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第18幕 転校先

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 「なんでお前付いてくるん? お前の買い出しは終わったやろ?」
小空の自宅に買い物で獲た荷物を運び終えると、美翔は太志郎達のアジトに帰宅しようと歩く。そこになぜか小空も付いてきた。
「だってあんた達の移住先見たいもん。今の小学生の部屋ってどんな感じか見まくりたいわ」
「別に普通のアパートやで」
アジトに向って歩いていると、美翔は小さなケーキ屋を見つけた。
「あ、」
「美翔?」
美翔は店内に入り、ガラスのショーケースの中に入った桃のケーキを一切れ選んだ。
「おばちゃん、これちょーだい。あとあれって……」
買い終わると美翔は買ったケーキを持ってすぐに出てくる。小空はケーキの入ったその手元の箱を見る。
「真幌くんに?」
「うん」
(……私も帰りにパパに何か買おうかな)
またアジトに向って歩き出した。


 ※


 「一人で帰れるアル?」
「はい、帰り道わかりますし」
「いやそうじゃなくて、色々聞いて気分悪くならなかったアル?」
式部と真幌はヒビノ宮殿を出て、フロンティア・フレアの前まで戻ってきた。
「大丈夫ですよ。胡蝶さんも優しかったですし」
「真幌……」
クオーツにより強い拳法家に育てられたとはいえ真幌はまだ小学生の少年。両親の死について触れるのは辛かっただろうと式部は思う。
「それに、今は美翔兄ちゃんとマスターがいますから寂しくないですよ」
「そっか……」
真幌にとっては家族とは美翔とクオーツだ。だから寂しくはない。
「クオーツさんもいる、アルネ……」
式部も少しクオーツを思い出す。何年か前までは修行し同じ時間を共に過ごした師匠を。
「じゃあボク帰りますね」
「おーアル、気をつけろアル」
式部は真幌を見送った。
真幌はフロンティア・フレアの前を出て歩く。
歩きながらヒビノ宮殿を思い出す。あのシティナイツの要塞の主人は昨日出会った立花恒星という男のものだというあの場所を。
(シティナイツの副長さん、どこかの民族の人って言ってたけど、どこなんだろ……)
柊市には様々な人種や民族が行き来し生きている。桃童もそのうちのひとつでしかない。海外の暴動や革命で祖国を失って来た者もいれば、海外での革命を準備すべく来る者もいる。
(マスターはどうして血のことをボクに教えてくれなかったんだろう……)
「おーい! 真幌!」
「え?」
考えていた真幌は誰かに呼ばれる。
「あ、美翔兄ちゃんと小空ちゃん」
振り返ると後ろには美翔と小空がいた。
「今日、大丈夫やった?」
「うん。ちょっとびっくりしたくらいだよ?」
「美翔ずっと真幌くんの心配してたわよぉ。ほんとのこと知って落ち込んでないかとか」
美翔と小空と合流した。


