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No.02:Boy Helps Girl

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 俺は息を大きく吸い込んだ。
 初手が肝心だ。

「よぉ!」

 俺は大声で、努めて陽気に片手をあげる。
 たまに遊びに来る、俺の親戚のおじさんのように、だ。
 おじさんは長野県から来るのに、お土産はいつも「ちんすこう」だ。
 まあどうでもいいが。

 男3人組は面食らったままフリーズしている。
 美少女もびっくりしたまま、きょとんとした表情だ。

 その距離、約13メートル。

 俺はどんどん距離を縮める。
 とにかく意表をつくことだ。

「なんだ、おめー?」

 金髪が声を上げる。
 俺は歩みを止めない。

 その距離8メートル。

「なあ、知ってるか?」

 その距離5メートル。

「この30メートル先に、交番があるんだ」

 男は3人とも、「交番」というワードに一瞬たじろぐ。

 その距離3メートル。

「そ、それがどうしたんだよ?」

 ツーブロックの声が焦っている。その距離1メートル。

「ああ、だからな」

 その距離30センチ。

「逃げるぞ!」

 その距離をゼロにして、おびえる美少女の手を強引に引っ張って走り出す。

「えっ? えっ?」

 とまどう美少女に声をかける。

「20秒、死ぬ気で走ってくれ!」

 俺は構わず彼女の手を強引に引っ張り続ける。
 その体型、引き締まった足からすると、20秒の全力疾走に耐えうるはずだ。
 サンダルもヒールが低いから問題ないだろう。
 腕っぷしの弱い俺に、ケンカの選択肢は最初から外してある。

「え?」「ちょ?」「まっ?」とか言ってる美少女と一緒に、俺も全力疾走だ。
 時間にしてきっかり20秒。
 目的地の交番の入口は開いたままだ。
 俺たちは中に飛び込んだ。

「すいません、彼女が変な連中に絡まれているので助けてもらえませんか?」
 俺は一息に吐き出した。

 ラッキーなことに若い巡査が一人座っていた。
「なにっ?」と椅子から跳ね上がって外に出て行ったところに、追っかけてきた3人組が鉢合わせした。

「おっと」「うわ」「やべ」

 巡査が「君たち!」と叫ぶと、3人組は綺麗にUターンし、一目散に逃げ去っていく。
 その様子を俺は美少女と二人で、交番の中から眺めていた。
 とりあえず問題解決だ。

「大丈夫だったか?」

 俺は美少女の顔を見た。
 近くで見たら、本当にとんでもなくかわいい。
 走ってきたせいだろう。
 頬が少しピンク色になっているが、肌が透き通るように白い。
 潤んだ瞳は自分の手元を見つめている。

 その視線の先を追っていく。
 俺の左手が、まだ彼女の右手をがっちりホールドしたままだった。

「わ、悪りぃ!」

 俺はそう叫ぶと、慌てて彼女の手を離した。
 ぼーっとしていた様子の彼女は一瞬で我に返る。
 ハッとした様子で離された左手を右手で包み込み、ゆっくりと胸元へ引き寄せた。

「ごめん、いきなり手を握っちまって! キモかったよな! ほんとスマン!」

 俺は全力で謝った。
 美少女は両手を胸元に引き寄せたまま、うつむき加減でふるふると首を横に振った。
 絹のような黒髪がふさふさと揺れる。
 心なしかまだ頬が紅潮したままだ。よっぽどキモかったんだろう。

「今日は一人で来たのか?」

 彼女はコクンと頷く。

「そうか。でも今日はこんなことがあったから、家に帰ってまた出直した方がいいぞ。あの連中まだその辺にいるかもしれないし。お巡りさんに駅まで送ってもらうように言っておくからな」

 俺は若い巡査に訳を言って、彼女を駅まで送ってもらうように頼んでおいた。
「そんじゃ気をつけてな」と美少女に軽く手をあげ、俺は交番を出る。

「あのっ!」

 と声が聞こえたが、後のことはあの巡査に任せたほうがいいだろう。
 俺はそのまま立ち去った。
 だから彼女の呟きは全く聞こえなかった。

「か、カッコイイ……」
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