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第2幕 桃の花が薫る時

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 「マスターが見つかったん?! ていうかあんたマスターのなんやねん!」
美翔は青い髪の男の発言に驚く。
「見つかったというか、クオーツさんからメッセージが来たアル。俺は式部。俺もクオーツさんの弟子で君達の兄弟子にあたるアル」
男は式部と名乗った。
「その、マスターは今どうしているんですか?」
真幌が問う。
「俺達のマスターは、今やばい連中に追われて身を隠しながら逃げまくってるアルネ」
式部は答えだす。
「やばい連中ってなんなん?」
「『スイートポイズン』を製造、密売をしている組織アル」
「スイートポイズン?」
スイートポイズンとは、所謂危険なドーピング剤の一種であり投与すると異様な興奮状態になり投与者のいつもの二倍の体力を出してしまう代物。摂取を続けていけば命を落としかねないとされ危険視されている。もちろん製造も販売も禁止されている。
「それってほんまにあったんや……」
「最悪の場合一回飲んだだけでも死ぬってマスターが言ってたよね」
スイートポイズンのことは美翔と真幌もクオーツから聞いていた。
「お前ら、クオーツさんが国際警察の捜査官なのは知ってるアル?」
「知っとうで。二年前まで仕事休んどったし」
「! まさか、ボク達にないしょで復職したんですか?」
真幌はクオーツが行方不明になった理由に気付き出す。
「そうアル。クオーツさんは製造元に直接繋がってる奴をとっ捕まえてソイツの持ってる情報全部入手したんだけど、そのせいでその製造元に命を狙われることになってしまったアル。うかつに連絡取れないし逆探知も危険だから俺もたまに送られてくるメッセージを見ることしかできないネ」
式部は自分の知る限りのクオーツの現状を語った。
「マスターがそんなえらいことになってたんか!」
美翔はクオーツの身の危険を悟った。
「あ、そアル。君達の名前はなんだっけアル?」
式部は美翔と真幌に名を問う。
「ボクは真幌って言います。マスター・クオーツと同じ『連星拳』の使い手です」
「あては美翔! ストリート最強の連星拳の拳法家や!!」
真幌と美翔は名乗る。
「美翔に真幌、間違いなくクオーツさんの弟子アルネ」
連星拳と聞いて式部は納得した。連星拳とは美翔と真幌、そして式部が教わった拳法の正式な名だ。
「せやで! あて等のこと探してたん?」
「ああ。二人にはやってもらうことがあって探してたアル」
式部は倒れているサングラスの男達を見る。全員美翔により気絶している。
(こんだけ強かったら問題なさそうアル……)
式部は先ほどの戦闘を見て美翔の強さを確認した。
「このおっさんらは一体なんやったんや? まさか、マスターを狙ってる連中?」
美翔も倒れた男達を見る。
「うわ! なんやこれ!」
美翔は男の一人を見て驚く。首筋の皮が剥げ、その中身はどう見ても金属なのだ。しかもそれは焼け焦げて煙を出している。
「ソイツらはヒューマノイド。人型の戦闘機アル」
式部は説明する。
「なんか人と戦ってる感じせんかったけど、まさかロボットやなんて……」
生物を相手にしているような感覚がなかったのはこういうことだったのかと美翔は驚く。
「俺を狙ったみたいアル。コイツらがクオーツさんも狙ってるかはわからんアル」
ヒューマノイド達の目的は式部にもわからなかった。


