15 / 31
(十五)初陣
しおりを挟む
七月十二日の朝。
「神指の『とら屋』は無事に引き払いました。お香はひとまず、鶴ヶ城の城下で家を借りております」
「そいつは良かった。しかし、今から戦さになろうかって時に、団子屋を続けるというのも難しいかも知れねぇな」
福島城の陣屋で、斯忠は善七郎からの報告を聞いていた。
斯忠に与えられた陣屋のつくりは神指城の掘っ建て小屋よりは幾分かまし、という程度で、夏場はともかく冬場は隙間風がさぞ寒かろうと思われた。
その気になればいくらでも盗み聞きされてしまいそうではあるが、斯忠は声を潜めることもなく、善七郎と会話していた。
誰かが聞き耳を立てている気配があれば、善七郎が気づかない筈がない、と信じているからだ。
信じる者はとことん信じるのが、車丹波という男である。
「せっかく落ち着いたところを申し訳ねぇが、この際、お香らをこっちに呼び寄せたほうが良いだろうか」
斯忠が善七郎に問う。
せっかく会津まで連れてきた風車衆だが、今のところ有効に活用できていないのが斯忠には気がかりであった。
「さて、どうでしょうか。我等は特段、戦さのお役に立つわけではございませぬから」
即答を避けた善七郎は、わずかに首を傾げた。
風車衆はもっぱら市井の風聞を拾い集めて、最新の情勢を探って斯忠に伝える役目である。
敵城に忍び込んだり、敵の大将を暗殺したりといったいかにも忍び衆といった活動は基本的には行わない、というより行えない。
それだけの腕を持つ人材は、善七郎とお香、あと二、三名といったところである。
戦が近い今より、平時向きの組織と言えるかもしれない。
欲を言えば、上方の情勢を探らせたいところである。
現状、徳川家康の動きは上杉家を通じて知らされる情報と、出所不明の噂話に頼るしかないため、斯忠はもどかしい思いをしていた。
とはいえ、そのために大坂に派遣できる人数の余裕もなく、現実的な思案ではなかった。
「まあ、戦さの役に立たぬということはねぇが、無理もさせられまい。しばらくは鶴ヶ城下の声を拾ってもらうか。茶屋は無理でも、辻売りぐらいなら出来よう」
「団子の材料が揃えば、なんとかなりましょう」
今度は善七郎は小さくうなずいた。
「そこいらは、お香たちの才覚に任せるしかねえな」
そんな話をしているところに、団吉が部屋の外から声をかけてきた。
「旦那様。本丸大広間にて、これより戦評定が行われるとの報せにございます」
斯忠は、なにか知っているかとの意味を込めて、ちらりと善七郎の顔を伺う。
善七郎は思い当たる節がないらしく、表情を曇らせてわずかに首を横に振った。
「何かあったかな。判った、すぐ行く」
何食わぬ顔で斯忠は団吉に返事をして、腰を浮かせた。
風車衆の使いどころを今一度本気で考えてやらねば、と思いつつ。
***
福島城本丸の大広間には、本庄繁長とその家臣、そして直江兼続の命で派遣されてきた福島在陣衆があらかた顔を揃えていた。
もちろん、その中には坊主頭の前田慶次の姿もある。
席次はあらかじめ定められており、慶次の視界に入らないよう、部屋の片隅で小さくなっている訳にもいかない。
斯忠は平静を装い、努めて慶次の存在を視界にいれぬよう顔を不自然に背けながら、何食わぬ顔で着座する。
「梁川城より報せてきおった。梁川の郷民が一揆を起こしよった」
上座の繁長が前置きなく切り出すと、居並ぶ諸将がざわめいた。
繁長は諸将に鎮まるよう、片手をあげて押さえる仕草をみせたあと、梁川城主の須田長義からの通報の詳細を続けて説明する。
曰く、一揆勢は、およそ一千あまりと見込まれること。
梁川城から三里ほど北にある刈田の古塁と呼ばれる城跡に立てこもったこと。
増援として梁川城に派遣されている築地修理亮資豊に、一千の兵を任せてこれを討つ算段であること、などである。
「さしずめ、伊達が銭をばら撒いて動かしているのであろう。つまらぬ小細工よ」
繁長の話を聞き終えた本村造酒丞親盛が息巻く。