 ※


 「へー思ったより片付いてるじゃないの」
小空は太志郎達のアジト、取り分け美翔と真幌の部屋に入り部屋を見る。
「茶は出したるけどはよ帰れよ。真幌、これ土産」
「ケーキ? ありがとう!」
美翔は真幌にケーキの入った箱を渡す。
「今日、真幌どないやった? 泣かんかったか?」
「泣いてはないよ。ちょっとびっくりすること言われたけど」
「そないか……」
美翔はスカジャンを脱ぐ。
「あれ? なんか下うるさくない?」
小空は誰かが走るような音に気付く。
「なんかすんごい嫌な音やな」
美翔も気付き、寒気がした。
「クロおい待て!!」
太志郎の声が聞こえた。
バタン!!
「なんや?」
美翔と真幌のアパートの部屋の扉を大きく開けたのは黒影だった。
「真幌!! お前桃童か!?」
「はい?」
黒影は真幌に迫る。
「クロ! 勝手に部屋に入ったらダメだろ!」
続いて太志郎も入ってくる。
「タイシ、クロどないしたん?」
「悪い美翔さん! クロに真幌くんが桃童なのバレた。タイラー隊長が流れでばらした」
「はあ!?」
「こうなるのわかってるからクロには隠してたのにあのアホ隊長は……」
太志郎は美翔に黒影が真幌に迫っている理由を語る。黒影は科学者ゆえに知的好奇心に溺れている。美翔はミツテルに呆れる。
「マジで桃童っていたのかよ。髪もよく見たらヘアカラーじゃ出せない色だしよく嗅いだら桃の匂いするし、これが本物か……」
「え? へ?」
黒影は真幌を見つめる。真幌は彼の圧に戸惑う。
「髪の毛くんない? あと体液が甘いのもマジか? 唾くれる? 検尿させろ」
黒影の発言に美翔は怒りを覚えた。そして飛び上がり黒影の頭を殴った。
「ぐは!!」
「小学生におしっこくれとか言うなや! この変態!」
検尿という言葉に反応したのだ。
「あいたぁ、だって桃童の体液は昔の金持ちの間で流行って尿は普通に飲めるって」
「飲むなや! 色んな意味で!」
黒影はめげなかった。美翔は引きながらも叫ぶ。
「クロやめろ。倫理的に危険だからやめろ」
「止めるなよタイ兄!」
太志郎は黒影を止めるべく彼と美翔の間に入る。
「桃童について調べるなとは言わないが真幌くんが怯えるようなことは一切するな。お前の好奇心はたまに迷惑なんだよ。加減しろ」
太志郎は黒影に厳しく言った。その眼は鋭く冷たい。
「……わ、わかったよ」
黒影は静かになった。
「二度とこの部屋には入るなよ。お前だけは入れないようにセキュリティカスタムしとくからな」
セキュリティカスタムとは特定の人物の侵入を防ぐ防犯システムだ。その人物が侵入するとレーダーが反応し体内に電流が流され気絶させる。
「クロもだけど隊長もだよ全く……」
太志郎はミツテルにも呆れていた。
「真幌大丈夫か!?」
「う、うん、あれくらいなら平気だよ」
美翔は真幌を心配する。
「とにかく二度とここには入るなよ」
「はい……」
太志郎に睨まれた黒影は大人しく部屋を出ていった。
「黒影くん、勢いがえぐかったですね……」
一連の流れを小空はただ見ているしかなかった。
「小空ちゃん、変なの見せてごめんね。アイツたまに倫理欠ける時あるから」
太志郎は頭を抱えている。
「クロっていつもあんな感じなん?」
「ああ。職人カタギと科学者の知的好奇心でとんでもない奴だ」
「まあ変態なんはわかったで」
美翔はなんとなく黒影を理解した。


 ※


 「あ! 胡蝶。あの桃童、真幌はどういう感じだった?」
夜のヒビノ宮殿。鉄とコンクリートで出来た通路ですれ違った胡蝶に、恒星と共にいたミツテルは話かける。
「普通の子でしたよ。あのクオーツの弟子とはいえ」
真幌について聞かれる。自分の妹よりもずっと年下で普通の少年だと思うと胡蝶は少し胸が苦しくなった。
「拳法やってるなら対等に捉えろ。子供として見るのは返って大人気ねえぞ」
恒星が入り込む。
「それはわかってます。あの子と美翔くんも俺達の戦いに加入させるのも」
「美翔は力あるから戦力になりそうだし結構なんとかなりそうだな」
ミツテルは少し嬉しそうにしている。
師匠オヤジは、俺らの四人・・誰かと真幌を組ませるって言ってただろ? 戦闘のサポートと、血での回復をしてもらうって」
ミツテルは真幌に桃童としての価値を見ていた。胡蝶はそれに気付いていた。
「師匠はあくまでも本人が嫌がらなかったらって言ってたでしょ? 無理矢理はフツーにダメですよ」
「わかってるって。まああの子のお気に入りは一応目指すけど」
ミツテルはクスリと笑う。
「キリハも『頼もしい子だったら組みたい』って言ってただろ」
キリハとはシティナイツの隊員の一人で現在は柊市外で周辺都市の治安調査をしている人物。ちなみに彼もミツテル達の兄弟弟子にあたる。
「真幌だけは確保したほうがいいと俺は思うぜ。そのほうがクオーツを動かしやすくなるだろ」
「ミツテルさんマジで言い方考えてください」
ミツテルの言い方はどうもひっかかってしまう胡蝶。
「胡蝶」
「なんですか恒星さん」
黙って聞いていた恒星が口を開く。
「……殺害された桃童の記録は顔写真もあるか?」
「? ありますけど、それが何か?」
「少し気になることがあってな」
恒星には、真幌の顔と髪の色と匂いにひっかかるものがあった。過去の桃童の記録を見れば引っかかっている理由がわかるかもしれないと見た。
「意外だな。お前が桃童に興味持つなんて」
「言っとくがお前みたく血目当てじゃねえぞ」
恒星はミツテルを軽く睨む。
「お前がそんなに戦力だの血だの焦っているのは、皆本さんが理由か?」
「……」
恒星が式部について触れるとミツテルは黙った。


 ※



 「今日転校してきた美翔くんです」
你好ニーハオ~! よろしく」
朝の小学校。六年生の教室で教師に紹介され美翔は挨拶する。
「チャイナかな?」
「ちょっとちっちゃいね」
教室の生徒らは美翔の口調やチャイナ服を見て少しざわつく。
「席はそこね」
「んー」
教師の指定した席に美翔は座る。座ると、隣の席の人物を見る。
「……あー!! お前! 秋原冬乃!?」
「あ、あの時の」
中央武道場で真幌と対戦した人物、秋原冬乃がいたのだ。
「えっと、美翔くんっすよね。真幌くんといた」
「せやで。てかお前この学校やったん?」
「はいっす。美翔くんも六年生だったんスね」
「あてをいくつや思ってたん?」
「真幌くんは何年生スか?」
「五年生。アイツも今日が学校初日」
意外な場所での冬乃との再会に会話が少し弾んだ。
「あ、真幌はあてみたいに知り合いおらんやん……」
小さい不安が美翔に過った。

 ※

 「真幌です。よろしくお願いします」
同じ頃の五年生の教室。真幌は挨拶した。
「髪綺麗だ」
「かわいー。男子だよね?」
真幌を見た生徒らは少しざわつく。髪の色を決して奇異の目で見ているのではなく純粋に綺麗なものを見て驚く様子だ。
「真幌くんの席はそこね」
「はい」
真幌は指定された席に座る。横には眼鏡をした女子生徒がいた。
「よろしくね。私エリカ」
「え、あ、うん」
話かけてきたエリカという女子生徒に真幌は少し驚く。
「……えっと、ボク変じゃない?」
「? 変じゃないよ。みんな貴方の髪綺麗だからびっくりしてるだけだよ」
「……そっか」
小さい頃のように髪を奇異の目で見られていると思ったが違った。真幌はそう思い安心した。
「そのピアスとブレスレット可愛いね」
エリカは真幌の右耳の星のピアスとクオーツに託された銀のブレスレットを指摘する。
「うん、どっちも大切なものなんだ」
二つを褒められ真幌は照れる。

 ※

 「あ~、真幌大丈夫かぁ?」
「美翔くん、ちょっと心配しすぎじゃないすか?」
「だってなぁ」
数時間後。全ての授業が終わり、帰り仕度をしながら美翔はため息をつく。冬乃も同じく仕度する。
「アイツ前の学校の一年生の時、髪のことで変な目で見られてたんよ。あてがおれる時いつも一緒におったからイジメられてもひどいもんにはならんかったけど」
「もう五年生ですから大丈夫ッスよ。中央区は人種も見た目も訳アリだらけの人多いのが当たり前な街ですから、真幌くんの髪色なんて普通ッス」
「そ、そないか?」
冬乃の話を聞きつつ彼と共に美翔はカバンを持ち教室を出る。
「とにかく真幌迎えに行くわ」
「俺も行くッス」
美翔と冬乃が五年生の校舎に行こうとすると、
「美翔兄ちゃん!」
「え? 真幌?」
カバンを持った真幌に呼ばれる。その横にはエリカもいた。
「もう授業終わった?」
「おー、お前も?」
「うん、帰ろう」
真幌も美翔を探していた。
「じゃあ私、今日委員会だからまた明日ね。まほさん」
「うん、じゃあねエリちゃん」
エリカは真幌も元を立ち去る。
「あ、こないだの」
「秋原冬乃ッス」
真幌は冬乃に気付き、冬乃は挨拶した。
「真幌、今日大丈夫やった? ……髪でなんか言われんかった?」
美翔は真幌に心配をぶつける。
「うん。心配しないで」
真幌は笑顔を向けた。
「そうか……よかった。またあておらん時になんかあるんちゃうか思ったわ」
「今日仲良くなれた子いるから大丈夫だよ」
「ほんまよかったわぁ!」
「わ! 兄ちゃん!」
美翔は真幌に抱き着くのだった。
「なんか美翔くん強烈な人だな……」
冬乃は一連を見て圧倒されるのだった。
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