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No.64:最終話 私が守るからね

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「おお、安定の味だな。うまいぞ」

「そう。よかった」

 週末、私たちは例の市立図書館にいた。
 私が作ったアップルパイを頬張った宝生君は、ご機嫌のようだ。

「それにしても、月島のお父さん凄いな。採用担当の人間が、びっくりしてたぞ。一級建築士で、勤怠管理から給与計算、社会保険に関する知識もある人間なんて、今まで会ったことないって」

「あー、まあ小さい会社で何でもやらされてるって言ってたからね。なんでも屋みたいな感じになってるんじゃないのかな?」

「いや、うちとしてもそういう人物を探していたんだ。細かい知識は担当者に任せるとして、トップとして全体的な知識もあるバランスがとれた人材っていうのは、なかなかいないものらしい」

 先日宝生君から受け取った求人票を見たお父さんは大喜びで、かなり乗り気だった。
 さっそく面接に行ってきて、好感触だったらしい。
 
 ただ、今まで長年知り合いのところで働かせてもらっていたので、そこを辞めるというのも心苦しいと言っていた。
 でも……待遇があまりにも違うらしい。
 提示されたお給料が、今の3倍程度だそうだ。
 そりゃあ転職しない理由がないよね。

「でもお給料がいいってことはさ、それだけ重労働なんじゃない?」

「実務的な忙しさということであれば、そうでもないと思う。給料の大半が『責任料』のようなものだ。必要なのは、管理能力だからな」

「ふーん……ファミレスのバイトとは、違うんだね」

「ああ、そりゃ違うな」

 転職するにしても年内は今の会社できっちりと引き継ぎをして、年明けからと考えているようだ。
 新しい会社の方もちょうど年明けから本格稼働らしいので、時期的にはちょうどいいらしい。

「でもさ……本当になにからなにまで、ありがとね」

「ん? お父さんの件は、全く関係ないだろ? 本人に能力があって、ウチの会社もその人材が欲しかっただけだ」

 宝生君は、なんでもないことのように言ってくれた。
 こんなに良くしてもらっているのに……私は何も恩を返せてない。

「ところでさ、今更なんだけど……なんで内緒で助けてくれたの?」

「なんでって……結局は俺が勝手にやりたかっただけなんだろうけどな。それに俺が助けるって言ったら、月島は『いらない』って言うだろ?」

「そうは言ってもさ……私、なにもお返しできないよ」

「だからそういうのが嫌だったんだよ。俺は見返りとかそんなことより、月島を助けたかった。なお且つ、これからも対等でいたかった。それだけだ。でも結局バレちまったけどな……会社名のロゴにグループ名が入っていたなんて、全く盲点だったぞ」

「私も偶然見つけたんだよ……でも結果的に、本当に助かったんだ。学校やめたり、新しい公立高校に編入するとか、考えただけでも大変だったもん」

「そりゃそうだろう。それこそ受験どころじゃなくなるぞ」

 何でもない事のように言ってくれてるけど、きっと私のためにどれだけの労力と費用をかけてくれたんだろう。
 本当に感謝してもしきれない。

「そういえば……月島、今度家に遊びに来ないか?」

「? 今度、皆で映画を見に行くじゃない」

「そうじゃなくて……その、親父に紹介したいんだよ」

「えっ……」

「嫌か?」

「い、嫌じゃないけど……」

 宝生グループのトップとお会いするってことよね。
 私、大丈夫かな……。

「ちょっと緊張するかも……」

「親父はそこまで厳しくないぞ。それに……俺も知らなかったんだけど、お袋も実は貧しい家の出自だったらしい」

「え? そうなの?」

「ああ。だから言われたぞ。女を選ぶ時は、外見の美しさで選んでは駄目だって」

「それ、遠回しに私はブサイクって言ってる?」

「そうは言ってないだろ。その……内面の美しさや強さを見ぬけって。だから紹介したいんだよ。自信を持ってな」

「宝生君……」

 彼にこんな事を言われる日が来るとは思わなかった。
 私は……こんな人に思われて、いいんだろうか。

「ありがと。失礼がないように、用意してお邪魔するね」

「ああ。別にいつも通りでいいぞ。そのままの月島でいい」

 もう……。
 さらっとそういう事言うの、やめてほしい。

 宝生君は、アップルパイを食べ終えた。
 そろそろ帰る時間だ。
 私は宝生君の鞄を持つ。
 彼は松葉杖を使って、立ち上がった。

 2人でホームセンターの駐車場まで歩く。
 松葉杖で歩く宝生君は、かなり大変そうだ。
 腕の筋肉がパンパンになる、と嘆いていた。

 交差点で信号待ちをする。
 そう、たしかここだ……

「事故にあったんだよね、ここで」

「そうだな。よかった、今日は誰もいない。またベビーカーがあったら、どうしようかと思ったぞ」

「やめてよ」
 私は笑った。

「でもさ……もう危ないことはしないでね」

「俺だって、やりたくてやった訳じゃないぞ」

「そうなんだけどさ……」

 私は彼の顔を横目にみる。
 幸い周りには誰もいない。

「ねえ、ちょっと耳かして」

「ん? なんだ?」

 彼は耳を寄せてきた。
 私は口を寄せて、囁いた。

「今度もし宝生君が危ない目に会いそうだったら、私が守るからね」

 そういって、彼の頬にキスをした。

「!」

 驚いた顔で私を見つめる宝生君。

「どうせなら、口にしてくれよ」

「ちょ、ちょっと」

 彼は松葉杖を右の脇にはさみ、左の手のひらを私の後頭部に添える。
 そして私の唇をすばやく奪った。

 通り過ぎていく車のクラクションが聞こえる。
 それでも……私は彼のキスに酔いしれていた。
 


*次話エピローグにて、本作品は完結となります。 


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