「須田大炊介殿の手勢だけに働かせておくのも如何なものかと。我等も加勢しましょうぞ」
本村親盛の気勢につられるように、組外衆からも口々に出陣を求める意見が出た。
「その意気やよし。が、伊達の動きが判らぬまま、一揆勢相手にそれほどの大人数は出せぬわ。総勢で三百ほどだせば、横鑓を入れるには充分であろう」
諸将を見渡した繁長はそう応じ、手早く陣立を定めた。
譜代の本村親盛を大将とし、上泉泰綱が先陣の将として組外衆の指揮を執ることとなった。
上泉泰綱は剣聖と称された上泉武蔵守信綱の孫であり、上杉家が会津入りした頃には既に家臣として加わっている。
組外衆の中でも、いわば別格の存在として重く扱われている。
組外衆からは、前田慶次と山上道牛らが出陣する。
「後備を車殿の手勢にお任せしたい。御手前の兵は百ほど動かせましょうや」
上泉泰綱が、探るような目つきで問いかけてくる。
組外衆としてひとくくりにされてはいるが、自前の手勢を有する斯忠もまた、泰綱とは違った意味で、また別格の存在である。
泰綱にとってはお手並み拝見、といったところであろう。
「手勢は総数五百ばかりおりますゆえ、百名を出すのは造作もござらぬ」
斯忠は胸を張って請け負う。
本当はそのうち二百名は荷駄組であるため、すぐに出せるのは三百名が精いっぱいである。が、ここで数を大きくみせねば、せっかく連れてきた甲斐がない。
***
「野郎ども、出陣だぞ」
軍評定を終えた斯忠は、己の陣屋の前に五百名の配下を勢ぞろいさせた。
福島城に送り込まれて以来、来るべき徳川勢との決戦の場となる白河口から外されたことで、臍を曲げていた者も少なくない。
だが、会津に来て以来はじめての戦さと聞かされてか、意外と士気は高い。
敵軍は徳川勢でも伊達勢でもなく、伊達に煽動された一揆勢に過ぎないのだが、車一党としての初陣の相手としては手ごろとも言えた。
「まあ、落ち着け。全員を連れていける訳じゃねぇからな。百名だぞ」
逸る配下をなだめながら、斯忠は主に馬廻りと徒組を中心として選んだ。
弓、鉄砲、長鑓の多くを残していくのは、一揆勢を蹴散らすのに使い勝手が良くないと判断したためだ。
だが、自分達も連れて行って欲しいと声をあげる残留組の連中をなだめるのは一苦労だった。
「お前らの出番はあとだ、あと。これからもまだまだ働き場はある」
最後は拳骨で小突いて追い散らす。
騒ぎがひと段落すると、斯忠は徒組の組頭を差し招き、そっと耳打ちする。
「初陣だからって、気負って手柄を立てようなんぞ思うな。味方を死なせないことを第一に考えろよ」
「それでよろしいので」
思わぬ言葉を聞いて、徒組の組頭は目を丸くしている。
「相手は郷民の一揆だぞ。下手を打ってこんなところで、一人でも死なせるのはつまらねえ。命を張るべき戦さは、まだこれから先の話だ」
どこか物憂げな口ぶりで応じる斯忠だった。
本村親盛を大将とする兵三百は、軽快な足取りで街道を進む。
福島城から刈田の古塁まで、およそ八里の道のりとなる。
この時代、健脚な男子であれば一日十里ほども歩く。
しかしそれは単身の場合であり、人数が多ければそれだけ遅くなる。
八里という距離は、移動だけなら一日でも不可能ではないが、そのまま合戦を行うのは無理がある距離だ。
しかし本村親盛はそうは考えなかったようで、かなりの強行軍を手勢に強いた。
ろくな休憩も与えぬまま、脱落した者をその場に残置して先を急がせ続ける。
その甲斐あって、日没を迎える前に刈田の古塁近くの森にまで進出していた。
「物見の報せでは、古塁には一千もおらぬ。せいぜい五百ほどとのことじゃ」
床几に腰かけた本村親盛が、上泉泰綱と斯忠を前にそう告げる。
「梁川城からの急使が見誤った数字を伝えたか、あるいはどこかに移動したか……」
上泉泰綱が顎を撫でながら思案する。
「梁川城から出たという御味方との繋ぎがまだ取れておらぬ。あるいは今日は出陣しておらぬかも知れぬが、ここで待っておる暇はない。これより城攻めいたす」
