人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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 陛下に抱き潰されて眠っていた私の鼻先に、何か柔らかいものが触れる。
『アナティアリアス?』
 目を開けるとレジーヌが肉球を私の鼻先にちょんと押し付けていた。
『アナティアリアス、おねぼうさん』
 レジーヌのアイスブルーの瞳が私をじっと見ていた。
「レジーヌ……、起こしてくれたの?」
 レジーヌは抱きかかえられるくらいのいつもの小さいサイズに戻っている。
『あのね、アナバスすごくおこってるの。とってもこわいの』
 その言葉にハッとして、がばっと起き上がる。
「陛下!」
 部屋を見渡しても陛下はいない。
 そう、陛下はもの凄くお怒りだった。
 今まで見た事がない位にお怒りだった。
 レジーヌに助けられてその背に乗せてもらって陛下の元に連れて行ってもらったけど、その目が合ってる時に、とても心配して下さっていた事もそしてこの所業を成した者達全員に凄く凄くお怒りな事も解った。
 私が唇を噛んで俯いていると、レジーヌは私の顔を小首を傾げて覗き込んだ。
 レジーヌは私を林で助けてくれたあの鹿から念話を貰ったらしい。
 私が大変な事が分かったので、助けに来てくれたそうだ。
 そんな事が可能になったのは、神獣様のご加護のおかげなんだそう。
 ご加護を下さった事で、魔力も強くなったみたいだし、こうして幻獣との意思疎通も容易になった。
 何より幻獣は神獣様から加護を受けた人間をとても大切にするのだそうで、助力を惜しまないらしい。
 神獣様のおかげで本当に色々と助かった。ビアニアに連れて行かれずに済んだのは魔力が格段に上がっていた事と、こうして幻獣に助けてもらえたからだ。今度お会いする機会があったら必ずお礼を言おう。
 私はレジーヌの頭を優しく撫でる。
「大丈夫よ。ありがとう、起こしてくれて」
 私は自分が裸な事に気が付いて、ベッドの周辺を見渡すけど、私の服は見当たらない。
 とても嫌な予感がする。
 あれだけお怒りの陛下が私を連れ去ろうとした人達を許すとは思えない。
「……どうしよう……服が……」
 もう一度辺りをきょろきょろ見渡して、やっぱり無い事を確認する。
 ……多分、陛下が隠してしまったんだ……。
 私は意を決して、ベッドからシーツをはぎ取った。
 そしてそれを裂いて腰紐を作る。
 面積の大きな方は体に巻き付けて裂いた小さなひも状のシーツは腰に巻いた。
 一国の王妃がこんな恰好で人前に出ちゃいけない事はわかってるけど、でも、陛下はきっと私に見ていて欲しくない何かを考えている。
 絶対にお止めしないと。
 私はその恰好で甲板まで降りる。
 軍港を取り仕切るラヤラさんが私を見てぎょっとした。
「王妃、なんつう恰好してんすか?!」
「ラヤラさん! 陛下はどこ?!」
 他の海兵さん達も私の恰好に動揺して、見ないふりをしたり目を逸らしたりしてくれる。
「ああ、今は王妃が乗ってた商船に移ってるっすよ?」
 私は船の縁に寄ってあの商船を見る。船の上には確かに拘束された人々が叩頭し、陛下が甲板にいる。
 帆桁から吊るされた数十人の男の人達が泣き叫んでるのが分かった。
 急がないと!
「レジーヌ! もう一回、大きくなれる?」
『なれるの』
「あの船まで乗せて行ってくれる?」
『のせてあげるの』
 レジーヌはそう言うと大きくなって私を背中に乗せてくれた。
 船から船まで一駆けで到着した。
「陛下!」
 私は空から陛下をお止めする為に叫んだ。
 陛下はそれを見上げると一瞬目を見開いた。
 空から船に降り立った私に歩み寄って、陛下は着ていた軍服の上着を脱ぎ、私に着せる。
 私は軍服を着せられながら陛下を見上げた。
「陛下? あの者達は何故吊るされているのですか? どうしてあんなに泣き叫んでいるのですか?」
 陛下は私を見下ろして事も無げに言った。
「あれらは凌遅刑に処す」
 私はその言葉に絶句する。
「……っ!!!! 待って下さい! そんな、凌遅刑だなんて、だってあの方達はただの船員さん達でしょう?!」
「見ていられんなら儂の船室に戻っていろ」
「陛下……! 本気でそんな非道な事をなさるつもりですか?!」
 陛下は感情の見えない仮面王としての顔で私に向き合った。
「これだけコケにされて甘い処分ではグリムヒルトの名折れ。この国の王が海賊の末裔である事を内外に知らしめるのにこれはちょうど良い機会だ」
「ダメです、陛下! こんな事は許されません! 裁きの機会も与えずに凌遅刑だなんて、それこそグリムヒルトの名折れです!」
 陛下は本当に人形か何かになってしまった様に何の感情も篭もらない声でサラリと答える。
「裁きならこの儂自ら下してやった。結果凌遅刑に決まった。それで何の問題がある」
 私は必死に陛下に取り縋る。
「それでは何の為にこの国には法があってそれを司る法相様がいらっしゃるのですか?! 陛下がご自分の一存で法を曲げて刑を決めてしまっては国の荒れる原因にもなります! どうか、お考え直し下さい!」
「何故、お前がこれらを庇う? こ奴らに攫われた当の本人であろう?」
「だからこそです! 私が原因で起こった変事であるからこそ、きちんと法に則って裁きを下して頂きたいのです!」
 長い沈黙の後少しだけ、陛下の翠色の瞳の奥に感情の色が見えた。
「……儂はな、レイティア、どうしても許せぬのだ」
 陛下のお顔を見上げて、真っすぐにその瞳を見つめた。
「何を、ですか?」
「儂はな、玉座など幾らでもくれてやるし、儂の首を望むのならそれもまあくれてやっても良い。だがな、お前を取り上げられる事だけはどうしても我慢ならん。何一つ許してやる気はない」
 そう言うと陛下はお顔を上げた。刑の執行を命じようとしている。

「陛下!! 私を本当に傾国の王妃にしないで下さいっ!!」

 私は必死に叫んだ。
 その言葉に陛下は私にお顔を戻して、じっと見た。
「……叛逆軍の者に言われました。お前は傾国の王妃で、陛下を誑かす悪女だと……。陛下が私の為にこうして怒って下さって、そしてその為に法を曲げて行き過ぎた私刑をなさるのであれば、私は真実、傾国の王妃です」
 泣きたくないのに、勝手にポロポロと涙が零れてしまう。
 もし陛下が私の為に道を踏み外すなら、私はこの国の王妃ではいられない。
 それこそ本当に、排斥されなきゃならない王妃だろう。
「もし、陛下が私の為に道を踏み外すのであれば、離縁し、他国へと亡命致します」
 私は陛下が、アナバス様が大好きだ。ずっと傍にいたいし、離縁なんてしたくない。
 でも、陛下は民を背負っている。もし私が背負っているものを失念させてしまう様な存在なら、私は陛下の邪魔にしかなっていない。
 私は、陛下に……アナバス様に生きていて欲しい。
 民をかなぐり捨てて私に惚けてしまう様な事があったら、それは陛下がいつか首を刎ねられてしまう原因になる。
 ……だったら、私は別れを選ぶ。……絶対に生きていて欲しいから。

 ポロポロ涙に濡れる頬を陛下が指先で拭ってくれて、そして大きな溜息を吐いた。

「わかった……。裁きは法相に任せる」
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