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後編

3月25日

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 花宮と俺の修行は翌日も続いた。花宮はずいぶん呼吸法や精神統一方法を体得できているらしい。オヤジは「琴葉ちゃんは、かなり筋がいいのう」と目を細めていた。

 そしてその翌日、俺は花宮を外に連れ出すことにした。修行の成果を試すためだ。自宅の玄関で、花宮に霊に対する感度を下げてもらう。

「さて……それじゃあ、行けるか?」

「うん」

『大丈夫、上手くいくよ』

 俺と花宮とりんは三人で、自宅の外へ出る。俺たちは水巌寺の境内周辺、裏庭あたりを散策する。このあたりは下等霊が数多く存在する場所だ。

「どうだ花宮? 霊体は見えるか?」

「ううん、大丈夫。見えなくなったよ」

『アタシは見えるの?』

「もちろん。こうしてみると、やっぱりりんちゃんの霊力って高いんだね」

 修行の成果は出ているようだった。これで花宮も心配することなく日常生活が送れる。もちろん体調とかによって変化することもあるだろう。そのときは俺が式神を使って霊壁を作ってやればいい。俺も今回の修行で、式神を使って中から霊が見えなくなる霊壁を作ることができるようになった。

 花宮とも相談して、修行を切り上げて寺を出ることにした。ちょうど環奈先生も修行を終えて帰るところだったので、一緒に車に乗せてもらうことにする。

「和尚さん、いろいろとお世話になりました。本当に助かりました」

「いいんじゃよ、琴葉ちゃん。じゃがまた時々来るようにするんじゃぞ。時折修行をしないことには、また霊が見えるようになってしまうからのう」

「はい。またお世話になります。その時はよろしくお願いします」

 花宮はオヤジに深々と頭を下げる。オヤジはニコニコと笑っていた。




 俺たちは環奈先生の車に乗りこんだ。寺を出発するとき、花宮は車の中からオヤジに何度も頭を下げていた。

「でもよかったわね、花宮さん。私のときより、随分早く習得できたみたいね。やっぱり筋がいいのかなぁ」

「ありがとうございます。どうなんでしょうね……でもこれで、なんとか生活できそうです」

 花宮も安堵の表情を浮かべている。もしまた何かあっても俺がサポートできるようになったし、これで一安心だ。

「それはそうと……どこかのタイミングで、美久ちゃんには話したほうがいいかもよ。ナオ君と花宮さんのこと。まありんちゃんのことは……言っても理解できないと思うけど」

「そうなんですよね……どこかの段階で言わないといけないですよね」

「私、嫌われちゃうかな?」花宮は心配そうだ。

「大丈夫……だと思う。まあタイミングを見て言わないとな」

『ナオ、モテモテじゃん』

「茶化すな。それに美久は妹だぞ」

 美久、闇堕ちしないでくれよ……俺は密かにそう祈った。


              ◆◆◆


 3月も下旬となると、南の方から桜の便りが聞こえてくる。そして今日は3月25日。俺たちのとって、もう一つの特別な日だ。

「りんちゃん、お誕生日おめでとう」
「りん、おめでとうな」

『ありがとう。もう死んでるのに、誕生日って……なんか変な感じ』

 今日3月25日は、りんの誕生日だ。死んでいようと生きていようと関係ない。俺たちはお祝いすることにした。

 事前にりんにはリクエストを聞いておいた。あのハヤシライスが食べたいということだったので、俺と花宮で作ることにした。プレゼントは何がいいか訊ねると……

「お花がほしい。いままでお花をプレゼントされたこと、一度もないんだ」

 そんなのでいいのかとは思ったが、りんのリクエスト通り用意した。色とりどりの綺麗な花束が、テーブルの上の花瓶の中に収まっている。花瓶は花宮に家から持ってきてもらった。

『今までで一番賑やかな誕生日だよ』

 俺に憑依したりんは、ハヤシライスを堪能しながらそう言った。俺はハヤシライスをフーフーしながら食べないといけなかったが、まあたまにはいいだろう。せっかくのりんの誕生日だしな。

 ハヤシライスを食べ終えて、コーヒーか紅茶を入れようとした時……

「じゃあ私は帰るね」

「もう帰るのか?」『琴ちゃん、まだいいじゃない』

「ううん。今日はね……りんちゃん、いっぱい城之内君に甘えなよ。せっかくの誕生日だから、二人きりで盛り上がっていいよ」

「俺とりんは、ここにいるときは基本的に二人だけだし……いまさらだぞ」

「城之内君、そんなこと言わないの。りんちゃんの特別な日なんだから。ねっ?」

 花宮はそう言って荷物をまとめ、玄関へと向かう。

「まだ明るいし、帰りは一人で大丈夫だから。じゃあ楽しんでね」

 そう言って花宮は出ていってしまった。

『もう琴ちゃん……変に気を使わなくていいのに』

「そうだよな」

『それにさ。琴ちゃんがいなかったら、ナオとチューできないじゃん!』

「それはまあ別に、いいだろ」

 俺はりんと隣り合わせでテーブルに座る。

「りん、紅茶飲むか?」

 ちなみに俺はコーヒー派、りんも花宮も紅茶派だ。

『え? いいよ、ナオ。コーヒー飲んでよ』

 俺はキッチンに行って湯を沸かし、やっぱり紅茶を入れた。コンビニで買ったクッキーと一緒にテーブルへ運ぶ。
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