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前編

『結局住むことにしたんだね』

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『結局住むことにしたんだね』

「ああ、そうだ。それでな……ここに住みながら、お前が成仏できるための手伝いをしたいと思ってる」

『本当? 嬉しいなー』

 彼女は年相応の幼い笑顔を浮かべながらそう言った。

「自己紹介がまだだったな。俺は城之内尚也なおや。長いし言いづらいから、ナオでいい」

『アタシは鮎川あゆかわりん。りんでいいよ』

「りん、か。よろしくな。ところでその制服……ひょっとして伊修館いしゅうかんか?」

『せいかーい。よくわかったね。ナオは栄花学園でしょ?』

「……なんでわかった?」

『えっ? だ、だってお寺さんの息子でしょ? 当然仏教系かと思っただけなんだけど』

「ああ、まあその通りだ。それにしても……りん、その格好で学校通ってたのか? 伊修館らしくないというか、なんというか……」

 伊修館いしゅうかん学園女子高等学校といえば、このあたりでは有名なお嬢様学校だ。自営業者の社長、大企業の偉いさんや議員の子女が多く通う、富裕層御用達の女子校である。

 さらに言うと校則がかなり厳しいことでも有名で、髪染め禁止、スカートの丈を短くするのも禁止、学校内の挨拶は「ごきげんよう」等々……とにかく今のりんのルックスは、その対極にある。

『ねえねえ、私の格好そんなに変? 鏡を見ても映らないからさー。なんとなくスカートは短いかなっていうのは分かるんだけど』

 そこで俺は今のりんの見た目を細かく説明してやった。

『えっ? そうなの? あーまぁでも……それはね、多分生前の『なりたかった自分』なんだよ』

「なりたかった自分?」

『そう。伊修館ってさ、とにかく校則厳しいわけよ。もう毎日窮屈で窮屈で仕方ないわけ。それでも反発する勇気もなくってさ。だからずーっとこんな格好をしたいなーって思ってたんだよね』

「なるほど。それも後悔の一つってわけか?」

『これは後悔ってほどでもないけどね。でもこんな格好してさ、もうちょっと普通の高校生らしく遊びたかったなぁって』

 りんは寂しそうに笑う。

『学校帰りにアイスやクレープ食べに行ったりさ。仲のいい友達とプリクラとか撮ったりして。それに……彼氏とかできたらさ、一緒にデートとかしてさぁ。一緒に映画とか見たり、カフェでお茶したり、テーマパークに行ったりしてさぁ。いいなぁー、腕なんか組んじゃったりしてさ。それで観覧車に乗ってチューとかするんだよ! それで『今度は一緒に旅行に行こうか?』なんて言われてさぁ! キャーー』

「とりあえず恋愛成分が強すぎるな」

 こいつ、本当に生前は伊修館だったのか? あまりにもアホ過ぎる。

「とりあえず生前は彼氏がいなかった、ということはわかった」

『な、なによ! 悪い?』

「それはいいとして……前半部分の友達と遊びに行くこととかは、できたんじゃねーか?」

「ああ……えっとね、アタシ……友達ほとんどいなかったんだ」

 あんなにテンションが高かったリンが、一気にダークモードになった。

「なんでだ?」

 かなりアクが強いが、悪いやつではなさそうに思えるが……。

『ちょっと言いづらいんだけどね……アタシ、ぶっちゃけ『愛人』の子供だったんだよ』

 りんは寂しそうにそう呟いた。

『パパは地元で誰もが知ってる大手の建設会社の社長で、家庭のある人。ママはその愛人で、アタシはその間に生まれた子。あ、でもパパは認知はしてくれてたよ』

「そうだったのか。でも……それと友達がいなかったのとは、何か関係があるのか?」

『伊修館ってさ、言ってみればお嬢様学校じゃない? まわりは社長令嬢とか政治家の娘とかが沢山いるわけ。それで友達の親は何をしているのかってことを、皆もの凄く気にするんだ。生徒もそうだし、その親もそう』

 りんは少し悔しそうな表情になる。

『それでどうやら、アタシは愛人の子供ってことで……『付き合ってはいけない生徒』のカテゴリーに入っちゃったみたいなんだ。最初少し喋っていた友達とかもいたんだけど、やっぱり親から言われたりしたんじゃないかな。徐々にハブられる感じになっちゃってね……』

「そんなことがあるのか? 子供は子供で、親は関係ないじゃないか」

『多分普通の学校だったらそうだったかもしれないわね。でも伊修館の生徒って特殊だったから……まあ仕方ないかなぁって思ってる』

「……りんのお母さんも、辛かったかもしれないな」

『ママはアタシが中2のときに亡くなったんだ。心臓麻痺で……突然だった』

 俺は……かける言葉がすぐには見つからなかった。

『ママはスナックのオーナーだったんだ。そのスナックも、パパがパトロンだったんだけどね。毎日夜遅くまで働いて、アタシを育ててくれた。それでも生活費とかアタシの学費を払うのには足りなくて、パパがいつも経済的にサポートしてくれてたみたい』

 暗い表情だが、りんは一つ一つ言葉を紡いでいく。

『そんな事情だったからアタシはめったにパパには会えなかったけど、それなりに幸せだったんだよ』

「りんはお母さんと一緒に、ここに住んでいたのか?」

『ううん、もうちょっと広いマンションに住んでたんだけど……ママが亡くなってから広いマンションに一人で住んでたら、アタシなんだかママのことを思い出して寂しくなっちゃってね。パパも家庭があるし私を引き取れないから、この小さいアパートを手配してくれたんだ』

「そうだったんだな……大変だったな」

『そうかな。でもこうして思い出してみると、大変だったかもだね』

 りんは他人事のようにそう言って、やわらかく笑った。

「ところで、りん自身が亡くなったのっていつだ?」

『2ヶ月くらい前かな?』

「聞きにくいんだが……亡くなった原因を聞いていいか?」

『えっ?』

 りんが一瞬驚いたような表情をする。

『え、えっと……交通事故で』

「交通事故?」

『そう。アタシは歩行者信号のついた横断歩道を自転車で渡ってたんだけど、トラックが信号無視して突っ込んできて……気がついたらこの部屋でこの姿になってたんだ』

「そうか。それも大変だったな」

『うん……そうかも』

 りんはちょっと複雑そうな表情を浮かべた。
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