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前編
異常な霊力
しおりを挟む「りん、おまえ……その霊力、異常だぞ」
俺は危険すら感じた。
「え? そ、そう? 照れるなぁ」
「褒めてねぇ!」
りんは視線をマンゴーパフェに移す。
「あー味が口に残ってる。やっぱり美味しいなぁ……もう一口」
「やめろよ。勝手に人の物を食べるんじゃない」
「えーなんでー? つまんないなぁー」
りんは子供のようにごね始める。
「でもさぁ。このお姉さん、すっっっごい巨乳だよ。ほら」
りんは自らお姉さんの胸を下から持ち上げて、上下に揺らす。
「りん、やめろって!」
「これ何カップぐらいなんだろ? こんなの肩凝って仕方ないよね……あ、それにほら! プラも黒だよ! 大人だねぇ」
そう言うとりんはお姉さんのVネックのシャツの谷間を少し下に引っ張った。胸の谷間があらわになり、黒いブラの上の方がちらっと見える。
「おまえいい加減にしろ!」
『きゃっ!』
俺はお姉さんの体に「気」を飛ばした。その「気」で弾き飛ばされたりんが、お姉さんの体から飛び出る。
シャツの谷間を下に引っ張ったままのお姉さんは一瞬うつろな表情だったが、少ししてから俺と視線が合う。そして俺を見たあと自分で下げたシャツの谷間を見て、また俺に視線を戻す。そしてパッと両手をシャツから放して、素早くパフェの方に向き直った。
「りん……お前、本当に無茶しやがって……」
『ごめんごめん。アタシだってあんな風になるとは思わなかったよ』
俺の横に戻ってまったく悪びれる風もないりんに、俺は説教をする。
「お前の能力はよくわかったが、もうこれから憑依はするな。いろいろと危険だ」
『えー? なんでー?』
りんはまだ理解していないようだった。
「お前が憑依している間、憑依された人間の記憶は一切残らないんだ。その記憶が残っていない間に、自分の周りにいろんな事が起こっている。これがどれだけその人に恐怖を生み出すか分かるか?」
『……そっか。そうだよね』
「実際、恐怖のあまりに人格が崩壊するケースだってあり得るんだよ。だからその霊力は使うな。それに……りん自身も危ない目に合う可能性だってあるんだ」
『? アタシも?』
「まあこれは追々説明するけど……とにかく憑依はやめろ。わかったな?」
『うん、わかった』
ちょっと言い過ぎたかもしれないが……まあこれだけいい含めておけば大丈夫だろう。俺は運ばれてきたチーズinハンバーグを口にしながら、そう思った。
◆◆◆
りんとの生活が始まってから、1週間が過ぎた。さすがに地縛霊との共同生活というイレギュラーな毎日だが、幸い今まで大きなトラブルは起こっていない。
俺はりんに教えてもらいながら、夕食を作っている。ハンバーグやパスタ、焼肉やカレーといったあまり手間のかからないメニューが多い。そして夕食は2人分作って、1食分は弁当箱に詰めて翌日学校の昼食として食べるようにしている。
いままでは学校の売店でパンを何個も買ってお昼に食べていたが、その分節約できている。りんには感謝しないといけない。
『ねえねえナオ……あのさぁ』
「ん? なんだ?」
夕食を終えて食器を洗っている俺の横で、りんが話しかけてきた。
『あのね、その……アタシも学校に行っちゃダメかな?』
「……いや、それは無理だろ」
『なんで? だってこの間一緒に買物行ったじゃん』
「いやあれはだな……必要なものを買いに」
『もうこの部屋でさ、テレビばっかり見るのも飽きてきたんだ。ねえ、絶対おとなしくするからさ。憑依とか絶対にしないし』
「うーん、そうは言ってもな」
『ねえ、お願い! この通り! 一生のお願いだから!』
「いやもう既に死んでるだろ」
りんは両手を合わせて、俺に向かって必死に頭を下げている。どうするべきか……
確かにりんを霊壁の中に入れて学校へ行くのはいろいろとリスクがある。ただ……りんが叶えられなかった楽しい高校生活の一部を見せてやれることはできるかもしれない。
まったく……俺も甘いなぁ。
「しょーがねーな。とりあえず明日一日、行ってみるか?」
『本当? やったー、嬉しい! ナオの学校、一度見てみたかったんだ! 楽しみー』
りんは心から嬉しそうに喜んでいる。俺の学校の様子を見ることで、りんが生前にやり残した後悔の念が少しは解消されるんじゃないか……俺はそうなることを祈っていた。
翌朝俺はりんと一緒にアパートを出た。駅に向かって、二人で歩いて行く。
『栄花は共学だもんね。ねえ、カッコいい男の子とかいる?』
「ああ、いるぞ。俺の友達の雄介は長身のイケメンだ。しかも久山不動産の社長の息子だ」
『へぇー、イケメン御曹司かぁ。マンガの世界だけかと思ってたけど、実際にいるんだね』
俺たちは電車に乗り、学校の最寄りの駅で降りて歩いて行く。まわりは栄花の学生だらけだ。
『そうえいば栄花の制服ってブレザーだったね。なんかブレザーもいいなぁ……女の子もシュッとして可愛い』
「そうか? 俺は伊修館のセーラー服も可愛いと思うぞ」
『ナオはセーラー服フェチなんだ』
「違うわ」
『あーアタシが生きてたらなー、いろいろ見せてあげられたのになー』
「勘違いされるような言い方するな」
『え?……ちょ、なにエッチな事考えてんのよ! もう、このエロ霊能者!』
「霊能者は関係ないだろ」
『エロを否定しなさいよ!』
「なにブツブツ言ってんだ、ナオ? 女子のスカートは短くても、中身はなかなか見えないぞ」
「……雄介か。おはよ。そんなの見てねーよ」
「おはよーさん。まあ俺は結構注意して見てるんだが……いやあれ、本当に見えそうで見えないよな」
朝から元気な雄介が声をかけてきた。
『あーこの人が『雄介』ね。なるほど、確かにすらっと長身のイケメンメガネ君だねぇ。でも頭の中、結構イタいわね』
「雄介は年上の彼女とかいるんだろ? それでもそういうの興味あるのか?」
「それはそれでまた別腹だ」
「雄介……お前見かけは本当に長身イケメンなのに、中身は単なるエロメガネだな」
「メガネは余計だ」
『二人ともエロは否定しないのね……』
俺たち二人、いや三人は朝っぱらからそんな話をしながら、学校の正門を抜けていった。
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