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【18】聖女の選択
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聖女を手に掛け、偽りの情報で混乱を招いた元英雄。他国と内通し、私利私欲にまみれた王子ルビアスの嘘は暴かれ、その地位を失った。
幼子を攫い、非道な実験を繰り返していた神官長。調べれば調べるほど、禁止魔術を幾度となく利用していた彼の罪を上げればきりがない。
神官長とは国の象徴だ。人望を集め、慕われるような人物でなければつとまらない。英雄たちの失脚はかつてない混乱を呼び、焦りと憶測が飛び交っていた。
新たな神官長は?
不安に苛まれる人々に笑顔をもたらしたのは、かつて聖女と呼ばれた人物だ。
ここに再び、真の英雄の帰還が祝われる。そして新たな神官長の任命式が行われようとしていた。
「緊張してる?」
強張るシレイネの手をカインが握る。
「しないはずがありませんよ」
あの手紙に書かれていたのは、シレイネを新たな神官長に推薦したいというものだった。
それに驚くことはあっても、断るという選択肢はない。この国に平和を望む気持ちは誰よりも強く、その助けになれるのなら願ってもないことだ。
白で織りなされた厳かな衣装を纏うシレイネは、人々の目に真の聖女として映る。
国王陛下の前で膝をつき、頭を垂れる様子は、まるで即位式のような光景だ。しかしその頭に授けられるのは重い冠ではなく、平和を祈る花冠だ。
白い衣装に白の花冠は、花嫁のようにも見えるだろう。そんなシレイネの姿に最も見惚れていたのはカインであり、誰かに取られてしまうのではないかと焦りを覚える。
式典が終わるなり現れたカインは、みなが見守る中で騎士のように跪く。世界を救った聖女と魔術師。そんな彼女を護り続けた騎士との逢瀬に人々は道を譲る。
「神官長シレイネ」
「カイン?」
式典の場とはいえ、まるで他人のような態度を少しだけ寂しく思う。だが挨拶を終えると、カインはいつもの不敵な笑みを浮かべていた。
「もう何度も伝えたけど、愛してる。だからどうかこの手を取って。神官長になってもあんたの傍にいることを許してくれるよね?」
「もちろんです」
その日、最強魔術師の最悪が聖女である事を国中が知った。
幸せそうに見つめ合う二人に会場がざわつく。
「ね、ねえ。今、魔術師様、笑ってない?」
「絶対に笑うことのなかった魔術師様が!?」
「なんて素敵な微笑みなの……」
「聖女様も。とても幸せそうなお顔だわ!」
この日多くの女性たちが魔術師の虜になったが、そんな周囲の騒ぎなど気にせず、カインは嬉しさに泣くシレイネを抱きしめる。行動理由は愛しくてたまらなかったことと、彼女の涙を知るのは自分だけでいいという独占欲だ。
「泣くのはまだ早いよ。行こう」
「カイン?」
行こうと言われても、これからパレードがある。しかしカインに手を引かれて歩き出すと、みんなが道を譲ってくれるので困惑した。
「神官長が捕まったことで、神官の一人が教えてくれた。神官長の話を偶然聞いたことがあるってね。手掛かりさえあれば、あとは俺の頑張りどころかな。間に合ってよかったよ」
外に連れ出されると、遠くに女性の姿が見えた。知らない人なのに、何故かその人が気になって頭から離れない。女性はこちらの存在に気付くと泣き崩れてしまった。
「ほら、行って」
「あの、これはどういう」
繋いでいた手が放れ、戸惑っているとカインに背中を押された。
「俺、ちゃんと娘さんをくださいって、挨拶しておいたからね」
そう言って片目を閉じるカインに言葉を失う。
きっと簡単な事ではなかったはずだ。それなのに彼は手を振るだけで多くを語ろうとしない。
早く行くべきだともう一度急かされ、縫い止められていたシレイネの足が動く。一歩踏み出せば心が急くように走り出していた。
けれどその前に。これだけは伝えておかなければならないだろう。
「カイン! 私、今とても幸せです!」
勇者たちの冒険譚はその後、聖女と魔術師の純愛物語として語られるようになった。
歴代最高の聖女と謳われたシレイネの活躍を上げればきりがなく、その雄姿は百年後の未来にも語り継がれている。
その傍らには、黒に身を包んだ最強の魔術師の姿があったそうだ。
幼子を攫い、非道な実験を繰り返していた神官長。調べれば調べるほど、禁止魔術を幾度となく利用していた彼の罪を上げればきりがない。
神官長とは国の象徴だ。人望を集め、慕われるような人物でなければつとまらない。英雄たちの失脚はかつてない混乱を呼び、焦りと憶測が飛び交っていた。
新たな神官長は?
不安に苛まれる人々に笑顔をもたらしたのは、かつて聖女と呼ばれた人物だ。
ここに再び、真の英雄の帰還が祝われる。そして新たな神官長の任命式が行われようとしていた。
「緊張してる?」
強張るシレイネの手をカインが握る。
「しないはずがありませんよ」
あの手紙に書かれていたのは、シレイネを新たな神官長に推薦したいというものだった。
それに驚くことはあっても、断るという選択肢はない。この国に平和を望む気持ちは誰よりも強く、その助けになれるのなら願ってもないことだ。
白で織りなされた厳かな衣装を纏うシレイネは、人々の目に真の聖女として映る。
国王陛下の前で膝をつき、頭を垂れる様子は、まるで即位式のような光景だ。しかしその頭に授けられるのは重い冠ではなく、平和を祈る花冠だ。
白い衣装に白の花冠は、花嫁のようにも見えるだろう。そんなシレイネの姿に最も見惚れていたのはカインであり、誰かに取られてしまうのではないかと焦りを覚える。
式典が終わるなり現れたカインは、みなが見守る中で騎士のように跪く。世界を救った聖女と魔術師。そんな彼女を護り続けた騎士との逢瀬に人々は道を譲る。
「神官長シレイネ」
「カイン?」
式典の場とはいえ、まるで他人のような態度を少しだけ寂しく思う。だが挨拶を終えると、カインはいつもの不敵な笑みを浮かべていた。
「もう何度も伝えたけど、愛してる。だからどうかこの手を取って。神官長になってもあんたの傍にいることを許してくれるよね?」
「もちろんです」
その日、最強魔術師の最悪が聖女である事を国中が知った。
幸せそうに見つめ合う二人に会場がざわつく。
「ね、ねえ。今、魔術師様、笑ってない?」
「絶対に笑うことのなかった魔術師様が!?」
「なんて素敵な微笑みなの……」
「聖女様も。とても幸せそうなお顔だわ!」
この日多くの女性たちが魔術師の虜になったが、そんな周囲の騒ぎなど気にせず、カインは嬉しさに泣くシレイネを抱きしめる。行動理由は愛しくてたまらなかったことと、彼女の涙を知るのは自分だけでいいという独占欲だ。
「泣くのはまだ早いよ。行こう」
「カイン?」
行こうと言われても、これからパレードがある。しかしカインに手を引かれて歩き出すと、みんなが道を譲ってくれるので困惑した。
「神官長が捕まったことで、神官の一人が教えてくれた。神官長の話を偶然聞いたことがあるってね。手掛かりさえあれば、あとは俺の頑張りどころかな。間に合ってよかったよ」
外に連れ出されると、遠くに女性の姿が見えた。知らない人なのに、何故かその人が気になって頭から離れない。女性はこちらの存在に気付くと泣き崩れてしまった。
「ほら、行って」
「あの、これはどういう」
繋いでいた手が放れ、戸惑っているとカインに背中を押された。
「俺、ちゃんと娘さんをくださいって、挨拶しておいたからね」
そう言って片目を閉じるカインに言葉を失う。
きっと簡単な事ではなかったはずだ。それなのに彼は手を振るだけで多くを語ろうとしない。
早く行くべきだともう一度急かされ、縫い止められていたシレイネの足が動く。一歩踏み出せば心が急くように走り出していた。
けれどその前に。これだけは伝えておかなければならないだろう。
「カイン! 私、今とても幸せです!」
勇者たちの冒険譚はその後、聖女と魔術師の純愛物語として語られるようになった。
歴代最高の聖女と謳われたシレイネの活躍を上げればきりがなく、その雄姿は百年後の未来にも語り継がれている。
その傍らには、黒に身を包んだ最強の魔術師の姿があったそうだ。
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