19 / 30
(十九)山岡景隆の悔恨
しおりを挟む
これまでの借りを返すべく勇躍出陣した賦秀であったが、待ち受けていたのは秀満自らが采配を振るう殿軍、およそ一千であった。
夕闇を味方に付けた明智勢は東山道沿いに西に進みながら、数段に分けた鉄砲備が居残って斉射を行い、蒲生勢の前進を阻む。
賦秀も配下の鉄砲放ちを前に押しだして撃ち返すが、蒲生勢が陣立てを組み替える間を計ったように明智勢は兵を退き、間合いを外す。
乗り崩しを企図して突出した蒲生の武者は、次々と銃弾の餌食となった。
勇士として知られた福満次郎兵衛が首筋に銃弾を受けて即死。
功に逸る外池・内池兄弟もまた、手柄首を得る前に肩と太股に手傷を負って後退した。
敵の逆撃を警戒せねばならず、敵の間合いに踏み込んで蹂躙する、本来の追撃戦で行うべき戦さがまるで行えない。
「くそっ、これでは叩かれに出てきたようなものだ!」
思うに任せない戦況に焦り、賦秀が毒づく。
これまで夜討ちで活路を開いてきた賦秀も、こと追撃戦となると勝手が違った。
逆に、精彩を欠く采配に終始して安土城を攻め落とせずじまいだった秀満も、ここに来て粘り強い指揮をみせ、賦秀に付け入る隙を与えない撤退戦を演じていた。
賦秀にとって腹立たしいのは、後方から追いかけてくる筈の信雄勢の姿が一向に確認できないことだ。
明智勢は算を乱しての逃走ではないため、戦線の移動速度は通常の行軍速度よりも遅いぐらいである。
その気になれば、安土城へ入城間近のところまで来着している信雄勢が追いついてこれる距離の筈だった。
(他人のせいにするのは趣味ではないが、ここに来て手勢の不足に泣かされるとは……)
有効な打撃を与えられないまま断続的な交戦を行いつつ、撤退戦はひと晩じゅう、実に五刻に渡って続いた。
草津を超え、ついに多数の兵が瀬田の唐橋を渡り切ったことを確認して、賦秀は追撃を断念した。
既に東の空が白み始めている。
橋の向こう側には既に明智勢によって陣城が築かれ、橋を渡る蒲生勢を狙い打ちにする体勢をとっている様子が伺えた。
「ええい、逃してしまったか」
横山喜内が地団駄踏んで悔しがる姿を見て、賦秀は主従揃って同じ姿はさらせない、と高ぶった気持ちが静まる思いがした。
おそらくは喜内もその効果を計算して、児戯じみた態度をあからさまにしているものと思われた。
「親父殿にも前田孫四郎殿にも、合わせる顔がないわ。この不首尾を詫びたいが、さて、どうやって大溝の親父殿に使者を送るべきか」
賦秀は天を仰いで嘆息した。
明智勢が橋を焼き落としていないのは、その気になればいつでも再び攻勢に転じることができるとの自信の表れだろう。
賦秀としても、こちら側から橋を落とすことはためらわれた。
勝家が勝てば、即座に京まで兵を進める必要があるのだ。
「湖を船で渡れれば話は早いのでしょうが、堅田の水軍衆が明智についておる以上、危険に過ぎましょうな。柴田勢とつなぎをつけるには、湖東からぐるりと回って行くほかないのでは」
「不便なことじゃが、やむを得まい。さて、我らはこの地にて柵を立て、陣を築き、明智の逆撃に備えねばならぬ。……ところで瀬田城の様子はどうなっておる」
「物見の報せによれば、山岡美作勢が既に城内に入った模様にございます」
不意の問いかけにも、喜内はそつなく応じる。
瀬田城は元々、山岡美作守景隆の居城である。
六月二日の昼、京で起こった変事を知らぬまま突如現れた明智勢に瀬田の唐橋の通過を許し、そのまま降伏して明智勢についていた。
ここにいたって秀満と行動を共にしなかったことは、単に蒲生勢を阻止する役割を与えられただけかもしれないが、山岡景隆を明智勢から離脱させる好機であるかもしれないと賦秀は考えた。
為す術もなく橋を奪われた失策はあったとはいえ、まさか明智勢が信長を討ち、安土城を攻めるなどとは想像もしていない段階の出来事である。
賦秀は景隆に対する恨みはなく、むしろ同情する気持ちすらあった。
一度は明智に与したとしても、織田方に帰参するのであれば拒む理由はないと考えていた。