 ※


 「望月さん、お久しぶりアル」
「式部くん久しぶりだな!」
病院での式部の手当てを終えて、美翔と真幌は式部を楼貫飯店に案内し望月に会わせた。
「おっさんと式部って知り合いやったん!?」
「まあネ」
望月はクオーツの甥で、彼の母はクオーツの弟にあたる。式部は以前から接点があった。
「クオーツさんの行方は俺の母もわからんくてな。まさかそんな事態になっているだなんて」
式部は先ほどの説明を望月にもした。
「今日式部くんがここに来たのは一体なぜだ?」
望月も問う。
「クオーツさんからのメッセージ預かってるアル。これを聞いてくれネ」
式部は自分のブレスレットの通信機の電源を入れる。
ボイスメッセージが再生される。その声はクオーツのものだ。
『式部、このメッセージは美翔と真幌に聞かせてくれ。……美翔、真幌、突然姿を消してすまない』
「マスターの声や!」
美翔は久々のクオーツの声に反応する。
『今の俺は、お前達に直接会うことは出来ない。俺が表に顔を出せばお前達にも危険が及ぶ。本来ならお前達の顔を見て直接言うべきだが状況が悪すぎる。中断していた修行の続きだと思って聞いてくれ』
「なんなんマスター!? マスターは今どないなってるん!?」
返事をされないのはわかっていても美翔は黙れない。
『お前達には中央区の中央武道場で修行をしてもらう。スイートポイズンを製造する組織の撲滅のために協力してほしい。近々その組織と全面的に戦うことになる、お前達の力が必要だ』
「マスター……」
真幌も息を飲む。
『俺のことは心配しなくていい。早死にするような真似はしない』
その一行が最後となった。
「マスター・クオーツ、自分が殺されるかもしれないのわかってこれを……」
「マスターはそう簡単に殺されんよ! めっちゃ強いんはあて等がよう知っとうわ!」
聞き終えた二人が心の整理が仕切れなかったが、クオーツの無事が一応わかったってほっとする。
「というわけアル」
式部はブレスレットを仕舞う。
「中央武道場って、中央区のあれですか?」
「これやろ」
美翔は自分のPHS型電子端末を出し、空中ディスプレイを浮かべる。
そこには、『中央武道場』についての画像があった。
中央武道場。世界中の武道家達が集まり、強さを極めるまさに現代のコロッセオ。柊市はこれで盛り上がっている。武道場で戦うことも観戦することにも特別な資格はなく誰もが出入りをしている。
「マスターはボク達に中央区にはいくなって前に行ってたけど、」
「今は緊急事態やからしゃあないってことか」
中央区は現代都市と古き東洋の王朝時代が合わさった独自の魅力を持つ。そこへの憧れはあったが、クオーツに行くことを許されなかった。
「とりあえず今日はあんなこともあったし明後日の土曜の朝に一度中央区に向かうアル。二人とも明日も学校アルネ? 俺は他の二人と宿で寝るアル」
「他にも誰か一緒におるの?」
「ああ、俺が途中で迷子になってしまったから宿で待たせてるアル」
「あて等と会った時も怪我しとったりで式部なんやドジすぎやろ」
「ドジじゃねーしアル! この怪我はあの連中に襲われて転んだだけアル!」
美翔にドジを指摘されムッとする式部だった。


  ※


 「それ!」
翌日の放課後。学校の校庭。真幌は助っ人を頼まれたバスケの試合でダンクを決めた。
「やった!」
ダンクが決まったと同時に試合終了の笛がなり、真幌が加わったチームが勝利した。
「勝ったぜ真幌!」
「ありがとう真幌!」
バスケチームのメンバーは真幌に笑いかける。
「やったなー真幌―!」
応援席から美翔の大きな声が響く。
「兄ちゃん!」
真幌は美翔に大きく手を振る。

