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【8】百年後の聖女
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カインの魔術によって消えた二人が現れたのは、公爵家が所有する屋敷の一つだ。人里から離れた場所に建っており、邪魔されることなく二人の時間を過ごせるだろうと、協力者であるカインの父が手引きしてくれた。
上階のバルコニーに着地すると、シレイネの視線は遠い王都に向けられる。無意識での行動だったが、カインにとっては迷いとして映っただろう。
「これでよかったの?」
気遣うような問いかけをさせてしまったことが申し訳なくて、シレイネは笑顔で頷く。
「これが私の望みであることは、あの日から変わっていません」
偽りのない本心だ。
邪魔者として排除され、魔王城から突き落とされた日。あの瞬間に聖女シレイネは本当に死んでしまったのかもしれない。
(私はもう、あの頃のシレイネとは別人ですもの)
落ちて行く――
空中に投げ出され、助かる術のない身は死を覚悟する。そして同時に、このままでは最後に目にしたものがルビアスの残酷な表情となってしまう。
最悪だと悪態を吐いていると、瞼の裏で眩い光が弾けた。
(何?)
目に映るのは見たこともない建物や人々の振る舞い。それはこことはまったく異なる世界で過ごした記憶だ。
その中に在る人物が、かつての自分なのだと気付くのに時間はかからなかった。顔ははっきりと見えず、思い出すこともできないけれど、手にしている機械には憶えがある。
一心不乱に視線を注ぎ、瞬きさえ惜しいほど時間を費やした。この記憶の主が愛してやまない乙女ゲーム。名を『最後の聖女の物語』という。そのゲーム中で語られた理は、シレイネが知るこの世界のものと同じだった。
主人公は故郷を失い、聖女の力に目覚めた平凡な少女。
聖女となった少女は王家の血を引く勇者と、選ばれた仲間たちを連れ瘴気を封印する旅に出る。旅を通して絆を深め、信頼はやがて恋へと発展していった。
最後の地では瘴気によって凶悪化した敵、すなわち魔王を倒すことで世界に平和が訪れる。しかし魔王の正体は、先代の聖女シレイネだった。
かつて世界を平和に導くも、裏切りにあい絶望したシレイネは闇に取り込まれ、魔王の器として再び現れる。最強の聖女を依り代として生まれたのが魔王シレイネだ。
魔王が待つのは永久の夜に守られた古城。周囲の植物は緑の息吹を失い、美しかった花は黒く染まる。
闇色の玉座に君臨するシレイネは美しくも怖ろしい怪物だ。赤く燃える瞳に聖女としての面影はなく、そこに在るのは深い悲しみと恨みの感情のみ。
ゲームの主人公は仲間と共にシレイネを倒し、最後の聖女として世界を平和に導くわけだが……
こんな時に思い出すのもどうかと思う。
(もう少し時と場所を選んでほしいわ!)
だが現実は変えられないと悟るのも早かった。
どうやら自分は乙女ゲームの百年前、闇落ち予定の聖女に転生していたらしい。そして勇者に裏切られて絶望し、魔王への道を歩むのだ。
シレイネは自身の内に新たな力が宿るのを感じる。それは聖女の力とは真逆の闇だ。けれど不思議と怖いとは思わなかった。
(シレイネの絶望が闇を呼び、百年の時を経てもはや人ではなくなった)
けれどそれは、ゲームのシレイネとて望んだことではない。もう止められない。助けてほしい。この苦痛から解放してほしいと苦しそうに訴えていた。
(私はシレイネが魔王になることで生まれる悲しみを知っている)
ゲームの主人公は言っていた。聖女になんてなりたくはなかったと。
主人公は平凡ではあるが家族とともに幸せな暮らしを送っていた。けれど運命に翻弄され、村を失い過酷な旅へと駆り出されてしまう。
(そんなことはさせたくない!)
シレイネの願いに応えるように、闇色だった力は元々の力と溶け合い一つになった。受け入れてしまえば難しい事はない。
ゲームで目にした魔王シレイネは闇を自在に操り、影に身を隠すこともできた。その場面を想像すれば、力はシレイネの望むように動いてくれる。
前世の記憶を取り戻した影響か、神官長によって記憶を奪われていた事実も取り戻していた。
ゲームの都合を考えれば、これはシレイネを魔王へ引きずり落とそうとする追い打ち演出なのかもしれないが、前世の記憶を取り戻した自分は絶望するだけでは終わらない。
「勇者も神官長も絶対に許さない」
そうしてシレイネの復讐は始まった。
唯一、最強の魔術師が仲間になってくれたのは予想外だったけれど。
上階のバルコニーに着地すると、シレイネの視線は遠い王都に向けられる。無意識での行動だったが、カインにとっては迷いとして映っただろう。
「これでよかったの?」
気遣うような問いかけをさせてしまったことが申し訳なくて、シレイネは笑顔で頷く。
「これが私の望みであることは、あの日から変わっていません」
偽りのない本心だ。
邪魔者として排除され、魔王城から突き落とされた日。あの瞬間に聖女シレイネは本当に死んでしまったのかもしれない。
(私はもう、あの頃のシレイネとは別人ですもの)
落ちて行く――
空中に投げ出され、助かる術のない身は死を覚悟する。そして同時に、このままでは最後に目にしたものがルビアスの残酷な表情となってしまう。
最悪だと悪態を吐いていると、瞼の裏で眩い光が弾けた。
(何?)
目に映るのは見たこともない建物や人々の振る舞い。それはこことはまったく異なる世界で過ごした記憶だ。
その中に在る人物が、かつての自分なのだと気付くのに時間はかからなかった。顔ははっきりと見えず、思い出すこともできないけれど、手にしている機械には憶えがある。
一心不乱に視線を注ぎ、瞬きさえ惜しいほど時間を費やした。この記憶の主が愛してやまない乙女ゲーム。名を『最後の聖女の物語』という。そのゲーム中で語られた理は、シレイネが知るこの世界のものと同じだった。
主人公は故郷を失い、聖女の力に目覚めた平凡な少女。
聖女となった少女は王家の血を引く勇者と、選ばれた仲間たちを連れ瘴気を封印する旅に出る。旅を通して絆を深め、信頼はやがて恋へと発展していった。
最後の地では瘴気によって凶悪化した敵、すなわち魔王を倒すことで世界に平和が訪れる。しかし魔王の正体は、先代の聖女シレイネだった。
かつて世界を平和に導くも、裏切りにあい絶望したシレイネは闇に取り込まれ、魔王の器として再び現れる。最強の聖女を依り代として生まれたのが魔王シレイネだ。
魔王が待つのは永久の夜に守られた古城。周囲の植物は緑の息吹を失い、美しかった花は黒く染まる。
闇色の玉座に君臨するシレイネは美しくも怖ろしい怪物だ。赤く燃える瞳に聖女としての面影はなく、そこに在るのは深い悲しみと恨みの感情のみ。
ゲームの主人公は仲間と共にシレイネを倒し、最後の聖女として世界を平和に導くわけだが……
こんな時に思い出すのもどうかと思う。
(もう少し時と場所を選んでほしいわ!)
だが現実は変えられないと悟るのも早かった。
どうやら自分は乙女ゲームの百年前、闇落ち予定の聖女に転生していたらしい。そして勇者に裏切られて絶望し、魔王への道を歩むのだ。
シレイネは自身の内に新たな力が宿るのを感じる。それは聖女の力とは真逆の闇だ。けれど不思議と怖いとは思わなかった。
(シレイネの絶望が闇を呼び、百年の時を経てもはや人ではなくなった)
けれどそれは、ゲームのシレイネとて望んだことではない。もう止められない。助けてほしい。この苦痛から解放してほしいと苦しそうに訴えていた。
(私はシレイネが魔王になることで生まれる悲しみを知っている)
ゲームの主人公は言っていた。聖女になんてなりたくはなかったと。
主人公は平凡ではあるが家族とともに幸せな暮らしを送っていた。けれど運命に翻弄され、村を失い過酷な旅へと駆り出されてしまう。
(そんなことはさせたくない!)
シレイネの願いに応えるように、闇色だった力は元々の力と溶け合い一つになった。受け入れてしまえば難しい事はない。
ゲームで目にした魔王シレイネは闇を自在に操り、影に身を隠すこともできた。その場面を想像すれば、力はシレイネの望むように動いてくれる。
前世の記憶を取り戻した影響か、神官長によって記憶を奪われていた事実も取り戻していた。
ゲームの都合を考えれば、これはシレイネを魔王へ引きずり落とそうとする追い打ち演出なのかもしれないが、前世の記憶を取り戻した自分は絶望するだけでは終わらない。
「勇者も神官長も絶対に許さない」
そうしてシレイネの復讐は始まった。
唯一、最強の魔術師が仲間になってくれたのは予想外だったけれど。
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