人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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 馬に揺られて連れて来られたのは、グリムヒルト随一の交易港、ヴィエタ港だった。
 やはり荷物の様に担がれて馬から降ろされる。
「出港までの間、この木箱の中で大人しくしていろ」
 隊長は後ろにちらりと目をやる。視線の先には人質の赤ちゃんがいた。
 盛りではないとは言え、少しずつ暑くなってくる季節、お母さんからおっぱいを貰っていない赤ちゃんの体調が心配だ。
 赤ちゃんはお母さんがいない事に気が付いたのか、だんだんグズグズと泣き始めている。
 赤ちゃんを抱いている軍人は少し焦った様子を見せながら赤ちゃんを必死であやしていた。
「その赤子を黙らせろ」
 と抱っこする軍人に無茶な命令を下している。私は呆れて隊長の方を見る。
「……なんだ、何か文句でもあるのか?」
 そう言うと隊長は私の猿轡を取った。
「あのね? 相手は赤ちゃんよ? 大人しくしなさいって言って大人しくなんてなる訳ないでしょ? 泣くのが仕事なんだから」
「黙れ。騒がれては敵わん」
「あのね? だったらなんで赤ちゃんなんて人質に取ったの? 足手まといになるのなんてわかりきってるじゃない」
 私は更に呆れたように溜息交じりに言ってやった。
「こうして民を巻き込んだのはお前がさっさと捕まらないからだろう」
「あのね? どこの世界に海の向こうに連れて行かれると知っていて黙って捕まる人がいるの?」
「……もう充分に言いたい事は言ったな? では出港まで入っていろ」
 再び猿轡をはめられて、長方形の木箱の中に押し込められ、蓋をはめられる。
 私の入った箱はどこかに運ばれたらしい。
 木箱の外では何やら木の擦れる音がしたり、ザラザラと何かが木箱の中に流れ零れる様な音がする。
 多分おが屑か何かを流し込んでるんだ。私の入った木箱を更に大きな木箱に入れて、他の調度品や彫像なんかを一緒に入れてるんだろう。
 木箱の中に入れられてるから、検閲で外の大きな木箱を開けてもらえない限り私の入ったこの木箱にはきっと気が付いてもらえない。
 狭くて暗い木箱の中で色んな事をぐるぐると考えてしまう。
 赤ちゃんは無事にお母さんの元に返してもらえたかしら?
 それにグレーゲルがとても心配だ。
 あんな風に足の腱を切られてしまってはもう今の傭兵稼業は出来ないんじゃないかしら……。
 私が巻き込んでしまったせいで、彼は酷い目に遭ってしまった……。
 ……このまま海の向こうに連れて行かれてしまったら、私もう二度と陛下には会えないのかしら……?
 そしてもし、誰かの愛人になって手を出されてしまったら、本当に陛下の妻ではいられない……。
 ビアニアの要人って誰なんだろう? そもそもどうしてビアニアなんだろう?
 ビアニアは友好国な訳で、要人というからにはその国の要職に就く人だったりするだろう。
 友好国の王妃を黙って連れて来て、愛人なんかにしたら間違いなくその友好にヒビが入る。
 ビアニアはサンドバルとの戦争で疲弊しきってる国なのでグリムヒルトとの軍事同盟がなくては絶対に国を守り切れないだろう。
 その要人さんはその辺りの事をちゃんと理解してるんだろうか?
 陛下だって私がビアニアに行って要人の愛人になってると聞いたら、その国との国交を切るしかなくなる。
 自分の王妃を掠め取られて黙っていて良い訳がないもの。
 長い時間、答えの出ない疑問をぐるぐると考えていたら、木箱が担がれたのか、ゆさゆさと動き出す。
 ああ、このまま船に乗せられるんだ……。
 気持ちばかり焦って色々身じろいで木箱に体当たりとかしてみるけど、全然意味がなさそうだ。
 そうこうしてる内に私の入れられた木箱は船に乗せられたようだ。
 船独特のゆらゆらふわふわした感覚。
 今は時化なのか、揺れがとても大きい。
 私にとっては結構長く感じた時間、不安な気持ちで揺られていると、ガスガスと木箱をこじ開ける音がし始める。
 大きな木箱が開けられる音がして、どんどん他の木箱が移動させられて、木が触れ合って軋む音が聞こえる。
 私の木箱も移動させられて、蓋が開けられる。
 開けられた蓋の向こうから覗き込んでいたのは年嵩の見知らぬ男。
「王妃陛下。手荒な真似をしてしまって申し訳ございません」
 男は絹の上等な仕立ての服を着ている。その服越しに見てもしっかりと鍛えられた体なのだとわかる。
 私は体を起こし、男をじっと見つめた。
「もうご自由にされても宜しいですよ。出港致しましたので」
 男はキビキビとした口調で、でも顔は笑って私に話しかけた。
 私は男の目をじっと見つめる。
「さあ、そのお口許の物をお取りしましょう」
 そう話しかけて、私の後ろに回り込むと、猿轡の結び目を解いた。
「……貴方は?」
「私は、この叛逆の協力者で、オマール・フィゲーラス・アルカラと申します。プトレドでデル・オレモ商会という多少の商いをしておる者です」
 この男は顔こそ笑っているけれど、全く目が笑っていない男だ。
 決して信用してはならない男だろう。
「……どうして、そのプトレドのデル・オレモ商会の者が私を排斥する叛逆に関わっているのですか?」
 アルカラは朗らかに笑う。
「王妃陛下を所望されておる人物がいるのですよ。私はそういった商いもしておりますので、請け負った所存でございます」
「つまり私を商品として扱うという事ですか?」
「はい、そういう事になります」
 アルカラは悪びれもせずにそう言った。
「さ、その手首の縄も解きましょう。この船は貨物と乗組員と私達しかおりません故、ご自由にお過ごし下さい」
 アルカラはそう言うときつく縛ってあった私の手首の拘束を懐から取り出したナイフで切った。
 
 私は急いで甲板に駆け上った。
 ヴィエタ港の喧騒がまだ見えていたけど、とてもじゃないけど泳いで戻れるような距離でもなかった。

「……本当に出港しちゃった……」
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