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後編

「……ああ、会いたいな」

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「ただいま」

『あ、ナオ。おかえり』

 花宮を家まで送ったあと、途中でオヤジと電話をしていたので帰宅が結構遅くなってしまった。

『琴ちゃん……どうだった?』

「ん? まあ……動揺はしてたけどな」

『そっかぁ……そうだよね』

 りんは下を向いたまま、しょんぼりしている。

『もう……本当にこんな展開になるとは思ってなかったよ。あのまま幸せな気持ちで成仏できると思ったんだけどなぁ』

「ああ、俺もそう思ったわ」

 俺は数時間前に起こったことを、もう一度思い出す。りんのカミングアウトで、俺は生前のりんに会っていたことを知った。

 そして俺に「緑色のカバ」を届けようとして、トラックに跳ねられて16歳の若さで生涯を閉じた。そして……俺に気持ちを伝え、最後の思い出にとキスをした。

 思い出すだけで頭がパンクしそうだ。ただ……やっぱり俺は罪悪感から抜け出せない。

『ナオ……ひょっとして『俺のせいで』とか、まだ思ってる?』

「……そりゃあ思うだろ。実際そうなんだし」

『もう……だからアタシはそんな風には思ってないからね! まあナオのことだから気にするなって言われても難しいかもだけど。そんなことより……アタシこそ最後にあんなことしてゴメンね。霊体から告白とか……迷惑だったよね……』

 りんにそう言われて、振り返ってみる。俺はあのとき、どう思っただろう……。

「迷惑じゃないぞ。それこそ生まれて初めて女の子から告白されたわけだしな。嫌でも迷惑でもなかった」

『……ホントに?』

 俺は思ったことをそのまま口にすると、りんは俺の様子を伺うように上目遣いで恥ずかしそうに訊いてきた。

「ああ。それに俺はりんが成仏するまでは一緒にいるわけだ。だから……これからも、よろしく頼むな」

『ナオ……うん、ありがとう』

 俺の罪悪感は消えない。もし俺が罪滅ぼしをできるとすれば、りんにちゃんと寄り添って向き合うことだろう。それが俺にできる精一杯の贖罪じゃないだろうか。俺はそんなことを思っていた。




 そんな一騒動があってから二日後、俺は実家に帰省した。本当は花宮にも会いたかったが、花宮は年末年始お寺のバイトが忙しくなかなか時間が取れないと聞いていた。なので俺はりんと一緒に帰省することにした。

 実家では相変わらず修行もこなすが、さすがに年末年始は実家の寺も忙しい。俺はなにかと駆り出され、それなりに忙しい日々が続いた。

 案外こういうときは、体を動かすというのもよかったようだ。いろいろやっているうちに、俺も少しは気が紛れた。

 花宮とはお互い連絡を取っていた。年明けの「あけおめLime」も送り合ったりした。特に不自然なこともなく、以前と同じように冗談を言ったり夕食のおかずの写真を送ったりしていた。

 何も変わっていないように思えた。唯一変わったことと言えば……俺の気持ちだった。

 俺はあの日、花宮に憑依したりんとキスをして、その華奢な体を抱きしめた。俺は……あの時の花宮の感触が、未だに残っている。

 花宮の柔らかな体躯、紅潮した頬、濡れた睫毛に透き通った瞳の輝き、そして唇の感触……その全てが忘れられない。

 りんはいつも俺の隣りにいる。でも……俺はまちがいなく、花宮に会いたかった。そしてできれば、またこの手で抱きしめたい。そんなことを思うようになってしまっていた。

 それでもまだ俺の中で、もう一つの疑問がどうしても残ってしまう。あの時俺が抱きしめたのは、りんなのか花宮なのか? そして俺が本当に好きなのは……本当に花宮なのか?




「なんかナオ兄ぃ、帰ってきてからおとなしいよね」

 実家での夕食の時間、向かい側に座っている美久が唐突にそう言った。

「いや、そんなことはないぞ」

『あー美久ちゃんも気づいちゃったか。そうなんだよ。ナオは今青春真っ只中で、いろいろと悩み中なんだよ』

「うるせえよ」

 俺は隣のりんに毒づいた。オヤジは「はっはっは」と笑っている。でもオヤジも兄貴も特に詮索してこない。美久は相変わらず、かまってちゃんだが。

 食事を終えて、俺は自分の部屋に戻った。スマホを弄りながらしばしくつろぐ。

『なんか退屈だね……琴ちゃん、元気してるかな?』

 りんがそう呟いた。

「まあLimeは来てるけどな。元気なんじゃないか?」

『もう……そういう意味じゃなくってさ』

 すると俺のスマホが振動した。1件のLimeメッセージ。

「お、花宮からだ」

『どれどれ?』

「だから見るなって」

『いーじゃん、減るもんじゃなし』

 スマホを見ると、「今日の晩ごはん。頑張って私一人で作ったんだ」というメッセージと一緒に写真が送られてきた。カレーライスとサラダ。りんが花宮にアドバイスしたハヤシライスの応用編のようだ。

 しばらくすると、もう1件スタンプが送られてきた。ラッコのキャラクターが「会いたいよー」と言っている。なんとも可愛らしいスタンプだった。

『ふふっ……琴ちゃん、可愛いよね。ナオも会いたいでしょ?』

「……ああ、会いたいな」

 頭に浮かんだ言葉が、そのまま俺の口からこぼれた。少しの間、俺とりんの間に沈黙が生まれた。
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