13 / 18
13
しおりを挟む
「マイネ、火事が起きる」
「いいんだ、アベル。全部燃えてもいいんだよ」
マイネは片頭になった蛇から視線を外さず答える。
「アベル、僕は森を出る前に、この悪魔をどうにかしないといけない。そうしないと、これは人里に出て人間を食う」
「そんな……」
『メレビキュア……メレビキュア……ああ、いたわしや……』
残った頭はすすり泣く声で片割れの名を呼びながら、地面に落ちた丸焦げのそれを大きな口で呑み込もうとしている。
焦げ臭さとも相まって、アベルはあまりの光景に喉奥がえずき口元を手で覆った。
いつの間にかマイネの隣に立っているピムが低音で唸っている。
「見てて、アベル」
しっかりとした口調で促され、目を逸らしたかったものへ視線を向けた。
『メレビキュア……さあ、戻ってこい、戻ってこい』
残った頭は天に向かい、ぶつぶつと何かを唱えている。するとすぐに、だらりと垂れていたもう一本の首がぴんと伸びあがり、その先端に小さな膨らみが生まれた。
それはぐちゃぐちゃと蠢きながら二つに裂け、最終的に片方より一回り小さい蛇の頭の形を成した。
アベルは瞬きも忘れ、その一部始終を見ていた。
『メレビキュアが戻って来た、戻って来た』
『ああ痛かった、痛かった。ヴィルフリート、生かしてはおけないな』
喜びを表現するようにくねくねとひとしきり絡み合う。
「これって……」
「やつらは不死身とされてる。なんせ悪魔だから」
魔法使いはいないと思っていたけれど、悪魔の存在は無意識に信じていた。それでも人々の心の中に住まうものだとばかり思っていたのに、今目の前にいるあれは何だ?
ひどく醜く、不快で、賢いのに獰猛な、生き物ではないもの。
神が作り給うたものの道理から外れる存在が、すぐ身近にいる。そして愛してしまった少年が、今あの悪魔と対峙している。
この状況が夢ならいいのにと何度目を閉じても目が覚めない。ここは常夜の森。朝など来ないのだ。
双頭に戻った蛇はこちらめがけて突進してきた。
大口を開け、短剣のような八本の牙を剥き出している。
『死ね!』
『死ね!』
マイネが杖をかざす。すると見えない何かの力によって蛇は弾き飛ばされ、燃え盛る木々に激突した。
恐ろしい悲鳴が聞こえるが、アベルの目はマイネに釘付けだ。
「マイネ、すごい……」
圧倒された。
炎といい見えない壁といい、魔法使いというのはなんと鮮やかに力を使うのだろう。
感嘆の言葉を漏らすと、マイネはアベルに薄く笑い、杖を支えにして地面に膝をついた。呼吸のたびに肩が大きく上下し、苦しそうだ。
「どうしたの? 辛いの?」
「……やつらを見失って、探すのに手こずっちゃって」
「いいんだ、アベル。全部燃えてもいいんだよ」
マイネは片頭になった蛇から視線を外さず答える。
「アベル、僕は森を出る前に、この悪魔をどうにかしないといけない。そうしないと、これは人里に出て人間を食う」
「そんな……」
『メレビキュア……メレビキュア……ああ、いたわしや……』
残った頭はすすり泣く声で片割れの名を呼びながら、地面に落ちた丸焦げのそれを大きな口で呑み込もうとしている。
焦げ臭さとも相まって、アベルはあまりの光景に喉奥がえずき口元を手で覆った。
いつの間にかマイネの隣に立っているピムが低音で唸っている。
「見てて、アベル」
しっかりとした口調で促され、目を逸らしたかったものへ視線を向けた。
『メレビキュア……さあ、戻ってこい、戻ってこい』
残った頭は天に向かい、ぶつぶつと何かを唱えている。するとすぐに、だらりと垂れていたもう一本の首がぴんと伸びあがり、その先端に小さな膨らみが生まれた。
それはぐちゃぐちゃと蠢きながら二つに裂け、最終的に片方より一回り小さい蛇の頭の形を成した。
アベルは瞬きも忘れ、その一部始終を見ていた。
『メレビキュアが戻って来た、戻って来た』
『ああ痛かった、痛かった。ヴィルフリート、生かしてはおけないな』
喜びを表現するようにくねくねとひとしきり絡み合う。
「これって……」
「やつらは不死身とされてる。なんせ悪魔だから」
魔法使いはいないと思っていたけれど、悪魔の存在は無意識に信じていた。それでも人々の心の中に住まうものだとばかり思っていたのに、今目の前にいるあれは何だ?
ひどく醜く、不快で、賢いのに獰猛な、生き物ではないもの。
神が作り給うたものの道理から外れる存在が、すぐ身近にいる。そして愛してしまった少年が、今あの悪魔と対峙している。
この状況が夢ならいいのにと何度目を閉じても目が覚めない。ここは常夜の森。朝など来ないのだ。
双頭に戻った蛇はこちらめがけて突進してきた。
大口を開け、短剣のような八本の牙を剥き出している。
『死ね!』
『死ね!』
マイネが杖をかざす。すると見えない何かの力によって蛇は弾き飛ばされ、燃え盛る木々に激突した。
恐ろしい悲鳴が聞こえるが、アベルの目はマイネに釘付けだ。
「マイネ、すごい……」
圧倒された。
炎といい見えない壁といい、魔法使いというのはなんと鮮やかに力を使うのだろう。
感嘆の言葉を漏らすと、マイネはアベルに薄く笑い、杖を支えにして地面に膝をついた。呼吸のたびに肩が大きく上下し、苦しそうだ。
「どうしたの? 辛いの?」
「……やつらを見失って、探すのに手こずっちゃって」
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く
小葉石
BL
今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。
10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。
妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…
アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。
※亡国の皇子は華と剣を愛でる、
のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。
際どいシーンは*をつけてます。
ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~
ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください
東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。
突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。
貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。
お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。
やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる