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前編

『アタシはもう死んでるの!』

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「あっちぃなぁ……なんで夜なのに、こんなに暑いんだよ?」

『フッフッフッ、人間は大変だねぇ。アタシは暑くないよ。こういう時、霊は便利だよ』

「うわぁ……霊体にマウント取られたくねぇ……」

 俺はコンビニへ歩く道の途中、ぼやきが止まらなかった。

 7月に入ると日本列島はいきなり暑くなった。連日最高気温が35度を超えている。夕食を済ませた俺は、なにか冷たいものを買いにコンビニへ向かっているところだ。

『アタシさあ、高2になったらコンビニでバイトしようって思ってたんだよ。なんだか楽しそうじゃない?』

「そうか? コンビニとかメッチャ大変そうだろ?」

『そう? コンビニのレジとかさ、なんかいろんなお客さんが来て楽しそうだと思わない? いらっしゃいませーー、えーっと……こちらの避妊具は温めますか?』

「温めんな」

『あ、すいません、『電子レンジ不可』の表示がありました』

「だとしたらそれは避妊具じゃねえ」

 とりあえずこんなバカな店員のいるコンビニには、俺は行きたくない。

『ねえ、それでさ。テレビでやってたんだけど新しいマンゴーシャーベットが発売になったんだって! 食べてみようよ』

「マンゴーシャーベットか……俺はあまり好きじゃないけどな」

 俺とりんの不思議な「共同生活」はあいかわらず続いている。りんはなかなか成仏する気配もない。料理の時は作り方をいつも教えてもらっているので、そのお礼というわけじゃないが俺はたまに「感覚共有」して一緒に食事をするようになっていた。

 といっても霊体自身は空腹感は感じないらしい。なのでりんの方から『食べたい』とはあまり言ってこない。味が気になる食事を作った時とかに、りんが『一緒に食べてもいい?』と遠慮がちに訊いてくる程度だ。

 まあたまにはりんの好きなマンゴー味のシャーベットを一緒に食べてもいいか……そんな事を考えていたその時……

「ん?」

『あれ、なんだろ?』

 道路の右手の奥の方がやけに明るい。それにサイレンの音も聞こえてなにやら騒がしい。よく見ると火の粉が飛んでいる。

「火事っぽいな」

『行ってみようよ!』

 俺たちは足早に火が見える方角へ歩いていく。火の大きさが徐々に大きくなり、その現場に着いたときには、大勢のやじ馬がその家を取り囲んでいた。

 2階建ての一軒家。その1階部分が音を立ててかなり激しく燃えている。火の勢いは、2階の方まで上がっているのが分かる。

「お願いです! たけしが! 息子が2階にいるんです! 助けてください!」

 その家の門の前。家の中に入ろうとしている女性が、半狂乱で叫んでいた。息子さんがまだ2階にいるらしい

「危険です! 中に入らないで下さい!」

 消防隊員が中に入ろうとしているお母さんを取り押さえていた。

 俺は視線をその家の2階へ向ける。すると……2階の窓で大泣きしている男の子が見えた。4-5歳ぐらいの子供だろうか。おそらく炎に包まれて、階段で下に降りることもできないんだろう。

 悪いことに現場の路地が狭すぎて、消防車が中まで入ってこられない状況だ。ホースを伸ばして放水はしているが、一向に火の手が収まる気配がない。

 消防隊は下に救助マットを敷いている。なんとか男の子に自力で飛び降りさせたいらしい。消防隊員が下から大声で「たけし君、頑張って飛び降りるんだ!」と叫んでいるが、その男の子は恐怖に震え、動けるような状態じゃない。

「ちきしょう……あのままじゃ」

『ナオ、あの子を助けるわよ』

 りんの低い声が聞こえた。

「助けるって言ったって……どうするんだ?」

『ナオの霊壁を、頑張って広げてあの男の子に届かせて。そしたらアタシがあの子に憑依して下に飛び降りるわ。その後すぐに離脱するから、アタシを回収して』

 りんに言われて俺はもう一度2階の窓を見上げる。おそらく20m以上はありそうな距離だ。それにバリケードテープが張られているから、これ以上は近づけない。でもそうしている間に、男の子はそれこそ火が着いたように泣き叫んでいる。

「距離が遠すぎて霊壁が届きそうにないぞ。それにもし、りんが憑依できたとしても……あの男の子の状態によっては体が動かないケースだってあるんだ。それで万が一のことがもし起こったら、りんは……りんの魂は未来永劫」

『構わないわよ!!』

 りんの叫びが、俺の脳内に響く。

『アタシはもう死んでるの! でもあの子は生きてる! 生きてて『生きたい! 助けて!』って叫んでるの! あんなにちっちゃな子供がだよ! これから楽しいことだって、いっぱいあるんだよ! 助けられる可能性があるんだったら、どんな手を使ってでも助けないとダメなの! それにね、ナオ』

 りんが俺の正面に回り、俺の顔を見下ろした。

『ナオは困っている人を目の前にして、素通りできるような人じゃないでしょ?』

「クッ……」

 そんなもん……俺だってできることなら助けたいに決まってんだろ!

「よしっ、わかった。やってみよう!」

『そうこなくっちゃ』

「りん……死ぬなよ!」

『……だからもう死んでるって』

 りんは少し寂しそうな笑顔でそう言った。
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