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【5】救出

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(だめ、外れない。そうよね、何度やっても駄目だったもの。私は今日ここで死ぬのね)

 そんな体力はないと思っていたのに、目尻から涙が零れた。とっくに心までひからびたと思っていたのに。
 煙が這い寄り咳が出る。喉が熱く、目が霞む。空気まで熱を帯びていて、近くで火が爆ぜる気配がした。

(もう一度外に出たかった)

 懐かしい夢を見たせいか、今日の自分はどん欲だ。諦めかけていた外への渇望が消えない。

(もう一度会いたかった)

 家族に見放された。裏切られ、絶望するレジーナにとって、初恋の思い出だけが壊れそうな心の支えだった。
 目を閉じると憧れの人の無邪気な笑みが浮かぶ。今となっては十年以上も前のことなので、きっと立派な青年へと成長しているだろう。そう思えば余計に願望が募る。

(会いたい。アンセル様……)

 ――ジーナ。レジーナ!

 消えかけた意識に誰かが語りかける。もう長く呼ばれることのなかった自分の名前だ。

「レジーナ!」

 投げ出した身体を揺すられ、頬に触れた手の温かさに目を開く。

(もう疲れたのに。邪魔をするのは誰?)

「レジーナ!」

(――え?)

 大好きだった月の瞳が目に飛び込む。艶やかな黒髪に、精悍な顔つきの青年が、必死に自分の名を繰り返していた。

「アンセル、さま?」

 かさついた唇が震え、懐かしい名前が零れた。

「俺を覚えているのか?」

 黄金の瞳が僅かに揺れ、それを美しいと思った。もう随分と目にすることのなかった天井以外の色だ。

「ほんとうに、アンセルさま?」

「良かった……」

 突然のことに驚いていると温もりが離れ、足に纏わりつく鎖をアンセルが腰の剣で破壊する。レジーナが何度破壊しようとしても無理だった鎖が一撃だ。どうやら外からの干渉には脆い造りらしいく、レジーナを抱き上げたアンセルは迷わず出口を目指そうとする。
 だが迫る炎は待ってくれない。毎日見上げていた天井が黒く染まり、危ないと感じた時には崩落していた。
 この部屋では魔法が使えない。アンセルもそれを知っているのか、レジーナを胸に庇おうとする。

(だめ!)

 アンセルを助けたいと思えば、足の鎖が外れたおかげでいつもより身体が軽いことに気がついた。瞬時に膨大な魔力を練り、僅かな可能性に賭け全力で風の魔法を放つ。
 久しぶりの魔法はレジーナの想像以上の効果を発揮し瓦礫を吹き飛ばした。本人が知ることはないが、長年魔力を奪われてきたことで魔力量が増えていたのだ。
 ただしそれは一瞬の奇跡。すぐに魔方陣が魔力を吸収し始める。窮地は免れたが膨大な魔力を根こそぎ奪われたレジーナは目の前が暗くなった。

「レジーナ!」

(アンセル様の声がする。良かった。アンセル様は無事なのね)

 最期に憧れの人に会えた。彼を救うことができた。もう後悔はないとレジーナは意識を手放した。
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