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11、訪問者

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クロエはやっぱり出て行った。まだ契約に縛られているらしい。
シュバルツの呼び出しに対して結構無理して戻って来た様だ。

あの日はリルはクロエと一緒に眠り、朝起きて食事を摂ったらクロエは出て行った。
リルに何度も何度も大好きだの愛してるだのと抱き合ってキスをしていた。

そしてまたいつものクロエのいない、リルとシュバルツ二人の生活が始まった。

日課の公園の散策と黒猫と噴水で出くわす。子猫は一匹減っている。
リルが黒猫に訊ねると何処かではぐれたという。
心配だが仕方がない、と言ってるそうだ。
今日も猫缶を黒猫と子猫達にあげると、美味しそうに食べていた。

そうこうしてる内にゆうちゃんがやって来た。

「リル、なんで最近いなかったんだよ。どっか行ってたのか?」
シュバルツは口を挟む。
「三杉悠香とかいうのが来て、お前と仲良くすんなって因縁ふっかけて来たぞ?どうなってんだ」
「え⁈あいつ来たの⁇げぇ~!最悪!」
「お前あのメスガキどうにかしろよ?」
「あいつウザいもん。話したくない」
「そんなもんをこっちに押し付けるな。警察呼ぶとか物騒な事言ってんだからな」
「オトナがなんとかしてよ。あいつホントに親とか呼ぶもん」
「余計にこっちがやべえわ!とにかく、あのメスガキ来るならこっちもここ来れねえからな!」
「じゃあ、リルの家連れてってよ!」
「ダメに決まってんだろうが、馬鹿ガキ!」
「え~?なんで?いいじゃんか、ケチ!」
「親だの警察だの関わりたくねえんだよ、ウザったい。お前親にリルの事ベラベラ喋ってねえだろうな?」
「パパには話してないよ。村上さんには話したけど」
「誰だよそれ。何にしてもしばらく来ないからな」

リルは二人の会話をキョトンと聞いていた。

ゆうちゃんと別れて、家に帰り着く頃には夕飯の準備を始める時間だ。
シュバルツはリルの好きなクリームシチューを作っていると呼び鈴が鳴る。

クロエなら呼び鈴は鳴らさず鍵を開けて入ってくる。
それ以外の訪問者は珍しい。
放置しても良いが何度も鳴らされてもウザいと思い、一応対応する事にした。

今までの経験上、新聞の勧誘か、受信料か、宗教の勧誘のどれかだ。
悪魔に宗教の勧誘とは滑稽だなと心の中で嘲笑しながら、インターフォンの通話ボタンを押す。
「はい」
映し出されたのは、若い男。大きなつぶらな黒い眼をしていて、肩より少し長い黒髪を後ろに束ねている。
「お忙しい時間にすみません。クロエさんのお宅ですか?魔界から来たんですけど」

宗教の勧誘よりタチの悪いのがやって来た様だ。
「…何の用だ」
「リルちゃんに会いに来ました。敵意のない証拠に魔力を自ら封じ込めて、人の姿で来たんですけど…、ダメですか?」
「…リルに?あんた誰だ?」
「僕、魔王です」
「はぁ⁈」

これが本当なら敵に回す訳にはいかない。
魔王は魔界で最強の存在だ。
魔界の不文律の頂点に立つ存在。

そんなもの怒りを買って敵に回しでもしたら、逃亡者人生しか有り得ない。

混乱の中、招き入れてしまった。

玄関に入ると、魔王は靴を揃えてリビングのソファに礼儀正しく座った。
お茶を出すと、「お構いなく」とにこやかに言った。
「で、用件は、本当にリルに会いに来ただけですか…?」
シュバルツは畏まってしまう。
「君にも会いに来たよ、シュバルツ君。君にもお話があるんだ」
「…俺に?」
「先ずはリルちゃんに会いたいな。連れてきてもらってもいい?」

シュバルツは自分の部屋に待機させてたリルを連れてくる。
リルはシュバルツの後ろに隠れている。
魔王はリルを見て立ち上がる。
「君がリルちゃん?」
「…おにいさん、だぁれ?」
「僕はディルクって言うんだ。リルちゃん、よろしく」
「はじめまして、リルです」
リルはにっこりと笑って魔王に挨拶した。
「可愛いね、リルちゃん。確かにこんなに可愛いんじゃクロエがメロメロになるのもわかるね!」
「…で、俺への話っていうのは…?」
魔王はソファに座り直す。
それを見てシュバルツはリルを座らせながら、自分も座った。
「そうそう、シュバルツ君は砂塵の丘陵を根城にしてた集団のリーダーだったんだよね?」
「…はい」
「君、統率能力あるね。実力もそこそこあるし。
でも、弱い子達まで引き受けてたんでしょ?お人好しだねぇ。魔界は生き辛いんじゃない?」
魔王はクスクスと笑う。
「…はぁ…」
「でね、君には、憤怒サタンを引き受けてもらいたいなって思って」
「はぁっ⁈」
「ホント人手不足で困ってるんだよ、僕。
傲慢ルシファー怠惰ベリアルも空位でしょ?怠惰ベリアルの前任なんか酷いんだよ。役に就いてる事自体面倒臭いとか言い出して全然働いてくれなくなって、挙句女の子追いかけて辞めちゃうんだもん。…僕にこそ統率能力無いのかなぁ?悩んじゃうよ」