「今からでござるか。いったいそこまで無理をする必要があるんで? 兵は随分と疲れておりますがね」
思わず渋面を作った斯忠が問うと、本村親盛は難しい表情のまま頷いた。
「車殿の懸念はごもっとも。されど、お忘れあるな。ここは上杉の領地なれど、一揆勢が跋扈しておる以上は、敵地も同然。郷民は我等よりよほど地勢に明るい。悠長に野営などしておっては夜討ちを受けるやも知れぬ」
「それは道理やも知れぬが……」
「これは、虎とも呼ばれた御仁とも思えぬ気弱なお言葉。ご案じめさるな。我が手勢と本村殿の本軍だけで、一揆どもを蹴散らすには充分にござろう」
斯忠を怯懦とみたか、上泉泰綱は挑発するように宣言した。
「では、我が手勢は後備の役目を果たし、御二方の側背をしっかと守ってみせましょう」
短気の虫をぐっとこらえて、斯忠はそう返した。
夕闇迫る中、城攻めが始まった。
西日を背に仕寄る上泉泰綱率いる組外衆に、一揆勢は気づくのが遅れた。
銃声が数発響き、形ばかりの矢玉の応酬の後、組外衆は強引に間合いを詰める。
城跡こそ残っていても、古塁と言うだけあって土塁はあちこちが崩れ、堀は雨のたびに流れ込んだ土砂で埋まり、浅くなっている。本格的な城攻めに耐えられるものではなかった。
たちまち城内に乗り込んだ組外衆には、腕に覚えのある武辺が揃っている。
とりわけ上泉泰綱の他、前田慶次と山上道牛の働きがすさまじい。
立て続けに一揆勢の首が宙を舞うと、はやくも一揆勢は逃げ腰となった。
「さすがに天下の傾奇者は強いですな」
斯忠の傍らで戦況を眺める嶋左源次が声を弾ませる。
その無邪気な喜びように、斯忠はつい苦笑する。
後備の車勢は合戦に参加することなく、一揆勢の奇襲に備えていた。
やがて、完全に崩れ経った一揆勢が古塁を捨てて逃げ出すと、本村親盛は斯忠にも追撃を命じた。
「行くぞ! だが、忘れるなよ。こんなところで手負い討死を出している場合じゃねえ。俺達の本当の相手は徳川内府だ」
斯忠は手勢百名に向かってそう声をかけると、本陣を前進させはじめた本村親盛の後を追って兵を進めた。
***
結局、目覚ましい働きを示した前田慶次らとは対照的に、斯忠に手柄らしい手柄はないまま、上杉家における初陣は終わった。
それでも戦場の空気を吸い、とりあえず斯忠は満足していた。
兵の進退を采配するのも久方ぶりであったが、車一党の百名は、にわか雇いの連中にしては、まずは満足できる動きを見せてくれていた。
「これも、普請場で息を合わせたおかげかも知れませんね」
追従めいた左源次の言葉だったが、斯忠もまんざらではない。
「あとは、本当の働きどころを得られるかだな」
敵は徳川内府、と啖呵を切ってみたが、現実的にはそれは難しいのだ。
働き甲斐のある場所を得られるのか。気がかりな斯忠であった。
「神指の『とら屋』は無事に引き払いました。お香はひとまず、鶴ヶ城の城下で家を借りております」
「そいつは良かった。しかし、今から戦さになろうかって時に、団子屋を続けるというのも難しいかも知れねぇな」
福島城の陣屋で、斯忠は善七郎からの報告を聞いていた。
斯忠に与えられた陣屋のつくりは神指城の掘っ建て小屋よりは幾分かまし、という程度で、夏場はともかく冬場は隙間風がさぞ寒かろうと思われた。
その気になればいくらでも盗み聞きされてしまいそうではあるが、斯忠は声を潜めることもなく、善七郎と会話していた。
誰かが聞き耳を立てている気配があれば、善七郎が気づかない筈がない、と信じているからだ。
信じる者はとことん信じるのが、車丹波という男である。
「せっかく落ち着いたところを申し訳ねぇが、この際、お香らをこっちに呼び寄せたほうが良いだろうか」
斯忠が善七郎に問う。
せっかく会津まで連れてきた風車衆だが、今のところ有効に活用できていないのが斯忠には気がかりであった。
