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マイネは帽子飾りを真っ黒な外套の胸に着けた。
彼は日に一度、昼食の後に泉まで水汲みに行く。真っ暗な中を歩かねばならず気分が沈むが、外套にこの飾りを着けていれば嬉しい気分になれるのだと言う。
「水汲みなんて重労働だ。俺にもやらせてくれないか? 身体はきっと大丈夫だから」
一日中何もせず家に居座り、世話になっているだけでは申し訳ない。
もう身体で痛むところはなく、ただ大きく擦った浅い傷の痕が右腕に残っているだけだ。
そろそろ街へ案内してくれないかと話すと、傷痕が完全に消えるまではだめだと却下された。
「泉はそんなに遠くないんだろう? それに血の匂いなんてしないと思うぞ」
アベルの訴えに、外套を纏い黒ずくめになったマイネは首を横に振る。
「だめです。森の魔物はとても鼻が効く。目は悪いし光も嫌いだけれど、ほんの少しでも血の匂いがすれば寄ってくる。傷痕が残っているということは、まだあなたは本調子ではない証拠だし」
「でもただのかさぶただ」
「外の世界と夜ノ森とは、違うのです。明るい世界の道理は通用しません」
食い下がるアベルを一蹴し、マイネは玄関ドアに立てかけていた古そうな木の杖を取る。彼が松明のように頭の上にそれの上部を掲げると、ぽっと橙色の明かりが灯った。
これはヴィルフリートが置いていった杖らしい。
何日か前に君も魔法が使えるのかと問うと、マイネはとんでもないとものすごい勢いで否定した。
杖はヴィルフリートがマイネを暗い森の中で守るため、触れると魔除けの炎が灯るようにしてくれたとのことだった。
「おいで、ピム!」
しげしげと杖を眺めるアベルに構わず、マイネはピムを呼ぶ。
ピムはいつも寝てばかりのくせにマイネの命令には忠実だ。すぐに定位置の暖炉の前から走って来る。
「じゃあ、行ってきます」
「……はい、気を付けて」
ゆらゆらと、窓の外を浮かぶ橙色の明かりが遠ざかって行くのをアベルは見えなくなるまで見送っていた。
絶対に外には出ないようにと言われている。
退屈でごろりとベッドに寝転んだ。枕からは何かのハーブのいい匂いが香る。マイネがあなたがよく眠れるようにと枕の中に仕込んでくれたものだ。
実際日がな一日家の中にいるというのに寝つきはいい。ハーブの効果があるのかもしれない。ベッドもふかふかだが柔らか過ぎず、いい具合だ。
(こんなに寝心地のいいベッドを奪ってしまって、マイネは寝辛くないのだろうか)
腕を頭の下で組んで考えた。
自分はヴィルフリートの部屋で眠るからあなたはこちらを使ってと言われた。こんなに快適なベッドを元気な自分がいつまでも占領していて申し訳ない。
(そういえば、魔法使いの部屋には何があるんだろう)
夜ノ森に迷い込んだ人間を薬の原料や魔獣の飼料にすると噂されていた悪い魔法使い。けれどここでマイネと話をし、彼に対する印象は大きく変わってきた。
(極悪人ではなさそうだ。こんな噂を流されるくらいだから結構嫌なやつなのかもしれないけど、森に迷い込んだ人間は助けてやってるらしいし)
それに、とアベルは真っ暗な窓を見上げる。
マイネはとてもいい子だ。あの年頃であんなに素直でまっすぐな少年は珍しい。きっとヴィルフリートの教育が行き届いているのだろう。
アベルは立ち上がり、もう一度窓の外を確認した。大丈夫、明かりはまだ見えない。
玄関に置かれている古いブーツの片方に手を突っ込むと、冷たい金属に指先がぶつかった。掴んで取り出すと、リングで繋がれた三本の鍵が現れる。
アベルは以前、ヴィルフリートの部屋から出てきたマイネがここに鍵を隠すのをたまたま目撃していた。
(大丈夫。ちょっとだけならばれない。何も触らないし、盗らないし、歩き回らない。ただ見るだけ。魔法使いの部屋がどんな感じか、知りたいだけなんだ)
どれだかわからないので一本ずつ順に鍵を差し込むことにする。二本目で、かちゃりと手応えがあった。
彼は日に一度、昼食の後に泉まで水汲みに行く。真っ暗な中を歩かねばならず気分が沈むが、外套にこの飾りを着けていれば嬉しい気分になれるのだと言う。
「水汲みなんて重労働だ。俺にもやらせてくれないか? 身体はきっと大丈夫だから」
一日中何もせず家に居座り、世話になっているだけでは申し訳ない。
もう身体で痛むところはなく、ただ大きく擦った浅い傷の痕が右腕に残っているだけだ。
そろそろ街へ案内してくれないかと話すと、傷痕が完全に消えるまではだめだと却下された。
「泉はそんなに遠くないんだろう? それに血の匂いなんてしないと思うぞ」
アベルの訴えに、外套を纏い黒ずくめになったマイネは首を横に振る。
「だめです。森の魔物はとても鼻が効く。目は悪いし光も嫌いだけれど、ほんの少しでも血の匂いがすれば寄ってくる。傷痕が残っているということは、まだあなたは本調子ではない証拠だし」
「でもただのかさぶただ」
「外の世界と夜ノ森とは、違うのです。明るい世界の道理は通用しません」
食い下がるアベルを一蹴し、マイネは玄関ドアに立てかけていた古そうな木の杖を取る。彼が松明のように頭の上にそれの上部を掲げると、ぽっと橙色の明かりが灯った。
これはヴィルフリートが置いていった杖らしい。
何日か前に君も魔法が使えるのかと問うと、マイネはとんでもないとものすごい勢いで否定した。
杖はヴィルフリートがマイネを暗い森の中で守るため、触れると魔除けの炎が灯るようにしてくれたとのことだった。
「おいで、ピム!」
しげしげと杖を眺めるアベルに構わず、マイネはピムを呼ぶ。
ピムはいつも寝てばかりのくせにマイネの命令には忠実だ。すぐに定位置の暖炉の前から走って来る。
「じゃあ、行ってきます」
「……はい、気を付けて」
ゆらゆらと、窓の外を浮かぶ橙色の明かりが遠ざかって行くのをアベルは見えなくなるまで見送っていた。
絶対に外には出ないようにと言われている。
退屈でごろりとベッドに寝転んだ。枕からは何かのハーブのいい匂いが香る。マイネがあなたがよく眠れるようにと枕の中に仕込んでくれたものだ。
実際日がな一日家の中にいるというのに寝つきはいい。ハーブの効果があるのかもしれない。ベッドもふかふかだが柔らか過ぎず、いい具合だ。
(こんなに寝心地のいいベッドを奪ってしまって、マイネは寝辛くないのだろうか)
腕を頭の下で組んで考えた。
自分はヴィルフリートの部屋で眠るからあなたはこちらを使ってと言われた。こんなに快適なベッドを元気な自分がいつまでも占領していて申し訳ない。
(そういえば、魔法使いの部屋には何があるんだろう)
夜ノ森に迷い込んだ人間を薬の原料や魔獣の飼料にすると噂されていた悪い魔法使い。けれどここでマイネと話をし、彼に対する印象は大きく変わってきた。
(極悪人ではなさそうだ。こんな噂を流されるくらいだから結構嫌なやつなのかもしれないけど、森に迷い込んだ人間は助けてやってるらしいし)
それに、とアベルは真っ暗な窓を見上げる。
マイネはとてもいい子だ。あの年頃であんなに素直でまっすぐな少年は珍しい。きっとヴィルフリートの教育が行き届いているのだろう。
アベルは立ち上がり、もう一度窓の外を確認した。大丈夫、明かりはまだ見えない。
玄関に置かれている古いブーツの片方に手を突っ込むと、冷たい金属に指先がぶつかった。掴んで取り出すと、リングで繋がれた三本の鍵が現れる。
アベルは以前、ヴィルフリートの部屋から出てきたマイネがここに鍵を隠すのをたまたま目撃していた。
(大丈夫。ちょっとだけならばれない。何も触らないし、盗らないし、歩き回らない。ただ見るだけ。魔法使いの部屋がどんな感じか、知りたいだけなんだ)
どれだかわからないので一本ずつ順に鍵を差し込むことにする。二本目で、かちゃりと手応えがあった。
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