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【3】魔術師
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ルビアスは動揺を抑え込み、ようやく王子らしく振る舞うことを思い出す。自分は民から慕われる英雄だ。想定外の事態だが、何も焦る事はないと言いきかせ態度を改める。
「何を言うんだシレイネ。君はあの日、魔王との戦いで力尽きた。それがこうして目の前に現れたら驚きもするだろう? ああ、もちろん愛する人が無事に戻ってくれて嬉しいとも!」
感動的な再会のはずだった。けれどどうしてだろう。流暢に語るルビアスの言葉が口先だけのように聞こえるのは。
「ただ、あまりのことに驚いただけさ。それに何か誤解があるようだ。疲れているだろう? 即位式が終わったらゆっくり話し合おう」
ルビアスは足早にシレイネへと近付く。けれどその手が届く前に彼女の背後から現れた影に阻まれた。
「触るな」
鋭い制止にルビアスが怯む。
シレイネを護るように立ちはだかる男は聖女とは真逆の黒を背負っていた。全身を覆い隠す黒いローブのせいで得体が知れない。しかし放たれた声は鋭利だが、寄り添う姿は従者のように献身的だ。
「おい、無礼だぞ。それに一体どこから」
王子であることを理由にルビアスが咎めると、黒いローブは花びらのように消えていく。その下から現れた挑発的な赤い瞳は見知った顔だった。
「カイン?」
「あれ、覚えてたんだ。俺のこと」
乱れていた黒髪を梳き、軽口を叩く青年の口調はルビアスを見下している。
「ねえ、あれって魔術師様?」
「間違いないわ。あの美しいお顔! 私、旅立ちの日にこの目で見たもの」
再び大聖堂は混乱に陥る。聖女の帰還だけでも信じられないことなのに、勇者の旅に同行し、数々の偉業を成し遂げた魔術師カインも現れたのだ。
彼の訃報は報じられていないが、王都へ戻って来たとも伝えられていない。噂では魔法にしか興味がないため、新たな旅に出たと語られていた。
「護ってくれてありがとう、カイン。でも、私なら大丈夫ですよ?」
カインは見下すような視線から一転、シレイネに向け甘く微笑んだ。
「いいの。俺がそうしたかっただけ」
これはいったい誰だ?
彼を知る人間ならば、みなそう感じただろう。カインという魔術師は最強と名高いが、不愛想で無口。感情すらないのではと噂されるほど、物事に関心を示さない。整った顔立のため女性人気も高いが、無論興味を示すどころか笑みすら見せた事もない。
ともに旅をしたとはいえ、ルビアスには会話らしい会話をした記憶がない。彼にとってのカインは都合のいい優秀な魔術師というだけの印象だった。
それが嬉しそうに声を弾ませ、一人の女性に優しい眼差しを向けている。まるで動物が飼い主に懐いているようにも見えた。
「お前、本当にカインか?」
「あれ、やっぱり俺のことなんて忘れたって? あんなに助けてやったのに薄情な奴」
彼の言う通りルビアスは何度も助けられている。魔獣に襲われた時も、魔王城へたどり着いた時も。けれど彼らの間にあったのは仲間としての絆ではなく、金で雇われたという利害の一致だ。世間で語られている英雄譚も真実は少しばかり違っている。
「いや、だがお前はもっと……」
ろくに会話にも混ざらず、話しかけても頷くだけで終えてしまう。怯えている様子ではなかったから、人間が嫌いなのかと思っていた。だからこそシレイネ相手に見せた表情が忘れられない。
「お前、喋れたのか?」
「は? 当たり前じゃん。あんたと会話しなかったのは、単純にあんたのことが嫌いだから」
「はあっ!?」
「何、まさか好かれてると思ってた? なら今すぐ認識改めてよ。俺はずっと、あんたのことが嫌いだったってね。嫌いな奴と会話しても意味ないだろ。だから黙ってたの。けど俺、給料分の仕事はしてやっただろ?」
その通りだとルビアスは口籠る。魔王を倒すことができたのは、事実彼の功績も大きい。
「何を言うんだシレイネ。君はあの日、魔王との戦いで力尽きた。それがこうして目の前に現れたら驚きもするだろう? ああ、もちろん愛する人が無事に戻ってくれて嬉しいとも!」
感動的な再会のはずだった。けれどどうしてだろう。流暢に語るルビアスの言葉が口先だけのように聞こえるのは。
「ただ、あまりのことに驚いただけさ。それに何か誤解があるようだ。疲れているだろう? 即位式が終わったらゆっくり話し合おう」
ルビアスは足早にシレイネへと近付く。けれどその手が届く前に彼女の背後から現れた影に阻まれた。
「触るな」
鋭い制止にルビアスが怯む。
シレイネを護るように立ちはだかる男は聖女とは真逆の黒を背負っていた。全身を覆い隠す黒いローブのせいで得体が知れない。しかし放たれた声は鋭利だが、寄り添う姿は従者のように献身的だ。
「おい、無礼だぞ。それに一体どこから」
王子であることを理由にルビアスが咎めると、黒いローブは花びらのように消えていく。その下から現れた挑発的な赤い瞳は見知った顔だった。
「カイン?」
「あれ、覚えてたんだ。俺のこと」
乱れていた黒髪を梳き、軽口を叩く青年の口調はルビアスを見下している。
「ねえ、あれって魔術師様?」
「間違いないわ。あの美しいお顔! 私、旅立ちの日にこの目で見たもの」
再び大聖堂は混乱に陥る。聖女の帰還だけでも信じられないことなのに、勇者の旅に同行し、数々の偉業を成し遂げた魔術師カインも現れたのだ。
彼の訃報は報じられていないが、王都へ戻って来たとも伝えられていない。噂では魔法にしか興味がないため、新たな旅に出たと語られていた。
「護ってくれてありがとう、カイン。でも、私なら大丈夫ですよ?」
カインは見下すような視線から一転、シレイネに向け甘く微笑んだ。
「いいの。俺がそうしたかっただけ」
これはいったい誰だ?
彼を知る人間ならば、みなそう感じただろう。カインという魔術師は最強と名高いが、不愛想で無口。感情すらないのではと噂されるほど、物事に関心を示さない。整った顔立のため女性人気も高いが、無論興味を示すどころか笑みすら見せた事もない。
ともに旅をしたとはいえ、ルビアスには会話らしい会話をした記憶がない。彼にとってのカインは都合のいい優秀な魔術師というだけの印象だった。
それが嬉しそうに声を弾ませ、一人の女性に優しい眼差しを向けている。まるで動物が飼い主に懐いているようにも見えた。
「お前、本当にカインか?」
「あれ、やっぱり俺のことなんて忘れたって? あんなに助けてやったのに薄情な奴」
彼の言う通りルビアスは何度も助けられている。魔獣に襲われた時も、魔王城へたどり着いた時も。けれど彼らの間にあったのは仲間としての絆ではなく、金で雇われたという利害の一致だ。世間で語られている英雄譚も真実は少しばかり違っている。
「いや、だがお前はもっと……」
ろくに会話にも混ざらず、話しかけても頷くだけで終えてしまう。怯えている様子ではなかったから、人間が嫌いなのかと思っていた。だからこそシレイネ相手に見せた表情が忘れられない。
「お前、喋れたのか?」
「は? 当たり前じゃん。あんたと会話しなかったのは、単純にあんたのことが嫌いだから」
「はあっ!?」
「何、まさか好かれてると思ってた? なら今すぐ認識改めてよ。俺はずっと、あんたのことが嫌いだったってね。嫌いな奴と会話しても意味ないだろ。だから黙ってたの。けど俺、給料分の仕事はしてやっただろ?」
その通りだとルビアスは口籠る。魔王を倒すことができたのは、事実彼の功績も大きい。
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