上 下
14 / 65

No.14:返して

しおりを挟む

 数日後、学校のお昼休み時間。
 今日も私と柚葉のところに、ハリー君が加わっている。

「月島さん、これメッチャ美味しいよ! これ売ってたら、僕毎日でも買いに行くレベル」

「うん、美味しいね。華恋のアップルパイ、久しぶりだよ。相変わらず上手だね」

 私は昨夜、久しぶりにアップルパイを作った。
 もちろん今日の宝生君の予定を聞いてからだったけど。
 出来の良い物は、夕方宝生君に渡す分として取ってある。
 残った分を試食も兼ねて、柚葉とハリー君に食べてもらうことにした。
 おおむね好評のようだ。
 ほっと胸をなでおろす。

「久しぶりって……三宅さん、前にも月島さんのアップルパイ食べたことあるの?」

「うん。中学の時、華恋よく家に遊びに来てたんだよ。その時たまに作ってきてくれてたよね」

「そうそう。なんか懐かしいね。一緒に勉強してたもんね」

「でもなんか前のと少し違うような……なんだろ……あ、わかった。シナモンが入ってないんじゃない?」

 ギクッ……柚葉の味覚は鋭かった。

「そ、そーなの。シナモン切らしちゃって」

「そっか。でも美味しいよ。私がシナモン好きってだけだから」

 もちろんシナモンは家にある。
 あえて使ってないだけだ。

「でもどうしたの? 急にこんなの作ったりして」

「え? べ、べつに。たまには、ね」

「好きな人でも、できたりして?」

「ええっ!? つ、月島さん、好きな人とかいるのっ?」

 なぜかハリー君の声が大きくなった。

「ち、ちがうから! たまたま……そう、たまたま近所の人からね、リンゴをたくさん頂いたの。だから傷んじゃうまえに、アップルパイでも作っとこうかなって」

「へぇー、リンゴなんてシーズン過ぎてるのにね。でもいいなぁ、わたしリンゴ大好きだから羨ましい」

「そうだったんだ……好きな人に作ったわけじゃないんだね……」

「ハリー、焦りすぎ」

「べ、べつに焦ってなんかないよっ」

 好きな人、か……。
 私もいつか、好きな人にアップルパイとか焼いて食べてもらうようになるんだろうか……。

 ちょうどその時、予鈴がなった。
 同時に宝生君が教室へ戻ってきた。
 好きな人じゃないけど、夕方これを食べた彼はなんて言うだろうか。

        ◆◆◆

 その日の夕方の待ち合わせ場所は、あの市立図書館だ。
 そこの休憩室は、一応飲食可能だから。

「はい、どうぞ」

「おおっ、美味そうだな。上手に出来てる」

「一応テリを出すために、卵黄も塗って焼いたからね」

「おー、なんかよくわからんけど、本格的だ」

 プラスチックケースに入った5個のアップルパイを見ながら、宝生君は目を輝かせている。
 テーブルの上には、宝生君が買ってくれた紅茶のボトルと缶コーヒーも置いてある。

「それじゃあ、いただくぞ」

「はい、どうぞ」

 宝生君はケースから1つ取って、口へ入れる。
 サクッと香ばしい音がした。

「あ……」

 宝生君が短く声を上げた。
 そのまま咀嚼を続ける。
 
 斜め下に視線を固定して、何かを考えながら口以外が動かなくなった。
 私はめちゃくちゃ緊張して、その様子を見ていた。

「ど、どう?」

「……」

「宝生君?」

「へ? あ、ああ。普通」

「普通?」

「……」

「……」

「……」

「返して」

「え? いや、ちょっと」

「こういうのもらった時は、嘘でも『美味しい』って言うようにって、教育係の人から教わらなかったの? 返して」

「いや、ちょっと待て。噛んでいるうちにきっと美味しく、だから待てって。食べるから。ちょっと、危ない! 口の中に指を入れようとするな! 待てって!」

「か・え・し・な・さ・い」

 2人でわちゃわちゃやっていると、近くで見ていた中学生らしい女の子2人組が、こっちを見てケラケラと笑っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

切り裂かれた髪、結ばれた絆

S.H.L
青春
高校の女子野球部のチームメートに嫉妬から髪を短く切られてしまう話

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

窓際の君

気衒い
青春
俺こと如月拓也はとある一人の女子生徒に恋をしていた。とはいっても告白なんて以ての外。積極的に声を掛けることすら出来なかった。そんなある日、憂鬱そうに外を見つめるクラスメイト、霜月クレアが目に入る。彼女の瞳はまるでここではないどこか遠くの方を見ているようで俺は気が付けば、彼女に向かってこう言っていた。 「その瞳には一体、何が映ってる?」 その日を境に俺の変わり映えのしなかった日常が動き出した。

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

二十歳の同人女子と十七歳の女装男子

クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。 ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。 後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。 しかも彼は、三織のマンガのファンだという。 思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。 自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。

[1分読書]彼女を寝取られたので仕返しします・・・

無責任
青春
僕は武田信長。高校2年生だ。 僕には、中学1年生の時から付き合っている彼女が・・・。 隣の小学校だった上杉愛美だ。 部活中、軽い熱中症で倒れてしまった。 その時、助けてくれたのが愛美だった。 その後、夏休みに愛美から告白されて、彼氏彼女の関係に・・・。 それから、5年。 僕と愛美は、愛し合っていると思っていた。 今日、この状況を見るまでは・・・。 その愛美が、他の男と、大人の街に・・・。 そして、一時休憩の派手なホテルに入って行った。 僕はどうすれば・・・。 この作品の一部に、法令違反の部分がありますが、法令違反を推奨するものではありません。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...