人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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90、閑話 -面影3-

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 彼に買い上げられる様になって4ヶ月。
 彼は来る度に私を2週間分買っていく。

 私は香車おかみさんに外出の許可を貰う。
 今日はガウンの様な簡素な服を着て羽織を羽織ってる。
 ゆっくりと歩きながら街並みを見る。
 花街周辺は壁で囲われてて、壁から向こうには年季が明けないと出ていけない。
 でも丘を登った所に行くと海が見える。
 海の見えるその周辺に用事があったので、
 今ついでに海を見ている。
 グリムヒルトの海は翠色をしてる。
 マグダラスの海は蒼かった。
 同じ、繋がってる海とは思えない位、その景色は自分の知る海とは違う。
 じゃあ、と思って空を見上げても、晴れた空は高くて、何処までも青く雲は真っ白だ。
 マグダラスの空はもっと穏やかだった……。
 空は優しい青だったし、雲も色々な形や色を許していた。

 こんなに違うのね……。

 でも、以前ほどは帰りたいとは思わなくなった。
 きっと彼のおかげだと思う。
 グリムヒルトでの思い出に優しい色をつけられたからかもしれない。

 そろそろ用件のお店に行こう。

 てくてくと歩いていく。
『波音屋』という万屋にやって来た。
「すみません、ホウメキありますか?」
「あるよ、500ルピルだよ」
 お店のご主人から鉢植えを受け取る。
 今回からちゃんと育てよう…
 私はそれを抱えて帰路に着く。
 やっぱり空は高くて青い……。
「…………いい天気ね……。」
 それが私にはとても切なく思えた。

 帰り着くと驚く事に彼が居て私の部屋のベッドに座っていた。
 今は居て欲しくなかったな……と少し思った。

 私は切り替える。
 笑顔で彼に言った。
「こんな時間に来てくれるなんて珍しいわね。驚いちゃった。どうしたの?」
「時間が空いたんだ。……綺麗なホウメキだね」

 ホウメキはオレンジ色の袋状の果実を作る。
 それが鈴なりに成って見た目にも鮮やかな植物だ。
「そうでしょ?あんまり綺麗で無駄遣いしちゃった。今お茶を淹れ」「デキたの?」

 私は彼の言葉に固まる。

 そうか、彼は知ってるのか……

 私は今自分が出来る一番の笑顔を振り絞った。
「大丈夫よ。ちゃんとするから。心配しないでね」
 ……そう、最初からそのつもりだ。
 前にもやった事だ。大丈夫。簡単だもの。

「ねぇ、産みたい?」
 彼が私を真っ直ぐに見て言った。
「……え。……だって、そんな……、無理でしょ……私、娼婦だし……それに」
 彼は私の肩を掴む。
「そんな事は聞いてないよ。産みたい? 産みたくない? どっち?」
 彼は薄く笑う。
 私は呆然と彼を見つめる。
 彼はただじっと黙って私の顔を見つめてる。
「………………わ、私……産みたい……」
 やっとそう言うと、何かタガが外れてしまった。
 私はボロボロと泣き始めた。
 思いの丈を彼にぶつけてしまう。
「わ、わ……たし……、これ以上……、じ、じぶんの子供、……殺したくないよぉ……」
「わかった」
 彼が私を抱きしめた。
 ギュッと抱きしめられて私はその胸に縋る。
 おいおい泣いた私を彼はずっと抱きしめてくれた。

「……産ませてあげられるけど、責任は取れない。
 でもそれは、君が娼婦だからじゃない」
 私は泣き濡れた顔で彼を見た。
「俺、君を幸せにはしてあげられない。……不甲斐ない男でごめん」
「……大丈夫。わかってる」
 私は笑顔で言った。

 だって、彼と一緒になったら、きっと一生誰かの『面影』に苦しむ事になるだろう。
 それはきっと、地獄みたいに苦しい場所だと思う。

 2週間後。

 私は今馬車に乗っている。
 彼は土地と家屋を用意してくれて、そこでオレンジ農場を経営する事になった。

「君は俺が身請けした。だからもう何も心配しなくていい。
 それから、行った先にある物は全部君の物だ。好きにして構わないからね。」
 彼は馬車の窓の縁に片腕をかけて凭れかかっている。
「ありがとう…」
「……本当に、マグダラスには帰らなくてもいいの?」
 私は清々しい気持ちでこれに答えられた。
「うん。今更帰っても家族に迷惑かけちゃうだけだから」
 彼は今まで見た事ない複雑そうな笑顔を向けた。
「そっか……」
 私は意を決して彼にお願い事をしてみる。
「あの……、あのね?こんなにしてもらって……図々しいんだけど……、お願いが…あるの」
「何?」
「もしも貴方と逢わなかったら、ずっと子供を殺して、病気になって、私も死んじゃって…共同墓地の隅で……誰にも弔われなくて……
 大勢のがそうな様に私もそうなってたと思うの。だから、貴方は恩人なの。」

 彼は私の言葉をじっと笑って聞いている。
 その優しさにやっぱり涙が出て来た。

「……だからね?私も、この子ももう会う事はないけど、
 私の人生の中で、ほんの少しだけ……貴方を想う時間があってもいい?
 怖いとか、気持ち悪いとか、思わないなら……」

「思わないよ。君のそういう所、大好きだよ」

 私は一生この恩に感謝してもいいんだ……。
 彼を想う日があってもいいんだ……。
 私は多分、今日のこの日を生涯忘れないと思う。
「ほら、泣かないで。興奮するって言ったでしょ?」
 彼は私の頬に優しく触れて、同じ位優しい顔で笑ってくれた。
 彼は御者に声をかける。

「彼女妊婦だから。道中気をつけてやって」
 彼は屈強な女性の御者を2人も雇ってくれた。
 そして、馬車は走り出した……。
 私は何度も彼にありがとうと感謝した。


 ーーーーーーーー……6年後

 貴方は今日も元気でいるかしら…?
 私は子供と二人、色々あるけど、元気です。
 私にとって本当に幸運だった事は、産まれた子供が貴方の子供だった事です。

「母ちゃん! 今年は豊作だよ」
「本当ね!」
「あとさ、なんかまた柵が壊れてたからさ、昼飯喰ったら直しに行ってくるよ」
「あら、そうなの? じゃあ母さんも一緒に行く」
「いいよぉ~。一人で大丈夫だって!」
「いいの。行きたいの」

 貴方によく似て、頭が良くて、優しくて、
 本当に……時々哀しくなるくらい優しい、
 貴方みたいな子です……。

 貴方は今も、『面影』を追って、誰かに慰めてもらっているのかしら?

 ねぇ、だったら、女の子は彼に優しくしてあげて欲しい。

「……いい天気ねぇ~~……」
「いや、風が湿っぽい。多分崩れるよ」
「あら? そうなの? 夕方まで保ちそう?」
「そん位なら大丈夫だよ! 多分夜になって降るから」
「そう? 良かったわ」

 ちょっぴり意地悪しても、最後はちゃんと優しくしてあげて欲しい。

 そして少しだけでも、彼の想いを埋めてあげて欲しい。
 あんなに優しい人が幸せになれないなんて、おかしいもの。
 だから、私はここで祈るわ。


 ーーーーーーーーーー…………どうか貴方が、幸せであります様に……。
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