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26、予想外の事
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高校最後の3学期が始まった。
学校での針の筵の様な壱弥との噂は冬休みを挟んだためか、もう立ち消えていた。
その事にホッとしつつ、今まで通りの普通の高校生生活を送っていた。
学校に通い、授業を受け、バイトに行き、帰って自炊する日もあれば、バイト先で賄いを貰える日もある。
壱弥達とのいちご狩りもつつがなく楽しみ、いつもの様に学校に通っていると、放課後教師に呼び出された。
「神崎、ちょっと不味い事になった」
「……どうしたんですか?」
「お前の内定先な、倒産した」
「え?」
「今会社はもぬけの殻らしくてな、どうやら社長さん、一家で夜逃げしたらしいんだ」
「……そうなんですか……」
「お前の就職先はなんとか色々当たってみるが、何せこの時期だ。あまり期待しない方がいいだろう。お前も色々伝手を辿ってみてくれないか?」
「……はい、わかりました」
正直絶望的な気持ちだったが、こればかりは自分も予期は出来なかったし、誰のせいでもない事だ。
色々と考えないといけない事がもう一つ増えただけ。
そう切り替えて教室に帰って、誰もいない教室で自分の席に座る。
泣き出したい気持ちになった時、スマホの着信音が鳴った。
『今日、時間ある?』
こんなタイミングで壱弥からのメッセージが来てしまった。
今壱弥に会ったら、自分はきっと壱弥に取り縋ってしまう。
そんな事はしてはいけないと思い、スマホを震える手で握って返事をした。
『ごめん、今日はちょっと無理かな』
『バイト無いって言ってなかったっけ?』
『うん、友達と久々に出かける事になったの。ごめんね』
『わかった』
嘘をついてしまった事に何か苦いものを感じながら、のろのろと帰る準備をして、帰路に就く。
家までの道のりは足取りも重く、正直どう帰ったのか、あまり覚えていない。
部屋の電気をつけて、制服も着替えずにボンヤリとテレビをつけて目をやるけれど、内容は全く頭に入って来ない。
これからの事を考えたら、どうしたらいいのか、皆目見当もつかなくて、困り果てた。
先ずはバイト先に3月でやめると言ってたけど、その先も雇ってもらえないか聞いてみようとか、ハローワークに探しに行くのが一番手っ取り早いのかとか、色々ぐるぐる考えてみるけれど、胸に何か重苦しい鉛の様な感情が詰まった様で思考を邪魔して考える事が出来ない。
そんな出口のない思考と感情の鬩ぎ合いに嵌っていると、インターホンが鳴った。
それにものろのろと出る。
玄関ホンの受話器を取ると、壱弥が映し出された。
「壱弥君?!」
『うん、来ちゃった』
美優は急いで玄関まで行って、ドアスコープを覗き込む。
やはりそこには壱弥がいた。
美優はガチャリと解錠しドアを開けた。
「美優ちゃん、やっぱりいた」
「……なんで?……」
「……なんとなくおかしいなって思ったから」
「……とにかく、入って?」
「お邪魔します」
美優は壱弥を招き入れると部屋に通して、コーヒーを淹れる。
「ソファ座ってくれていいからね?」
キッチンから声をかけると壱弥はうんと返事をした。
キッチンでコーヒーメーカーのコーヒーの落ちる様を眺めながら、多分、自分の噓など壱弥にはお見通しなのだと思い、言い訳するのも何もかも諦めて、謝ろうと意を決した。
コーヒーを二つ淹れて、お盆に乗せて部屋に戻る。
「コーヒー入ったよ?」
「うん、ありがとう」
壱弥のコーヒーはブラックで、自分のコーヒーはミルク多めのカフェオレだ。
コーヒーに口をつける壱弥の方をまともに見る事が出来ず、俯いたまま、壱弥に声をかけた。
「あのね、壱弥君、……ごめんない」
「ん? どうして謝るの?」
「……だって、嘘ついたから……」
「う~ん……、断られたのに勝手に来た俺こそ謝らないといけないと思うけどな」
「……そんな事ないの……嘘ついてごめんなさい」
壱弥は美優の頭をポンと撫でる。
「それは理由があるからでしょ? 嘘ついた事は別に気にしてないけど、美優ちゃんが何か一人で抱え込んで無理してるのはわかるから、それを相談してくれないのは気にしてる」
「…………」
少し考えたけれど今は笑いながら話せる様な心持ちにはなれなかった。
「俺には言えない様な事?」
美優はただ首を横に振った。
「…………」
ただ、壱弥の前で泣き崩れる様な事だけはしたくなかったので、それだけは必死に耐えた。
「言ってみたら、楽になるかもしれないよ?」
美優は意を決してソファの壱弥を見上げて笑った。
「あのね、内定先の会社、倒産しちゃったんだって。なんかホントツイてないね」
壱弥はソファから立ち上がって美優の隣に座る。
「大丈夫」
そう一言言うと美優の肩に手を回した。
左手で美優の肩を抱いて、右手で美優の膝で握りしめられている美優の手を握った。
「あのね、大丈夫だよ? 仕事なら紹介出来るって言ったでしょ? 忠也先輩の会社だって事務処理担当してくれる子欲しいって言ってたし。俺の仕事手伝ってくれたっていいんだ。幾らだって道はあるから心配しないで? ね?」
それを聞いて、やっぱり壱弥は優しいと思う。
きっと壱弥は自分の人生毎、面倒を見ようとしてくれるだろう。
壱弥に頼っていては壱弥に全て委ねるダメな人間になってしまいそうで怖かった。
でも、その一方でこんな風に全て受け入れて、包み込んでくれる優しさに安堵を覚えてる自分も確かにいて、やはり複雑な想いの狭間で揺れ動く。
「……うん」
壱弥はしばらくそのまま美優の肩を抱き、手を握っていた。
「…………ねえ、壱弥君?」
「ん? なに?」
「あのね、壱弥君に頼るのは最終手段にさせてね? 自分で当たれる所は当たってみたいし。先生も探してくれるって言ってたし。自分で頑張ってみるよ」
「……頼ってくれても全然かまわないのにな~……」
「私、、先ずは自分の力で頑張ってみたい」
「……わかった。いつでも頼ってくれていいからね?」
「ん。そう言ってくれたら、元気出た」
そう、こうして壱弥が大丈夫だと言ってくれて、最悪伝手があるのだと思うと、先程の様な絶望的な感情は少し軽くなって、思考も自由になった。
自由になると、さっき思考した事をまずはやってみようという気になった。
「美優ちゃんはホントにいい子だね。でも俺が来なかったら一人で抱え込んで暗い気持ちでいたでしょ? そんなのダメだから。絶対に許さないからね?」
壱弥の美優を抱く左腕は、美優を更に自分の方へと力強く引き寄せる。
美優は壱弥の肩に頭を乗せてその腕の力強さと温かさを感じた。
「壱弥君、ありがとう。心配かけてごめんね」
壱弥はただ微笑んで美優の手をきゅっと握る。
二人はそのままの姿勢でしばらくただ黙っていた。
それはとても心地よく、とても安堵と勇気を貰えた。
美優は壱弥という存在が自分にとってどれだけ大きくなっているのか、実感する。
「……美優ちゃん、そろそろご飯食べに行こうか」
「……うん。制服着替えちゃうからちょっと待ってね?」
「うん」
我に返るととても恥ずかしくなって、美優は俯いて壱弥から離れる。
「私、キッチンの方で着替えて来る。ちょっと待っててね」
クローゼットを開けて、壱弥と一緒にいても違和感のなさそうなカジュアルな服装を適当に選ぶ。
それを持って部屋とキッチンを分ける扉を開けた。
「ごゆっくり」
そう言って壱弥はソファに改めて座り直し、美優が淹れたコーヒーを飲み直す。
風呂前の小さな脱衣スペースで制服を脱ぎ、服を着替える。
今日は壱弥も黒のロゴ入りのパーカーとブラックジーンズなので、畏まった所にはいかないだろうと思った美優は、白いパフスリーブのワンピースにニットベストを合わせた。簡単に短時間で着られて、それなりにちゃんと見えるコーデを選んだ。
「おまたせ。こんな恰好でも大丈夫?」
部屋に戻って壱弥に見せると壱弥は目を細めて見つめて微笑んだ。
「うん、大丈夫。可愛いよ」
「今日ご飯どこ行くの?」
「忠也先輩の店にしようかと思ってるんだ。とりあえず、美優ちゃんの就職の話、耳にだけは入れといた方がいいと思うんだけど、構わない?」