高度な角度の愚痴を聞かされる。

「その口振りなら…憤怒サタンは空位ではないんじゃ…」
「今は僕が兼任してるんだ。前王の頃は僕は皆んなにサタン君って呼ばれてたんだよ。ユド様が生きてた頃は僕も楽ちんだったのになぁ~」

ユド様、ユドルフとは、前魔王の事だ。
『虚無の王』と呼ばれ、天界との全面戦争を巻き起こし、果てた王である。
この大戦争は本当につい最近魔王ユドルフの死を以て終結した。
魔界の街は焦土と化し、天界の一部にも甚大な被害をもたらした。

「大体なんで僕が魔王なんかやらなきゃなんないんだよ。ゼブ様が魔王になればいいのに。なんだよ、今日だって何が『ひよこ饅頭買って来て下さいね』だよ。僕は萩のなんとかの方が好きなんだ。ユド様はそりゃ人間界から帰る度にお土産買って来てくれたけど、なんで僕までパシリに使うんだ」

何やら魔王の愚痴は止まらない。
止まりそうにないのでシュバルツは声をかける。
「あのぉ…」
「あぁ、ごめんごめん、つい愚痴っちゃったね!」
魔王は照れ臭そうにシュバルツを見た。
「…俺は、その、地位持ちの悪魔になる気はないっス」
「ええぇ~⁈君も~⁈もう、ホント皆んななんでそんなに欲が無いんだろうね。ムヨク世代とかなんとかって名前つけちゃうよ?全く!ヴァルミカルドで偉そうに踏ん反り返れるのになぁ」

ヴァルミカルドとは魔界唯一の街の事だ。
かなりの大都市で半数程の悪魔はこの街に住まっている。
弱い悪魔達はここに辿り着く事さえ出来れば保護を受けられる。
殺される心配はないし、仕事と給金を得られる。

「…そういうのは、要らんので…」
シュバルツはリルに出逢ってしまったので、もうそういう事に関わる事自体、無駄な事だと思っている。
シュバルツは、クロエの言う所の『リルの男』なので『能力主義』には関わる気はない。
「この際、なるだけでもいいからさぁ~?仕事は免除してもいいから!」

どんだけ人に困ってるんだ、魔界…
シュバルツは心の中で呟く。
「すいません…」
「…むぅ…今日は引き下がるけど、諦めないからね⁈」
結構魔王はしつこいらしい。
「クロエは契約して縛られてるらしいし、また今度勧誘しなきゃね」
「クロエが何やってるか知ってるんっすか?」
「戦ってるよ?なんかこないだ、相手方が天使いっぱい引っ張り出してきて頑張って追い返したとか。」
相手方?天使?シュバルツの中で疑問符が浮かぶ。
「賭博場で『闘犬』やってるよ?」

そんな事をやってたのかと項垂れる。
「そっか。知らなかったのか。知らせず一人で背負うなんて、クロエも結構いいとこあるんだね。1000試合契約してて、すごい勢いでこなしてるらしいから、あとちょっとで解放されるんじゃない?」

一体、1日に何試合こなしてるのだろうか。
クロエの魔力量は半端ない。戦った事があるシュバルツにはそれが痛いほどよくわかる。
それがからっけつになるほど戦ってるという事だ。
「何やってんだ…あいつは…」
呆れて更に項垂れる。
「しゅうちゃん、だいじょうぶ?」
項垂れるシュバルツをリルが心配そうに見つめる。
「何が凄いって、ここの結界維持しながらそんだけ試合こなしてるってトコだよね」

シュバルツは顔を上げて魔王を見る。
「ここの結界、500は重ねがけしてあるよ?僕の警護レベルだもん。普通は何人かでやる事を一人でやっちゃってるんだもん。それで戦っちゃうなんてそんな芸当出来るの、僕の知る限り、ユド様位だよ」

魔王は溜息を吐く。
そしてはたと思いつた様に顔を輝かせた。
「クロエが魔王になればいいんだよね?そうだよ、魔王はクロエがいいよ!」
「…現魔王あなた能力ちからは強さじゃないでしょう?」
「…まぁねぇ~…でもユド様にはあっさり負けたしなぁ~。クロエにも負けると思うんだよね~僕、力押しされたらひとたまりもないから」

現魔王の特別な能力とは、『予知』だ。
どんなに強力な攻撃も当たらなければ意味がない。
現魔王は優秀な占術師でもある。
彼の『予知』で焦土と化した魔界は一早い復興を遂げたと言ってもいい。
「…どっちにしたって、クロエは傲慢ルシファーにも、魔王にもならないと思うっス…」
「やっぱり?まぁでも優秀な人材は諦めないけどね!…リルちゃんに協力してもらおうかな」
シュバルツは素早くリルの前に腕を伸ばす。

「こいつに何させようっていうんっスか…?」
「やだなぁ~。魔界の観光ポスターのモデルさんだよ」
「は?」
「負けたでしょ?天界に。天界からの視察団を受け入れなきゃいけないんだけど、ちょっとでも印象良くしたいでしょ?これから400年は天界に情報開示しなきゃいけないんだよ。敗戦処理大変だよ」

魔王はリルを見つめる。
「リルちゃんのピュアで、愛らしいイメージは魔界の印象を変えてくれるだろうね~」

「⁇」

リルは会話の内容を全く理解していない様だ。
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