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後編

アクシデント

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 翌日、朝早くから俺たちはバス移動だ。次の目的地は小樽、そして午後にはお待ちかねのラフティングだ

 小樽では一応「自主研修」という名目で、事実上は自由時間だ。特に班ごとの行動も強制ではないので、俺は花宮と二人、いやりんと3人で回ることにした。

 運河沿いの道にはいろんなお店が並んでいた。俺たちは気に入った店を見つけては、中に入って楽しんだ。オルゴールの博物館やガラス工房が、花宮とりんのお気に入りだったようだ。昼は和食のお店で海鮮丼を食べた。エビやホタテの大きさに、俺たちはびっくりしていた。

 有名なチーズケーキ屋さんで食後のデザートをテイクアウトした。3人で近くの公園へ行き、ベンチに座ってペットボトルのコーヒーや紅茶と一緒に食べることにした。本当はお店の中で食べたかったが、満員で待ち時間も長かったから諦めた。

「んー、おいしい! このイチゴのモンブラン、絶品だよ」

「こっちのもうまいぞ。えーっと……ドーベルマン?……なんだっけ?」

『ドゥーブルフロマージュね。クリームチーズとマスカルポーネの2種類を使ってるんだから、贅沢だよね。本当に美味しいもん』

 俺たちはチーズケーキとイチゴのケーキを堪能していた。りんは俺に憑依して味わい、俺と花宮はお互いアーンして一口づつ味わった。うちの学校の生徒何人かに目撃されてしまったが、あまり気にしないようにした。マズいな、バカップルにならないように気をつけないと。

 お腹が満たされた俺たちは移動中のバスの中で爆睡。そしていよいよ旅行のハイライトのラフティングだ。バスが到着すると、俺たちはウェットスーツに着替えた。否が応でも気分は盛り上がってくる。

 ボートには、俺たちの班の5人と他の班の安田さんという女子が入って6名、それとガイドさんを入れると総勢7名という人員だ。

 スタート前にガイドさんから簡単な説明を受ける。もちろん全員ライフジャケットとヘルメットを着用済みだ。因みにりんは、俺の中に憑依した状態だ。その方が感覚共有ができるので一緒に楽しめる。

 いよいよ俺たちの番になった。全員ボートに乗り込む。左右の重量が均等になるように、左側が前から俺、本田、山瀬。右側が前から雄介、福井、安田さんの順番で、ガイドさんは最後尾だ。

 緩やかな流れの中で、俺たちはスタートした。ガイドさんを含め俺たち7名でオールを高い位置で合わせて「オーッ」と気合を入れた。ガイドさんの話だと、昨日上流の方で雨が降ったため水かさが増していて、ちょっとスピードが出るかもしれないとのことだった。

 北海道の雄大な景色の中を、ボートはゆっくり進む。水はまだかなり冷たいが、頬を切る風が心地よい。

『うわー、めっちゃ気持ちいいー。景色もいいし、サイコー!』りんも興奮気味だ。

 他の連中も、感動の言葉を口にする。

「最高だな」「景色いいね」「これ、落ちないよね?」「奏音、大丈夫だよ」

 山瀬だけはまだビビっているようだった。昨日泳げないって言ってたもんな。

 基本的にボートはゆっくり進むが、ところどころ流れが急なところがある。水かさが増しているせいもあるかもしれないが、結構スピートがあってスリリングだ。ジェットコースターとかには無い快感だ。

 綺麗な景色とボートのスピードを俺たちは堪能していたが、いよいよゴールが間近となってきた。最後に急流の難所があるらしい。

「はーい、それでは最後の難所を下りていきますよ! 落差があってボートが揺れるかもしれませんが、しっかり捕まっててくださいね!」

 俺たちはオールを中に入れて、姿勢を低くした。俺は先頭だから、前の景色がよく見えた。ちょっとした段差があって、流れも速そうだ。しかも左右から岩がでていて、本当にボートが通過できるのか心配だ。

 ボートはその急流の中へ入ると、大きく右に揺れた。そのとき岩にぶつかって、その反動でボートは左に大きくバウンドする。その瞬間……

「きゃぁーー!!」

「山瀬さん!!」

 俺の後ろで山瀬の悲鳴と本田の叫び声が聞こえた。振り返ると山瀬がボートの外へ放り出され流されていく。

「ゲホッ、うわ、ちょっと! た、助けて!」

 よりによって泳げない山瀬が落ちてしまった。ボートが岩にぶつかった衝撃で、飛ばされてしまったんだろう。山瀬は手足をバタバタさせて暴れている。

 本当は暴れずに上を向きながら流されていかないといけないのだが、カナヅチの山瀬は水自体が怖いんだろう。恐怖に怯えた表情で、暴れまくっている。

 ボートは急流を過ぎて、流れが緩やかな場所に出た。そのまま左岸で待機。山瀬もちょうど急流の場所を過ぎたところまで流されてきて、そのままボートへ回収できる……と思っていた。

 ところが……左岸の岩場のところで、そのまま止まってしまった。山瀬は焦り、ライフジャケットの上からなんとか頭を出し、手をバタバタさせてもがいている。

「山瀬さん!! 僕、ちょっと様子を見てきます!!」

「やめて下さい! ボートから降りないで下さい!」 

 本田が腰を上げてボートから飛び込もうとするが、ガイドさんに止められた。それにもし飛び込んでも、流れに逆らってあの岩場まではたどり着けないだろう。俺も含めてボート上の全員為す術もなく、山瀬に大声で呼びかけるぐらいのことしかできない。
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