「さて、どうでしょうか。我等は特段、戦さのお役に立つわけではございませぬから」
即答を避けた善七郎は、わずかに首を傾げた。
風車衆はもっぱら市井の風聞を拾い集めて、最新の情勢を探って斯忠に伝える役目である。
敵城に忍び込んだり、敵の大将を暗殺したりといったいかにも忍び衆といった活動は基本的には行わない、というより行えない。
それだけの腕を持つ人材は、善七郎とお香、あと二、三名といったところである。
戦が近い今より、平時向きの組織と言えるかもしれない。
欲を言えば、上方の情勢を探らせたいところである。
現状、徳川家康の動きは上杉家を通じて知らされる情報と、出所不明の噂話に頼るしかないため、斯忠はもどかしい思いをしていた。
とはいえ、そのために大坂に派遣できる人数の余裕もなく、現実的な思案ではなかった。
「まあ、戦さの役に立たぬということはねぇが、無理もさせられまい。しばらくは鶴ヶ城下の声を拾ってもらうか。茶屋は無理でも、辻売りぐらいなら出来よう」
「団子の材料が揃えば、なんとかなりましょう」
今度は善七郎は小さくうなずいた。
「そこいらは、お香たちの才覚に任せるしかねえな」
そんな話をしているところに、団吉が部屋の外から声をかけてきた。
「旦那様。本丸大広間にて、これより戦評定が行われるとの報せにございます」
斯忠は、なにか知っているかとの意味を込めて、ちらりと善七郎の顔を伺う。
善七郎は思い当たる節がないらしく、表情を曇らせてわずかに首を横に振った。
「何かあったかな。判った、すぐ行く」
何食わぬ顔で斯忠は団吉に返事をして、腰を浮かせた。
風車衆の使いどころを今一度本気で考えてやらねば、と思いつつ。
***
福島城本丸の大広間には、本庄繁長とその家臣、そして直江兼続の命で派遣されてきた福島在陣衆があらかた顔を揃えていた。
もちろん、その中には坊主頭の前田慶次の姿もある。
席次はあらかじめ定められており、慶次の視界に入らないよう、部屋の片隅で小さくなっている訳にもいかない。
斯忠は平静を装い、努めて慶次の存在を視界にいれぬよう顔を不自然に背けながら、何食わぬ顔で着座する。
「梁川城より報せてきおった。梁川の郷民が一揆を起こしよった」
上座の繁長が前置きなく切り出すと、居並ぶ諸将がざわめいた。
繁長は諸将に鎮まるよう、片手をあげて押さえる仕草をみせたあと、梁川城主の須田長義からの通報の詳細を続けて説明する。
曰く、一揆勢は、およそ一千あまりと見込まれること。
梁川城から三里ほど北にある刈田の古塁と呼ばれる城跡に立てこもったこと。
増援として梁川城に派遣されている築地修理亮資豊に、一千の兵を任せてこれを討つ算段であること、などである。
「さしずめ、伊達が銭をばら撒いて動かしているのであろう。つまらぬ小細工よ」
繁長の話を聞き終えた本村造酒丞親盛が息巻く。
「須田大炊介殿の手勢だけに働かせておくのも如何なものかと。我等も加勢しましょうぞ」
本村親盛の気勢につられるように、組外衆からも口々に出陣を求める意見が出た。
「その意気やよし。が、伊達の動きが判らぬまま、一揆勢相手にそれほどの大人数は出せぬわ。総勢で三百ほどだせば、横鑓を入れるには充分であろう」
諸将を見渡した繁長はそう応じ、手早く陣立を定めた。
譜代の本村親盛を大将とし、上泉泰綱が先陣の将として組外衆の指揮を執ることとなった。
上泉泰綱は剣聖と称された上泉武蔵守信綱の孫であり、上杉家が会津入りした頃には既に家臣として加わっている。
組外衆の中でも、いわば別格の存在として重く扱われている。
組外衆からは、前田慶次と山上道牛らが出陣する。
「後備を車殿の手勢にお任せしたい。御手前の兵は百ほど動かせましょうや」
上泉泰綱が、探るような目つきで問いかけてくる。
組外衆としてひとくくりにされてはいるが、自前の手勢を有する斯忠もまた、泰綱とは違った意味で、また別格の存在である。
泰綱にとってはお手並み拝見、といったところであろう。
「手勢は総数五百ばかりおりますゆえ、百名を出すのは造作もござらぬ」
斯忠は胸を張って請け負う。
本当はそのうち二百名は荷駄組であるため、すぐに出せるのは三百名が精いっぱいである。が、ここで数を大きくみせねば、せっかく連れてきた甲斐がない。
***
「野郎ども、出陣だぞ」
軍評定を終えた斯忠は、己の陣屋の前に五百名の配下を勢ぞろいさせた。
福島城に送り込まれて以来、来るべき徳川勢との決戦の場となる白河口から外されたことで、臍を曲げていた者も少なくない。
だが、会津に来て以来はじめての戦さと聞かされてか、意外と士気は高い。
敵軍は徳川勢でも伊達勢でもなく、伊達に煽動された一揆勢に過ぎないのだが、車一党としての初陣の相手としては手ごろとも言えた。
「まあ、落ち着け。全員を連れていける訳じゃねぇからな。百名だぞ」
逸る配下をなだめながら、斯忠は主に馬廻りと徒組を中心として選んだ。
弓、鉄砲、長鑓の多くを残していくのは、一揆勢を蹴散らすのに使い勝手が良くないと判断したためだ。
だが、自分達も連れて行って欲しいと声をあげる残留組の連中をなだめるのは一苦労だった。
「お前らの出番はあとだ、あと。これからもまだまだ働き場はある」
最後は拳骨で小突いて追い散らす。
騒ぎがひと段落すると、斯忠は徒組の組頭を差し招き、そっと耳打ちする。
「初陣だからって、気負って手柄を立てようなんぞ思うな。味方を死なせないことを第一に考えろよ」
「それでよろしいので」
思わぬ言葉を聞いて、徒組の組頭は目を丸くしている。
「相手は郷民の一揆だぞ。下手を打ってこんなところで、一人でも死なせるのはつまらねえ。命を張るべき戦さは、まだこれから先の話だ」
どこか物憂げな口ぶりで応じる斯忠だった。
本村親盛を大将とする兵三百は、軽快な足取りで街道を進む。
福島城から刈田の古塁まで、およそ八里の道のりとなる。
この時代、健脚な男子であれば一日十里ほども歩く。
しかしそれは単身の場合であり、人数が多ければそれだけ遅くなる。
八里という距離は、移動だけなら一日でも不可能ではないが、そのまま合戦を行うのは無理がある距離だ。
しかし本村親盛はそうは考えなかったようで、かなりの強行軍を手勢に強いた。
ろくな休憩も与えぬまま、脱落した者をその場に残置して先を急がせ続ける。
その甲斐あって、日没を迎える前に刈田の古塁近くの森にまで進出していた。
「物見の報せでは、古塁には一千もおらぬ。せいぜい五百ほどとのことじゃ」
床几に腰かけた本村親盛が、上泉泰綱と斯忠を前にそう告げる。
「梁川城からの急使が見誤った数字を伝えたか、あるいはどこかに移動したか……」
上泉泰綱が顎を撫でながら思案する。
「梁川城から出たという御味方との繋ぎがまだ取れておらぬ。あるいは今日は出陣しておらぬかも知れぬが、ここで待っておる暇はない。これより城攻めいたす」
「今からでござるか。いったいそこまで無理をする必要があるんで? 兵は随分と疲れておりますがね」
思わず渋面を作った斯忠が問うと、本村親盛は難しい表情のまま頷いた。
「車殿の懸念はごもっとも。されど、お忘れあるな。ここは上杉の領地なれど、一揆勢が跋扈しておる以上は、敵地も同然。郷民は我等よりよほど地勢に明るい。悠長に野営などしておっては夜討ちを受けるやも知れぬ」
「それは道理やも知れぬが……」
「これは、虎とも呼ばれた御仁とも思えぬ気弱なお言葉。ご案じめさるな。我が手勢と本村殿の本軍だけで、一揆どもを蹴散らすには充分にござろう」
斯忠を怯懦とみたか、上泉泰綱は挑発するように宣言した。
「では、我が手勢は後備の役目を果たし、御二方の側背をしっかと守ってみせましょう」
短気の虫をぐっとこらえて、斯忠はそう返した。
夕闇迫る中、城攻めが始まった。
西日を背に仕寄る上泉泰綱率いる組外衆に、一揆勢は気づくのが遅れた。
銃声が数発響き、形ばかりの矢玉の応酬の後、組外衆は強引に間合いを詰める。
城跡こそ残っていても、古塁と言うだけあって土塁はあちこちが崩れ、堀は雨のたびに流れ込んだ土砂で埋まり、浅くなっている。本格的な城攻めに耐えられるものではなかった。
たちまち城内に乗り込んだ組外衆には、腕に覚えのある武辺が揃っている。
とりわけ上泉泰綱の他、前田慶次と山上道牛の働きがすさまじい。
立て続けに一揆勢の首が宙を舞うと、はやくも一揆勢は逃げ腰となった。
「さすがに天下の傾奇者は強いですな」
斯忠の傍らで戦況を眺める嶋左源次が声を弾ませる。
その無邪気な喜びように、斯忠はつい苦笑する。
後備の車勢は合戦に参加することなく、一揆勢の奇襲に備えていた。
やがて、完全に崩れ経った一揆勢が古塁を捨てて逃げ出すと、本村親盛は斯忠にも追撃を命じた。
「行くぞ! だが、忘れるなよ。こんなところで手負い討死を出している場合じゃねえ。俺達の本当の相手は徳川内府だ」
斯忠は手勢百名に向かってそう声をかけると、本陣を前進させはじめた本村親盛の後を追って兵を進めた。
***
結局、目覚ましい働きを示した前田慶次らとは対照的に、斯忠に手柄らしい手柄はないまま、上杉家における初陣は終わった。
それでも戦場の空気を吸い、とりあえず斯忠は満足していた。
兵の進退を采配するのも久方ぶりであったが、車一党の百名は、にわか雇いの連中にしては、まずは満足できる動きを見せてくれていた。
「これも、普請場で息を合わせたおかげかも知れませんね」
追従めいた左源次の言葉だったが、斯忠もまんざらではない。
「あとは、本当の働きどころを得られるかだな」
敵は徳川内府、と啖呵を切ってみたが、現実的にはそれは難しいのだ。
働き甲斐のある場所を得られるのか。気がかりな斯忠であった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝
糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。
その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。
姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。

【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
天狗の囁き
井上 滋瑛
歴史・時代
幼少の頃より自分にしか聞こえない天狗の声が聞こえた吉川広家。姿見えぬ声に対して、時に従い、時に相談し、時に言い争い、天狗評議と揶揄されながら、偉大な武将であった父吉川元春や叔父の小早川隆景、兄元長の背を追ってきた。時は経ち、慶長五年九月の関ヶ原。主家の当主毛利輝元は甘言に乗り、西軍総大将に担がれてしまう。東軍との勝敗に関わらず、危急存亡の秋を察知した広家は、友である黒田長政を介して東軍総大将徳川家康に内通する。天狗の声に耳を傾けながら、主家の存亡をかけ、不義内通の誹りを恐れず、主家の命運を一身に背負う。
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
1333
干支ピリカ
歴史・時代
鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。
(現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)
鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。
主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。
ご興味を持たれた方は是非どうぞ!
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる