上 下
47 / 94
前編

「いつもありがとう。城之内君」

しおりを挟む
「そっかぁ……感覚共有ができて、でも動きは制御できないんだ……ふーん、そういうことかぁ……」

 何故かりんがニヤニヤし始めた。なんだか良からぬことを考えていそうだ。

「どうした、りん?」

「えっ? えーと……あのさ、いつもアタシも琴ちゃんも、ナオにはお世話になってるわけじゃん?」

「りんはそうかもしれんが、花宮はそうじゃないだろ?」

「いーや、お世話になってるの!」

「なにキレてんだよ」

「だからちょっとぐらいは、お礼を言わないといけないよね」

 りんが……いや、りんが憑依した花宮が……横すわりしたまま、俺の方ににじり寄ってくる。

「りん?」

 りんはあっという間に俺との距離を縮めた。気がつくと、俺とりんの顔の距離は20センチ。

「りん……何を」

 りんは俺のシャツの胸元を軽く掴み、ゆっくりと俺の顔を見上げる。りんの……いや、花宮の……長くて綺麗なまつ毛、スッとした鼻筋、プルンとした柔らかそうな唇、瞳は潤々と揺らいでいた。俺は呼吸が止まりそうになる。目を閉じられたらどうしよう……そんな思いが、一瞬脳裏をかすめる。

「いつもありがとう。城之内君・・・・

 りんは俺の顔を上目遣いに見上げてそう言うと、俺の胸元にコテンと頭をつけた。俺は数秒間、固まったままだった。

 りんが「城之内君」とか言うから……俺の脳内がバグってしまっている。俺の胸に頭をつけているのは……花宮なのか?

 数秒後、りんの悪戯だとすぐに思い直した俺は、りんに気を飛ばして花宮の体から追い出そうと思ったのだが……俺の胸に頭をつけたりんの……いや、花宮の両方の頬と耳が消防車のボディーよりも赤くなっている。頭全体が沸騰寸前のようだった。

 するとりんが、すぐに花宮の体から離脱した。

「ご、ごめん! 自分からやってはみたけど、思ってた100倍以上恥ずかしくって……耐えられなかったよ」

 りんが勝手なことを言っている。俺の胸で顔を赤くしたままの花宮は、まだ下を向いたままだ。

「花宮、大丈夫か?」

 すると花宮はゆっくりと顔をあげ、うつろな目で俺を見上げる。口が少し開いていて……なんだこれ、めっちゃエロ可愛い!

 そして花宮の視線の焦点が合うと、「あっ……」と小さく言葉を発して俺からパッと離れた。顔は真っ赤に染まったままだ。

「も、もう! りんちゃん、なんでそういうことするかな」顔を赤くしたままの花宮は焦りまくりながら訴えている。

『ご、ごめん琴ちゃん。アタシもここまで恥ずかしくなるとは思ってなかったよ』

「まったく……りん、なにしてんだよ? もう花宮に憑依するの禁止な」

『えーー!』「えっ……」

「えーー!じゃねえよ。それに花宮もなんで『えっ……』なんだよ」

「えっと……でも私、嫌じゃ……なかったよ?」

 花宮は蚊の鳴くような小さな声でそう言った。花宮もりんも顔を真赤にしたまま、下を向いてなんだかモジモジしている。なんなんだよ、これ……俺は嘆息するしかなかった。

 そのあと花宮を落ち着かせるため、飲み物を用意した。俺はコーヒー、花宮には紅茶だ。それを飲み終わるときには、花宮は少しは落ち着いたようだった。



 しばらくすると、もう外は薄暗くなる時間になってしまったので、俺は花宮を家まで送っていくことにした。りんは悪戯をした罰としてお留守番……というのは表向きで、俺は花宮がりんに憑依されて、体調や精神的に大丈夫かどうかを確認したかった。そのためにはりんがいない方が都合がいい。

「うん、全然大丈夫。なんかね、りんちゃんが物凄く近くに感じたよ。それに念話が凄くよく聞こえた」

 完永寺へ向かう電車の中、花宮は明るく話してくれた。

「そうか。何も問題なければいいんだ。よかったよ」

「でもりんちゃん、最後にあんな悪戯するとは思ってなかったけどね」

「本当にそうだよな。あいつ、ちょっと悪戯が過ぎるところがあるんだよ」

 花宮はそう言いながらも、ちょっと楽しそうだ。俺たちは電車を降り、完永寺に向かって歩いていく。

「ねえ城之内君……あの時、ドキッとした?」

 花宮は突然、笑いながら照れくさそうに訊いてきた。

「ああ、めちゃめちゃドキドキしたよ」

「私とりんちゃんと……どっちに言われてる気がした?」

「えっ……」

 俺はあの時のことを、もう一度脳内再生してみる。

 俺はあの時、マジで脳内がバグった。「いつもありがとう。城之内君」……りんはあの時、わざわざそう言ったからだ。

「あの時りんが『城之内君』とか言うから……俺は一瞬どっちが言ってるんだって、わからなくなった」

「ふーん……そうなんだね」花宮は柔らかい笑みを浮かべる。

「でもあの時、俺……」

「うん」

「やっぱいいや」

「えっ? 何? 気になるなー」

「恥ずかしいから言いたくない」

「余計に気になるじゃない! なになに?」

「じゃあ言うけど」

「うん」

「あの時の花宮……めちゃめちゃ可愛かった」

「えっ……」

「……やっぱ言わなきゃよかった」

「うん……聞かなきゃよかったかも。恥ずかしいよ……」

 俺は花宮の顔をしばらく直視できなかった。おそらく二人とも、顔が真っ赤だっただろう。あたりが薄暗くて、ちょうどよかった。

「でもやっぱりさ」

 しばらくして、ようやく花宮が口を開いた。

「やっぱり……りんちゃん、城之内君のこと好きだと思うな」

「そうか?」

「うん。今日りんちゃんに憑依されて、なんだか余計にそう思っちゃった」

「俺には……そうは思えないけどな」

「もー……女心がわかってないなぁ、城之内君は」

 まあそこが城之内君らしいんだけどね、と言って花宮は微笑んだ。それから二人とも交わす言葉は少なくなっていった。それでも二人の間に満ち足りた空気が流れているように感じていたのは、俺だけだったのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

なかたにりえ
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

始業式で大胆なパンチラを披露する同級生

サドラ
大衆娯楽
今日から高校二年生!…なのだが、「僕」の視界に新しいクラスメイト、「石田さん」の美し過ぎる太ももが入ってきて…

女ハッカーのコードネームは @takashi

一宮 沙耶
大衆娯楽
男の子に、子宮と女性の生殖器を移植するとどうなるのか? その後、かっこよく生きる女性ハッカーの物語です。 守護霊がよく喋るので、聞いてみてください。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

処理中です...