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定期船がやって来て3日目。
プストが始まった。
プストはヴィンゼンツ大陸の祭りだ。
元はその土地の地霊を祀る儀式だった様だが、今では春と秋を祝う祭りになっている。
朝、城から見下ろす城下を眺めてはそわそわしている姫を可愛らしく思う。
簡素な町民風の服に着替えを済ませ、髪を自ら高い位置に束ね、結い、そして帯刀する。
王の間の寝室のベッドを縁を持ち上げる。
大きなベッドは軽々動き、その裏にある抜け路への扉が現れた。
このベッドには細工があり、その細工さえ知っていれば楽に動かす事ができる。
儂は抜け路を抜けて、王妃の間へ向かう。
王妃の間の寝室の鏡壁を裏側から押し開ける。
これも仕掛けさえ知っていれば簡単に開ける事が出来る。
ドレッシングルームから姫の侍女との会話が聞こえる。
「そんなに小綺麗過ぎても浮いちゃうと思うんです。」
「でもせっかく陛下とお出かけになるんですし、それにプストでしょう?着飾っていないでどうするんですか!」
「ほ、ホントにこれで充分ですから」
侍女達にやいのやいのと言われているが困っているなら助けてやろう。
「もう準備は済んだか?」
「陛下。もう終わりましたよ」
姫がさも助かったという風に儂の顔を見る。
「祭りが始まってしまう。さっさと出かけるぞ」
侍女を下がらせ、抜け路を通る。
鏡の裏に抜け路がある事を初めて知った姫は感心していた。
「凄いですね……。こんな風に城を造るって大変だったでしょうね」
「初代は大層変わった女だったらしいからな。それよりも姫。街に出たら姫と呼ぶのも本名を呼ぶのもよろしくない。故にティアと呼ぶ」
「はい」
「儂の事はアナバスと呼べ」
「……アナバス……様?」
「ああ。儂の幼名だ。この国では王子王女だけに幼名がつけられる。これも初代が始めた事だ」
「……素敵なお名前だったのですね」
ふわりと笑って姫は言う。
儂はこれに笑んで応える。
「それから、これが一番大事だが、決して儂から離れるな。人がごった返している所もあるからな」
「はい」
素直に頷く姫に満足し、姫の手を握り、前を向き迷路の様な抜け路を歩み出した。
「この抜け路はあらゆる所に繋がっているが、入り組んで迷路の様になっている。
だが3ルートほど姫にも覚えてもらわねばならん」
「はい。でもどうして3ルートなんですか?」
「王の間、街、海だ。王の間以外は逃走ルートだな」
三叉路を曲がる。足場が悪いので姫の方に向き直り補助する。
「王の間は陛下の元へいち早く行ける様にですね」
姫は笑いながら両手で儂の手を取り大きな岩を跨いだ。
「ああ、そうだ。次の筋を曲がった所に城下に程近い抜け穴がある」
抜け穴を潜ると明るい日の光に目が眩む。
城下の外れにあるこの場所からでも、プストの喧騒が聞こえて来た。
隣の姫を見ると好奇心に沸き立つ心を抑えきれない様子だった。
目を輝かせ、頬を紅潮させている様子に思わず笑んでしまった。
プストが始まった。
プストはヴィンゼンツ大陸の祭りだ。
元はその土地の地霊を祀る儀式だった様だが、今では春と秋を祝う祭りになっている。
朝、城から見下ろす城下を眺めてはそわそわしている姫を可愛らしく思う。
簡素な町民風の服に着替えを済ませ、髪を自ら高い位置に束ね、結い、そして帯刀する。
王の間の寝室のベッドを縁を持ち上げる。
大きなベッドは軽々動き、その裏にある抜け路への扉が現れた。
このベッドには細工があり、その細工さえ知っていれば楽に動かす事ができる。
儂は抜け路を抜けて、王妃の間へ向かう。
王妃の間の寝室の鏡壁を裏側から押し開ける。
これも仕掛けさえ知っていれば簡単に開ける事が出来る。
ドレッシングルームから姫の侍女との会話が聞こえる。
「そんなに小綺麗過ぎても浮いちゃうと思うんです。」
「でもせっかく陛下とお出かけになるんですし、それにプストでしょう?着飾っていないでどうするんですか!」
「ほ、ホントにこれで充分ですから」
侍女達にやいのやいのと言われているが困っているなら助けてやろう。
「もう準備は済んだか?」
「陛下。もう終わりましたよ」
姫がさも助かったという風に儂の顔を見る。
「祭りが始まってしまう。さっさと出かけるぞ」
侍女を下がらせ、抜け路を通る。
鏡の裏に抜け路がある事を初めて知った姫は感心していた。
「凄いですね……。こんな風に城を造るって大変だったでしょうね」
「初代は大層変わった女だったらしいからな。それよりも姫。街に出たら姫と呼ぶのも本名を呼ぶのもよろしくない。故にティアと呼ぶ」
「はい」
「儂の事はアナバスと呼べ」
「……アナバス……様?」
「ああ。儂の幼名だ。この国では王子王女だけに幼名がつけられる。これも初代が始めた事だ」
「……素敵なお名前だったのですね」
ふわりと笑って姫は言う。
儂はこれに笑んで応える。
「それから、これが一番大事だが、決して儂から離れるな。人がごった返している所もあるからな」
「はい」
素直に頷く姫に満足し、姫の手を握り、前を向き迷路の様な抜け路を歩み出した。
「この抜け路はあらゆる所に繋がっているが、入り組んで迷路の様になっている。
だが3ルートほど姫にも覚えてもらわねばならん」
「はい。でもどうして3ルートなんですか?」
「王の間、街、海だ。王の間以外は逃走ルートだな」
三叉路を曲がる。足場が悪いので姫の方に向き直り補助する。
「王の間は陛下の元へいち早く行ける様にですね」
姫は笑いながら両手で儂の手を取り大きな岩を跨いだ。
「ああ、そうだ。次の筋を曲がった所に城下に程近い抜け穴がある」
抜け穴を潜ると明るい日の光に目が眩む。
城下の外れにあるこの場所からでも、プストの喧騒が聞こえて来た。
隣の姫を見ると好奇心に沸き立つ心を抑えきれない様子だった。
目を輝かせ、頬を紅潮させている様子に思わず笑んでしまった。
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