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恋とは2

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「あの時使ったメレの実のことだが。あんたは本気であれが」
「その話はやめてください」
「そうじゃない。聞けよ」

 思い出したくもない。耳を塞ごうとするユノンの手をライルが押さえた。

「あんたは本気であれが媚薬だと思ってるのか?」
「え?」

 耳を疑った。あれは媚薬だ。ライルがそう言ったんじゃないか。
 あんなにも中が熱くて疼いてどうしようもなくなってしまったのだから、あれを媚薬と呼ばずに何と呼ぶ。

「な、何を言ってるんですか」
「信じてたのなら謝る。すまなかった。あれが媚薬というのは、冗談だ。まさか本気で信じるとは」

 ライルは脚を組み、考え込むように口元に手を当てた。

「媚薬じゃ、ない……?」

 だったらあれは何だったのか。早く入れて中を滅茶苦茶に擦ってほしいという強すぎる欲求は。この男の男性器のことしか考えられなくなってしまったあの思考は。

「でも、確かに身体の様子が違ってました。その、……中が、すごく熱くて、どうにもならなくて」
「あんたが俺の身体を欲してたんだろ」
「あなたの身体を?」

 あの時点ではまだタリアスだけの妻だったというのに? 他の男のものをみっともなくねだり、欲しがったというのか?
 ユノンは脱力しようとする身体を奮い立たせ、起き上がった。なんとか歩いて窓を開け、露台に出る。

「ユノン、何してる」

 不適だ。妃としてこの上なく不適。これ以上恥を晒すわけにもいかない。王家のためにも、オルトアのためにも。
 ユノンは手すりに膝をかけた。

「おい、何してるって聞いてる!」
「離してください! 邪魔をしないで!」

 駆け寄ってきたライルに身体を掴んで手すりから下ろされ、尻もちをついた。ユノンは泣きながら叫ぶ。

「僕は王家の妻にふさわしくない! こんな淫乱は必要ない、お二人とも即刻新たな妃を娶るべきだ!」
「あんた、何言ってんだよ。まだ酔いが覚めないか」

 ライルに引きずられて室内に戻された。しっかりと窓を閉められ、施錠される。
 床にへたり込んだユノンを、ライルが面倒くさそうに見下ろしている。
 そうだ、自分は面倒な存在なのだ。女なら万事よかったのに。王家に嫁げば子が残せて万々歳だし、なんなら病で死んでもよかった。

「今日は花を見せようと思ったんだ。あんたに、旬のデンフィアを。見たことがあるか?」

 ライルはユノンのそばにしゃがみ込む。ユノンは顔を見られたくなくて俯き、首を横に振った。そういえば、この男との約束を破ってしまったことをまだ詫びていない。それでも、別にいいかと思った。
 とことん嫌なやつになってしまえばいい。そうして幻滅されて、婚姻を解消されればいい。
 そして自分は王宮を追われて……後はどうでもいい。考えたくない。いなくなりたい。

「大輪の白い花だ。知ってるだろう、夜に咲き、かぐわしい香りが辺り一面に立ち込める。あんたによく似合うと思った。こんなものより」

 ライルはぐしゃぐしゃになったユノンの髪から、一輪の小さな白い花を抜いた。宴の支度として挿されたものだ。

「恋をしたことは?」

 ユノンはまた首を振る。藪から棒に恋などと、この男も酔っているのだろうか。

「……恋は、よくわかりません。けれど、陛下のことを考えると、とても温かな気持ちになる。抱かれて突かれている最中も、幸福感を感じます。裏切りたくないと強く思う。これが、恋というものかもしれないと認識しています」

 嫌ってくれ。頼むから、幻滅してくれ。いくら逆らえない兄のことでも、妻の口からまで彼に対する睦言を聞きたくはないだろう。
 まずはあなたから、自分を遠ざけてくれ。
 祈るように膝の上で握った手元を見つめる。
 それでも、ライルは離れて行かなかった。手も上げず、声も荒げず、静かに言う。

「そうか。俺とは違う」

 ぽとり、とライルの手から白い花が落ちる。

「俺はな、欲しくてたまらなくなるんだ。何を犠牲にしても、どんな手を使ってでも欲しい。たとえ酷いと罵られようと、自分の手の中に入れたい。身体はもちろん、心もだ」

 静かだが、熱のこもった声だ。
 昨日、塩炭の採掘場での彼を思い出した。
 淡々と語りながらも、根底に沈むのはとてつもない熱量。冷水湖の底に密やかに沸く、熱水。

「俺の許可なくいなくなろうとするな。あんたは俺の妻だろう? こんなに機嫌取りをしているのに、なぜあんたの心は、こんなに頑なに俺を受け入れようとしない?」

 簡単に何もかも受け入れられたら、どんなにかいいだろう。
 何も考えず、生まれた時から定まっていた運命を、すべてすんなり受け入れられたなら。
 それでも、――心を、と望まれたのは、初めてのことだった。
 押し留めようとしていた気持ちが、胸の中で音も立てずに決壊する。
 流れに呑まれ、その強大な力にユノンは太刀打ちできるはずもない。

「……ライル様、ごめんなさい。今日、約束を破ってしまって、ごめんなさい……」

 引っ込んでいた涙が再び溢れ出す。
 やっぱり、嫌われたくない。温もりがほしい。愛されたい。自分だけの、誰かに。
 ライルの手が頬に伸びてきて、汚れた顔を上向かされた。

「いいんだ」

 最初声を聞くだけでも怖かったはずなのに、この声は耳に心地良い。
 覗き込んでくる深い深い色の瞳は、湖だ。湖底の熱水に、触れて溶かされたいと願った。
 涙を拭われて、ライルの唇が近づく。
 彼の唇の温度は信じられないくらいに優しく、甘かった。
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