「……うん。そうだね。でも、心配かけちゃうな……」
「大丈夫だよ。あいつらだって他の会社で会社勤めなんかした事ないんだから」
「皆、ビジネスマナーとか学ばなかったの?」
「一応講座とかには行ったって言ってたけどね」
「壱弥君は行った事ないの?」
「うん、無いよ」
「独学で勉強したの?」
「……いや、殆ど実家で身に付けたよ」
「そっか……」
壱弥の実家の話は、それを語る時の壱弥の声のトーンから、あまり触れてはいけない様な気がしてそれ以上は踏み込めない気がした。
美優はクローゼットから小さな白い鞄を取り出して、必要な物をスクールバックから移した。
「いつでも行けるよ?」
「よし、じゃ、行こうか」
壱弥はカップの中のコーヒーを飲み干すとソファから立ち上がった。
「今日は近所のパーキングに停めて来たから少し歩くよ」
「うん、大丈夫」
二人は部屋を出て、美優は部屋の鍵をかける。
壱弥はやはり自然に美優の手を握って、エレベーターまで歩き出す。
さっきまであんなにも絶望的な気持ちでいたのに、壱弥とこうして手を繋いで話をしていると、そんな気持ちはどこかに消えてしまった。
穏やかに話しかけて、優し気な微笑みを向けてくれるだけで、自分も穏やかな気持ちになれる。
美優は戸惑いながら壱弥の繋がれた手に少しだけ力を篭めた。
そうしたら、もう少しだけ強めに壱弥が握り返してくれる。
壱弥の顔を見ると、愛おし気に自分を見つめていて何か気恥ずかしくなった。
やっぱり俯いてしまうと、壱弥が美優に声をかけた。
「このパーキングだよ」
美優の部屋から歩いて2分と言った所にあるパーキングだ。
確かに壱弥の白い車がある。
電子キーで解錠すると、やはり美優を先に乗せて会計を済ませる。
戻ってきて、車に乗り込んだ壱弥が美優に言った。
「やっぱり全員来るんだってさ」
「……なんだか皆に心配かけちゃったのかな……。申し訳ないな」
「そんな風に思わなくていいよ。きっと皆美優ちゃんの力になりたいって思ってるだけだし」
「うん……。そうだね」
壱弥は車を走らせて港にある、忠也の店に向かった。
学校での針の筵の様な壱弥との噂は冬休みを挟んだためか、もう立ち消えていた。
その事にホッとしつつ、今まで通りの普通の高校生生活を送っていた。
学校に通い、授業を受け、バイトに行き、帰って自炊する日もあれば、バイト先で賄いを貰える日もある。
壱弥達とのいちご狩りもつつがなく楽しみ、いつもの様に学校に通っていると、放課後教師に呼び出された。
「神崎、ちょっと不味い事になった」
「……どうしたんですか?」
「お前の内定先な、倒産した」
「え?」
「今会社はもぬけの殻らしくてな、どうやら社長さん、一家で夜逃げしたらしいんだ」
「……そうなんですか……」
「お前の就職先はなんとか色々当たってみるが、何せこの時期だ。あまり期待しない方がいいだろう。お前も色々伝手を辿ってみてくれないか?」
「……はい、わかりました」
正直絶望的な気持ちだったが、こればかりは自分も予期は出来なかったし、誰のせいでもない事だ。
色々と考えないといけない事がもう一つ増えただけ。
そう切り替えて教室に帰って、誰もいない教室で自分の席に座る。
泣き出したい気持ちになった時、スマホの着信音が鳴った。
『今日、時間ある?』
こんなタイミングで壱弥からのメッセージが来てしまった。
今壱弥に会ったら、自分はきっと壱弥に取り縋ってしまう。
そんな事はしてはいけないと思い、スマホを震える手で握って返事をした。
『ごめん、今日はちょっと無理かな』
『バイト無いって言ってなかったっけ?』
『うん、友達と久々に出かける事になったの。ごめんね』
『わかった』
嘘をついてしまった事に何か苦いものを感じながら、のろのろと帰る準備をして、帰路に就く。
家までの道のりは足取りも重く、正直どう帰ったのか、あまり覚えていない。
部屋の電気をつけて、制服も着替えずにボンヤリとテレビをつけて目をやるけれど、内容は全く頭に入って来ない。
これからの事を考えたら、どうしたらいいのか、皆目見当もつかなくて、困り果てた。
先ずはバイト先に3月でやめると言ってたけど、その先も雇ってもらえないか聞いてみようとか、ハローワークに探しに行くのが一番手っ取り早いのかとか、色々ぐるぐる考えてみるけれど、胸に何か重苦しい鉛の様な感情が詰まった様で思考を邪魔して考える事が出来ない。
そんな出口のない思考と感情の鬩ぎ合いに嵌っていると、インターホンが鳴った。
それにものろのろと出る。
玄関ホンの受話器を取ると、壱弥が映し出された。
「壱弥君?!」
『うん、来ちゃった』
美優は急いで玄関まで行って、ドアスコープを覗き込む。
やはりそこには壱弥がいた。
美優はガチャリと解錠しドアを開けた。
「美優ちゃん、やっぱりいた」
「……なんで?……」
「……なんとなくおかしいなって思ったから」
「……とにかく、入って?」
「お邪魔します」
美優は壱弥を招き入れると部屋に通して、コーヒーを淹れる。
「ソファ座ってくれていいからね?」
キッチンから声をかけると壱弥はうんと返事をした。
キッチンでコーヒーメーカーのコーヒーの落ちる様を眺めながら、多分、自分の噓など壱弥にはお見通しなのだと思い、言い訳するのも何もかも諦めて、謝ろうと意を決した。
コーヒーを二つ淹れて、お盆に乗せて部屋に戻る。
「コーヒー入ったよ?」
「うん、ありがとう」
壱弥のコーヒーはブラックで、自分のコーヒーはミルク多めのカフェオレだ。
コーヒーに口をつける壱弥の方をまともに見る事が出来ず、俯いたまま、壱弥に声をかけた。
「あのね、壱弥君、……ごめんない」
「ん? どうして謝るの?」
「……だって、嘘ついたから……」
「う~ん……、断られたのに勝手に来た俺こそ謝らないといけないと思うけどな」
「……そんな事ないの……嘘ついてごめんなさい」
壱弥は美優の頭をポンと撫でる。
「それは理由があるからでしょ? 嘘ついた事は別に気にしてないけど、美優ちゃんが何か一人で抱え込んで無理してるのはわかるから、それを相談してくれないのは気にしてる」
「…………」
少し考えたけれど今は笑いながら話せる様な心持ちにはなれなかった。
「俺には言えない様な事?」
美優はただ首を横に振った。
「…………」
ただ、壱弥の前で泣き崩れる様な事だけはしたくなかったので、それだけは必死に耐えた。
「言ってみたら、楽になるかもしれないよ?」
美優は意を決してソファの壱弥を見上げて笑った。
「あのね、内定先の会社、倒産しちゃったんだって。なんかホントツイてないね」
壱弥はソファから立ち上がって美優の隣に座る。
「大丈夫」
そう一言言うと美優の肩に手を回した。
左手で美優の肩を抱いて、右手で美優の膝で握りしめられている美優の手を握った。
「あのね、大丈夫だよ? 仕事なら紹介出来るって言ったでしょ? 忠也先輩の会社だって事務処理担当してくれる子欲しいって言ってたし。俺の仕事手伝ってくれたっていいんだ。幾らだって道はあるから心配しないで? ね?」
それを聞いて、やっぱり壱弥は優しいと思う。
きっと壱弥は自分の人生毎、面倒を見ようとしてくれるだろう。
壱弥に頼っていては壱弥に全て委ねるダメな人間になってしまいそうで怖かった。
でも、その一方でこんな風に全て受け入れて、包み込んでくれる優しさに安堵を覚えてる自分も確かにいて、やはり複雑な想いの狭間で揺れ動く。
「……うん」
壱弥はしばらくそのまま美優の肩を抱き、手を握っていた。
「…………ねえ、壱弥君?」
「ん? なに?」
「あのね、壱弥君に頼るのは最終手段にさせてね? 自分で当たれる所は当たってみたいし。先生も探してくれるって言ってたし。自分で頑張ってみるよ」
「……頼ってくれても全然かまわないのにな~……」
「私、、先ずは自分の力で頑張ってみたい」
「……わかった。いつでも頼ってくれていいからね?」
「ん。そう言ってくれたら、元気出た」
そう、こうして壱弥が大丈夫だと言ってくれて、最悪伝手があるのだと思うと、先程の様な絶望的な感情は少し軽くなって、思考も自由になった。
自由になると、さっき思考した事をまずはやってみようという気になった。
「美優ちゃんはホントにいい子だね。でも俺が来なかったら一人で抱え込んで暗い気持ちでいたでしょ? そんなのダメだから。絶対に許さないからね?」
壱弥の美優を抱く左腕は、美優を更に自分の方へと力強く引き寄せる。
美優は壱弥の肩に頭を乗せてその腕の力強さと温かさを感じた。
「壱弥君、ありがとう。心配かけてごめんね」
壱弥はただ微笑んで美優の手をきゅっと握る。
二人はそのままの姿勢でしばらくただ黙っていた。
それはとても心地よく、とても安堵と勇気を貰えた。
美優は壱弥という存在が自分にとってどれだけ大きくなっているのか、実感する。
「……美優ちゃん、そろそろご飯食べに行こうか」
「……うん。制服着替えちゃうからちょっと待ってね?」
「うん」
我に返るととても恥ずかしくなって、美優は俯いて壱弥から離れる。
「私、キッチンの方で着替えて来る。ちょっと待っててね」
クローゼットを開けて、壱弥と一緒にいても違和感のなさそうなカジュアルな服装を適当に選ぶ。
それを持って部屋とキッチンを分ける扉を開けた。
「ごゆっくり」
そう言って壱弥はソファに改めて座り直し、美優が淹れたコーヒーを飲み直す。
風呂前の小さな脱衣スペースで制服を脱ぎ、服を着替える。
今日は壱弥も黒のロゴ入りのパーカーとブラックジーンズなので、畏まった所にはいかないだろうと思った美優は、白いパフスリーブのワンピースにニットベストを合わせた。簡単に短時間で着られて、それなりにちゃんと見えるコーデを選んだ。
「おまたせ。こんな恰好でも大丈夫?」
部屋に戻って壱弥に見せると壱弥は目を細めて見つめて微笑んだ。
「うん、大丈夫。可愛いよ」
「今日ご飯どこ行くの?」
「忠也先輩の店にしようかと思ってるんだ。とりあえず、美優ちゃんの就職の話、耳にだけは入れといた方がいいと思うんだけど、構わない?」
「……うん。そうだね。でも、心配かけちゃうな……」
「大丈夫だよ。あいつらだって他の会社で会社勤めなんかした事ないんだから」
「皆、ビジネスマナーとか学ばなかったの?」
「一応講座とかには行ったって言ってたけどね」
「壱弥君は行った事ないの?」
「うん、無いよ」
「独学で勉強したの?」
「……いや、殆ど実家で身に付けたよ」
「そっか……」
壱弥の実家の話は、それを語る時の壱弥の声のトーンから、あまり触れてはいけない様な気がしてそれ以上は踏み込めない気がした。
美優はクローゼットから小さな白い鞄を取り出して、必要な物をスクールバックから移した。
「いつでも行けるよ?」
「よし、じゃ、行こうか」
壱弥はカップの中のコーヒーを飲み干すとソファから立ち上がった。
「今日は近所のパーキングに停めて来たから少し歩くよ」
「うん、大丈夫」
二人は部屋を出て、美優は部屋の鍵をかける。
壱弥はやはり自然に美優の手を握って、エレベーターまで歩き出す。
さっきまであんなにも絶望的な気持ちでいたのに、壱弥とこうして手を繋いで話をしていると、そんな気持ちはどこかに消えてしまった。
穏やかに話しかけて、優し気な微笑みを向けてくれるだけで、自分も穏やかな気持ちになれる。
美優は戸惑いながら壱弥の繋がれた手に少しだけ力を篭めた。
そうしたら、もう少しだけ強めに壱弥が握り返してくれる。
壱弥の顔を見ると、愛おし気に自分を見つめていて何か気恥ずかしくなった。
やっぱり俯いてしまうと、壱弥が美優に声をかけた。
「このパーキングだよ」
美優の部屋から歩いて2分と言った所にあるパーキングだ。
確かに壱弥の白い車がある。
電子キーで解錠すると、やはり美優を先に乗せて会計を済ませる。
戻ってきて、車に乗り込んだ壱弥が美優に言った。
「やっぱり全員来るんだってさ」
「……なんだか皆に心配かけちゃったのかな……。申し訳ないな」
「そんな風に思わなくていいよ。きっと皆美優ちゃんの力になりたいって思ってるだけだし」
「うん……。そうだね」
壱弥は車を走らせて港にある、忠也の店に向かった。
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