上 下
187 / 200

187

しおりを挟む
 レイティアは気をやった。
 ベッドに沈むレイティアを見つめて髪を撫で、頬を撫でる。
 そしてその瞼にキスを落として、唇に口づけた。
 レイティアの服を拾い上げて、それを手に船室を後にする。
 甲板までの道すがら、船の縁から手に持った服を海に落とした。
 甲板に着くとまだ交戦中だった。
「で、状況は?」
 ラヤラが儂を振り返り、腰に手を当てて言った。
「そりゃ、軍師閣下が相手で逃げ延びようなんて無理っしょ?」
 ここに降りて来る頃にはもう終わっているかと思ったが、恐らく証拠の保全の為に、慎重に戦っているのだろう。
 儂は戦の様子をただただ眺めていた。
 軍師が指揮を執り、セイレーン殿が乗っている以上、この商船が逃げ延びられる可能性は万に一つもない。
 そうこうしている内に、相手の船の横腹を捕らえ、桟橋が架けられてセイレーン殿が先陣を切って商船に乗り込んだようだ。
 遠目からもセイレーン殿の華麗な演武の様な斬撃が見えている。
 セイレーン殿も相当頭にきているのだろう。
 一人で一隻を墜とすつもりらしい。
 見事なものだ。全員峰打ちで次々に墜としていく。
 今回、茶会の席の護衛にセイレーン殿をつけなかったのは儂の失態だ。
 今後は同席するよう要請するとしよう。自らの主の為ならばあの女も喜んで出席するだろう。
 相手の5隻の船は降伏の白い旗を上げる。
 儂はその降伏を認め、5隻の船は拿捕に至る。
 占領した相手の船の甲板には捕らえられ縄を掛けられた船員達が集められている。
 儂はレイティアの乗っていた一番豪奢で大きな船に乗り移り、甲板に降り立った。
「この船は商船だな。ならこの船の所有者は誰だ」
 軍船であれば、指揮官である船長が責任者となるが、商船の場合は船長はただの雇われで、船の運航の責任者でしかない。
 恐らく一番上等な絹の服を着ているあの男だろうが、自ら名乗り出る気概はあるのだろうか?
「手前でございます、グリムヒルト国王陛下」
 後ろ手に縄を打たれたまま、その上等な絹に身を包んだ男は叩頭する。
「お前が絵を描いたか? なかなかに楽しませてもらったぞ」
「いえいえ、一介の商人でしかない手前などではこの様な壮大な策など弄せる筈がございません」
「ほう……? 頭を上げよ」
 頭を上げた男は、余裕の笑みを見せて儂の目を見上げた。
「お前がデル・オレモ商会の代表か?」
「はい、手前はオマール・フィゲーラス・アルカラ。仰せの通り、デル・オレモ商会の代表でございます」
「さて、アルカラよ。お前が今から出来る事は生き延びる為の命乞いだけだ」
「ほほ、足掻かせて頂きましょう。……国王陛下、身中の虫をお飼いのようですね」
 アルカラは目の奥に企みを乗せた。
「お前が歌ってくれるという事か?」
「ええ、お知りになりたくはないですか? その虫の名を」
 儂は冷えた目でそれを見た。
「つまらん。その程度の情報ならば調べれば幾らでも辿り着ける。お前が歌うべきものはそれではなかろう?」
「……その者とのやり取りの記録、証人、全て用意出来ておりますよ?」
 儂は船の縁に凭れかかり、腕を組んだ。
「……予め、こうなる事も考慮し策を弄しておったか」
 アルカラは笑う。
「私は商人故、損害を恐れるのですよ。……しかし手前はどうやら国王陛下の逆鱗に触れてしまった様子」
「それがわかっているならば、それ以上の餌を撒け。そうでなければ儲けも何もないぞ」
 アルカラは儂を黙って見つめる。
 しばらく儂を計る様な目で見ていたが、大きな溜息を吐いて観念した様に言った。
「命には代えられませんね、大元のご依頼主についても解る範囲でお話しさせて頂きます」
 恐らく、あの似非王子には届かない。だが一矢位は報いてやろう。
「では、アルカラ。お前の命は救ってやろう。しかし、他の者は許さん」
 儂は王軍の兵士達に告げた。
「このアルカラ以外この船の船員は皆、凌遅刑に処す」
 捕らえられた者達だけでなく、グリムヒルトの兵達もしんと黙り込んでしまう。
 この海原で波の音だけが響いていた。
 しばしの沈黙の後、アルカラが口を開く。
「……国王陛下、全て吐きます故、どうか彼の者達もご助命下さいませんか?」
「それはお前の命分だ。全てを救ってやる謂れはない」
 セイレーン殿が儂に叫ぶように言った。
「ふざけるな! 生け捕りにしろと命じたのはお前だろう! 一体何のつもりだ!」
 儂はセイレーン殿に至って真面目な顔で答えてやった。
「なあ、セイレーン殿? 此度の事はお前も相当頭にきておるのだろう?」
「……もちろんだ」
 セイレーン殿はその真意を問う様に儂をじっと見据えた。
「儂はな、その万倍は頭にきておる。何一つ許してやるつもりなどない」
 そう、アルカラも今は命だけは助けてやる。
 しかしこの男は依頼主について口を割り、挙句自身が雇った船団全ての人間の命と引き換えに自らの命を乞うたとプトレドで噂を流してやる。
 そうすればこの男に依頼をしようという者も雇われようという者もいなくなる。
 信用が地に落ちてしまえば商売どころではなくなるだろう。
 この世の辛酸を舐めてから改めて死んでもらう。
「……だからと言ってただ雇われただけの船員達を凌遅刑だと?! レイティア様がお許しになる筈がないだろう! レイティア様をどこへやった!」
 そう、許す筈がない。あれには眠っていてもらわねば困る。故に服も捨ててやった。

 あれが眠っている間に、この場の愚か者達全員に制裁を。
 そうでなければ、儂の怒りが収まらん。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

アウローラの望まれた婚姻

桃井すもも
恋愛
アウローラはスタンリー伯爵家の嫡女である。二人姉妹の姉であり、将来の伯爵家当主として後継教育を受けていた。 学園から戻ったその日、アウローラは当主である母に呼ばれる。 急ぎ向かった母の執務室で聞かされたのは、アウローラの婚姻についてであった。 後継である筈のアウローラが嫁ぐ事となった。そうして家は妹のミネットが継ぎ、その伴侶にはアウローラの婚約者であったトーマスが定められた。 ミネットとトーマスは、予てより相愛の関係にある。 一方、「望まれた婚姻」として新たに婚約を結んだのは、アウローラも噂で知る人物であった。 ❇R15短編→R18&長編になりました。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく公開後にこっそりしれっと激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。 ❇登場人物のお名前が他作品とダダ被りしておりますが、皆様別人でございます。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。妄想なので史実とは異なっております。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」

「お前が死ねばよかった」と言われた夜

白滝春菊
恋愛
最愛の姉を事故で失ったユミルリアは姉の代わりに公爵家に嫁ぐことを余儀なくされる。 期待と不安が入り混じる初夜、夫であるヴィクトルから投げつけられた言葉は「お前が死ねばよかった」と冷酷そのものであった。 その言葉に深く傷つき、絶望の淵に立たされる中、夫は冷徹な軍人として妻に対しても容赦なく世継ぎを産ませようと無理やり体を重ねる続ける。 愛されることなく、身代わりの花嫁として冷徹な夫に迫られる中で二人の関係は次第に悪化していく物語。 【ネタバレにつながる可能性があるため返信は控えさせていただきますが、読者さまからのさまざまな感想を楽しみにお待ちしております】 ムーンライトノベルズでも掲載します。

理不尽には理不尽でお返しいたします

わらびもち
恋愛
 父親が過去に起こした不始末の責任を負わされ、恋人のいる男へと嫁ぐことになった子爵令嬢アリッサ。    平民の恋人に入れ込むあまりに長く独身を貫いているという、どう考えても夫婦として上手くやっていけそうにない相手との結婚。拒みたくとも王命で定められたことなので拒否権は無い。  あまりにも理不尽な縁談。いくら王命とはいえあまりにもアリッサを蔑ろにし過ぎである。  しかし彼女は自分に降りかかった不幸を嘆くことなく、こう考えた。  周囲が私に理不尽な事を強いるのなら、私も理不尽な対応で返してやるわ……と。

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

精霊から貰った祝福のギフトは、夫の浮気映像でした

ハナミズキ
恋愛
誕生日パーティの当日に精霊のギフトが発動し、脳裏に流れてきたのは夫の浮気映像だった。 夫のシグルドは、トラウマで苦しんでいた私を子供の頃から支えてくれた人だった。 信頼できる彼だから、政略関係なく彼を愛し、夫に望んだ。彼となら終わらない苦しみを乗り越えて行けると思ったから。 でも結局、彼も他の男と同じだった。 私の幸せは、あっけなく崩れてしまった。 もう嫌だ。 誰か。 誰でもいい。 この力を私の中から消して。 精霊の祝福なんかいらない。 こんなの祝福じゃない。 私にとっては呪いでしかない。 お願い、誰か。 この呪いから私を助けて── ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ いつものごとく、ゆるふわ設定です。 内容が合わない方は静かにブラウザバックをお願いします。 中編未満くらいの長さです。 よろしくお願いします。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

処理中です...