「よし、使者を送れ。これまで通り織田に忠勤を励むのであれば帰参を取りなしてもよいと伝えるのじゃ」
そう命じながら、果たして誰に対する取りなしになるのだろうか、と賦秀は考えていた。
蒲生勢は目下のところ、主君不在のまま、自分たちの判断で勝手に兵を動かしているのが実情だった。
そのけじめをつけない限り、光秀には勝てないのではないか、ふとそんな思いを抱く賦秀だった。
一刻足らずのうちに、送り出された使者は瀬田の唐橋の東詰で陣城を築く賦秀の元まで無事に戻った。
だが、山岡景隆からの返答はにべもない拒絶だった。
「ふむ……。意地もあろうが、ここはなんとしても降ってもらわねばな」
情勢に利あらずとたやすく寝返らない景隆の態度に、賦秀はむしろ好感を覚えた。
「さりとて、我らには説得の術がございませぬなぁ。所領の安堵など、殿が勝手に持ち出せる話ではございますまい」
横山喜内の言葉を受けて、賦秀も思案顔になる。
安土防衛は非常時であり、他に方法がなかったから賦秀も気を咎めることなく存分に采配を振るった。
だが、本来であれば賦秀の采配は越権行為もはなはだしい。
織田家の代表面をして、勝手に交渉する真似は差し控えたいところである。
少なくとも賦秀は、織田家としての立場を騙る心づもりはなかった。
「ではここは、儂個人を山岡殿に信じていただき、身柄を託してもらうよりあるまい。……。よし、今度は儂自ら行こう」
思いがけない賦秀の言葉に、喜内を含む周囲の家臣が慌てて引き留める。
「そのような軽はずみなことをして万が一のことがあれば、殿に申し開きできませぬ。どうか、ご再考を」
結解十郎兵衛は必死の形相である。
「よいか、こちらも山岡殿が命を賭けるに足る相手と見込んでおると態度で示してこそ、心も通じるというものじゃ。命を惜しむつもりはない」
賦秀の声が高くなる。
しかし、今度ばかりは横山喜内も結解十郎兵衛も、簡単には引き下がらなかった。
「では、せめて警護は万全に致しませぬと」
「無用じゃ。この陣城にて橋のたもとを固めるのに人手がいるであろう」
「ですが」
「じゃあ、ソレガシが護衛についていく。体術にも心得があるから、なにかあっても若旦那を逃がすぐらいの働きはできると思うぜ」
食い下がる結解十郎兵衛を押しのけ、自ら名乗りを上げたのはロルテスだった。
今回もまた、木製の丸盾に細身の西洋剣を携えた独特の出で立ちで陣中にあった。
いつものにやけ顔ながら、その目は真剣だった。
しばし視線を交差させた賦秀が、大きく顎を引く。
「よし、頼む」
賦秀の腰は軽い。
思い立ったら即行動に移していた。
ロルテス一人を供に連れて、瀬田城に乗り込んだのである。
さすがに瀬田城の城兵もたった二人での来訪に警戒感を隠さないが、問答無用で討ちかかってくることはない。
油断無く二人の所作に目を配りながら、城内へと招き入れる。
瀬田城は橋よりやや南に位置する。
京防衛の要所ではあるが、その規模はさほど大きなものではない。
濠の幅や城壁の高さなど、城攻めとなった際の急所がどこになるか、賦秀はそれとなく視線を巡らせて確かめる。
一方でロルテスは陽気に城兵にやあやあと声をかけている。
見慣れぬ異国の武者に気を取られた城兵は、探りを入れる賦秀の視線をとがめることはなかった。
「これは忠三郎殿。まさか、このような形でお会いするとは思いませなんだぞ」
苦笑めいた表情を浮かべながら、山岡景隆が本丸屋敷の広間で賦秀を出迎えた。
「此度の事変、山岡殿が明智に与せざるを得なかったこと、それがしは承知しておるつもりです。我が身にかけて、山岡殿の処遇は悪いようには致しませぬゆえ、ここは帰参していただけませぬでしょうか」
ロルテスを次の間に残し、ひとり下座に腰を落ち着けた賦秀は、相手の誇りを傷つけぬよう、言葉を選んでそう切り出した。
だが、それを聞く景隆は柔和な面持ちのままで、心を動かしたようには見えなかった。
「お言葉はありがたい。じゃが、言うてくださるな。あの折、橋も焼けず、異変を気づくことも出来ぬまま城内に踏み込まれた失態は、上様以外の他の誰に許していただこうとも、己自身、許すことが出来ぬのでな」
景隆は父子ほどに年の離れた相手に、丁寧な物腰で応じた。
その表情からは諦観しか伺えなかった。
「やはり、いけませぬか」
「このわずかな間に叛徒に降り、また旧主の元に立ち返る。そのような真似は、どうしても出来ぬ。……して、忠三郎殿。この城と我が家臣、貰うてはくださらぬか」
「なんと。そのような」
思いがけない景隆の言葉に賦秀が言葉に詰まる。
「上様亡き後の織田家が立ちゆくかどうか、それがしには判り申さぬ。されど、此度の一戦で名を高めた忠三郎殿の元にあれば、我が家臣も身の立てようがあるというもの。この謀叛者の我が侭、聞いていただければ幸いじゃ」
「……判りました。お引き受けいたしましょう」
自身の判断で景隆の遺臣を引き受けるとなると、後々問題となることも考えられた。
だがここで逡巡はできないと賦秀は思い定めていた。
そうでなければ、己を信じてくれた景隆の思いに応えることが出来ない、と。
「その言葉を聞いて、肩の荷が降りる思いにござる。頼み事ついでに、半刻ばかりいただけるであろうか。片付けておかねばならぬことがある故な」
「承知いたしました」
あえて委細を確かめることなく、短く応じて賦秀は席を立った。
これ以上言葉を重ねないことは、言わば彼なりの武士の情けだった。
覚悟を決めた景隆とは裏腹に、依然として殺気立っている城兵の視線を浴びながら、賦秀はロルテスを連れて大手門へと向かう。
「時間が欲しい、というのはつまりその間に腹を切る、ということですかい」
交渉の結果を賦秀から聞いたロルテスが、さすがに大声は出せず、身をかがめるようにして尋ねる。
「そういうことになるな」
賦秀は前を向いたまま、おなじく小声で応じる。
他の者からの問いであれば、武士でありながらそのようなことも判らぬのかと叱りつけるところだが、さすがに風習の異なる異国人が相手では歯切れも悪い。
「その間にこっそり逃げる、という可能性もありますぜ、若旦那」
「それならばそれで構わぬ。儂は今でも、山岡殿に生きていてくれれば良いと願うておる」
城外に出ると、城を囲むと呼ぶには距離のある位置に、二百名ばかりの蒲生の兵が遠巻きに様子をうかがっていた。
「若殿! ご無事でございましたか」
手鑓を抱えて臨戦態勢の横山喜内が駆け寄ってくる。
「余計な真似をしおって。陣城の手当はどうした」
「無論、作事は進ませております。なぁに、対岸でも同じように柵を立てておる姿が見えますれば、明智勢が大挙して押し寄せてくるとも思えませぬ。して、山岡殿の返答はいかに」
喜内の問いに、賦秀は首を横に振った。
「無念ながら、翻意させることは出来なんだ。一刻ばかり時をくれと申されたので、我らは城を出てきたのだ」
「左様でございましたか」
さすがにその時間の意味が理解できない喜内ではない。
残念そうに瀬田城の方角に目を向けてから、ため息をついて肩を落とした。
「瀬田の兵を無闇に刺激する必要はない。もう少し兵を下げろ」
景隆が城外に逃れる隙をあえて作るつもりで、賦秀はそう命じた。
しかし、一刻ほど後に城内から使者が送られてきた。
使者は、見事に景隆が自刃した事実を賦秀に告げた。
「けじめを付けられたか……」
気落ちした賦秀だが、その直後に父・賢秀からの急使により、さらなる衝撃的な事実を知ることになった。
「安土城が奪われた、じゃと……!」
賦秀は聞き間違いを疑い、思わず安土からの使者に問い返していた。
北畠信意あらため織田信雄が手勢を率いて強引に安土城へと押し入り、賢秀ら留守居役を追い出し、自ら本丸に居座ってしまったというのである。
夕闇を味方に付けた明智勢は東山道沿いに西に進みながら、数段に分けた鉄砲備が居残って斉射を行い、蒲生勢の前進を阻む。
賦秀も配下の鉄砲放ちを前に押しだして撃ち返すが、蒲生勢が陣立てを組み替える間を計ったように明智勢は兵を退き、間合いを外す。
乗り崩しを企図して突出した蒲生の武者は、次々と銃弾の餌食となった。
勇士として知られた福満次郎兵衛が首筋に銃弾を受けて即死。
功に逸る外池・内池兄弟もまた、手柄首を得る前に肩と太股に手傷を負って後退した。
敵の逆撃を警戒せねばならず、敵の間合いに踏み込んで蹂躙する、本来の追撃戦で行うべき戦さがまるで行えない。
「くそっ、これでは叩かれに出てきたようなものだ!」
思うに任せない戦況に焦り、賦秀が毒づく。
これまで夜討ちで活路を開いてきた賦秀も、こと追撃戦となると勝手が違った。
逆に、精彩を欠く采配に終始して安土城を攻め落とせずじまいだった秀満も、ここに来て粘り強い指揮をみせ、賦秀に付け入る隙を与えない撤退戦を演じていた。
賦秀にとって腹立たしいのは、後方から追いかけてくる筈の信雄勢の姿が一向に確認できないことだ。
明智勢は算を乱しての逃走ではないため、戦線の移動速度は通常の行軍速度よりも遅いぐらいである。
その気になれば、安土城へ入城間近のところまで来着している信雄勢が追いついてこれる距離の筈だった。
(他人のせいにするのは趣味ではないが、ここに来て手勢の不足に泣かされるとは……)
有効な打撃を与えられないまま断続的な交戦を行いつつ、撤退戦はひと晩じゅう、実に五刻に渡って続いた。
草津を超え、ついに多数の兵が瀬田の唐橋を渡り切ったことを確認して、賦秀は追撃を断念した。
既に東の空が白み始めている。
橋の向こう側には既に明智勢によって陣城が築かれ、橋を渡る蒲生勢を狙い打ちにする体勢をとっている様子が伺えた。
「ええい、逃してしまったか」
横山喜内が地団駄踏んで悔しがる姿を見て、賦秀は主従揃って同じ姿はさらせない、と高ぶった気持ちが静まる思いがした。
おそらくは喜内もその効果を計算して、児戯じみた態度をあからさまにしているものと思われた。
「親父殿にも前田孫四郎殿にも、合わせる顔がないわ。この不首尾を詫びたいが、さて、どうやって大溝の親父殿に使者を送るべきか」
賦秀は天を仰いで嘆息した。
明智勢が橋を焼き落としていないのは、その気になればいつでも再び攻勢に転じることができるとの自信の表れだろう。
賦秀としても、こちら側から橋を落とすことはためらわれた。
勝家が勝てば、即座に京まで兵を進める必要があるのだ。
「湖を船で渡れれば話は早いのでしょうが、堅田の水軍衆が明智についておる以上、危険に過ぎましょうな。柴田勢とつなぎをつけるには、湖東からぐるりと回って行くほかないのでは」
「不便なことじゃが、やむを得まい。さて、我らはこの地にて柵を立て、陣を築き、明智の逆撃に備えねばならぬ。……ところで瀬田城の様子はどうなっておる」
「物見の報せによれば、山岡美作勢が既に城内に入った模様にございます」
不意の問いかけにも、喜内はそつなく応じる。
瀬田城は元々、山岡美作守景隆の居城である。
六月二日の昼、京で起こった変事を知らぬまま突如現れた明智勢に瀬田の唐橋の通過を許し、そのまま降伏して明智勢についていた。
ここにいたって秀満と行動を共にしなかったことは、単に蒲生勢を阻止する役割を与えられただけかもしれないが、山岡景隆を明智勢から離脱させる好機であるかもしれないと賦秀は考えた。
為す術もなく橋を奪われた失策はあったとはいえ、まさか明智勢が信長を討ち、安土城を攻めるなどとは想像もしていない段階の出来事である。
賦秀は景隆に対する恨みはなく、むしろ同情する気持ちすらあった。
一度は明智に与したとしても、織田方に帰参するのであれば拒む理由はないと考えていた。
「よし、使者を送れ。これまで通り織田に忠勤を励むのであれば帰参を取りなしてもよいと伝えるのじゃ」
そう命じながら、果たして誰に対する取りなしになるのだろうか、と賦秀は考えていた。
蒲生勢は目下のところ、主君不在のまま、自分たちの判断で勝手に兵を動かしているのが実情だった。
そのけじめをつけない限り、光秀には勝てないのではないか、ふとそんな思いを抱く賦秀だった。
一刻足らずのうちに、送り出された使者は瀬田の唐橋の東詰で陣城を築く賦秀の元まで無事に戻った。
だが、山岡景隆からの返答はにべもない拒絶だった。
「ふむ……。意地もあろうが、ここはなんとしても降ってもらわねばな」
情勢に利あらずとたやすく寝返らない景隆の態度に、賦秀はむしろ好感を覚えた。
「さりとて、我らには説得の術がございませぬなぁ。所領の安堵など、殿が勝手に持ち出せる話ではございますまい」
横山喜内の言葉を受けて、賦秀も思案顔になる。
安土防衛は非常時であり、他に方法がなかったから賦秀も気を咎めることなく存分に采配を振るった。
だが、本来であれば賦秀の采配は越権行為もはなはだしい。
織田家の代表面をして、勝手に交渉する真似は差し控えたいところである。
少なくとも賦秀は、織田家としての立場を騙る心づもりはなかった。
「ではここは、儂個人を山岡殿に信じていただき、身柄を託してもらうよりあるまい。……。よし、今度は儂自ら行こう」
思いがけない賦秀の言葉に、喜内を含む周囲の家臣が慌てて引き留める。
「そのような軽はずみなことをして万が一のことがあれば、殿に申し開きできませぬ。どうか、ご再考を」
結解十郎兵衛は必死の形相である。
「よいか、こちらも山岡殿が命を賭けるに足る相手と見込んでおると態度で示してこそ、心も通じるというものじゃ。命を惜しむつもりはない」
賦秀の声が高くなる。
しかし、今度ばかりは横山喜内も結解十郎兵衛も、簡単には引き下がらなかった。
「では、せめて警護は万全に致しませぬと」
「無用じゃ。この陣城にて橋のたもとを固めるのに人手がいるであろう」
「ですが」
「じゃあ、ソレガシが護衛についていく。体術にも心得があるから、なにかあっても若旦那を逃がすぐらいの働きはできると思うぜ」
食い下がる結解十郎兵衛を押しのけ、自ら名乗りを上げたのはロルテスだった。
今回もまた、木製の丸盾に細身の西洋剣を携えた独特の出で立ちで陣中にあった。
いつものにやけ顔ながら、その目は真剣だった。
しばし視線を交差させた賦秀が、大きく顎を引く。
「よし、頼む」
賦秀の腰は軽い。
思い立ったら即行動に移していた。
ロルテス一人を供に連れて、瀬田城に乗り込んだのである。
さすがに瀬田城の城兵もたった二人での来訪に警戒感を隠さないが、問答無用で討ちかかってくることはない。
油断無く二人の所作に目を配りながら、城内へと招き入れる。
瀬田城は橋よりやや南に位置する。
京防衛の要所ではあるが、その規模はさほど大きなものではない。
濠の幅や城壁の高さなど、城攻めとなった際の急所がどこになるか、賦秀はそれとなく視線を巡らせて確かめる。
一方でロルテスは陽気に城兵にやあやあと声をかけている。
見慣れぬ異国の武者に気を取られた城兵は、探りを入れる賦秀の視線をとがめることはなかった。
「これは忠三郎殿。まさか、このような形でお会いするとは思いませなんだぞ」
苦笑めいた表情を浮かべながら、山岡景隆が本丸屋敷の広間で賦秀を出迎えた。
「此度の事変、山岡殿が明智に与せざるを得なかったこと、それがしは承知しておるつもりです。我が身にかけて、山岡殿の処遇は悪いようには致しませぬゆえ、ここは帰参していただけませぬでしょうか」
ロルテスを次の間に残し、ひとり下座に腰を落ち着けた賦秀は、相手の誇りを傷つけぬよう、言葉を選んでそう切り出した。
だが、それを聞く景隆は柔和な面持ちのままで、心を動かしたようには見えなかった。
「お言葉はありがたい。じゃが、言うてくださるな。あの折、橋も焼けず、異変を気づくことも出来ぬまま城内に踏み込まれた失態は、上様以外の他の誰に許していただこうとも、己自身、許すことが出来ぬのでな」
景隆は父子ほどに年の離れた相手に、丁寧な物腰で応じた。
その表情からは諦観しか伺えなかった。
「やはり、いけませぬか」
「このわずかな間に叛徒に降り、また旧主の元に立ち返る。そのような真似は、どうしても出来ぬ。……して、忠三郎殿。この城と我が家臣、貰うてはくださらぬか」
「なんと。そのような」
思いがけない景隆の言葉に賦秀が言葉に詰まる。
「上様亡き後の織田家が立ちゆくかどうか、それがしには判り申さぬ。されど、此度の一戦で名を高めた忠三郎殿の元にあれば、我が家臣も身の立てようがあるというもの。この謀叛者の我が侭、聞いていただければ幸いじゃ」
「……判りました。お引き受けいたしましょう」
自身の判断で景隆の遺臣を引き受けるとなると、後々問題となることも考えられた。
だがここで逡巡はできないと賦秀は思い定めていた。
そうでなければ、己を信じてくれた景隆の思いに応えることが出来ない、と。
「その言葉を聞いて、肩の荷が降りる思いにござる。頼み事ついでに、半刻ばかりいただけるであろうか。片付けておかねばならぬことがある故な」
「承知いたしました」
あえて委細を確かめることなく、短く応じて賦秀は席を立った。
これ以上言葉を重ねないことは、言わば彼なりの武士の情けだった。
覚悟を決めた景隆とは裏腹に、依然として殺気立っている城兵の視線を浴びながら、賦秀はロルテスを連れて大手門へと向かう。
「時間が欲しい、というのはつまりその間に腹を切る、ということですかい」
交渉の結果を賦秀から聞いたロルテスが、さすがに大声は出せず、身をかがめるようにして尋ねる。
「そういうことになるな」
賦秀は前を向いたまま、おなじく小声で応じる。
他の者からの問いであれば、武士でありながらそのようなことも判らぬのかと叱りつけるところだが、さすがに風習の異なる異国人が相手では歯切れも悪い。
「その間にこっそり逃げる、という可能性もありますぜ、若旦那」
「それならばそれで構わぬ。儂は今でも、山岡殿に生きていてくれれば良いと願うておる」
城外に出ると、城を囲むと呼ぶには距離のある位置に、二百名ばかりの蒲生の兵が遠巻きに様子をうかがっていた。
「若殿! ご無事でございましたか」
手鑓を抱えて臨戦態勢の横山喜内が駆け寄ってくる。
「余計な真似をしおって。陣城の手当はどうした」
「無論、作事は進ませております。なぁに、対岸でも同じように柵を立てておる姿が見えますれば、明智勢が大挙して押し寄せてくるとも思えませぬ。して、山岡殿の返答はいかに」
喜内の問いに、賦秀は首を横に振った。
「無念ながら、翻意させることは出来なんだ。一刻ばかり時をくれと申されたので、我らは城を出てきたのだ」
「左様でございましたか」
さすがにその時間の意味が理解できない喜内ではない。
残念そうに瀬田城の方角に目を向けてから、ため息をついて肩を落とした。
「瀬田の兵を無闇に刺激する必要はない。もう少し兵を下げろ」
景隆が城外に逃れる隙をあえて作るつもりで、賦秀はそう命じた。
しかし、一刻ほど後に城内から使者が送られてきた。
使者は、見事に景隆が自刃した事実を賦秀に告げた。
「けじめを付けられたか……」
気落ちした賦秀だが、その直後に父・賢秀からの急使により、さらなる衝撃的な事実を知ることになった。
「安土城が奪われた、じゃと……!」
賦秀は聞き間違いを疑い、思わず安土からの使者に問い返していた。
北畠信意あらため織田信雄が手勢を率いて強引に安土城へと押し入り、賢秀ら留守居役を追い出し、自ら本丸に居座ってしまったというのである。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝
糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。
その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。
姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
近衛文麿奇譚
高鉢 健太
歴史・時代
日本史上最悪の宰相といわれる近衛文麿。
日本憲政史上ただ一人、関白という令外官によって大権を手にした異色の人物にはミステリアスな話が多い。
彼は果たして未来からの転生者であったのだろうか?
※なろうにも掲載
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる