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人を避けながら小走りで街を出て、つまずきそうになりながら砂利道を行く。
森が見えてくると、いつも座る石がある辺りに数人の人だかりができている。近づくと、犬の唸り声も聞こえてきた。
見物を終えて戻っていくらしい人々とすれ違う。
「本当に美人だったな」
「娼館の親父が口説きたくても犬が邪魔だって怒ってたのは傑作だよ。……」
アベルは人々をすり抜け騒ぎの中心へ急ぐ。
「なんだ兄ちゃん、押すなよ」
「俺の知り合いかもしれないんだ、どいてくれ」
「そんなこと言って可愛子ちゃんをかっさらってくつもりか?」
下品な笑いが起こるがかまっている暇はなかった。
認めたのは、草の上にうずくまるボロ布を纏った金髪の誰か。髪は薄汚れ、顔は見えない。
アベルはへなへなと地面に膝をついた。
ぱっと見生きているのか死んでいるのかもわからない。でも生きている、美人だと誰かが話していたのだから、身動ぐところでも見たのだろう。
そしてその誰かを守るように立ちはだかるのは、グレーの大型犬だ。この犬のせいで誰も近づけずにいるらしい
「……お前、ピムか?」
こちらを睨み、唸り続けていた犬が、ピンとたった耳をひくりと動かした。
「ピムなんだな?」
目線を合わせもう一度問うと、犬は唸ることをやめる。
アベルが手のひらを差し出すと、肯定するように一度だけペロリと舐めた。
見慣れたピムの姿とはずいぶん違う。
大型ではあるが以前の姿より一回りは小さい。そしてとてもオオカミと見間違うような荒々しさはなく、完全に「犬」にしか見えないし、毛並みはくたびれて貧相だ。
けれど目は同じだ。鋭くて、純粋な獣の目。主人にしか従わず心も開かない、忠実な眼光。
「おい兄ちゃん、ほんとにあんたの知り合いなのかい?」
なんだつまらない、と背後から口々に聞こえる。
その問いに答えず、アベルはピムに語りかける。
「彼はマイネで間違いないな?」
犬は吠えもせず、じっとアベルを見つめる。それからふいとそっぽを向くと、倒れる誰かの傍らに座り込んだ。
アベルは弾かれたようにうずくまる人物に近寄る。
「マイネ」
抱き起こし、軽く揺する。身に着ける黒い外套はあちらこちらが裂け、中の衣服まで破れ素肌が見えている箇所もある。
平らな白い胸がゆっくりと上下しているのが確認でき、アベルは自然と笑顔になった。
煤で汚れた青白い顔、閉じられたまぶたを飾る扇の睫毛はまさしく焦がれていた少年のものだ。
ずっと明るい陽の元を、彼とともに歩きたかった。
「マイネ、わかる? 俺だよ」
背後からどんどん人の気配が少なくなっていく。
ピムはじっと二人の様子を見ている。
「ねえマイネ、目を開けて」
「なああんた、よければその子が目覚めたら少し話がしたいんだが」
横に知らない中年の男がしゃがみ込む。ピムは唸り、アベルはマイネを彼の視線から守るように抱きしめた。
「あんたにも紹介料を払うよ。悪い話じゃないと思うんだが」
なんの話なのかは見当がつく。アベルはマイネを抱いたまま立ち上がり、街への道を急ぐ。
「ピム、来い」
少し離れてついてきていたピムが駆け寄って来る。
無言のアベルに男はしつこく話しかけてきたが、それも街へ入るといつの間にかいなくなった。
アベルはピムを宿屋の表に繋ぎ、主人に事情を話して二人用の部屋に移らせてもらった。
森が見えてくると、いつも座る石がある辺りに数人の人だかりができている。近づくと、犬の唸り声も聞こえてきた。
見物を終えて戻っていくらしい人々とすれ違う。
「本当に美人だったな」
「娼館の親父が口説きたくても犬が邪魔だって怒ってたのは傑作だよ。……」
アベルは人々をすり抜け騒ぎの中心へ急ぐ。
「なんだ兄ちゃん、押すなよ」
「俺の知り合いかもしれないんだ、どいてくれ」
「そんなこと言って可愛子ちゃんをかっさらってくつもりか?」
下品な笑いが起こるがかまっている暇はなかった。
認めたのは、草の上にうずくまるボロ布を纏った金髪の誰か。髪は薄汚れ、顔は見えない。
アベルはへなへなと地面に膝をついた。
ぱっと見生きているのか死んでいるのかもわからない。でも生きている、美人だと誰かが話していたのだから、身動ぐところでも見たのだろう。
そしてその誰かを守るように立ちはだかるのは、グレーの大型犬だ。この犬のせいで誰も近づけずにいるらしい
「……お前、ピムか?」
こちらを睨み、唸り続けていた犬が、ピンとたった耳をひくりと動かした。
「ピムなんだな?」
目線を合わせもう一度問うと、犬は唸ることをやめる。
アベルが手のひらを差し出すと、肯定するように一度だけペロリと舐めた。
見慣れたピムの姿とはずいぶん違う。
大型ではあるが以前の姿より一回りは小さい。そしてとてもオオカミと見間違うような荒々しさはなく、完全に「犬」にしか見えないし、毛並みはくたびれて貧相だ。
けれど目は同じだ。鋭くて、純粋な獣の目。主人にしか従わず心も開かない、忠実な眼光。
「おい兄ちゃん、ほんとにあんたの知り合いなのかい?」
なんだつまらない、と背後から口々に聞こえる。
その問いに答えず、アベルはピムに語りかける。
「彼はマイネで間違いないな?」
犬は吠えもせず、じっとアベルを見つめる。それからふいとそっぽを向くと、倒れる誰かの傍らに座り込んだ。
アベルは弾かれたようにうずくまる人物に近寄る。
「マイネ」
抱き起こし、軽く揺する。身に着ける黒い外套はあちらこちらが裂け、中の衣服まで破れ素肌が見えている箇所もある。
平らな白い胸がゆっくりと上下しているのが確認でき、アベルは自然と笑顔になった。
煤で汚れた青白い顔、閉じられたまぶたを飾る扇の睫毛はまさしく焦がれていた少年のものだ。
ずっと明るい陽の元を、彼とともに歩きたかった。
「マイネ、わかる? 俺だよ」
背後からどんどん人の気配が少なくなっていく。
ピムはじっと二人の様子を見ている。
「ねえマイネ、目を開けて」
「なああんた、よければその子が目覚めたら少し話がしたいんだが」
横に知らない中年の男がしゃがみ込む。ピムは唸り、アベルはマイネを彼の視線から守るように抱きしめた。
「あんたにも紹介料を払うよ。悪い話じゃないと思うんだが」
なんの話なのかは見当がつく。アベルはマイネを抱いたまま立ち上がり、街への道を急ぐ。
「ピム、来い」
少し離れてついてきていたピムが駆け寄って来る。
無言のアベルに男はしつこく話しかけてきたが、それも街へ入るといつの間にかいなくなった。
アベルはピムを宿屋の表に繋ぎ、主人に事情を話して二人用の部屋に移らせてもらった。
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