17 / 48
17、壱弥の一面
しおりを挟む
その後、ロッジに戻った7人は改めて食事を再開し、ケーキを食べ、やっと帆高もワインを口に出来、大いに盛り上がった。
結局男性陣は深酒をしてリビングで雑魚寝という醜態を再び晒してしまう。
女性陣はこうなる事を予期して早々に切り上げて二階の女子部屋に上がり、眠ってしまった。
「ね? こうなるでしょ?」
穂澄が腰に手を当てて呆れながら美優に言った。
「きっと皆楽しくてついつい呑んじゃうんだね」
「皆、バカだからムキになって呑むのよ。サウナのおじさん達と一緒。あいつよりは先にオチない、みたいな変な張り合い」
「まあ、勝負事は燃える。その気持ちはわからなくはない」
「なっちゃんの言う勝負事とは次元が違い過ぎる気がするけどね」
「……なんか、ワインの瓶、いっぱい置いてある……。これ全部吞んじゃったのかな……?」
パッと見た限りでも10本以上は並べられているのを美優は感嘆を篭めて眺めた。
「なんだかんだ、皆呑める方だからね。呑める奴らがこんな状態になってるんだから、相当呑んでるのよ。ホントバカね。さ、私達は朝風呂行きましょ」
ロッジを出て朝霧が立ち込める山道を足元に注意しながら階段を登って露天風呂に向かう。
露天風呂にはやはり誰もおらず、白乳色の湯からは湯気が立ち揺れている。
露天風呂にゆっくり談笑しながら浸かって、朝日が昇って来るのを眺める。
樹々の間から零れる様な橙の光が差し込んで、とっても綺麗だ。空はそれに合わせたようなピンクと紫のグラデーションを湛えている。
少し熱めのお湯だが、冬の外気が頬や肩を冷やして丁度いい。
棗は湯殿の縁に両腕を広げ、その背と共に預けて美優に声をかけた。
「美優ちゃんは私がキックボクシングの選手なの知ってたっけ?」
「うん、知ってるよ。壱弥君から聞いた」
「多分来年の春位かな? また試合があるから、その時は観においでよ。あ、格闘技苦手?」
「ううん、やるのは無理だけど、見るのは平気だよ」
「じゃあ、観に来て! 友達がいる方が気合入るんだよね」
「棗さんはプロなんでしょ?」
「そうだよ。ま、連戦連勝とはいかないけど、ボチボチ勝ってるよ」
「なっちゃん、試合の後顔ボコボコだもんね~。美人が台無しになって面白いのよ~」
穂澄はさも可笑しそうに笑いながら言った。
「顔につけるマスクみたいなのしないの?」
「ああ、ヘッドキャップ? しないよ」
「ええ? 凄いなぁ~……。……壱弥君から聞いたけど、忠也さんがジム立ち上げたり食品会社やってるのって棗さんの為なんでしょ? 忠也さんも心配なんだろうね」
「そうそう。それで私達も一緒に会社経営すっぞ! って強引に引き込まれたのよ。で、それやりながら、自分達の会社もそれぞれ立ち上げてグループ化してるのよ」
「多角経営ってヤツだね。学生からそんな事出来るなんて、ホントに皆凄いね」
「ジムと食品会社が思いの外上手く回ったからね~。栄養管理された手軽な食事が欲しい層の情報を入手するのが容易だったのよ」
「アスリートにとって必要な事は全て揃えてくれたからな。忠也は実質私のスポンサーみたいなものだ」
「そうそう。だからジムのイメージキャラクターなのよね、なっちゃん」
「ああ、棗さんなら綺麗だし看板に出てるといい宣伝になりそうだね。メディアからの取材も凄そう」
棗は広げていた腕を組んだ。
「取材は一切受けてない。私は口下手だから不用意な事を言いそうで怖い。看板の写真も仕方なく撮ったんだ。さすがに世話になりっぱなしで何も協力しないのはいかがなものかと思ってさ」
「多分、断っても忠也先輩、何とも思わなかったと思うわよ?」
「そうか?」
「うん」
「いや、やっぱりこれだけ世話になっているんだから、何か一つくらいは返さないとな」
「ホントなっちゃんって現代に突然降臨した武士みたいな精神してるわよね。大体、なっちゃんトコは忠也先輩の孫を溺愛するお祖父ちゃんみたいな愛情で成立してるんだから、義理もクソもないと思うわよ?」
「……そうなのか?」
「そうよ。まぁたまには肩叩き券でもプレゼントしてあげたら泣いて喜ぶんじゃない?」
「……そうか」
棗はそのまま何か考え込み始めたので、美優と穂澄で談笑しながら登っていく朝日を眺めた。
露天風呂を出て、ロッジに戻ると相変わらず男性陣はリビングのあちこちで眠っている。
よくよく考えてみたら、美優は初めて壱弥の寝顔を見た。
壱弥はソファのひじ掛けに頭を預け、毛布を被り、腕を組んで眠っている。
きっと昨日の夜食べていたであろうおつまみのピーナッツがテーブルに散らばる様に置かれている。
美優がそれを微笑ましく見つめていたら、荷物を置きに行った穂澄が二階から降りて来る。
「さ、朝ごはん作ろ」
穂澄はキッチンに立って、冷蔵庫の中の材料を漁る。
「あ、帆高が買って来たシーフード残ってるから、これでいいや」
手際よく玉ねぎをみじん切りにして、オリーブオイルをフライパンで熱して、ニンニクを炒める。
この時点で香ばしい、良い香りがしてくる。
「何か手伝うよ、穂澄さん」
美優はキッチンの穂澄の横に立った。
「そ? じゃ、私達の食事は美優ちゃんに任せようかな」
「? それじゃないの?」
「これは二日酔い用メニューよ。別にこれでもいいけど、私達はもっといいモノ食べたいじゃない? 私達のはホテルモーニングにしましょ?」
「ホテルモーニング?」
「クロワッサンとふわふわスクラングルエッグとモッツァレラチーズのサラダとあらびきウインナーにこの二日酔いメニューの魚介のチーズリゾット。とりあえず、玉子割ってスクランブルエッグにしてくれる?」
「うん、わかった」
3人分のスクランブルエッグを炒め、ベーコンとウインナーを焼き、サラダと共にプレートに盛って、出来上がり、キッチンの前のダイニングテーブルに3人分並べる。
棗が使い捨ての紙のランチョンマットとカトラリーを並べた。
「穂澄さん、クロワッサン焼いちゃっていい?」
「今コーヒー淹れ始めたからちょうどいいタイミングね。いいわよ~」
小さめのカップにリゾットを入れ、コーヒーが入った頃、ちょうどクロワッサンの焼けたバターの香りが漂って来た。
「さ、食べましょ?」
「うん」
「だな」
「では、」
「「「いただきます」」」
女性達で楽しく談笑しながら食事をしてると、男性陣も起きて来た。
「うぃ~……、おはよう~……。いい匂いだねぇ~……」
ぼんやりとした忠也がダイニングテーブルの横にやって来て女性達に声をかけた。
「おはよう、忠也さん。二日酔い?」
美優は飲んでいたコーヒーのカップをテーブルに降ろしながら訊ねた。
「うん、こりゃダメだ。俺ちょっと風呂行ってくるわ」
「あ、俺も行く」
「俺も行くわ」
「俺も~」
結局起きて来た男性陣は全員で露天風呂に行く事になった。
「行くなら、ちゃんと水分補給してから行きなさいよ~?」
「へいへい。お茶のペット持っていくか」
帆高はそう言うと冷蔵庫の500㎖のペットボトルを男性達それぞれに一本ずつ手渡した。
「じゃ、行ってくるよ、美優ちゃん」
壱弥は美優にダイニングテーブルで座っている美優の肩に手を置いて言った。
「うん、気をつけていってらっしゃい」
美優は壱弥を見上げて微笑む。
壱弥は名残惜しそうに美優の髪に触れて部屋を出て行った。
外からはかすかに男性達の話し声が聞こえていたが、それも早々に遠のいた。
「……壱弥ってホントに美優ちゃんに惚れてるのね」
「え?! 穂澄さん、何? 突然?!」
穂澄の突然の言葉に美優はびっくりして思わずうわずった声を上げてしまった。
「……、美優ちゃんにこんな事言うべきじゃないんだろうけどさ……。事実だから言っちゃうけど、壱弥ってさ、大学入ってちょっとしてから、エラく女遊びが酷かった時期があってさ?」
「え? そうなの? 女の子と付き合った事ないって私は聞いてたけど」
「うん、それは事実よ? ただただとっかえひっかえしてたのよ。毎晩違う女と出歩いてた」
意外な壱弥の一面に美優は少し驚いた。
「まあ? 如何にも男慣れしてて遊びだって理解してるような女ばっかりと遊んでたみたいだから後腐れなく全員とは終わってると思うけど」
「……そうなんだ……。何かあったのかな?」
「ま、その時が一番あいつ、実家と揉めてた時だったから。色々あったのかもしれないわね」
壱弥のその時の心情はどういうものだったのだろうか?
美優にはきっと想像も出来ない様な苦しい想いをしていたのかもしれないと思うと、何か少しだけ胸の奥に苦いモノが過ぎった。
「そういう男だからさ? 誰かが自分に想いを寄せても何とも思わないんだなって理解してたんだけど、美優ちゃんだけは特別みたいね」
「……そうなのかな?」
「あんな甘い顔して女の子と接してる壱弥なんか見た事ないもの」
「……そうだな。あの時も酷かったしな」
棗がクロワッサンを千切りながら少し考える様に言う。
その言葉を受けて、穂澄も少し考える様なそぶりを見せた後、意を決した様に話し始める。
「……実は高等部の時に帆高と付き合ってた子がさ、壱弥の事好きになったとかなんとか言い出したのよ」
「ええ?! それは凄く大変そう……」
「壱弥がその子に言ったのは、『帆高から俺に靡いて相手にされると本気で思ってんの?』っていつもの笑顔で、でもそれはそれは冷たく言い放ったのよ。公衆の面前で」
そう言った穂澄は一旦コーヒーを飲んで一拍置き、続きを話し始める。
「女の子は帆高から壱弥に靡いた尻軽女だって噂になっちゃって、学校中で針の筵みたいになっちゃって結局学校辞めちゃったし、そりゃもう酷い事になったわ」
「……それは、その子、ちょっと可哀想な気が……」
「うん。悪い子じゃなかったのよ? むしろ良い子だった。な、だけに本気で壱弥に惹かれたんだと思うのよ、その子も」
その時のそれぞれの想いを考えてみる。
帆高は自分の付き合ってる子が壱弥に惹かれていくのをどんな気持ちで見てたのだろうか?
その子はどんな気持ちで二人に接していたのだろうか?
壱弥はその子に想われた事に気が付いた時、どう感じたのだろうか?
きっとそれぞれが想いや優先すべき大事な現実の中で色々思いが交錯した事だろう。
「何が言いたいかって言うとさ? 人の好意とかそういうものを慮るなんて事ないし、誰かに想いを傾ける様な事も無かったのよ、本当に。だから、美優ちゃんには心から惚れてるんだな~って思ってさ」
そう言った穂澄はサラダのレタスをフォークで刺して、そのまま何か考えているようだった。
美優はその穂澄の言葉で壱弥の自分に対する気持ちが真剣な事をまた一つ実感した。
「……ねえ。美優ちゃん?」
穂澄はフォークの先のレタスの方を何やら考え込んで眺めている。
「何?」
「壱弥とは小さい頃に出逢ってたのよね?」
「うん、私は小学校1年生だった」
「壱弥はその時6年生でしょ?」
「うん、そうだね」
「……それ以来会ってなかったの?」
「うん、夏休みの期間だけ遊んでもらって、それ以来会ってなかった。再会したのはホントにこの間だよ?」
穂澄は美優のその言葉を聞いてやはり考え込む。
美優はそんな穂澄をキョトンと見つめた。
見つめられている事に気が付いた穂澄は美優に笑った。
「……ああ、何でもないの。このクロワッサン美味しいでしょ? ココロノベーカリーって泊市駅の近くのパン屋さんのヤツなのよ」
「へえ、聞いた事あるけど食べた事なかったんだ。評判になるのわかるよ」
美優は穂澄の考え込んだ内容に少し興味があったが、穂澄が話を逸らしたのが分かったので、敢えてその疑問は忘れる様にした。
結局男性陣は深酒をしてリビングで雑魚寝という醜態を再び晒してしまう。
女性陣はこうなる事を予期して早々に切り上げて二階の女子部屋に上がり、眠ってしまった。
「ね? こうなるでしょ?」
穂澄が腰に手を当てて呆れながら美優に言った。
「きっと皆楽しくてついつい呑んじゃうんだね」
「皆、バカだからムキになって呑むのよ。サウナのおじさん達と一緒。あいつよりは先にオチない、みたいな変な張り合い」
「まあ、勝負事は燃える。その気持ちはわからなくはない」
「なっちゃんの言う勝負事とは次元が違い過ぎる気がするけどね」
「……なんか、ワインの瓶、いっぱい置いてある……。これ全部吞んじゃったのかな……?」
パッと見た限りでも10本以上は並べられているのを美優は感嘆を篭めて眺めた。
「なんだかんだ、皆呑める方だからね。呑める奴らがこんな状態になってるんだから、相当呑んでるのよ。ホントバカね。さ、私達は朝風呂行きましょ」
ロッジを出て朝霧が立ち込める山道を足元に注意しながら階段を登って露天風呂に向かう。
露天風呂にはやはり誰もおらず、白乳色の湯からは湯気が立ち揺れている。
露天風呂にゆっくり談笑しながら浸かって、朝日が昇って来るのを眺める。
樹々の間から零れる様な橙の光が差し込んで、とっても綺麗だ。空はそれに合わせたようなピンクと紫のグラデーションを湛えている。
少し熱めのお湯だが、冬の外気が頬や肩を冷やして丁度いい。
棗は湯殿の縁に両腕を広げ、その背と共に預けて美優に声をかけた。
「美優ちゃんは私がキックボクシングの選手なの知ってたっけ?」
「うん、知ってるよ。壱弥君から聞いた」
「多分来年の春位かな? また試合があるから、その時は観においでよ。あ、格闘技苦手?」
「ううん、やるのは無理だけど、見るのは平気だよ」
「じゃあ、観に来て! 友達がいる方が気合入るんだよね」
「棗さんはプロなんでしょ?」
「そうだよ。ま、連戦連勝とはいかないけど、ボチボチ勝ってるよ」
「なっちゃん、試合の後顔ボコボコだもんね~。美人が台無しになって面白いのよ~」
穂澄はさも可笑しそうに笑いながら言った。
「顔につけるマスクみたいなのしないの?」
「ああ、ヘッドキャップ? しないよ」
「ええ? 凄いなぁ~……。……壱弥君から聞いたけど、忠也さんがジム立ち上げたり食品会社やってるのって棗さんの為なんでしょ? 忠也さんも心配なんだろうね」
「そうそう。それで私達も一緒に会社経営すっぞ! って強引に引き込まれたのよ。で、それやりながら、自分達の会社もそれぞれ立ち上げてグループ化してるのよ」
「多角経営ってヤツだね。学生からそんな事出来るなんて、ホントに皆凄いね」
「ジムと食品会社が思いの外上手く回ったからね~。栄養管理された手軽な食事が欲しい層の情報を入手するのが容易だったのよ」
「アスリートにとって必要な事は全て揃えてくれたからな。忠也は実質私のスポンサーみたいなものだ」
「そうそう。だからジムのイメージキャラクターなのよね、なっちゃん」
「ああ、棗さんなら綺麗だし看板に出てるといい宣伝になりそうだね。メディアからの取材も凄そう」
棗は広げていた腕を組んだ。
「取材は一切受けてない。私は口下手だから不用意な事を言いそうで怖い。看板の写真も仕方なく撮ったんだ。さすがに世話になりっぱなしで何も協力しないのはいかがなものかと思ってさ」
「多分、断っても忠也先輩、何とも思わなかったと思うわよ?」
「そうか?」
「うん」
「いや、やっぱりこれだけ世話になっているんだから、何か一つくらいは返さないとな」
「ホントなっちゃんって現代に突然降臨した武士みたいな精神してるわよね。大体、なっちゃんトコは忠也先輩の孫を溺愛するお祖父ちゃんみたいな愛情で成立してるんだから、義理もクソもないと思うわよ?」
「……そうなのか?」
「そうよ。まぁたまには肩叩き券でもプレゼントしてあげたら泣いて喜ぶんじゃない?」
「……そうか」
棗はそのまま何か考え込み始めたので、美優と穂澄で談笑しながら登っていく朝日を眺めた。
露天風呂を出て、ロッジに戻ると相変わらず男性陣はリビングのあちこちで眠っている。
よくよく考えてみたら、美優は初めて壱弥の寝顔を見た。
壱弥はソファのひじ掛けに頭を預け、毛布を被り、腕を組んで眠っている。
きっと昨日の夜食べていたであろうおつまみのピーナッツがテーブルに散らばる様に置かれている。
美優がそれを微笑ましく見つめていたら、荷物を置きに行った穂澄が二階から降りて来る。
「さ、朝ごはん作ろ」
穂澄はキッチンに立って、冷蔵庫の中の材料を漁る。
「あ、帆高が買って来たシーフード残ってるから、これでいいや」
手際よく玉ねぎをみじん切りにして、オリーブオイルをフライパンで熱して、ニンニクを炒める。
この時点で香ばしい、良い香りがしてくる。
「何か手伝うよ、穂澄さん」
美優はキッチンの穂澄の横に立った。
「そ? じゃ、私達の食事は美優ちゃんに任せようかな」
「? それじゃないの?」
「これは二日酔い用メニューよ。別にこれでもいいけど、私達はもっといいモノ食べたいじゃない? 私達のはホテルモーニングにしましょ?」
「ホテルモーニング?」
「クロワッサンとふわふわスクラングルエッグとモッツァレラチーズのサラダとあらびきウインナーにこの二日酔いメニューの魚介のチーズリゾット。とりあえず、玉子割ってスクランブルエッグにしてくれる?」
「うん、わかった」
3人分のスクランブルエッグを炒め、ベーコンとウインナーを焼き、サラダと共にプレートに盛って、出来上がり、キッチンの前のダイニングテーブルに3人分並べる。
棗が使い捨ての紙のランチョンマットとカトラリーを並べた。
「穂澄さん、クロワッサン焼いちゃっていい?」
「今コーヒー淹れ始めたからちょうどいいタイミングね。いいわよ~」
小さめのカップにリゾットを入れ、コーヒーが入った頃、ちょうどクロワッサンの焼けたバターの香りが漂って来た。
「さ、食べましょ?」
「うん」
「だな」
「では、」
「「「いただきます」」」
女性達で楽しく談笑しながら食事をしてると、男性陣も起きて来た。
「うぃ~……、おはよう~……。いい匂いだねぇ~……」
ぼんやりとした忠也がダイニングテーブルの横にやって来て女性達に声をかけた。
「おはよう、忠也さん。二日酔い?」
美優は飲んでいたコーヒーのカップをテーブルに降ろしながら訊ねた。
「うん、こりゃダメだ。俺ちょっと風呂行ってくるわ」
「あ、俺も行く」
「俺も行くわ」
「俺も~」
結局起きて来た男性陣は全員で露天風呂に行く事になった。
「行くなら、ちゃんと水分補給してから行きなさいよ~?」
「へいへい。お茶のペット持っていくか」
帆高はそう言うと冷蔵庫の500㎖のペットボトルを男性達それぞれに一本ずつ手渡した。
「じゃ、行ってくるよ、美優ちゃん」
壱弥は美優にダイニングテーブルで座っている美優の肩に手を置いて言った。
「うん、気をつけていってらっしゃい」
美優は壱弥を見上げて微笑む。
壱弥は名残惜しそうに美優の髪に触れて部屋を出て行った。
外からはかすかに男性達の話し声が聞こえていたが、それも早々に遠のいた。
「……壱弥ってホントに美優ちゃんに惚れてるのね」
「え?! 穂澄さん、何? 突然?!」
穂澄の突然の言葉に美優はびっくりして思わずうわずった声を上げてしまった。
「……、美優ちゃんにこんな事言うべきじゃないんだろうけどさ……。事実だから言っちゃうけど、壱弥ってさ、大学入ってちょっとしてから、エラく女遊びが酷かった時期があってさ?」
「え? そうなの? 女の子と付き合った事ないって私は聞いてたけど」
「うん、それは事実よ? ただただとっかえひっかえしてたのよ。毎晩違う女と出歩いてた」
意外な壱弥の一面に美優は少し驚いた。
「まあ? 如何にも男慣れしてて遊びだって理解してるような女ばっかりと遊んでたみたいだから後腐れなく全員とは終わってると思うけど」
「……そうなんだ……。何かあったのかな?」
「ま、その時が一番あいつ、実家と揉めてた時だったから。色々あったのかもしれないわね」
壱弥のその時の心情はどういうものだったのだろうか?
美優にはきっと想像も出来ない様な苦しい想いをしていたのかもしれないと思うと、何か少しだけ胸の奥に苦いモノが過ぎった。
「そういう男だからさ? 誰かが自分に想いを寄せても何とも思わないんだなって理解してたんだけど、美優ちゃんだけは特別みたいね」
「……そうなのかな?」
「あんな甘い顔して女の子と接してる壱弥なんか見た事ないもの」
「……そうだな。あの時も酷かったしな」
棗がクロワッサンを千切りながら少し考える様に言う。
その言葉を受けて、穂澄も少し考える様なそぶりを見せた後、意を決した様に話し始める。
「……実は高等部の時に帆高と付き合ってた子がさ、壱弥の事好きになったとかなんとか言い出したのよ」
「ええ?! それは凄く大変そう……」
「壱弥がその子に言ったのは、『帆高から俺に靡いて相手にされると本気で思ってんの?』っていつもの笑顔で、でもそれはそれは冷たく言い放ったのよ。公衆の面前で」
そう言った穂澄は一旦コーヒーを飲んで一拍置き、続きを話し始める。
「女の子は帆高から壱弥に靡いた尻軽女だって噂になっちゃって、学校中で針の筵みたいになっちゃって結局学校辞めちゃったし、そりゃもう酷い事になったわ」
「……それは、その子、ちょっと可哀想な気が……」
「うん。悪い子じゃなかったのよ? むしろ良い子だった。な、だけに本気で壱弥に惹かれたんだと思うのよ、その子も」
その時のそれぞれの想いを考えてみる。
帆高は自分の付き合ってる子が壱弥に惹かれていくのをどんな気持ちで見てたのだろうか?
その子はどんな気持ちで二人に接していたのだろうか?
壱弥はその子に想われた事に気が付いた時、どう感じたのだろうか?
きっとそれぞれが想いや優先すべき大事な現実の中で色々思いが交錯した事だろう。
「何が言いたいかって言うとさ? 人の好意とかそういうものを慮るなんて事ないし、誰かに想いを傾ける様な事も無かったのよ、本当に。だから、美優ちゃんには心から惚れてるんだな~って思ってさ」
そう言った穂澄はサラダのレタスをフォークで刺して、そのまま何か考えているようだった。
美優はその穂澄の言葉で壱弥の自分に対する気持ちが真剣な事をまた一つ実感した。
「……ねえ。美優ちゃん?」
穂澄はフォークの先のレタスの方を何やら考え込んで眺めている。
「何?」
「壱弥とは小さい頃に出逢ってたのよね?」
「うん、私は小学校1年生だった」
「壱弥はその時6年生でしょ?」
「うん、そうだね」
「……それ以来会ってなかったの?」
「うん、夏休みの期間だけ遊んでもらって、それ以来会ってなかった。再会したのはホントにこの間だよ?」
穂澄は美優のその言葉を聞いてやはり考え込む。
美優はそんな穂澄をキョトンと見つめた。
見つめられている事に気が付いた穂澄は美優に笑った。
「……ああ、何でもないの。このクロワッサン美味しいでしょ? ココロノベーカリーって泊市駅の近くのパン屋さんのヤツなのよ」
「へえ、聞いた事あるけど食べた事なかったんだ。評判になるのわかるよ」
美優は穂澄の考え込んだ内容に少し興味があったが、穂澄が話を逸らしたのが分かったので、敢えてその疑問は忘れる様にした。
10
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる