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【春】思い出の卵焼き3
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食器の返却は各自で行うのがルール。僕が返却口へと向かうと、やっぱりだ。寮母さんが待ち構えていた。わざわざ片付けの手を止めてまで足を運んでくれる。けど僕の方にも言いたいことがあったから、正直なところ助かった。
「卵焼き、美味しかったですよ」
「それは良かったです」
食器を受け取りながら寮母さんは言う。特に自慢することもなく、ひけらかしもせず、ただ僕の感想に相づちを打つ。
「でもなんで、どうしてわかったんですか!?」
井上や藤田、そして僕。この三人だけでも家庭の味や好みは分かれていた。それなのにどうして正確に見抜けたんだろう。
「聞いてきました」
「聞いたって誰に……あっ、もしかして、おじいちゃん?」
僕のおじいちゃんはこの学校の校長先生を勤めている。誰にも言ってはいないけど、学校で働いている寮母さんなら知っていても不思議はないと思った。でも寮母さんは今初めてその可能性に気づいたみたいだ。
「ではそういうことで」
「ではって、明らかに嘘じゃないですか……」
「まあまあ。私のことはいいんですよ」
やんわりとそれ以上踏み込むことを阻止される。なんだよ、自分はずかずかと僕の方へ踏み込むくせに。けど問い詰めたところで寮母さんはにこにこと笑っているだけだ。ならせめて、もう一つの質問には答えてもらう。
「寮母さんは、どうして僕に構うんですか。僕なんて性格悪くて、捻くれてて……朝だって寮母さんを困らせました。僕に話しかけても良いことないですよ。なのに、どうして……」
言葉を詰まらせると寮母さんが今度は堂々と答えてくれる。
「私は寮母です。私には寮生であるみなさんを守る義務がありますから」
「それ、仕事ってことですよね」
また捻くれたことを言ってしまった。これじゃあまるで、仕事だから優しいんですねと責めているみたいじゃないか。
「そうですね。これは私の仕事です。でも私は、自分の意思でこの仕事を選びました。これまで無為に時を過ごしてきた私にとって、寮母という仕事はとてもやりがいのあるものなんです」
胸に手を当てて語る寮母さんは過去を思い返しているのかもしれない。とても嘘を吐いているとは思えなかった。
「あの、卵焼き、なんですけど……。本当に美味しかったです!」
もうどうやって調べたかなんて関係ない。それよりも先に言うべきことがあったんだ。寮母さんがこんなにも僕たちのためを想ってくれているのなら、僕にも伝えるべきことがある。
「ありがとうございました」
寮母さんはぱちぱちと大きな瞳を瞬かせていた。そんなにも驚かせることを言っただろうか。次いで寮母さんは目尻を下げて嬉しそうに答えてくれた。
「卵焼きくらい、お安いご用です。慣れない生活って、どうしても疲れてしまいますよね。私は少しでも生徒のみなさんの力になりたいんです。この寮を卒業される日まで、精一杯みなさんのことを守りますから、安心して生活して下さいね!」
カウンターから身を乗り出す寮母さんに圧倒される。この人は心からこの仕事が好きで、誇りを持っていることが伝わった。
「寮母さんて……凄いんですね」
僕に言えたのはそれだけだ。本当に心の底から凄いと尊敬している。
「寮母ですからね」
「なんですか、それ」
何言ってるんだ、この人は……
呆れながらも僕は自分が笑っていることに気付いていた。懐かしい卵焼きのせいか、朝の憂鬱な気分はどこかに消えていた。味気なかったはずの食事一つでこんなにも一日は変わることを、その日僕は知ったんだ。
「卵焼き、美味しかったですよ」
「それは良かったです」
食器を受け取りながら寮母さんは言う。特に自慢することもなく、ひけらかしもせず、ただ僕の感想に相づちを打つ。
「でもなんで、どうしてわかったんですか!?」
井上や藤田、そして僕。この三人だけでも家庭の味や好みは分かれていた。それなのにどうして正確に見抜けたんだろう。
「聞いてきました」
「聞いたって誰に……あっ、もしかして、おじいちゃん?」
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「ではそういうことで」
「ではって、明らかに嘘じゃないですか……」
「まあまあ。私のことはいいんですよ」
やんわりとそれ以上踏み込むことを阻止される。なんだよ、自分はずかずかと僕の方へ踏み込むくせに。けど問い詰めたところで寮母さんはにこにこと笑っているだけだ。ならせめて、もう一つの質問には答えてもらう。
「寮母さんは、どうして僕に構うんですか。僕なんて性格悪くて、捻くれてて……朝だって寮母さんを困らせました。僕に話しかけても良いことないですよ。なのに、どうして……」
言葉を詰まらせると寮母さんが今度は堂々と答えてくれる。
「私は寮母です。私には寮生であるみなさんを守る義務がありますから」
「それ、仕事ってことですよね」
また捻くれたことを言ってしまった。これじゃあまるで、仕事だから優しいんですねと責めているみたいじゃないか。
「そうですね。これは私の仕事です。でも私は、自分の意思でこの仕事を選びました。これまで無為に時を過ごしてきた私にとって、寮母という仕事はとてもやりがいのあるものなんです」
胸に手を当てて語る寮母さんは過去を思い返しているのかもしれない。とても嘘を吐いているとは思えなかった。
「あの、卵焼き、なんですけど……。本当に美味しかったです!」
もうどうやって調べたかなんて関係ない。それよりも先に言うべきことがあったんだ。寮母さんがこんなにも僕たちのためを想ってくれているのなら、僕にも伝えるべきことがある。
「ありがとうございました」
寮母さんはぱちぱちと大きな瞳を瞬かせていた。そんなにも驚かせることを言っただろうか。次いで寮母さんは目尻を下げて嬉しそうに答えてくれた。
「卵焼きくらい、お安いご用です。慣れない生活って、どうしても疲れてしまいますよね。私は少しでも生徒のみなさんの力になりたいんです。この寮を卒業される日まで、精一杯みなさんのことを守りますから、安心して生活して下さいね!」
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僕に言えたのはそれだけだ。本当に心の底から凄いと尊敬している。
「寮母ですからね」
「なんですか、それ」
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呆れながらも僕は自分が笑っていることに気付いていた。懐かしい卵焼きのせいか、朝の憂鬱な気分はどこかに消えていた。味気なかったはずの食事一つでこんなにも一日は変わることを、その日僕は知ったんだ。
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