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第35幕 桃童の血

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 何年か前の幼い頃。いじめられた真幌を庇うのは美翔の日常だった。殴られた真幌を庇って殴られることもあった。
『美翔兄ちゃんごめんね……ボクがこんなだから兄ちゃんまで殴られて』
『おまえは気にせんでええって! あてがつよなったらええだけや。おまえも怪我しとうやろ?』
美翔は真幌の腕の擦りむいた痕を見る。血が少し流れている。美翔はそれを止めるためにその傷を舐めた。それが、美翔が初めて真幌の血、桃童の血を舐めた瞬間だった。

 ※

 「兄ちゃん! 兄ちゃん!」
槍を振るう美翔が冷静ではないのは、真幌にも見てわかる。
「あはは! 小さいのに君やっぱ強いじゃん!」
ベータは怒る美翔をおもしろがる。
「どうなってんだあれ……っ!」
太志郎は走り、ベータと美翔の間に入る。ベータも美翔も太志郎には普通の状態には見えない。
「美翔さん!」
「タイシ手ぇ出すなや! こいつ絶対許さへん!!」
太志郎に介入されると美翔は叫ぶ。
「あんたちょっと待てっての!」
太志郎は美翔を止めようとする。そしてベータも見る。
「……お前もこの子を、ちゃかしてんじゃねえっての!」
「へ?」
太志郎はベータに向かって、一撃の拳を向けた。
「おわ! なんかお前も良さそう!」
ベータは頬に殴られた痕ができても笑っていた。
「今日はもういいや。桃童の血が本物なのはわかったし! じゃあまたね!」
ベータは太志郎や美翔から離れてまた走り出す。
「待てや!」
美翔はベータを追おうとする。
「美翔さんは追うな! 落ち着け!」
太志郎は美翔の後ろに周り彼を抑える。真幌はそれを見て叫ぶ。
「兄ちゃん! ボクは大丈夫だよ!」
そのまま、美翔に前から首に腕を乗せるように抱きつく。
「真幌くん?!」
太志郎が押さえているとはいえ、美翔は槍を持って暴れている。
「兄ちゃん! 美翔兄ちゃん!!」
真幌が強く美翔に抱きついていると……美翔の動きは徐々に無くなっていく。
「ま、真幌……?」
「兄ちゃん……」
落ち着いた美翔は真幌の腕を自分から離し、真幌の顔を見つめる。太志郎も美翔を離す。
「ボクは平気だよ? だから怒らないで?」
「そ、そないか」
真幌に注意され、美翔は完全に暴れるのをやめた。
「それから、タイシさんにも」
「あ、」
真幌は美翔の後ろの太志郎を見る。美翔も振り返り太志郎を見る。
「タイシもごめんな」
「美翔さん」
美翔は太志郎に謝る。
「あてさっきまで自分でもようわからんくなってたわ……」
「美翔さんが謝ることじゃないよ? 悪いのはアイツ、ベータだ」
美翔は俯き、太志郎はそれを宥める。
「さっきのアイツのことは追うん?」
「体制立て直して追うことになるかもな……」
太志郎は恒星を見る。恒星は傷を抑えている。
「副長さん……」
真幌は恒星に駆け寄る。
「ごめんなさい、ボクのせいで」
「勝手に謝るな。気にしなくていい」
恒星は謝る真幌を止める。
「……」
真幌はベータに噛まれた自分の腕の傷を見る。自分の血を舐めてベータが見たことのない技を繰り出したのを、思い出す。
――ガジ!
「!」
真幌は自分の人指し指を噛む。恒星はそれに静かに驚く。そこから血が少し出る。
「……副長さん、ボクの血舐めてください……本当なのかわかりませんけど、桃童の血は怪我を治せるみたいですから」
「……」
「真幌??」
美翔もそれを見て困惑する。
「……わかった」
恒星はゆっくりと、真幌の指を舐めて血を飲む。
すると、恒星の腹の傷の痛みは徐々に無くなっていく。そして、
「?!」
恒星が切れた服の下の腹の刀傷を見ると傷跡は残ったものの、血は止まり完全に傷はふさがっていた。
「うそやろ……?」
それを美翔は見ていた。
「さっきのベータの剣の威力が上がったのといい、立花さんの傷が治ったといい……あの血の力は本物みたいだ……」
太志郎もそれを見て驚き、確信する。
「! ほんとに治った……! よかったぁ」
真幌は自分の血に効果があると知り、安堵する。

 ※

 ベータは柊市の郊外にいた。桃童である真幌を連れて帰れなかったことを少し後悔していた。
「あーもー、桃童の子供結局逃しちゃったよぉ。アルファに持って帰ってあげたかったのにぃ」
ベータは刀をブンブンと振りながら一人騒ぐ。
「誰に何をだ?」
「え?」
ベータの目の前に、変面師の仮面を被った茶色の髪の青年が現れる。
「アルファ! 僕桃童の子を連れて帰ろうとしたんだけど、邪魔されてできなかったんだよぉ」
「なぜそんなことをした?」
ベータにアルファと呼ばれた青年は仮面越しに彼を見る。
「だってベータに喜んでほしかったもん! ずっと捕まっちゃってたのも悪かったのも悪かったから……桃童の血はほんとにすごかったし!」
「誰がそんなこと頼んだ?」
「う……」
アルファに咎められて、ベータは黙る。
「お前が脱獄できたのは安心した。桃童よりも優先することがあるぞ」
アルファは歩き出す。ベータはそれを追うように歩く。
「クオーツを見つけるのが先だぞ」
「ああそっか! アイツも僕達の邪魔してたもんね」
アルファとベータは『ガーゴイル』の目的のために動くのだった。
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