人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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「その話はマグダラス王国には通しておられるのか?」
 陛下が王太子殿下に問う。
 王太子殿下は首を軽く横に振った。
「いいえ、これからです。マグダラス王国にも使者を出している段階で、返答をお待ちしている所ですね。こんなに早くグリムヒルト国王陛下にお会い頂けるとは思っていなかったので」
「そうか……」
 陛下は一言そう答えた後、口許で両手を組んだまま黙ってしまった。何かを検分する様な眼差しで王太子殿下をジッと見つめた。
 王太子殿下もまた、その視線を受けてジッと陛下を見つめた。
 広いこの迎賓の間に沈黙が落ちる。
「……王太子殿下よ。貴殿の構想はよく分かった。……だがそれは、己が首を絞める行為だと分かっておるか?」
 王太子殿下は陛下のその言葉に大きく目を見開く。
「……グリムヒルト国王陛下もお気付きでしたか……」
 王太子殿下はそう呟くと切なげに笑い、陛下の言葉に答えた。
「……そうですね、国交を持つ事はもしかするとシビディアの、そして貴国、グリムヒルトの寿命を縮めてしまうかも知れません」
 私はその言葉に驚く。何故国交を結ぶ事が国の寿命を縮めるのだろうか? 私と同じ様に驚いたのか、宰相様とウルリッカ様も真剣な面持ちで王太子殿下の次の句を待つ。
「遠い未来、きっとこの大陸の覇権は余程の事がない限りモトキス王国が握る事になるでしょう」
 私達はその言葉にまた驚く。陛下だけは平然とその言葉を受け止めていた。
 王太子殿下が言葉を繋げる。
「国を開き、交流する事はつまり技術を流出させる事です。そしてその逆も然り。我が国と貴国は国としての礎が弱い分、流出に耐えられない可能性が高いですね」
「……なるほど。王太子殿下はよくお分かりになった上で国交を結ぼうと申されるか」
「もしかしたら、国としてはオルシロン共和国の主張の方が正しいのかも知れません。我々原住国家の礎は幻獣と魔法です。そしてそれは血に依る。国の寿命を考えるならば、それを可能な限り維持するのが正解なのでしょう」
 陛下は姿勢を崩さず王太子殿下の言葉の先を続けた。
「我が国とて同じだな。他国に航海技術や造船技術、海戦戦術など学ばれ、他国が我が国と同じ様に他大陸の国々と交易出来る様になってしまえば、我が国の強みは消え失せる。一介の国家と成り下がり、他国の進軍を許してしまうだろう」
「シビディアも同じです。血が混ざればいつか幻獣や魔法は無くなります。そうなった時本当に強いのは磐石の陸軍を持つモトキス王国でしょうね」
「で、あろうな。で、あればモトキスを除き、我が国と貴国だけで国交を結ぶという手もあるのではないか?」
 王太子殿下はまた困った様な笑顔を陛下に向けた。
「……そうですね。きっと国の寿命を考えるならばそれが最善なのかも知れませんね。しかし私は考えたんです。モトキスを排除した所でその未来が変わるのか。きっと変わりません。ならばいっその事モトキスも巻き込んで、その強さを取り込むのが一縷の望みに繋げられるのではないかと」
「……」
 陛下は黙って王太子殿下の言葉を待つ。
「今からモトキスの陸戦技術、軍事戦略、兵士練度、その辺りを全て学んでいけばシビディアにもグリムヒルトにも生き延びるチャンスがあるかも知れません。それはシビディアだけでやっても意味が無い。グリムヒルトにも同じ様にモトキスから一緒に学んでもらわねばモトキスに脅威を与えられない。この国交はただ沈み行くの待つのでも、寿命を縮める為でもなく、未来に備える為のものです。……未来の為政者達に託せるものはこれしかないと思っています」
 陛下は黙っている。王太子殿下はそんな陛下の返答を蒼い瞳の奥に強い意志を宿して待っている。
 迎賓の間を静寂が包み緊張の糸が張り詰めている。
 その静寂が破られたのは、陛下がくつくつと笑い出したからだった。
 陛下は長く笑って、ようやく口を開く。
「つまりモトキスから戦闘技術を盗み、グリムヒルトとシビディア両国で脅しかけようという事か」
 王太子殿下はいつもの花の咲く様な笑顔ではなく、少し好戦的な色を含んだ笑顔を陛下に見せた。
「及ばずとも均衡した力を持つ陸軍を有する国に挟まれれば、さしものモトキスでも、簡単に身動きは取れないでしょう?」
「しかしよくモトキス王はこの同盟に同意したな。王太子殿は一体何を餌にした?」
「主にシビディアの誇る工芸、建築、芸術の文化面はモトキス王にとってとても魅力に映った様です」
「……なるほどな」
 陛下はそう一言返事をすると、再び黙り込んだ。その様子を見た王太子殿下はやはり花が咲く様なフワリとした笑顔を陛下に向けた。
「……きっと時間が必要ですね。どうぞご賢察下さい」
 陛下が組んだ手の向こうにある口を開く。
「いや、吟味するまでもない。同盟には参加する。委細は追々詰めるという事で良いか?」
「はい! ありがとうございます、グリムヒルト国王陛下!」
 王太子殿下は今までとは比べ物にならない位の弾ける様な笑顔で陛下の言葉にお礼を送った。
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