人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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 抜け路を抜けたら、ちょうど日の出の時間だった。
 街は固唾を飲んで見守ってる様な静けさで、皆しっかり戸締りをして家に引き篭もっている。
 マイヤール領にいる陛下の元に急ぐ為に、郊外へとてくてく歩き出す。
 服装は街にお出かけする時のものではなくて、旅装束。外套に男性物のズボンを履いてブーツだ。
 水筒の水もなんとか汲めたし、鞄の中身も確認した。旅の準備はバッチリだ。
 軍人さん達が馬を駆って街中を往来している。でも、それが敵か味方か全然判断がつかないので、見つからない様にこそこそ隠れながらマイヤールへの道を進んだ。
 なんとか郊外も出て、林の入り口辺りまでやって来られて少しホッとした時、背後から声がかかる。
「何してるんだ? 姉ちゃん」
 振り返るとあまり人相の良くない知らない男達三人に声をかけられた。
「旅をしてるのよ」
 あまり関わりたくない感じの人達だったから簡潔に答えて前を向いてさっさと先を急ぐ。
「女一人でか?」
 男達は私の前に回り込んで顔を覗き込んだ。
「……あんた、地の民か。……なぁ? あんたさ。王城から来たんじゃないのか?」
「……どうして貴方にそんな事教えなきゃならないの?」
 男が私の前に完全に立ち塞がって足止めした。
「今割のいい仕事が入って来てるんだ。地の民の髪と眼の色の茶色い女がマイヤールに向かってるらしくてな? その女を生け捕りにして連れていきゃいい金が貰えるってやつでな」
「……それが私に何の関係があるの?」
 私は男達をキッと睨み付けて男達の脇を通り過ぎようとした。
 男の一人が私の肩を掴む。
「とりあえずお前を連れていきゃ金になりそうだろう? 悪いけどさ、あんたちょいと付き合ってくれよ」
「どうして貴方達に付き合わなきゃいけないの? 私、先を急ぐの」
 肩に乗った男の手を払いのけてまた脇を通り過ぎようと足を進めた。
「まあ待てよ」
 別の男が私の前にまた立ち塞がる。
「何よ?」
「あんた、関係ないんだろう?」
「ええ、そうよ」
「なら、ちょっと俺達の小遣い稼ぎに付き合ってくれよ。あんたがその探してる女と関係ないんだったら、すぐに解放されるだろ? 稼ぎから幾らか払うからさ? な? 悪い話じゃないだろう?」
「悪いけど、本当に急いでるから協力出来ないわ。話はこれで終りね。じゃ」
 今度こそ去ろうと足を動かしたけど、今度は肩を強く押されて引き戻される。
「だったら手荒になっちまうが、強引にでも連れていかせてもらう」
 なんとなく不味い気がする。これは連れていかれたら絶対にダメだ。
 私は踵を返して街道の脇に逸れて、林の中に飛び込んだ。
「あ!! 待て!!」
 男達は私を追って林の中を追いかけて来た。
 男達が声を上げる。
「こっちだ! こっちに逃げた!」
「早く追え!」
 必死で走ると男達の声はどんどん小さくなる。
 男達を振り切る為に更に林の中を無茶苦茶に走り抜けて、林の奥深くに進んでいくと、林は森へと変わっていった。
 更に森の奥へ奥へと進んでいく。
 必死で進んだ先には小さな小さな洞窟があったので、私はその中に飛び込むようにして隠れた。
 その中で膝を抱えて考える。
 私が王城を抜け出した事がもう敵にバレてる……。そして街の冒険者やならず者達に捕縛依頼を出してる。……これは王城に内通者がいるとしか考えられない……。
 ああ、本当に早く陛下にお伝えしないと、宰相様や法相様も危険に晒されてしまう。
 急く気持ちを何とか抑えて、外の様子に耳を澄ませる。外はそろそろ人通りがある頃だと思うけど、よほど森の奥深くに入ってしまったのか、全然人の気配がしない。
 ふぅっとため息をついた。するとちょんと冷たい感触が右頬に触れた。
「何?!」
 驚いて頬の触れた右側を振り仰ぐと、一匹の玉虫色の鹿がキョトンとした表情で私を見つめていた。
 綺麗な玉虫色。これは間違いなく幻獣だ。
 鹿は黒瑪瑙オニキスの様な瞳を潤ませて、私の頬にまた鼻先をちょんと当てる。
「……ありがとう。励ましてくれてるのね。ごめんね、ここは貴方の家なんでしょう? 勝手にお邪魔してしまったわ」
 鹿は鼻面を私に擦り寄せて来た。
「優しいのね。私は大丈夫だから、心配しないで。……ねえ? 外には人の気配は無い?」
 私がそう訊ねると、鹿はすくっと立ち上がって、洞窟の外に出た。
「大丈夫なのね、ありがとう。助かったわ」
 はっきり言って滅茶苦茶に走ったから、完全に方向を見失ってる。お日様の方向はわかるから、きっとこっちから来たと思うんだけど……。
 そう悩んでいると、鹿が軽い足取りで跳ねた。そして数歩分進むと、私の方を振り返った。
「……送ってくれるの?」
 鹿はじっと私を見つめてる。鹿を追っていくと、鹿はまた跳ねて進んだ。
 数時間、そうして深い森を鹿の後に付いて歩いた。
 しばらく行くと森はどんどん林へと変わっていく。そこで鹿は一方をじっと見つめた。
「この先に人がいる場所があるのね?」
 その言葉を聞いた鹿は踵を返して元来た道を走っていった。
「……ちゃんとお礼を言えなかったわ。……ありがとう」
 幻獣はこんな風に賢い。人の言葉をきっと理解してる。理解してると言うよりは感覚的に把握してくれてる感じだろうか?
 マグダラスにいた時は城に何頭か羊や馬の幻獣がいたけど、そのどれもが私達人間によくなついていたし利発だったし従順でいてくれた。力も強く、普通の羊や馬より大きいからいざという時とても頼りになった。
 私は鹿の去った方に一礼して、鹿のじっと見つめた方に歩み始めた。
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