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【9】復讐の対価
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「カインにはたくさん助けられましたね。私の復讐に付き合わせてしまってごめんなさい」
本来なら国を救った英雄としてあちら側にいられたはずが、同じ道を歩ませてしまったことを心苦しく思う。けれど彼の力がなければ、こんなにも速やかに断罪することはできなかった。おかげでルビアスが王になるという未来を回避することができたのだ。
(ゲームでは百年前から王家は機能しなくなったと語られていたもの)
それはきっと、この先――百年後の未来にも繋がる成果だと思う。
「謝らないでよ。俺はあんたの力になれて嬉しいんだからさ。それに、あんたに危害を加えた王子のことが許せないのは俺も同じ。二人で最高の復讐が叶ったね」
この魔術師は復讐の瞬間ですら、シレイネを一人にさせてはくれない。心遣いが嬉しくて、自然と笑みが零れた。
かつての自分なら、復讐という言葉を肯定することはできなかっただろう。
聖女は希望の象徴。
心は清らかで、人を憎むことなど知らない。
どんな時も正しい振る舞いを。
平和のために生き、己よりも他人を優先する。
神官長から教育された聖女像と今の自分はまるで違う。けれど清々しいほどの気持ちで、それでいいと受け入れられる。
だから大声で叫びたい。私は自分の意思で復讐を決め、成し遂げたのだと。
「良い顔」
「え?」
「その笑顔が見たかったんだ」
笑っているのに心がない。
美しいのに冷たい人。
完璧すぎて作り物のよう。
まるで人形のような女。
完璧な聖女に近付くほど、神殿ではそう囁かれてきた。全てが皮肉に聞こえていた自分の笑顔を、良い顔と称したカインのことが不思議でならない。けれど同時に嬉しさも感じている。
「復讐を手伝っていただいた方にこのようなことを言うのは申し訳ないのですが、変わった趣味ですよね」
自分の笑顔に価値があると思ったことはない。何しろ邪魔者扱いされ消された身だ。きっと表情も常に不快なものだったのではと考えていたところだ。
それなのにカインはさらりと言い放つ。
「俺にとっては最高のご褒美だよ」
寡黙と称されていたカインが無邪気に笑ってくれる。この表情を知っているのは自分だけだと思うと嬉しくてたまらない。もっと独り占めしたくなってしまう。
「私もカインの楽しそうな顔を見ることができて嬉しいです」
「何それ。もっと早く言ってよ。あんたにならいくらでも見せてあげたのに」
言葉の通り、目尻を下げて深く笑ってくれる。きっとその表情を知るのもシレイネだけだ。
ふと、カインの表情から笑顔が消えた。
「ねえ、覚えてる?」
復讐を成した対価を。
それ以上の言葉も説明も不要。魅惑的な唇からは、そう聞こえた気がした。
「勿論です」
シレイネは復讐を望み、手を貸す条件にカインはあるものを望んだ。それを忘れた事はない。
カインには不安があるようだが、シレイネは悲観してはいない。ただ、本当にそんなものでと驚いたくらいだ。
射貫かれるような赤い瞳から目が逸らせない。出会った時は感情を表そうとしなかった人が、今は自分に自信があると言うほど強気な振る舞いを見せつける。
「あんたが欲しい」
告白に頬が熱くなるのは、彼の想いを知っているから。そして心が向いているからだろう。
「復讐を手伝う代わりに俺はあんたを望んだ。あんたは頷いた。その気持ちは今も変わってないよ。いい?」
思い出せと言うように頬が撫でられる。うっすらと肌を撫で首筋から心臓の上へと辿りつく。
「可哀想な子。悪い魔術師に捕まったね」
悪役のような表情を浮かべるカインに、今度はシレイネがさらりと言い放つ。
「私はカインのことを悪い魔術師だと思ったことはありません。それに自分を可哀想とも思いません。カインがいなければ私の復讐は叶いませんでした。そして私にはこの身以外に返せるものがありません。だから、こんな私でよければいくらでも差し出します」
「気に入らないな」
「え?」
低い呟きに、気分を害してしまったのかと不安になる。
「あんたが自分の価値を自覚していないことも、復讐復讐って、あの馬鹿な王子のことで頭がいっぱいなことも」
不満そうに唇を尖らせるのは、最強と名高い魔術師だ。
「もっと自分を大切にしてよ――って、何度も言ったけど。あんたは変わらないね」
「幻滅しましたか?」
「しないよ。俺があんたに抱く感情があるとするのなら、それは愛だけ。だから、あんたが自分を大事にできないのなら、俺が大切にしてあげる」
