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14、昔の事

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久しぶりに魔界に帰った三人はヴァルミカルドで魔王が用意した住居に滞在する事となった。
大変な歓待ぶりで地位について断り難くする為だろうかとシュバルツの頭を過ぎったが、クロエは涼しい顔をして歓待を受けている。

リルは朝から晩まで撮影だ。

人間界のカメラを使い、人間界のpcを使い、加工まで全て人間界で腕を磨いて来た連中ばかりで手がける。

魔力自体は強くないが手先が器用でアートの才能のある者を選んで人間界に魔王が派遣したのだった。

人間界の文明は凄すぎて、魔界はどんどん取り入れてる。
それは今の魔王の先見の明で始めた事だ。

そうでなければあの大戦争の大敗をこんなに短期間では取り返せなかっただろう。

今の魔王に言わせれば、その道筋は先代の魔王が引いたのだという。
自分達に人間界の文化を持ち込んだのは先代だ。
だけど、その事は公には言えない。天界の手前、大敗の魔王の事を誉めそやしたりは出来ない。

そして人間界の文化は弱い者達にこそ労働を与えている。
魔界の不文律を現魔王は乗り越える道筋を歩み出している。

それでもヴァルミカルド以外に住む者も大勢いるし、ヴァルミカルドまで辿り着けずに無頼に捕まり、搾取されたり殺されたりする。

課題はまだまだ山積みだ。

リルの撮影は続く。
一カットの度に服を変え、メイクされている。
リルは文句も言わずに頑張っている。
クロエとシュバルツはそれに伴い、傍らで黙って見ている。

休憩中に二人の元に戻って来たリルは少し疲れた様子だったが、がんばると言って自ら撮影に戻った。

クロエとシュバルツは用意された椅子に腰掛け、テーブルにシュバルツは片手で頬杖をつき、クロエは片肘を置いている。

「……なぁ」
シュバルツがクロエに呼びかける。
「なんだ」
「お前、何で魔王だの7大だのと知り合いなんだよ?」
「生まれて、バラクダから出てすぐに迎えが来たんだよ」
「迎え?」
「魔王は常に魔界の魔力を観測してんだ。特にバラクダ周辺で大きな魔力量を感じたら、それは力の強い悪魔が産まれたって事だろ?
力のある悪魔は魔王候補だ。その性向も把握しておきたいんだろ、世界を統べる奴らからしたら」

シュバルツはなるほどと思う。
確かに魔王からしたら、自分の権を脅かす存在を予め把握しておきたいだろう。
…あの魔王の場合、サッサと譲位をしたそうだが。

「お前は先代の魔王や傲慢ルシファーに会った事があるのか?」
「ある」
「ふ~ん…」

シュバルツの問いかけでクロエは昔の事を思い出していた。

ヴァルミカルドに連れてこられた時はまだ幼かった。
磨かれ、服を着せられ、髪を整えられ、食事を与えられた。そして魔王に会えという。
全てをよくわかっていなかったが、面倒臭い事に巻き込まれてしまった事だけはわかった。

行けと言われて、行った玉座の間には、魔王がいた。
魔王は見事な黄金色の髪色をしていて、長い髪がウェーブを描いていた。
紫の瞳はこちらを真っ直ぐ見つめる。
その瞳はじっと見つめていると吸い込まれそうだ。
強い悪魔の証、牡羊のツノを生やしており、黒衣に金の派手な肩当てのついた黒で裏地が深紅のマントを羽織っている。
その魔王の周りを纏う魔力は、正に『静寂』の一言に尽きる。
大きな大きな魔力を有しているのに、その全てが静かに揺蕩っている。

コレは強いなんてもんじゃない。
そうクロエは実感した。

その横に控えているのは、長い真っ直ぐの黒髪の長身の男だ。
コレもまた黒衣を着ている。
この男にはツノがない。その代わりに背中に大きな濡羽色の羽が生えている。
堕天使だろう。
この男も隣の男ほどではないにしても大きな魔力を有している。

「貴方が先日生まれた『有力者』ですか。名は?」

黒髪の男は穏やかな声で話しかける。

「な?そんなのはない」
「自分を何と呼んで欲しいですか?」
「何でもいいよ。勝手に決めて」
「そうですか…。では、『クロエ』というのは如何ですか?」
「それでいい」
「では今日から貴方は『クロエ』と名乗りなさい」
「わかった」

静かな声音がジーンと響く様に落ちる。
「お前は魔王になりたいか」

魔王がクロエに問いかける。

「なりたくない」

魔王というのはそこに座ってる男の事だ。
こんな風に派手な衣装着て、大層な椅子に座って、偉そうにしたいとは一切思わない。

自分は自分のしたい事をしたい様にして生きたいと思った。

「そうか」

魔王が一言そう言うと、あとは黒髪の男に下がれと言われた。



「くぅちゃん!しゅうちゃん!」

弾む様なリルの声にクロエはハッと現実に引き戻される。
リルは白いワンピースを着せられて、髪を編み込まれている。
「リル、いつも可愛いけど、こんな格好も似合ってて可愛いよ」
駆けてくるリルに向かって腕を広げてやる。
リルは嬉しそうにクロエの胸に飛び込んだ。
「リルね、がんばったねってほめてもらえたのぉ~」
「そっか、ホントに偉かったね、リル」
クロエはリルの頭を優しく撫ぜる。
リルは心底嬉しそうにクロエに甘える。

「…リル、やくにたった?」
クロエをじっと見つめて訊ねる。
「…ん?立ってるよ?どうして役に立ちたいの?」
「ずっとまえのごしゅじんさまがね、リルはやくたたずだって。だからがんばってごほうししなさいっていったの。だからやくにたちたいの…」
「リルは役立たずなんかじゃないよ?いつも俺達に唄ってくれるでしょ?役に立ってるよ。今日だって頑張ったでしょ?もうそんな言葉は気にしなくていいんだよ」
クロエはリルをギュッと抱きしめる。
リルもクロエの背中に腕を回し、それに応える。
「…わかったぁ…」
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