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 今日の私の予定は夜の晩餐会に出るだけだ。
 でも陛下は昼間もまだまだ会談や調印式で忙しい。
 海を隔てる国々の要人と会う機会はこういう行事でもない限り訪れないので、
 押し込める様に日程が入ってしまう。

 王城は各国の要人をもてなす為に忙しなく、いつもの調子とは随分と違っている。
 私はあまり邪魔にならない様に外苑の一角の薔薇園を散策している。
 実は外苑に来るのは初めてだ。
 去年の今時分に私はこの国にやって来てすぐに太公様とお会いしたのでこの季節の薔薇園を見逃してしまった。

 確かにとても美しい、色とりどりの薔薇が咲き乱れて圧巻だ。
 庭師の方は誠心誠意お仕事に励んでいるんだという事がよくわかる。
 そこに感心しながら薔薇園を見回っていると、声がかかる。

「これは、グリムヒルト王妃陛下」

 プトレド王国の第二王子、ヴィンセント・ヴィダル・ストレムブラード殿下がいた。

「まぁ、プトレド第二王子殿下。奇遇ですね。」
「ええ、まさか王妃陛下にこんな所でお会い出来るとは僥倖です」
「僥倖だなんて大袈裟ですよ。王子殿下も薔薇をご覧に?」
「ええ、この庭園は見事ですね」
「はい、グリムヒルト王城自慢の庭なんです」
「しかし、王妃陛下の可憐な美しさに比べれば薔薇も霞んでしまいます」
 プトレド第二王子殿下はお世辞がとても上手な方の様で、言われ慣れない美辞麗句にドギマギする。
「あの……、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
 つい王妃モードが外れて普通に返してしまった。
 プトレド第二王子殿下はにっこりと笑って更に言い重ねた。
「いえ、心から感じた事を口に出しただけですよ。王妃然とされてる王妃陛下も可憐ですが、頬を染めておられる今のお姿も本当に可愛いらしい」
「……やめて下さい……」
 プトレド第二王子殿下が小さく口の中で独りごちた
「………だ」
 私には聞き取れなかったので、少し小首を傾げた。
 プトレド第二王子殿下は微笑む。
「何でもありません。こちらの事です。所で王妃陛下、宜しければ、この庭園案内して頂けませんか?」
「お恥ずかしいのですが、私も今日ここに来るのは初めてで、ご案内出来るほど詳しくないのです」
「そうですか。残念です」
「プトレド第二王子殿下には色々ご期待に添えない事ばかりですね。ごめんなさい」
「では、ひとつだけ願いを叶えて下さいますか?」
「なんでしょう?」
「たった一度、この場限りで、私の事をヴィンセントとお呼び下さいますか?」

 プトレド第二王子殿下は笑う。
 その笑顔は何か既視感があった。
「あの……、でも……」
「たった一度、友好の証に王妃陛下に名を呼んで頂きたいのですよ。それとも、王妃陛下はプトレドとの友情を感じては下さらないのでしょうか?」
 私は焦ってしまう。
「そんな筈ありません! 海賊を元としているグリムヒルトを王国として認めて下さった大切な友好国です」
「では、お呼び下さいますよね?」
「…………わかりました……」

 プトレド第二王子殿下は更に既視感のある笑顔を深める。
 私は意を決してプトレド第二王子殿下の名を呼んだ。
「……ヴィンセント殿下……」

 プトレド第二王子殿下は満足気な笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます。王妃陛下。出来ましたら是非今後もその様にお呼び下さい。幸い今はヤキモチを妬かれる事もございませんから」

「そうは仰られても……そういう訳には……」
「そうですね、一国の王妃が特定の国の王子と特別懇意にする訳にはいきませんね。ですからこうして、二人きりのごく私的な時には是非、お呼び下さい」
「……はぁ……」

「では、私はこれで失礼致します。グリムヒルト王妃陛下」
 プトレド第二王子殿下は華麗に一礼して去っていく。
 私はそれを見送って、なんだか嵐が去った様な気分になった。
 なんとなく、覚えのある感情だ。

 私は視界に入った三本の薔薇の蕾とその真ん中にある大輪の咲き誇った赤い薔薇を見つめながら、深いため息をついた。
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