  ※

 「真幌って昔と比べて明るくなったやろ」
「え? そうかな?」
バスケのユニフォームから着替えた真幌は帰り道で美翔に言われる。
「昔は桃童トウホンとか、髪の色とか気にしてよく泣いてたやん」
「……」
美翔の言葉に真幌は過去を思い出す。
桃童トウホン。桃色の髪と白い肌を持った人種。体臭は桃のように甘い匂いで汗や唾なども体液は桃のように甘いと言われている。体液は薬になると言われ、肉はかつて……食べたものを不老不死に言われていた。真幌は現在こそ数が少なくなってしまったその人種の一人だ。
小学校に入学して間もない五年前、真幌はその髪を好奇の目で見られていた。もちろんいじめられることもあった。そんな時、いつもすぐに美翔が助けてくれた。
『おい待てアホ! 真幌に手ぇ出すなや!!』
何もできずにいた真幌はこの時、美翔が眩しく思えた。
『兄ちゃん……』
『もう泣かんでええで真幌。あてがついとうから!』
真幌が泣いていれば美翔が笑いかけてくれた。
『兄ちゃん、真幌の髪ってそんなに変なのかな……?』
桃童のことを知らない人も多かったゆえに真幌を普通の人間だと思っていなかった同級生もいた。
『そんなわけないやろ? あては真幌の髪の色好きやで! だって真幌しか持ってない色やし、すごく綺麗やん!!』
『……!』
『桃みたいな匂いも髪の毛も、真幌にしかない特別なものやで! もしまたいじめられたらまたあてが何度も守ったる!!』
『うん……』
美翔が自分を受け入れてくれ守ってくれたのを、真幌は忘れなかった。
「兄ちゃんがボクの髪綺麗って言ってくれたから、ボク、自信が持てたんだよ。何言われても兄ちゃんがいるって思ったら怖くなくなって気付いたら、ボクの髪の色を受け入れてくれる人も増えて、ボクは前を向けたんだ」
「真幌……」
真幌の笑みを見て、美翔は照れる。
「別にひどいこと言われるのもあれから慣れたし」
「あ、それは慣れたらあかんやろ!? またなんか言われたらあてが本気でボコボコにしたるわ」
「兄ちゃんの本気は意識ない人出るからあんまりやらないで……」
真幌を気遣ってはいるがどこか雑な美翔だった。


 ※


 土曜日の朝。一泊分の荷物を用意した美翔と真幌は中央区まで乗る予定の車を楼貫飯店の前で待っていた。
「気ぃつけて行けよ」
望月は二人を見送るべくそばにいた。
「おー。式部が言うてた他の二人ってどんな奴なんやろ?」
「そうだねぇ、あ、あの車かな?」
青い車が走ってくるのが見えた。車は二人の目の前で止まる。ドアを開けたら式部が出来てくる。
「お待たせアル」
式部が後ろの席から出ると運転席と助手席からも人が出てきた。
「コイツらが護衛と送迎をしてくれるアル。二人とも挨拶してアル」
「はじめまして」
「こんちはぁ」
赤い上着を着た茶髪の青年と青と灰色の上着を着た黒髪の青年が挨拶する。
「俺は、名谷太志郎なやたいしろう。二人と式部さんの護衛に任命されました。『タイシ』って呼んでください」
「同じく俺は黒影くろかげです! 『クロ』って呼んでください!」
にこやかに太志郎たいしろうと黒影は名乗る。特に太志郎の笑みは柔和で優しげだった。
「うん! あては美翔メイシャン
「弟弟子の真幌です」
美翔と真幌も名乗る。
「ほー、クオーツさんの弟子ってマジで二人ともDS(男子小学生)かぁー」
黒影は二人をまじまじと見つめる。
「こっちはなんかちんちくりんで、顔ちょっとあれかぁ」
「え? はぁ!?」
美翔を見る。
「こっちはなんか可愛いな、女の子っぽい」
「な、え?」
真幌も見る。真幌は困惑する。
「おいお前なんやねん! 誰がちんちくりんや! 真幌は男や!」
美翔は怒り出す。それと同時に、太志郎が黒影の足を勢いよく蹴るように踏んだ。
「ぎゃ!!」
黒影が思わずしゃがむ。
「クロ、本当にそういうのやめろっていつも言ってるだろ……」
太志郎は静かに睨む。
「いたた……」
「ごめんね二人とも。コイツ基本失礼なことばっか言って……次似たようなこと言われたら思いっきりボコボコにしていいよ」
「タイ兄! そこは擁護しろよ!」
太志郎は黒影に頭を下げさせる。
「まあええけど。の前でお仕置きしてくれたし」
太志郎に免じて美翔は許した。
「……とにかく出発アル。早く乗るアル!」
「そうですね」
運転席に太志郎、助手席には黒影、後ろの席には向かって左から式部、真幌、美翔の順番で座る。
「明日ちゃんと帰ってこいよ。ここから応援してるから」
謝謝シエシエ! 望月のおっさん!」
「行ってきます望月さん」
美翔と真幌は望月に見送られる。
車は走り出し、中央区に向かう。
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