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 レイティアは純血達の邑へと頻繁に通う様になった。儂も今回レイティアの共をして儂の正体は隠して邑に初めて訪ねた。
「巫女様? そちらの方は? 今日はヘリュ様ではないの?」
 邑にいる数少ない子供達がレイティアの周りを囲んで問うた。
「ヘリュ様は今日はお休みしてもらって、この方に付き添ってもらったの。アナバス様よ」
「アナバス様! 巫女様を守ってね!」
 一人の男の子供が儂に真っ直ぐな眼を向けて言った。
「ああ。任せておけ」
 儂はそう答えると子供の頭を撫でてやった。
 レイティアはそれに微笑み、子供に訊ねた。
「どう?魔法は使えそう?」
「うん、僕は魔法使えたよ!」
「そうなの! 魔法は皆んなの暮らしをとっても便利にしてくれるわ。皆んなの役に立ってあげてね!」
「うん! 僕、巫女様みたいに皆んなの役に立つ人になりたいんだ!」
「ありがとう。そんなふうに言ってくれて嬉しいわ」
 他の子供達も口々に私も、俺も、僕も! とレイティアに訴える。
「うふふ、ありがとう。皆んないつも良い子だからお土産があるの。はい」
 レイティアは腰に巻きつけた鞄から包み紙を渡す。
「リコリス飴よ。王都で人気の飴なの。仲良く分けてね」
 子供達は歓声を上げてそれを受け取る。そして皆んなで分け合い始めた。
「今日はアンヌお婆さんのお加減はどう?」
「腰が良くないって言ってたよ」
「そうなのね。この辺りで摘んだ薬草を持っていくわ」
 儂はレイティアに声をかける。
「……今日中に戻らんと宰相に叱言を言われるぞ?」
 レイティアはにっこり笑って儂に答えた。
「大丈夫です。鎮痛作用のある薬草はこの辺りには群生してる所が沢山あるんです。今から採取に行っても今日中には王都に帰れますよ」
「そうか。では今から行くか」
「はい!」
 邑の奥にある大きな柊の窪みに珍しい蒼白銀色をした小さな獅子が玉蟲色の狼と一緒に丸まって眠っている。
「レジーヌ、オレリア」
 獅子はレイティアの呼びかけに耳をピクリと立てて、顔を上げた。
「元気だった?」
 獅子はレイティアの元に駆けてくる。レイティアはかがみ込んで獅子が飛びつくのを迎えた。
 レイティアの腕の中にすっぽり収まったその獅子はレイティアの頬をペロリと舐めた。
「うふふ、くすぐったいわ、レジーヌ!」
「……ふむ。幻獣は初めて見る。見事な毛並みだ。これは珍しい。確かにこれならば見世物にしようという輩が湧くのもわかる」
「幻獣は捕らえられないんです。縄で縛ろうとしても影に隠れてしまうし、檻に閉じ込めても同じです。懐いた主人や純血の人達には従順なんですけど、そうじゃないものはすぐに逃げてしまいます」
「海を渡す事は出来るか?」
「出来ません。嫌がって逃げてしまう様ですし、オレリアが言うには自分の気配がどんどん希薄になっていくと言ってました」
「ならば、密輸も出来んな。管理し易くて良い」
「私達純血の魔法も大陸内でしか効果は出難いですし、神獣はこの地を本当に愛しているのでしょうね」
 神獣が何故ここまでこの大陸を溺愛するのか儂にはわからんが、純血を愛でる気持ちは幾許かは理解出来る。
 今まで出会った純血達は皆一様にその魂に穢れがないかの様だ。
 儂の様な男にも屈託なく話しかけ、それでいて儂を不快にさせる事も一切無かった。
 寧ろ、城にいる官吏達の方が余程儂を煩わせている。
 近頃は妾妃を増やせと実に喧しい。
 王妃の体の負担を考えて……などと聞こえの良い事を宣っているが、本音は『地の民の血を引く御子ばかり産まれては後継者争いの際に困る』と言った所だろう。
 要らんと何度突っぱねてもしばらく経つと別の者が言い出す。
 薦められる娘は出自問わず全て海の民からなる者で、まるでレイティアを想起させる様な娘を選んで来ては引き合わせようとする。
 それに苛立っている所にレイティアにその話をわざわざ持ち込む愚か者までいて、レイティア自身にまで妾を持たなくて良いのかと問われ、頭に来て抱き潰してやった。
 一身に儂の八つ当たりを受けた形となったレイティアに二度と言うなと誓わせた。それ以来、妾妃については互いに一切口にしていない。

レジーヌとオレリアという幻獣達と別れ、更に森の奥深くへと入る。
「アナバス様? 更にこの奥の森の湧水のある近くに薬草があるんです。ついでに山菜も採っていきましょう」
 道すがらレイティアはこの邑の人々についてを儂に語って聴かせる。
「アンヌお婆さんは長老の様な方でこの森の事は全て把握していて、何を聞いても答えてくれる方で凄いんです。それに邑の狩人のジョゼさんも凄い弓矢の技術なんです。飛んでいる鳥を射止めたのを初めて見ました」
「そうか。それは大した腕前だな」
「邑の人達、少しずつ笑顔が朗らかになってきて、少しずつ安心してくれている様です。……着きましたよ、ここです」
 レイティアは鞄からナイフを取り出し、丁寧に薬草を摘んでいく。儂もそれを手伝いながらレイティアに言う。
「セイレーン殿ばかりここに来るのは狡いな。今度からは俺が付き添う」
「……でも面白い物はないでしょう? とても素朴な邑ですよ?」
「面白いぞ? 幻獣など間近で見られる事はそうないだろう?」
「確かにそうですね」
 レイティアはクスリと笑いながら、薬草を手慣れた様子で手折っていった。
「……それに、良い骨休めになる」
「……近頃は官吏の皆さんが色々と……その……」
「妾の話か? 薦めぬなら話に出す位は許すぞ?」
「……皆、血筋にこだわっておられるのでしょうか……?」
「恐らくそうだ。故に気にする必要はない。どうせ出来もせん子供を気にするなど馬鹿らしい」
「……アナバス様は……もしかして、ご自分には御子は出来ないと思ってらっしゃるのですか?」
 儂はレイティアをじっと見つめる。
「妾妃は8人おった。それぞれ手をつけたが誰にも子は出来ん。他にも手をつけた女もいたが結果は同じだ。お前もだ。そろそろ俺と睦み合って半年以上は経つだろう? 恐らく俺は出来んのか、出来にくいのだろうな」
 レイティアもまた作業の手を止めて、儂をジッと見つめ返した。
「……そんな風に思っていらしたのですか……」
「それでも、夫婦でいてくれるか? 子が出来ん事でお前が責められる事もあるだろう。何よりお前は子供が好きそうだ。それを与えてやれぬかもしれん」
 レイティアは頬をほんのり赤く染めて、儂に答えた。
「そんなの、どうだって良いです。アナバス様のお傍にいられるなら」
「……そうか」

 儂はレイティアを抱き締める。
 レイティアは儂の背中に腕を回し、儂に身を預ける。
 しばしの間、二人そのまま抱き合っていた。
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