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No.47:「そっち行っても、いい?」

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「そうだ、忘れてました」

 僕は勉強机に行って、引き出しの中から紙袋を取り出してきた。
 袋にはリボンがついている。

「これ、一応誕生日プレゼントです」

「えー本当に?」

「あんまり高いもの買えなくて……申し訳ないんですけど」

「もー……いいのに……」

 すみかさんは、少し目を潤ませた。

「開けてもいい?」

「もちろんです」

 23歳の女性に送るのには、申し訳ないぐらいの品物だ。
 僕が選んだのは、シュシュが2つ。
 薄いピンクの花柄と、淡いブルーの花柄だ。

 セミロングヘアのすみかさんは、食事の時よく黒いゴムで髪をとめている。
 だからシュシュなら使ってくれるかなと思った。

「可愛い……」

 すみかさんは髪をまとめていた黒いゴムを外して、代わりにピンクのシュシュをつけた。

「どう?」

「可愛いですよ」

「ホントに? うれしーなー」

 ピンクのシュシュをつけたすみかさんは、ちょっと幼く見えた。
 清楚で、可愛かった。

「そうだ、もう一つは翔太郎君につけてあげよう!」

「はい?」

 自分のベッドから例の人形を持ってきて、その長い首にシュシュをつけた。
 シュールさが5割増しになった。
 とりあえず喜んでもらえて、よかった。

 それから僕たちはデザートのアイスとコーヒーを用意して、いろんな話をした。
 僕の学校の話や、小さい頃の話。
 すみかさんの大学生活の話や、実家に住んでいた時の話。

 それでも就職活動の話になると、どうしてもすみかさんの声のトーンが一つ下がってしまう。

「すみかさん。約束してくれますか?」

「ん? なあに?」

「教師になる夢、絶対に諦めないでくださいね」

「翔君……」

「すみかさんは教師になれます。素養と能力があります。ただ今までちょっと運が悪かっただけです」

「……」

「そうじゃなかったら、僕は将来に夢が持てません。こんな不条理がまかり通る世の中なんて、生きてて楽しくないと思います」

「……」

「だから絶対に教師になって下さいね。僕の未来のためにも」

 すみかさんは、下を向いてしまった。
 しばらく鼻をすする音が聞こえた。

「ありがとう、翔君」

 顔をあげて、すみかさんはそう言った。

「翔くんは、いつも私に力をくれるね」

「本当にそう思ってます?」
 僕はおどけて言った。

「思ってるよぉ」

 すみかさんは泣き笑いの表情を浮かべた。
 それでも泣いてるだけよりは、ずっといい。
 やっぱり僕は、すみかさんの笑顔が見たいんだ。

 僕が食器を洗って、すみかさんに拭いてもらった。
 それからテレビを見ながら話をしていたら、もう11時過ぎ。
 順番にシャワーを浴びて、寝る準備をした。

 今日のすみかさんは、例の白いロングTシャツ1枚。
 いつも通りピンクのブラが透けて見える。
 そういえば、すみかさんって寝るときにブラをつけて寝るんだな。
 普通はどうなんだろ?
 って、誰に聞けばいいんだ?

 僕は明日学校がある。
 もう寝ることにした。
 すみかさんも今日運動をして、疲れたようだ。
 一緒におやすみなさいと声をかけて、それぞれのベッドに入った。

 10分ぐらい経っただろうか。

「翔君?」

 仕切りのカーテン越しに、すみかさんの声がした。

「どうかしましたか?」

「えっと……まだ12時過ぎてないよね」

 スマホの時計を確認する。
 23:55と表示されている。

「ええ、まだですね」

「じゃあ、まだお願い聞いてくれる?」

 そういえば今日1日、何でも言うことを聞く約束だったっけ。

「はい、いいですよ」

「えっと……そっち行っても、いい?」

「はい?」

 ちょっと変な声が出てしまった。

 すみかさんが、隣で布団から出る音が聞こえる。
 そのまま仕切りを回って、僕の横へやってきた。
 枕を両手で胸に抱えて。

「あのね……そういう……こと、するってことじゃなくてね」

「はい」

「隣に……一緒に寝てもいい?」

 つまりは、添い寝したいってことかな。

「はい、仰せのままに」

 僕は掛け布団をめくって、スペースを開けた。
 僕の左側に枕を置いて、すみかさんが滑り込んできた。

 僕の肩に頭を乗っけてくる。
 すみかさんの胸が、僕の胸と腕の上に乗っかる。
 この間、熱を出した時と同じだ。
 これはまた……ご褒美なのか、拷問なのか。

「翔くん、あったかいね」

「すみかさんも、あったかいですよ。いい匂いがします」

 すみかさんは、ふふっと笑った。

「翔君、あのね……私、ちゃんとした大人になりたいんだ」

 ちゃんとした大人?

「すみかさん、ちゃんとした大人ですよね?」

「ううん、全然だよ。だって言葉が悪いけど、今はフリーターのキャバ嬢だもん」

 ああ、そういう意味か。

「ちゃんとした社会人になってから、それからいろんな事をしないといけないと思うの。そうじゃないと、私も……まわりの人も、嫌なんじゃないかって」

 僕は何も答えられなかった。

「ごめんね。面倒くさい女で」

「そんなこと思ってませんよ」
 僕は笑って答えた。

「翔君、今日はありがとね」

 すみかさんは、眠そうだ。

「今日一日、本当に楽しかった。私、今日の誕生日のこと、一生忘れないよ」

 声が少し、涙声になっていた。

「絶対に……忘れないから……」

 そういうと、すみかさんは僕の肩の上でスースーと寝息をたて始めた。

 僕はすみかさんの寝顔を見ながら。
 涙の跡を見ながら。
 心の底から祈った。

 どうか。
 どうかこの人に。
 幸せが訪れますようにと。
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