カインは「わかった?」と、子供に言い聞かせるように見つめてくる。口調は軽いのに眼差しは真剣で、本気であることを伝えてくれる。
本来なら国を救った英雄としてあちら側にいられたはずが、同じ道を歩ませてしまったことを心苦しく思う。けれど彼の力がなければ、こんなにも速やかに断罪することはできなかった。おかげでルビアスが王になるという未来を回避することができたのだ。
(ゲームでは百年前から王家は機能しなくなったと語られていたもの)
それはきっと、この先――百年後の未来にも繋がる成果だと思う。
「謝らないでよ。俺はあんたの力になれて嬉しいんだからさ。それに、あんたに危害を加えた王子のことが許せないのは俺も同じ。二人で最高の復讐が叶ったね」
この魔術師は復讐の瞬間ですら、シレイネを一人にさせてはくれない。心遣いが嬉しくて、自然と笑みが零れた。
かつての自分なら、復讐という言葉を肯定することはできなかっただろう。
聖女は希望の象徴。
心は清らかで、人を憎むことなど知らない。
どんな時も正しい振る舞いを。
平和のために生き、己よりも他人を優先する。
神官長から教育された聖女像と今の自分はまるで違う。けれど清々しいほどの気持ちで、それでいいと受け入れられる。
だから大声で叫びたい。私は自分の意思で復讐を決め、成し遂げたのだと。
「良い顔」
「え?」
「その笑顔が見たかったんだ」
笑っているのに心がない。
美しいのに冷たい人。
完璧すぎて作り物のよう。
まるで人形のような女。
完璧な聖女に近付くほど、神殿ではそう囁かれてきた。全てが皮肉に聞こえていた自分の笑顔を、良い顔と称したカインのことが不思議でならない。けれど同時に嬉しさも感じている。
「復讐を手伝っていただいた方にこのようなことを言うのは申し訳ないのですが、変わった趣味ですよね」
自分の笑顔に価値があると思ったことはない。何しろ邪魔者扱いされ消された身だ。きっと表情も常に不快なものだったのではと考えていたところだ。
それなのにカインはさらりと言い放つ。
「俺にとっては最高のご褒美だよ」
寡黙と称されていたカインが無邪気に笑ってくれる。この表情を知っているのは自分だけだと思うと嬉しくてたまらない。もっと独り占めしたくなってしまう。
「私もカインの楽しそうな顔を見ることができて嬉しいです」
「何それ。もっと早く言ってよ。あんたにならいくらでも見せてあげたのに」
言葉の通り、目尻を下げて深く笑ってくれる。きっとその表情を知るのもシレイネだけだ。
ふと、カインの表情から笑顔が消えた。
「ねえ、覚えてる?」
復讐を成した対価を。
それ以上の言葉も説明も不要。魅惑的な唇からは、そう聞こえた気がした。
「勿論です」
シレイネは復讐を望み、手を貸す条件にカインはあるものを望んだ。それを忘れた事はない。
カインには不安があるようだが、シレイネは悲観してはいない。ただ、本当にそんなものでと驚いたくらいだ。
射貫かれるような赤い瞳から目が逸らせない。出会った時は感情を表そうとしなかった人が、今は自分に自信があると言うほど強気な振る舞いを見せつける。
「あんたが欲しい」
告白に頬が熱くなるのは、彼の想いを知っているから。そして心が向いているからだろう。
「復讐を手伝う代わりに俺はあんたを望んだ。あんたは頷いた。その気持ちは今も変わってないよ。いい?」
思い出せと言うように頬が撫でられる。うっすらと肌を撫で首筋から心臓の上へと辿りつく。
「可哀想な子。悪い魔術師に捕まったね」
悪役のような表情を浮かべるカインに、今度はシレイネがさらりと言い放つ。
「私はカインのことを悪い魔術師だと思ったことはありません。それに自分を可哀想とも思いません。カインがいなければ私の復讐は叶いませんでした。そして私にはこの身以外に返せるものがありません。だから、こんな私でよければいくらでも差し出します」
「気に入らないな」
「え?」
低い呟きに、気分を害してしまったのかと不安になる。
「あんたが自分の価値を自覚していないことも、復讐復讐って、あの馬鹿な王子のことで頭がいっぱいなことも」
不満そうに唇を尖らせるのは、最強と名高い魔術師だ。
「もっと自分を大切にしてよ――って、何度も言ったけど。あんたは変わらないね」
「幻滅しましたか?」
「しないよ。俺があんたに抱く感情があるとするのなら、それは愛だけ。だから、あんたが自分を大事にできないのなら、俺が大切にしてあげる」
カインは「わかった?」と、子供に言い聞かせるように見つめてくる。口調は軽いのに眼差しは真剣で、本気であることを伝えてくれる。
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