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レイティアは気をやった。
ベッドに沈むレイティアを見つめて髪を撫で、頬を撫でる。
そしてその瞼にキスを落として、唇に口づけた。
レイティアの服を拾い上げて、それを手に船室を後にする。
甲板までの道すがら、船の縁から手に持った服を海に落とした。
甲板に着くとまだ交戦中だった。
「で、状況は?」
ラヤラが儂を振り返り、腰に手を当てて言った。
「そりゃ、軍師閣下が相手で逃げ延びようなんて無理っしょ?」
ここに降りて来る頃にはもう終わっているかと思ったが、恐らく証拠の保全の為に、慎重に戦っているのだろう。
儂は戦の様子をただただ眺めていた。
軍師が指揮を執り、セイレーン殿が乗っている以上、この商船が逃げ延びられる可能性は万に一つもない。
そうこうしている内に、相手の船の横腹を捕らえ、桟橋が架けられてセイレーン殿が先陣を切って商船に乗り込んだようだ。
遠目からもセイレーン殿の華麗な演武の様な斬撃が見えている。
セイレーン殿も相当頭にきているのだろう。
一人で一隻を墜とすつもりらしい。
見事なものだ。全員峰打ちで次々に墜としていく。
今回、茶会の席の護衛にセイレーン殿をつけなかったのは儂の失態だ。
今後は同席するよう要請するとしよう。自らの主の為ならばあの女も喜んで出席するだろう。
相手の5隻の船は降伏の白い旗を上げる。
儂はその降伏を認め、5隻の船は拿捕に至る。
占領した相手の船の甲板には捕らえられ縄を掛けられた船員達が集められている。
儂はレイティアの乗っていた一番豪奢で大きな船に乗り移り、甲板に降り立った。
「この船は商船だな。ならこの船の所有者は誰だ」
軍船であれば、指揮官である船長が責任者となるが、商船の場合は船長はただの雇われで、船の運航の責任者でしかない。
恐らく一番上等な絹の服を着ているあの男だろうが、自ら名乗り出る気概はあるのだろうか?
「手前でございます、グリムヒルト国王陛下」
後ろ手に縄を打たれたまま、その上等な絹に身を包んだ男は叩頭する。
「お前が絵を描いたか? なかなかに楽しませてもらったぞ」
「いえいえ、一介の商人でしかない手前などではこの様な壮大な策など弄せる筈がございません」
「ほう……? 頭を上げよ」
頭を上げた男は、余裕の笑みを見せて儂の目を見上げた。
「お前がデル・オレモ商会の代表か?」
「はい、手前はオマール・フィゲーラス・アルカラ。仰せの通り、デル・オレモ商会の代表でございます」
「さて、アルカラよ。お前が今から出来る事は生き延びる為の命乞いだけだ」
「ほほ、足掻かせて頂きましょう。……国王陛下、身中の虫をお飼いのようですね」
アルカラは目の奥に企みを乗せた。
「お前が歌ってくれるという事か?」
「ええ、お知りになりたくはないですか? その虫の名を」
儂は冷えた目でそれを見た。
「つまらん。その程度の情報ならば調べれば幾らでも辿り着ける。お前が歌うべきものはそれではなかろう?」
「……その者とのやり取りの記録、証人、全て用意出来ておりますよ?」
儂は船の縁に凭れかかり、腕を組んだ。
「……予め、こうなる事も考慮し策を弄しておったか」
アルカラは笑う。
「私は商人故、損害を恐れるのですよ。……しかし手前はどうやら国王陛下の逆鱗に触れてしまった様子」
「それがわかっているならば、それ以上の餌を撒け。そうでなければ儲けも何もないぞ」
アルカラは儂を黙って見つめる。
しばらく儂を計る様な目で見ていたが、大きな溜息を吐いて観念した様に言った。
「命には代えられませんね、大元のご依頼主についても解る範囲でお話しさせて頂きます」
恐らく、あの似非王子には届かない。だが一矢位は報いてやろう。
「では、アルカラ。お前の命は救ってやろう。しかし、他の者は許さん」
儂は王軍の兵士達に告げた。
「このアルカラ以外この船の船員は皆、凌遅刑に処す」
捕らえられた者達だけでなく、グリムヒルトの兵達もしんと黙り込んでしまう。
この海原で波の音だけが響いていた。
しばしの沈黙の後、アルカラが口を開く。
「……国王陛下、全て吐きます故、どうか彼の者達もご助命下さいませんか?」
「それはお前の命分だ。全てを救ってやる謂れはない」
セイレーン殿が儂に叫ぶように言った。
「ふざけるな! 生け捕りにしろと命じたのはお前だろう! 一体何のつもりだ!」
儂はセイレーン殿に至って真面目な顔で答えてやった。
「なあ、セイレーン殿? 此度の事はお前も相当頭にきておるのだろう?」
「……もちろんだ」
セイレーン殿はその真意を問う様に儂をじっと見据えた。
「儂はな、その万倍は頭にきておる。何一つ許してやるつもりなどない」
そう、アルカラも今は命だけは助けてやる。
しかしこの男は依頼主について口を割り、挙句自身が雇った船団全ての人間の命と引き換えに自らの命を乞うたとプトレドで噂を流してやる。
そうすればこの男に依頼をしようという者も雇われようという者もいなくなる。
信用が地に落ちてしまえば商売どころではなくなるだろう。
この世の辛酸を舐めてから改めて死んでもらう。
「……だからと言ってただ雇われただけの船員達を凌遅刑だと?! レイティア様がお許しになる筈がないだろう! レイティア様をどこへやった!」
そう、許す筈がない。あれには眠っていてもらわねば困る。故に服も捨ててやった。
あれが眠っている間に、この場の愚か者達全員に制裁を。
そうでなければ、儂の怒りが収まらん。
ベッドに沈むレイティアを見つめて髪を撫で、頬を撫でる。
そしてその瞼にキスを落として、唇に口づけた。
レイティアの服を拾い上げて、それを手に船室を後にする。
甲板までの道すがら、船の縁から手に持った服を海に落とした。
甲板に着くとまだ交戦中だった。
「で、状況は?」
ラヤラが儂を振り返り、腰に手を当てて言った。
「そりゃ、軍師閣下が相手で逃げ延びようなんて無理っしょ?」
ここに降りて来る頃にはもう終わっているかと思ったが、恐らく証拠の保全の為に、慎重に戦っているのだろう。
儂は戦の様子をただただ眺めていた。
軍師が指揮を執り、セイレーン殿が乗っている以上、この商船が逃げ延びられる可能性は万に一つもない。
そうこうしている内に、相手の船の横腹を捕らえ、桟橋が架けられてセイレーン殿が先陣を切って商船に乗り込んだようだ。
遠目からもセイレーン殿の華麗な演武の様な斬撃が見えている。
セイレーン殿も相当頭にきているのだろう。
一人で一隻を墜とすつもりらしい。
見事なものだ。全員峰打ちで次々に墜としていく。
今回、茶会の席の護衛にセイレーン殿をつけなかったのは儂の失態だ。
今後は同席するよう要請するとしよう。自らの主の為ならばあの女も喜んで出席するだろう。
相手の5隻の船は降伏の白い旗を上げる。
儂はその降伏を認め、5隻の船は拿捕に至る。
占領した相手の船の甲板には捕らえられ縄を掛けられた船員達が集められている。
儂はレイティアの乗っていた一番豪奢で大きな船に乗り移り、甲板に降り立った。
「この船は商船だな。ならこの船の所有者は誰だ」
軍船であれば、指揮官である船長が責任者となるが、商船の場合は船長はただの雇われで、船の運航の責任者でしかない。
恐らく一番上等な絹の服を着ているあの男だろうが、自ら名乗り出る気概はあるのだろうか?
「手前でございます、グリムヒルト国王陛下」
後ろ手に縄を打たれたまま、その上等な絹に身を包んだ男は叩頭する。
「お前が絵を描いたか? なかなかに楽しませてもらったぞ」
「いえいえ、一介の商人でしかない手前などではこの様な壮大な策など弄せる筈がございません」
「ほう……? 頭を上げよ」
頭を上げた男は、余裕の笑みを見せて儂の目を見上げた。
「お前がデル・オレモ商会の代表か?」
「はい、手前はオマール・フィゲーラス・アルカラ。仰せの通り、デル・オレモ商会の代表でございます」
「さて、アルカラよ。お前が今から出来る事は生き延びる為の命乞いだけだ」
「ほほ、足掻かせて頂きましょう。……国王陛下、身中の虫をお飼いのようですね」
アルカラは目の奥に企みを乗せた。
「お前が歌ってくれるという事か?」
「ええ、お知りになりたくはないですか? その虫の名を」
儂は冷えた目でそれを見た。
「つまらん。その程度の情報ならば調べれば幾らでも辿り着ける。お前が歌うべきものはそれではなかろう?」
「……その者とのやり取りの記録、証人、全て用意出来ておりますよ?」
儂は船の縁に凭れかかり、腕を組んだ。
「……予め、こうなる事も考慮し策を弄しておったか」
アルカラは笑う。
「私は商人故、損害を恐れるのですよ。……しかし手前はどうやら国王陛下の逆鱗に触れてしまった様子」
「それがわかっているならば、それ以上の餌を撒け。そうでなければ儲けも何もないぞ」
アルカラは儂を黙って見つめる。
しばらく儂を計る様な目で見ていたが、大きな溜息を吐いて観念した様に言った。
「命には代えられませんね、大元のご依頼主についても解る範囲でお話しさせて頂きます」
恐らく、あの似非王子には届かない。だが一矢位は報いてやろう。
「では、アルカラ。お前の命は救ってやろう。しかし、他の者は許さん」
儂は王軍の兵士達に告げた。
「このアルカラ以外この船の船員は皆、凌遅刑に処す」
捕らえられた者達だけでなく、グリムヒルトの兵達もしんと黙り込んでしまう。
この海原で波の音だけが響いていた。
しばしの沈黙の後、アルカラが口を開く。
「……国王陛下、全て吐きます故、どうか彼の者達もご助命下さいませんか?」
「それはお前の命分だ。全てを救ってやる謂れはない」
セイレーン殿が儂に叫ぶように言った。
「ふざけるな! 生け捕りにしろと命じたのはお前だろう! 一体何のつもりだ!」
儂はセイレーン殿に至って真面目な顔で答えてやった。
「なあ、セイレーン殿? 此度の事はお前も相当頭にきておるのだろう?」
「……もちろんだ」
セイレーン殿はその真意を問う様に儂をじっと見据えた。
「儂はな、その万倍は頭にきておる。何一つ許してやるつもりなどない」
そう、アルカラも今は命だけは助けてやる。
しかしこの男は依頼主について口を割り、挙句自身が雇った船団全ての人間の命と引き換えに自らの命を乞うたとプトレドで噂を流してやる。
そうすればこの男に依頼をしようという者も雇われようという者もいなくなる。
信用が地に落ちてしまえば商売どころではなくなるだろう。
この世の辛酸を舐めてから改めて死んでもらう。
「……だからと言ってただ雇われただけの船員達を凌遅刑だと?! レイティア様がお許しになる筈がないだろう! レイティア様をどこへやった!」
そう、許す筈がない。あれには眠っていてもらわねば困る。故に服も捨ててやった。
あれが眠っている間に、この場の愚か者達全員に制裁を。
そうでなければ、儂の怒りが収まらん。
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