顔に困ったような微笑みは大層魅力的であった。きっとアロイスは自身の魅力をわかった上で有効に活用しようと動いている。そうでなければとんでもないとリエーベルは白旗を挙げそうだ。
「いや、ではありませんが……」
「ねえ――」
強請るようにアロイスは止まっていた律動を再開させる。
「ひぃあ!?」
少しの刺激でさえ、彼の手によって散々乱されていた身体は簡単に快楽を拾い上げた。唇を噛んで耐えようとしたけれど、続けざまにいい所を刺激されては我慢が利かない。
「あ、やっ、待って……そんな、あ!」
涙にぬれた弱々しい自分の声も大嫌いだ。聖女なら、どんな時でも毅然としているのだろう。けれどさすがに、行為の最中の詳細まで演技しきれるほど自分は経験豊富な人間ではないのだから大目に見てもらいたい。
身体を重ねるとアロイスは声を求めた。けれどリエーベルはどんなに乱れようと声を拒絶した。
本当は聖女でも、リエーベルでもないから。全てをさらけ出すこの行為は、そんな『私』の本性までさらけ出してしまいそうで怖かった。
「あ、や、やめ!」
そんな葛藤を知らないアロイスは胎内に収まる存在を遠慮なく主張してくる。嬌声を引き出そうと強引に身を引かれ、リエーベルの肉壁は追いすがるように彼を締め付けた。
「……っ! きみ、随分と熱烈だねっ」
アロイスは締め付けにたえて見せる。声を上げさせたいアロイスと声を聞かせたくないリエーベル。身を引こうとするアロイスと、逃がしたくないリエーベル。まるで二人の関係と同じように、見えない場所でも攻防が繰り広げられていた。
「あっ、う……や、そこっ……っ!」
激しさはないというのに、快楽を拾いやすい場所を的確に刺激されている。アロイスはリエーベルが理性を手放すのを待っているのだ。
「うっ、あ……待って、アロイス様っ!」
浅い呼吸で拙く叫ぶ姿はアロイスの望んだものだろう。リエーベルは必死に喉を震わせながら訴えた。
「いやっ、声は……っ、いや、です!」
「どうして? 俺しか聞いていないのに」
残念そうに応えるアロイスにはまだまだ余裕がありそうで狡い。自分はこんなにも快楽に震えているというのに。甘く求められ、刺激を与えられながら、リエーベルは必死に否定を続けた。
「だめ……こんなの、私……っ」
怯えからわき上がる感情は止められない。この行為は何もかも相手にさらけ出してしまうから。きっといつか、本当の自分もさらけ出してしまうのではないか、そんな恐怖がつきまとう。声を発することで余計なことを口走ってしまうかもしれない。そうなることで本当の自分が露見することを怖れていた。
本当の自分は聖女でもなんでもない。ただの平凡な娘だ。尊い身分の方と声を交わすこともないような、ちっぽけな存在。聖女と呼ばれるなんてとんでもない。きっと知られたら軽蔑されてしまうだろう。
揺さぶられながら、暗い感情がわき上がるのを止められない。身体は歓喜しているのに、心のどこかは悲鳴を上げていた。
それでも――
リエーベルは自らアロイスに抱きついた。彼が求めてくれる限りはこの身を捧げたい。でも本当は、アロイスのためと言い訳をしながら自分のためなのだ。偽りの名、偽りの経歴、偽りの身分。すべてが偽りで構成された存在だけれど、彼を愛したこの心だけは本物であると、『私』の意志なのだと胸を張って言える。それだけが偽りである自分にとっての救いだった。
だから偽りでもいい。愛されることを望んで彼の手を取った。
そう呼ばれることが何よりも嫌いだった。自分の罪を宣告されているようで、呼びかけられるたびに胸が締め付けられていく。上手く息を吸えず、曖昧に微笑むことにさえ苦しさを感じていた。
聖女――
それはきっと気高く高潔で、心の清らかな人。誰にでも分け隔てなく優しくて、自分のことよりも他者の幸せを願える人。多くの人から愛されて慕われ、敬われる曇りのない乙女。人を救い、国を救い、導きながらも決して見返りを求めることのない慈愛に満ちた人。
教養の多くはない少女にも聖女のなんたるかはぼんやりと理解することができた。それはきっと英雄のような存在で、そうして尽くす姿に民衆は胸を打たれるのだろう。
だからこそ、甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いてくれる彼女たちも口を揃えて聖女を称える。
「聖女様は本当にご立派な方ですね」
止めて。そう叫びそうになる。
「聖女様のおかげで両国は平和を取り戻したのでしょう」
止めて。その偉業を成し遂げたのは『私』ではない。
「聖女様、本日のお召し物はいかがされますか?」
お姫様のように世話を焼かれ、石壁に囲われた塔に閉じ込められ、今日も『私』は聖女と呼ばれている。
偽りの名、偽りの経歴、偽りの身分。偽りだらけで構成された現在の『私』は一体誰なのだろう。
一つだけ確かなことがあるのなら、自分は聖女とは似ても似つかない人間なのだと思う。本当の聖女なら、誰かを騙し続けることを受け入れたりはしなかっただろう。いつか彼らの信頼を裏切ることもない。
ああ、でも……
そこまで考えて、『私』は皮肉を込めて笑った。所詮は聖女もただの人間であると、『私』は知ったのだ。聖女という存在が偶像であるからこそ『私』はここにいる。
どこか諦めたような感情を抱えながら『私』は世話役たちに笑みを返した。この世に無欲な人間など存在しないのだと、いっそ伝えてしまいたかった。
なんて裏切りだろう。聖女は尊くて気高い人なのに、決して私欲を優先したりはしないのに。そのせいで『私』は『私』ではなくなってしまった。
だから、だから……『私』は今日も聖女と呼ばれている。
けれど少なくとも彼だけは、『私』を名前で呼んでくれる人だった。
もっともそれすら偽りの名ではあるけれど……。
「リエーベル」
労るように、慈しむように、その名が紡がれる。本当の自分ではない、かつて真に聖女として崇められていた人の名前を、愛しい彼が呼んでいる。甘く囁かれると『私』がリエーベルという名の聖女になったことを直接身体に教え込まれているようだった。
「ねえ、リエーベル」
普段なら躊躇うことなく返事をしていたと思う。けれど行為の最中は、どうしても素直に頷くことが難しい。
だってそれは『私』のことではないから。
ほんのささやかな反抗だった。喉まで出かかった想いを彼は知らないだろうし、知らないままでいてほしい。
激しい責め苦が止んでいることに気づいたリエーベルはきつく閉じていた瞼を開く。組み敷かれたままに見上げたその人は、愛おしそうにまたその名を紡いだ。
「アロイス様……?」
リエーベルは偽りの名を受け入れて恋人の名を呼んだ。それがリエーベルという女性を愛してくれた彼への裏切りであろうとも、そうすることしか出来ない無力さを噛みしめようと、あと少しだけは夢を見ていたかった。
見上げた眼差しの先で、アロイスは困ったように微笑んでいた。美しい金の髪は汗に濡れ乱れている。つい先ほどまでは情欲に濡れていたはずの瞳はいつのまにか同情を買うような切なさに揺れていた。
「俺に声を聞かせるのはそんなに嫌?」
咎めるようなアロイスの指先が薄く開いたリエーベルの唇をなぞる。美しい顔に困ったような微笑みは大層魅力的であった。きっとアロイスは自身の魅力をわかった上で有効に活用しようと動いている。そうでなければとんでもないとリエーベルは白旗を挙げそうだ。
「いや、ではありませんが……」
「ねえ――」
強請るようにアロイスは止まっていた律動を再開させる。
「ひぃあ!?」
少しの刺激でさえ、彼の手によって散々乱されていた身体は簡単に快楽を拾い上げた。唇を噛んで耐えようとしたけれど、続けざまにいい所を刺激されては我慢が利かない。
「あ、やっ、待って……そんな、あ!」
涙にぬれた弱々しい自分の声も大嫌いだ。聖女なら、どんな時でも毅然としているのだろう。けれどさすがに、行為の最中の詳細まで演技しきれるほど自分は経験豊富な人間ではないのだから大目に見てもらいたい。
身体を重ねるとアロイスは声を求めた。けれどリエーベルはどんなに乱れようと声を拒絶した。
本当は聖女でも、リエーベルでもないから。全てをさらけ出すこの行為は、そんな『私』の本性までさらけ出してしまいそうで怖かった。
「あ、や、やめ!」
そんな葛藤を知らないアロイスは胎内に収まる存在を遠慮なく主張してくる。嬌声を引き出そうと強引に身を引かれ、リエーベルの肉壁は追いすがるように彼を締め付けた。
「……っ! きみ、随分と熱烈だねっ」
アロイスは締め付けにたえて見せる。声を上げさせたいアロイスと声を聞かせたくないリエーベル。身を引こうとするアロイスと、逃がしたくないリエーベル。まるで二人の関係と同じように、見えない場所でも攻防が繰り広げられていた。
「あっ、う……や、そこっ……っ!」
激しさはないというのに、快楽を拾いやすい場所を的確に刺激されている。アロイスはリエーベルが理性を手放すのを待っているのだ。
「うっ、あ……待って、アロイス様っ!」
浅い呼吸で拙く叫ぶ姿はアロイスの望んだものだろう。リエーベルは必死に喉を震わせながら訴えた。
「いやっ、声は……っ、いや、です!」
「どうして? 俺しか聞いていないのに」
残念そうに応えるアロイスにはまだまだ余裕がありそうで狡い。自分はこんなにも快楽に震えているというのに。甘く求められ、刺激を与えられながら、リエーベルは必死に否定を続けた。
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怯えからわき上がる感情は止められない。この行為は何もかも相手にさらけ出してしまうから。きっといつか、本当の自分もさらけ出してしまうのではないか、そんな恐怖がつきまとう。声を発することで余計なことを口走ってしまうかもしれない。そうなることで本当の自分が露見することを怖れていた。
本当の自分は聖女でもなんでもない。ただの平凡な娘だ。尊い身分の方と声を交わすこともないような、ちっぽけな存在。聖女と呼ばれるなんてとんでもない。きっと知られたら軽蔑されてしまうだろう。
揺さぶられながら、暗い感情がわき上がるのを止められない。身体は歓喜しているのに、心のどこかは悲鳴を上げていた。
それでも――
リエーベルは自らアロイスに抱きついた。彼が求めてくれる限りはこの身を捧げたい。でも本当は、アロイスのためと言い訳をしながら自分のためなのだ。偽りの名、偽りの経歴、偽りの身分。すべてが偽りで構成された存在だけれど、彼を愛したこの心だけは本物であると、『私』の意志なのだと胸を張って言える。それだけが偽りである自分にとっての救いだった。
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