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No.59:意識不明

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 土曜日の夕方、私はまだ一人で悶々としていた。
 宝生君になんて言うべきだろう……。

 学校では隣の席だ。
 あの距離では……いろんなことは話しづらい。

「そうだ」

 明日は日曜だ。
 宝生君、時間あるかな?
 お好み焼きなんかじゃ、とてもお礼になってない。
  
 またアップルパイでも作ったら、食べてくれるだろうか?
 そんなの全然足りない事ぐらい分かってる。
 でも……本当にそれぐらいしか、思いつかない。

 どうして話してくれなかったのと思う反面、宝生君らしいとも思った。
 もう一度、ちゃんとお礼とお詫びを言わないと。 
 私なんかのために……。

 先に宝生君の予定を聞かなくちゃね。
 私がスマホを手にとった瞬間、ブルブルと振動した。

「きゃっ」

 私はびっくりして、スマホを落としそうになった。
 画面の表示を見ると、柚葉からの音声通話だ。

「もしもし? 柚葉?」

「華恋! 大変なの! 宝生君が! 宝生君が!」

「え……」

 宝生君が図書館近くの大通りで車に跳ねられた。

 
 意識不明の重体……


 うそ……
 うそだよね……。

「いま宝生君は、集中治療室にいるの。華恋、急いで!」

「……」

「華恋!」

「ご、ごめん。どこに行けばいいのっ!」

「吉田記念病院、わかるわよね? そこの302号室の隣が集中治療室だから」

「わかった! すぐ行く!」

 私はそのまますぐにドアに向かった。
 そしてスニーカーを履いて駆け出した。
 病院へ行くこと以外、何も考えていなかった。
 手にはスマホだけ握りしめたまま。

 私は走りながら、最短時間で行く方法を考える。
 バス? いや、土曜日は本数が少ない。
 タクシーだ。

「あ……お財布」

 お財布を家に置いてきた。
 家に戻る?

「いや、吉田記念病院だったら」

 走ろう。
 それが多分一番早い。
 
 中学の時、私は陸上部の長距離ランナーだった。
 足には自身がある。

 私は走りだした。
 夢中で走った。
 とにかく急がないと!
 一分、一秒でも!

 なんで?
 どうして宝生君がそんな目に?

 集中治療室?
 イヤだよ!
 死んじゃイヤだ!

 助けてくれてありがとうって、言えてない!
 こんな私のために、ありがとうって!
 それに……大事な気持ちも伝えてない!

 どうして?
 ねえ、どうして?
 どうして神様は、私から大事な人ばかりを奪うの?
 お母さんだけで十分じゃない!

 いい子にするから!
 勉強だってするから!
 大学を出たら、一生懸命働くから!

 だからお願い!
 神様、宝生君を助けて!
 お願いします!

 心臓が破れそうに痛い。
 それでも私は走り続ける。
 宝生君に会いたい!
 お願い、生きてて!
 お願いだから!
 
 何分ぐらい走り続けただろうか。
 私は無意識に、吉田記念病院への最短距離を走っていたようだ。
 病院の建物が見えてきた。

 入り口の自動ドアが開くのがもどかしい。
 中に滑り込むと、そのまま階段を探した。
 エレベーターなんて、待ってられない。

 階段を一気に駆け上がる。
 302号室、3階だろう。
 302……302……

 「あった!」

 荒い呼吸を収めようとする。
 集中治療室はどこ?
 見当たらない。

「はあ、はあ、はあ」

 302号室のプレートを見る。
 「宝生秀一」と書いてあった。
 私はドアをノックする。

「どうぞ」

 中から女性の声がした。
 あれ? この声って……

 私はドアを開けて、中に入った。
 すると……ベッドの上で宝生君が横になっていた。
 片方の足には包帯が巻かれて、少し高く上げられていた。

 その横で、柚葉が満面の笑みで座っている。

「18分53秒! はい、私の勝ちー。宝生君、マクド奢ってよ」

 柚葉が弾んだ声で、そう言った。

「ね? だから言ったでしょ? 柚葉だったら、走って20分以内に来るって」

「……驚いたな……」

「中学の時ね、長距離ランナーで早かったんだよ、華恋」

 そういうと柚葉は立ち上がり、立ち尽くしていた私のそばに寄ってきた。

「素直にね。華恋」

 柚葉は私の肩をポンと叩いてそう言うと、宝生君に「それじゃあね」とだけ言って病室を出ていってしまった。
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