上 下
10 / 42

(十)恩人の死

しおりを挟む
 皐姫の婚礼当日を迎えるにあたり、則頼は前日の夜から石切山の出城に兵を率いて乗り込んでいた。

 淡河城を見下ろす位置にある石切山の出城の曲輪には、幟がこれみよがしに幾筋も翻っている。

 有馬勢が輿入れの行列を高みから見下ろす形を敢えてとるのは、淡河家、ひいては別所家を牽制するためであることは言うまでもない。

 しかし、則頼の本音としては、萩原城で振と向かい合うのを避けたいとの思いのほうが強かった。

(うっかり口を滑らせて、策を見抜かれては一大事。それでなくとも、皐姫の輿入れに際して何を言われるか判らぬからのう)
 振の冷えた目で見据えられる光景を想像し、思わず背筋を震わせる則頼である。

 花嫁となる皐姫を乗せた輿を中心に据えた嫁入り行列は、朝のうちに三木城の大手門をくぐって出立したとの報せが、葛屋の連雀からもたらされた。

 昼前には、街道沿いを進む行列が三津田城の前を抜けて淡河領内に入ると見込まれた。

(峠に差し掛かるまで、いましばらくかかるであろうか)
 則頼は逸る気持ちを抑えかねて、自ら物見櫓に登って、石切山の出城からおよそ一里足らずほど南西の位置にある峠道を眺める。

 わずかに霞んで見える緑に覆われた山麓には、既に襲撃に備えて葛屋の連雀が配置についている筈だ。

 則頼のいる場所から彼らの姿が見える筈もないが、何か動きが見えないかと懸命に目を凝らす。

 そこへ、則頼の下人が静かに近づいてきたた。
 則頼が三好実休の元に身柄を預けられていた頃から、身の回りの世話をしている男だ。

 よく物事に気づき、こまめに働くこの男が、実は則頼と実休とのつなぎ役を担っていることを、有馬家中の者は誰も知らない。

「如何いたした」

「殿にお耳に入れたき儀があり」
 周囲を憚り、押し殺した声で下人が言った。

 則頼がうなずき、案内されるまま物見櫓を降りて人目に付かない物陰に向かう。

 そこには頭巾を被った葛屋の豊助が待っていた。

「豊助殿が自らお出ましとは、驚きであるな」
 数年ぶりの再会であるが、喜ぶ余裕はない。上ずった声で則頼は尋ねる。

 実休の元から離れた後も、則頼は豊助との書状でのやりとりは続けていた。
 しかし、豊助が萩原城まで自ら足を運んだのは今回がはじめてである。

 されにその顔に、隠しようのない感情が浮かんでいるとなれば、則頼もただ事ではないと身構えざるを得ない。

「今月五日に、和泉国八木郷の久米田にて合戦あり。三好実休様がお討ち死になされました」
 沈痛な面持ちで、豊助はそう告げた。

「なにっ」

 取り乱して悲鳴を上げなかっただけでも自分を褒めたい、などと頭の片隅でくだらぬことを思い浮かべてしまうほど、則頼は度を失っていた。


 その後、豊助は実休の最期について手短かに説明する。

 河内国守護の畠山高政勢を相手どり、実休が大将として軍勢を率いて挑んだ合戦は、当初は三好勢の優位に進んでいた。

 しかし、三好勢の先備えである三好康長が後退する畠山勢を不用意に追った結果、本陣の守りが一時的に手薄となった。

 わずかな隙を衝き、本陣に畠山方についた根来寺衆の伏勢が襲い掛かり、本陣の実休は不覚を取ったのだという。

 この合戦は後に、久米田の戦いと呼ばれることになる。


(勝敗は時の運とは申せ、大将が討たれるほどの危うい戦さではなかった筈だ!)
 則頼は天を仰いだ。

 則頼にとって、淡河家との抗争において三好の支援をあてに出来たのは、突き詰めれば実休との個人的な友誼に基づくものでしかない。

 その実休が討たれたとなれば、今後は淡河を相手に荒事に打って出ても、別所から一方的に見捨てられ、孤立して自滅するだけになりかねない。

 思えば、前年に三好長慶の末弟である十河一存が突然、病死したことも痛手である。

 四国方面の兵を率いるべき将を相次いで失ったことで、今後の三好の勢いに翳りが出ることは避けがたい、則頼はそう予感した。

 大きく息を吐いて無理やり気持ちを切り替えながら、則頼は豊助にひたと視線を据えた。

「これは一大事じゃ。此度の策は中止いたそう。今は皆、心が千々に乱れ、浮き足だっておる。このような折になにか事を為そうとしても、しくじるのは目に見えておる」
 取り繕う言葉を口にする則頼であるが、皐姫の拉致に成功したところで、その身柄を預かってくれる実休がいないのでは既に策は破れていた。

「承知いたしました。中止の段、急ぎ手配いたしまする」
 大きく頷いた豊助は、配下の連雀に襲撃の中止を伝えるべく、素早くその場から立ち去った。


(人倫にもとる策を弄した天罰であろう)

