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【2】勇者の旅

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 魔王を倒せばハッピーエンド。
 国には平和が訪れ、勇者と聖女は手を取り合い幸せに暮らす――

 けれど現実は、そう簡単にはいかない。
 この世界から魔王の脅威は去った。けれどその代償は大きく、勇者は最愛の聖女を失い悲しみに暮れている。

 溢れ出た瘴気によって滅びの危機に瀕した世界。
 瘴気は人々の心を蝕み、その生活を脅かすようになった。
 魔に当てられた獣は邪悪な力に支配され、怖ろしい姿に変異する。瘴気に染まった獣は凶悪な意思を植え付けられ人を襲う。
 瘴気は人の住まう土地にまで影響を与え、命ある者を衰弱させる。あらゆる生命を枯らし尽くし、放っておけばいずれ人の住める土地はなくなるだろう。 

 瘴気を封じることができるのは古の血を受け継ぐ者。それは王家に名を連ねる者を意味していた。
 勇敢な王子は自ら剣を取り、民を守るため仲間とともに各地をめぐる。
 心優しき聖女は瘴気を払い、戦いに傷ついた人々を癒す。
 奇跡を操る魔術師が力を使えば、行く手を阻む炎の中にも道が生まれた。

 英雄たちの活躍は国中に広まり、人々に希望を抱かせる。
 そして長い旅の末、ついに目的の地にたどり着いた。

 最後の戦いは瘴気によって凶暴化した魔性の王――すなわち魔王との壮絶な戦いとなるが、激しい戦いを制したのは勇者たちだった。
 魔王は倒され、彼らの活躍によって世界には再び平和が訪れようとしている。

 ただ一人、聖女の犠牲をもって――

 聖女の喪失は仲間たちだけではなく、国中に深い悲しみを与えた。戻る事のなかった英雄に、どれほどの人が涙を流しただろう。
 しかし勇者として戦った王子ルビアスは、彼女のためにも立ち止まるわけにはいかないと告げる。愛する婚約者を失って一番辛いはずの彼が取った行動は、悲しみに嘆く人々に未来への希望を抱かせた。

「魔王を倒した勇者、ルビアス殿下がついに即位されるよ!」

 民に祝福される中、大聖堂で行われるのはルビアス王子の即位式だ。魔王討伐の功績を称えられ、新たな時代の象徴となった彼は王になる。
 英雄の姿を一目見ようと、隣国からも参列者が集まり、大聖堂には収まりきらないほどの人が集まっていた。
 みな平和への第一歩を待ちわびている。この愛情深く勇敢な王子が導くのなら国は安泰だと喜んだ。

 眩い礼服に身を包んだルビアスが現れると大きな拍手が巻き起こる。白い正装は王子である彼を一層美しく輝かせていた。
 祭事を取り仕切る神官長の前でルビアスが膝を折る。
 悲しみを乗り越え立派な王になることを誓えば、美しい空も温かな日差しも、今日という日を祝福しているようだった。

 きっと亡き聖女も同じことを願うだろう。

 しかし王冠が授けられようとした瞬間、大聖堂内に突風が吹き荒れる。目を開けていられないほどの勢いから身を守ると、厳重に警備されていた扉が開いた。
 そうして現れたのが、戻ることのなかった聖女シレイネだ。

「生きていたのですね。聖女様!」

「ああ、ご無事でよかった!」

「こんなに嬉しい事はない!」

 異様な雰囲気に呑まれていた会場が、ようやく歓喜に包まれる。口々に呟かれる喜びの声は、やがて会場に入れなかった者たちにも伝わった。この国が真の喜びに包まれるまでに時間はかからないだろう。
 けれど喜びが広がれば広がる程、ルビアスは蒼白になっていく。

「お、お前は、死んだはずで……何故ここに……」

 声は震えていた。それは喜びというより怯えているように見える。
 人々は不思議に思う。最愛の人が戻って来たのにどうして怯えているのだろうと。割れんばかりの歓声が聖女の帰還を祝福している。王子殿下もその一人ではないのかと。

「ひっ――!」

 シレイネがまた一歩近付けば、口からは悲鳴のような呻きが零れた。対してシレイネは気にする素振りもなく、どこまでも穏やかな様子を崩さない。

「おめでたい日ですもの。お祝いに駆けつけたのですが、喜んではいただけないのですか? それとも、殺したはずの人間が現れて驚いたのでしょうか?」

 シレイネは微笑みさえ浮かべているのに、氷のような冷たさを与えた。
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