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後編

残されたものの役目

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『もー、琴ちゃん……気を使わなくてもいいのに。ナオ……入ってもいい?』

「おう」

 俺がそう言い終わると同時に、りんは俺に憑依してきた。俺は淹れたての熱い紅茶を何度もフーフーしながら口へ運ぶ。

『まだ熱いわね』

『まあ仕方ねーよ』

 あいかわらずのりんの猫舌に、俺は閉口する。クッキーを口に入れて、もう一口紅茶を飲む。『あ、このクッキー、美味しい』とりんはつぶやいた。

『あ、そうだそうだ。ねえ、あの人形取ってよ』

『人形? ああ、あのクリスマスの時のヤツか? ネコだかパンダだかわからんやつ』

『もう、タレにゃんこ、って言ってんじゃん』

 俺はベッドの横に置いてある「タレにゃんこ」のぬいぐるみを取ってくる。俺がりんにクリスマスプレゼントとして買ったやつだ。

『ねえ、これ触らして』

『? 触ってるだろ?』

『そうじゃなくってさ。アタシが撫でたいの』

『……ああ、そういうことか』

 つまり、りんが俺の体を動かしたいっていう意味のようだ。俺は自分の防御レベルを下げて、その動きをりんに委ねる。

 りんはタレにゃんこを愛おしそうに撫で始めた。「ふふっ、可愛い」と口にすると、今度は顔付近に持ってきて頬擦りをし始めた。

『さすがに俺は気持ち悪いんだが』

『なんでよ。このタレにゃんこ可愛いじゃん』

『お前、そんなにこれが嬉しかったのか?』

『当たり前じゃない! 男の子からもらった初めてのプレゼントだったんだよ。それも好きな男の子から』

 りんは照れもせずにそう言った。聞いてるこっちが恥ずかしくなる。

『だったら今回だって、花じゃなくて何か形になるものの方がよかったんじゃないか?』

『ううん、お花がよかったんだよ。お花だってもらったことなかったし、それにこんなに綺麗なんだよ。やっぱり琴ちゃん、センスいいよね』

 テーブルの上の花を見ながら、りんは愛おしそうにそう言った。もちろん花のチョイスは、花宮に任せた。

『それに……何か形になるものは、このタレにゃんこで最後にしてほしいんだ』

『そうなのか? どうして』

『だってさ……アタシはもうじき、いなくなる訳じゃん。アタシがいなくなった後に、物だけが残ったら寂しくない?』

『……』

『アタシが残される立場だったら、やっぱり寂しいな。ママの時もそうだったしさ』

 りんは母親が亡くなったとき、その広いマンションにいるのが寂しくなってこの狭いアパートに引越した。以前のマンションには、当然母親との思い出の物が沢山あっただろう。

『りん。物があろうがなかろうが、俺は……りんがいなくなったら寂しいぞ』

『ナオ……』

『俺も花宮も、それに環奈先生だってオヤジだって、りんがいなくなったら寂しいに決まってる。でも俺たちはそれを乗り越えないといけないんだよ。それが残されたものの役目なんだ』

『もうナオ……でもそうだよね』

 俺は目頭が熱くなるのを感じた。それでもりんは、俺の目から涙を流すことはなかった。

 りんは少しのあいだ下を向いていたが、顔をあげると涙声で「ナオ、ありがとね」と口にした。それからりんは、タレにゃんこの毛が全部抜けるんじゃないかと思うくらい、ぬいぐるみを愛おしそうにずっと撫で続けていた。

 ◆◆◆

 月が変わり、俺たちは3年生になった。

 もちろんクラス替えがあり、俺はなんとか花宮と同じクラスになることを祈ったのだが……残念ながら別のクラスになってしまった。俺は3年C組、花宮はA組だ。

 そのかわりなぜか雄介とはまた同じクラス。結局雄介とは高校3年間ずっと同じクラスになることになった。まさに腐れ縁とはこのことだな。

 今年の俺たちは、もちろん進学の年となる。栄花学園の場合、全生徒の8割前後が栄花大学へ進学、いわゆるエスカレーターである。残りの2割が他大学への受験か専門学校へ進学、就職する生徒はほとんどいないという状況だ。

 俺と花宮は、一応栄花大学へのエスカレーター進学を予定している。栄花大学には仏教学部があり、俺はそこを目指している。俺の兄貴も栄花大学仏教学部の卒業生なので、同じ道を目指すことになる。

 今の成績であれば栄花への進学は可能なレベルではあるが、実は栄花大の仏教学部はなぜか全国の寺院の子弟が多く集まっていて、偏差値が意外と高い。俺の今の成績だと仏教学部の推薦がとれるかどうか結構微妙だ。なんとか頑張って成績をあげないといけない。

 花宮はまだ学部に関しては、迷っている最中らしい。

「できればお寺の経営に関するような勉強をしたいって思ってるんだけどね」

 将来的に花宮は、完永寺の運営に携わりたいと考えているようだ。まあ一人娘の責任感なのかもしれない。

 成績優秀の雄介は、他大学への受験を予定しているとのことだ。国立・私立問わず、知名度も偏差値も高い大学へ挑戦するつもりらしい。久山不動産の跡取りと目されているわけだし、まあ雄介なら大丈夫だろう。

 ところで雄介のお兄さんは病院にいると言っていたが、ずっと入院しているんだろうか。俺も会ったことがないからわからないが……。
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