 その場に立ち尽くす則頼は、父が誅殺されたと聞いたときにはさして感じなかった人の命のはかなさを思った。

 大恩ある実休が、もはやこの世の人ではない。そのことに思いを巡らせるだけで、涙があふれそうになる。

 その一方で、自ら画策したことながら、嫁入り行列を襲撃するような卑劣な真似をせずに済んで良かったと胸をなで下ろす思いも抱いていた。

 憑き物が落ちるとはこのことか、と思う。

 足元が崩れ去るような感覚の中、いったいどれほどのあいだ放心していたのだろうか。

「殿はいずこにおわす! 皐姫様の輿が、峠を抜けて淡河領に入ったようにござりますぞ!」
 吉田大膳の呼ばわる声が、どこか遠くから聞こえてきた。




 その後、則頼は花嫁行列が無事に淡河城へと入る様を萩原城から望見した後、手勢を率いて萩原城に戻った。

(果たして、これからどうすればよいのじゃ)
 どんな顔をして振に顔を合わせて良いかもわからず途方に暮れる則頼の元に、豊助が大手門に訪いを入れていると下人が報せてきた。

「なに、すぐに案内せよ」
 則頼は本丸の書院に豊助を招き入れさせた。

「先ほどは礼を言う余裕もなく、済まなんだ。先走って輿を襲う前に、無事に人数を引き上げられたようで何よりであった」

 則頼は豊助を前に、素直に頭を下げる。
 さほどの感慨も見せずに豊助は頷き返し、ややあって口を開いた。

「手前は、これより堺に戻りまする。有馬様におかれては、どうかご自愛のほどを。そうお伝えしたく、参上した次第にございまする」
 今にも腰を浮かせようとする豊助を、則頼は慌てて引き留める。

「待たれよ。一つ聞かせてくれぬか。豊助殿は、この後の御身の振り方をいかに考えておるのか」

「いかに、とは?」

「葛屋の働きを、三好御家中のどなたかに引き継がせるつもりがあるのか、ということじゃ」
 則頼としては、是非知っておきたい事柄であった。

「さて、どういたしましょうかな。三好家の重臣ともなれば、いずれの御方であっても、既に手前どもと同じような働きをしておる者を抱えておりましょうからな」
 則頼から視線を外し、どこか遠くを眺めるような目になって豊助は応じる。

 実休には、少なくとも二名の男子がいたとされる。

 未だ補佐を必要とする幼少であり、いずれ長男が家督を継ぐことになるにせよ、しばらくの間は本国の阿波での働きが主になることは明らかだった。

 将来的にはともかく、現状では葛屋の調者働きを使いこなせる見込みはない。

「このような折に口にすべきことではないやも知れぬが、当てがないのであれば、よければこれからも儂に協力してくれぬか。……いや、このような頼み方では失礼というもの。言いなおす。仮に目星があったとしても、是非とも儂に手を貸してくれ」
 則頼は身を乗り出し、声に力を込めて頭を下げる。

 無謀な頼みであることはは充分に承知していた。

 しかし、このまま縁が切れてしまっては、それこそ実休に顔向けできない。それだけはなんとしても避けたかった。

 豊助は呆れもせず、怒りもしなかった。
 ただ数拍の間、思案の表情をみせてから、やがて口を開いた。

「面をお上げくださいませ。それで、有馬様は天下を御取りになられますかな」

「天下、じゃと」
 豊助から思いもよらない言葉が出てきたことで、則頼はしばし言葉を失う。

「天下にございます。手前は実休様の元で、三好家が担う天下の景色を確かに目の当たりにして参りました。有馬様は、同じ景色を見せてくださるのでしょうかな」
 聞きようによっては、実休が討たれたことで畿内を制している三好家の天下は終わりだとも受け取れる、かなりきわどい発言である。

 しかし、その予測自体は則頼も否定しない。

 むしろ、豊助も自分に負けぬほど、実休の器量を買っていたのだと知れたことは心強くさえある。

 だがそれはそれとして、豊助の問いかけは則頼の胸に痛い。

 わずかな領地を巡って延々と争い続け、遂には花嫁行列を襲うことを企むような男に天下など、あまりにも遠い。
 しかし、だからといってここで引き下がる訳にもいかない。

「難しいことを申すのう。今の我が身では、いや、別所とて、たやすくは請け負えぬ大言壮語じゃ」
 則頼の返事に、豊助はさほど表情を動かさないが、その目には失望の色が伺える。

 だが、則頼の言葉は終わっていなかった。
「されど、三好が盛り返すにせよ、他家がとってかわるにせよ、いずれ天下に号令する存在がこの播州まで手を伸ばして来よう。その者に儂が従う時には、手を貸してくれると約束してくれるか」

 しばしの間をおいて、豊助が微笑んだ。
「ようございます。手前も播州まで足を延ばした甲斐がございました。連雀は変わらず送りますゆえ、御贔屓にしていただければ幸い。手前は商いを続けながら、その日が来ることを楽しみに待っておりまする」

「それはありがたい。いずれ吉報を届けよう」
 今日この時より、自分は生まれ変わるのだ。
 則頼は決意を新たにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鄧禹

橘誠治
歴史・時代
再掲になります。 約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。 だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。 挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。 歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。 上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。 ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。 そんな風に思いながら書いています。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

処理中です...