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さいしょのさいご
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金曜、夜八時。階段を上って二階奥の角部屋へ。ボロっちくはないがやや古めのこのアパートへ来るのは二度目だ。
インターホンのボタンを押すと、控えめな声で「はい」と応答がくる。
「俺だよ。来たけど」
言うと、すぐに無言でぶつっと切れた。何か言えよと思いながらカメラを見つめていると、濃い色の扉の向こうからはぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「い、いらっしゃい。優くん」
ぎこちない声、ぎこちない笑顔の理久が扉を開けてくれた。こっちは仕事終わりそのままのくたびれスーツだってのに、さらにその上を行くくたびれ具合のスウェットなんかだるだると着やがって。
その上少し見ない間に髪が伸びた。色もかなり明るくなっている。
「……おう。なんかちょっと変わったな」
二十年来の俺と理久の付き合いだ。構わないだろうと遠慮なくじろじろ眺めていると、理久は長めのさらさら前髪を弄りながら居心地悪そうにごにょごにょ喋る。
「これね。お任せで頼んでみたらこうなった」
「りっくんのくせに色気づきやがって」
「いいから早く入れよ」
腕を引っ張られるようにして部屋に上がった。狭い1Kだが学生の一人暮らしには十分だ。
去年ここへの引っ越し作業を手伝ったが、その時より物の位置が定まったのかすっきりとして見違えるようだ。……というより、物がない。
「断捨離でもした? 学校の道具しかないんじゃん?」
ラグの上に適当に鞄を放り、壁際に寄せられたベッドに腰を下ろした。あの時はあんなに大量の段ボールがこの部屋を占拠していたのに。
ベッド、小さな木のテーブル、本棚。めぼしい家具といえばそれだけ。廊下兼炊事ができるのか不思議なほどに狭いキッチンには小さな冷蔵庫、そして確か洗濯機はベランダだ。
「クローゼットに入り切るようにいっぱい捨てたんだよ。……まず身の回りから、変えていこうと思って」
最後の方は萎んで聞き取りにくい声だった。
理久は小さな冷蔵庫からペットボトルの茶を出してきてコップに注いでくれる。ベージュのラグの上にもさもさした深緑色のクッションを二つ並べて、そのうちの一つに腰を下ろした。
「どうぞ」
ことん、と俺の方にコップを置いて、理久は自分用の方をじっと見下ろす。
こいつはもうこんなことができるのか、と感心した。当たり前だがやっぱりいつまでも子どもじゃないんだな、理久も。
「ありがとな」
ベッドから立ち上がり、隣のクッションに胡坐をかいて座る。理久が顔を上げてこっちを見た。ほんの少し開いた唇に、自分のものを重ね合わせる。理久がびくりと震えたのがわかった。
「……なに、今の」
身体を離してから、理久が自分の唇に触れている。明らかに動揺している。それもそうか。理久の話が本当なら、キスだって未経験のはずだ。
「何もない時の不意打ちのキスだ。これぞ恋人だろ」
「なにそれ。変な持論。優くんだけだろ」
理久は顔を背ける。付き合ってなければ何もない時にこんなことするかよと突っ込んでやりたかったが、かわいそうなくらい赤くなった顔に免じてやめた。
「風呂借りようかな」
「えっ」
麦茶を流し込みながら呟くと、理久は弾かれたようにこっちを見た。
「お前入った?」
「うん、一応……」
もにょる声に勘付く。
これは、上手くできなかったな。
しかし何のために俺が呼ばれたのかというと、きちんとこの年下の幼馴染を良い方向に導いてやるためだ。こんなこと、嫁も子もいる俺が言えたこっちゃないのはわかっているのだが。
「タオル貸して。あとなんか着るやつ」
「うん」
麦茶のコップを置いて、もう一度唇を触れ合わせた。理久の顔は変わらず赤かったが、今度は何も言わなかった。
全部脱いでと言うと理久は素直に裸になった。オレンジの常夜灯の下、ベッドの上で正座し俯く。
緊張してるんだな。そりゃそうか。
「尻こっち向けて」
「えっ? ……冗談……?」
服を脱いだ俺の股を凝視しながら、理久がさっと顔を青ざめさせた。「絶望」って書いてある。
まあわかるよ。俺の、たぶんデカい方だしな。人に向かってケツを突き出すこともそうそうないし。
「穴を解さないでどうやってこれを入れるんだよ」
「いや、自分でやったから」
「上手くできたのか? 初めてなのに? 童貞処女なのに?」
「……もう、わかったから」
この一瞬で色々と葛藤もあったろう。だが、理久は案外大人しく後ろを向いて四つん這いになった。だって俺を呼んだのは理久だもんな。恥ずかしさより、やるべきことの方が大事だもんな。
「えらいぞ。羞恥の克服は良いセックスへの第一歩だ。まずは合格だな」
「なんだよ、合格って。……ひっ」
差し出された白い肉を、両手で掴んで揉んでみた。理久は小さく息を呑み込んだ。
「……やらかいけど固い。若いケツだ」
「や、だ……優くん、そんなに色んなケツ知ってんの……?」
知ってる。ヤリチンだったわけじゃないが、大学時代は人並みに一人暮らしの部屋に当時の恋人を連れ込んでいた。三人と付き合ったけど、誰とも長く続かなかった。
就職して嫁と出会う前は、自分は男にしか欲情しないゲイなんだと思っていた。
「優、くん……いつまで揉んでんの」
理久が震える声で問う。振り向く目は俺を非難している。けれど、心の底から嫌がってるわけじゃないだろう? だって、お前は俺に抱かれたかったんだから。
「可愛いケツ、愛でさせてくれよ。俺の好物なんだから」
わざと舌なめずりをすると、理久は視線を逸らして顔を枕に埋めた。尻だけを高く突き出す体勢で、もじもじと腰を揺する。
「なに? 足りない?」
「……ばーか」
単に恥ずかしいのかもしれない。くぐもった声は枕に吸い込まれた。
白くてまろやかな尻に軽く歯を立てると、腰が大きく揺れた。
「あっ、なにっ? 痛いって」
ちょっと怒りながらこっちを振り向く理久に構わず、舐めながらやわやわ甘噛みする。じゅる……と啜るような音を立ててやると、口元を押え蕩けたようにまたベッドに上体を預けた。
「……ふ……んんっ……」
枕に顔を押し付けて必死に声を押し殺している。可愛いことをするもんだ。
「理久、我慢しないで。声、出せよ」
あんまり可愛くて、理久に覆い被さった。可愛い尻にすでにギンギンになったブツをゴリゴリやりながら、耳元に息を吹きかける。
「やっ、やだ、だめだって」
理久が身を捩って嫌がる。吐息の混じった声が嫌に色っぽい。なんとなく、昔からこいつはこうなるような気がしてた。
我ながら五つも下のガキ相手にどんな気起こしてたんだとは思うが、そう感じてしまったもんは仕方ないよな。俺の予感は的中した。
理久は男に抱かれる素質があったんだ。
「だめなの? やめる?」
うなじを吸いながら訊ねると、首を横に振った。
「だ、め。……やめない」
真っ赤な顔だ。涙を滲ませた目で俺を見て、消えそうな声で言う。
そうだよ、こいつはやめない。恋人みたいなセックスを教えてくれって頼んできたのは理久の方からだ。
恋人はまだできたことがないが一度経験してみたい、優くんに抱かれるなら構わないと、電話越しに声を震わせていた。
「ここにさ、入れてみたかったの?」
「……あ……」
後孔にそっと指を這わすと、理久はぶるりと震えた。伏せられた睫毛が、怯えるようにゆっくりと閉じたり開いたりする。
可愛いな。小さいころから理久は泣きそうになるといつもこうなる。
「……ゆう、……ちゃ……」
理久の声は濡れていた。もう子どもじゃない。理久は自分で望んでセックスをしたがっている。
どうしよう。興奮してきた。
「理久、すっげ可愛いよ。昔からお前のこと可愛いって思ってたけど、まさか俺とお前がこんなことになるなんてな」
「ん、……う……」
顔を傾けさせてキスをする。舌を絡めながら指を奥に鎮めようとすると、恥じらい拒むように襞がきゅっと窄まった。
隣のクラスのあまり喋ったことのない男子が好きだと打ち明けられたのは、理久が中二の頃だ。
忘れもしない、かなり暑い日だった。俺の実家に遊びに来た理久は変な柄のタンクトップを着ていて、痩せた胸板をのぞかせながら冷凍庫から勝手に取ってきた棒アイスを食っている。
俺は理久の貧相だが発展途上の身体に興味津々だったが、なんとか年長者としての威厳を保とうと努めていた。
男が好きなのかと訊ねると、頷く。
俺はとても驚いた。驚いたが、まあそこまで不思議には思わなかった。近所のお兄ちゃんとして理久の誕生から自我の芽生えまですべて見守ってきたが、こいつが女子に興味を示すところなんて見たことがなかったから。
一瞬悩んだが、俺は実は自分もそうだと打ち明けた。
当時大学一年になっていた俺は、告白されて付き合っている同期の男もいた。
――優くんもそうなの?
理久が顔をぱっと明るくしたのをよく覚えている。この頃、理久は俺のことを「優にいちゃん」でなく「優くん」と呼ぶようになっていた。
俺も理久も一人っ子で、こいつが俺の後を優にいちゃん優にいちゃんとついてくるのが可愛くてたまらなかった。ぱっちりおめめにさらさら髪のお人形みたいだったりっくん。小さい頃はよく女の子に間違われていた。
だが俺が進学のために家を出て一人暮らしを始め、盆に戻って来た時には理久の髪はスポーツ刈りになっていて、背も俺に追いつきそうな高さに伸びていた。そしてもう、にいちゃんとは呼んでくれなくなっていたのだ。
これが喪失感か、と初めて感じる感情を俺は迷いもなく名状することができた。俺は変わる。そして同じように、理久も変わっていく。
――ああ、そうなんだ。付き合ってるやつもいるよ。
ショックを抑え込んでちょっと得意げに言うと、理久はまた顔を輝かせる。けれどここで期待を持たせると、愛しい弟分の理久が泣きを見てしまうことになる。なんたって多感な時期だ。
――今は秘密にしておけよ。辛いだろうがな。
中学生なんて一番野蛮な年代じゃないか。
やつらは異分子を発見したらどんな過激な私刑を加えてくるかわからない。排除することでなく、虐げることを目的として楽しむ残虐極まりない性質なのだ。
もし俺の可愛い理久がそんなやつらの標的にされても、離れて暮らす俺は守ってやることができない。だから最善のアドバイスがこれだと信じる。
――やっぱり、黙ってた方がいいかな。
――いいに決まってる。男はそいつだけじゃないんだぞ? もしどうしても辛くて辛くて仕方ない時は、優にいちゃんに頼れよ。電話とかしてきていいから。
理久はそっかと小さく呟いて寂しそうに笑った。つきんと胸が痛む。本当は背中を押してやるのが良いんだろうけどな。俺には理久を危険に晒すことはできないよ。
――優くんに相談してよかったよ。
納得はいかないが、納得しなければならない。そんな調子で理久は独り言のように言い、溶けてきたアイスを赤い舌で舐め上げた。
その様子が妙にエロかったのだ。おそらくやつを凝視する俺の目は血走っていたかもしれない。
汗くさい中学生のガキに何ときめいてんだと自分を律したが、本能で感じてしまったものは否定できないだろう。
間違いなく理久は、あの時点ですでに、無意識に男を惹きつける何かを持っていた……のだと思う。
「…あっ、……あ、優くん、やだ、変……」
ちゅ、くちゅ、とわざと音を立てて割れ目をなぞってやると理久はいやいやと首を振った。
やっぱり顔を見たいからと仰向けにし、ローションでぬるぬるにした穴の中に指を突っ込む。半勃ちの理久のムスコがぴくりと反応した。
「ひっ、あ……」
理久は天井を見上げて目を剥いた。
指に感じる、押し返そうとするような抵抗。思った通り、全然解れていない。
「理久、悪い子だな。自分でできるって言ったくせに、全然じゃん」
「……あっ、ああ……」
理久は尻をきゅんと締めた。
「こんなんじゃ、俺のが入るわけねえだろが」
関節を曲げ、腹の裏を押してやるとひっくり返った声が上がる。
「うあっ、なに、ここっ?」
「いいだろ?」
「や、やだ、だめな気がする……!」
泣き出しそうな顔を見下ろしながら、いいところを探る。
「ふっ、あ、やだぁ……っ」
「顔、隠すなよ」
「むりむりむり、恥ずかしいから!」
顔の上に置かれた腕を無理やり除けてやった。薄暗がりでもわかるくらい、理久の頬は赤い。
「可愛い可愛い彼氏のエロい顔、見てたいって思うのが普通なんだけど」
「彼氏……」
「でも今回は勘弁してやるよ」
うわ言のように繰り返した理久の濡れた唇に、キスをした。腹の中と同じくらいに熱い温度。ぬるぬるの舌同士を絡ませて、わざと下品な音が立つように吸う。湿った息が顔にかかる。下半身がどんどん苦しくなる。
「……んっ、……んむ……」
理久は抵抗を止めた。いつの間にか両肩に理久の手が置かれている。少しだけ唇を離すと閉じられていた目が開き、切ない感じで見上げてきた。
「ごめん。俺、下手だろ? 優くん俺の相手すんのしんどくない?」
可愛い。しんどいわけがないのに。馬鹿だな。
「なんで笑った?」
「べつに」
軽く頬にキスして、身体を起こした。次は何をするのかと理久の表情が強張る。
今日は初心者相手に余計なことはしないようにしようと思っていたけれど、無理だ。もっと可愛い顔が見たい、可愛い声が聞きたい。
理久の両膝に手を乗せ、大きく割った。
「いっ、入れるの?」
「まだ」
完全に勃っている理久のムスコ。せっかくビンビンだが、入れる側は俺だ。でも可愛い理久の一部だし、違う穴になら入れてやってもいい。
ちんこを掴み、ばくりといった。
「やっ、ちょっ、なになに? ゆうくん……や……!」
理久が身体を起こして俺を見て、またすぐにばたりと倒れた。びくびくと内腿が震えている。
これはかなり気持ちいいはずだ。俺も初めてやられた時にはすぐに昇天した。唾液を絡め、唇をすぼめて扱きながら後ろの穴も弄ってやる。
「だめ、まって、出そう」
俺の頭に手を乗せて引き剥がそうとしてくるが、上手く力が入っていない。
三本の指でゆっくりとピストンしながら、じゅっ……じゅっ……と扱いてやる。理久はぶるぶる震えながら悲鳴じみた高い声を上げた。
「あ、……あ、やめ、もう出る……っ!」
ふにゃふにゃな声の後、口の中にどろりと濃い液体が流れ込んできた。鉄っぽくて、青臭い味。これが、理久の味。
「優くん、出して」
慌てたようにティッシュの箱を差し出されたが、せっかくの理久の初夜だ。吐き出すのは粋でない気がしてそのまま飲み込んだ。
べっ、と舌を突き出すと、泣き出しそうに顔を歪める。
「ばか……」
「セックスっていうのは、どれだけ馬鹿になれるかだ」
その時が来たと俺のムスコが跳ねる。理久を押し倒し、膝を抱え上げて穴と先端をくっつけた。
「入れるけど」
いい? のつもりで理久を見下ろすと、怖がってるのを隠そうともしない顔でかすかに頷いた。さっき散々可愛がってやったちんこは濡れたままでぐったりしている。
今また元気にしてやると、声に出さずに理久のちんこに誓う。
「痛いかな」
消え入りそうな声だ。ギンギンのものを持って入口にぐちゅぐちゅ馴染ませていたが、不安そうなので一旦手を止めた。
「痛かったら止めるから言って」
「止めないで」
不安そうなくせに、すぐさま首を振る。ちょっと笑ってしまった。
「痛い思い出にはしたくないなあ」
「でも俺は、初めては優くんがいいって思ってたんだよ。だからさ」
今日しかないじゃん、と理久は口を尖らせて続けた。
そうだ、今日しかないのだ。今日だけ。恋人同士なのは、今日だけ。
ぐん、と腰を進めた。理久が「ひっ」と小さく息を漏らす。
「入れる」
「……ん……」
一番張り出た雁首が、もう少しで全部潜り込む。理久は肘をついて上体を少し起こし、股間を見下ろしながら浅い息を繰り返す。
「理久、もうちょいだ」
かなりきつい。けれど、早く入りたい。気持ちいい。興奮する。だって、理久の身体だぞ? 俺は理久を抱けるんだぞ?
そう思うと、いたわってやる気持ちなんて吹っ飛んだ。もう十分解したじゃないか。
もう一度ぐんと突くと、怯える小動物みたいだった理久の顔が歪んだ。
「ああっ! やっ、……」
一番の引っかかりが理久の中に入り込んだ。そのままずぶずぶと腰を進める。
「あ……あ……」
理久が下腹の上に手を置き、顔をくしゃっとさせた。
もう行き止まりというところまで進んで、俺の腰骨と理久の尻がぶつかった。
「だ……め、ゆうく、ちょっ、待って。やっぱいったん抜いて。腹、やばい」
理久は苦しそうに胸を上下させる。汗で額に張り付いた前髪を指で払ってやった。
「どうやばいの?」
入れたまま動かさず訊ねた。
理久の体の中が温かい。こんな場所に迎え入れてくれたことに本当は感無量だが、それを悟られないよう冷静を装う。
「……いっぱいで、破れそう。苦しい。少しでいいから、抜いて」
「無理」
だってさっき、止めるなって言ったじゃないか。
哀願する理久を無視し、腰を引いて打った。
ローションがぐちゅんと音を立てる。
「ひっ……!」
理久が変な具合に空気を呑み込んだ。少しだけかわいそうになる。でも、止めてやらない。止めてやれないのだ。
「理久……理久、お前の中、めっちゃいいよ」
お前は知らないだろう? お前の中はすごいんだよ。まだ誰も受け入れたことのない肉を、俺は全部残さず味わいたいんだよ。
手を伸ばし、萎えたままの理久を擦る。揺さぶられる腹の上で、徐々に力を取り戻していく。
「……あっ、あ、あ、ゆう、に、ちゃ……」
懐かしい呼び名を聞いた気がした。
理久が両目尻から涙を流している。泣いているのか?
「痛い?」
「ちがう……」
左右に首を振る。乱暴に涙をぬぐうもんだから理久の腕まで濡れている。
「すき、なんだ。ほんとはずっと……」
波みたいに絶えないエロい音の合間に、すぐに消えてしまった小さな声だ。でも、しっかりと拾えた。耳に残って、よくわからないけれどみぞおちの辺りにすっと落ちる。
理久はすき、すき、と子どものように繰り返す。何度でも、飽きるまで気に入った言葉を唱え続ける、小さな子どもみたいだ。
……俺も、と言えたら、どんなにかよかっただろう。
「うん、ありがとう。……ありがとな」
それしか言えなかった。恋人だとか言っておいて。結局俺はそこまで踏み込めない。
これが何年早かったら、と何度も頭をよぎった。けれどそこで思い浮かぶのは、嫁と最近這い始めたばかりの子どもの顔だ。
こいつらに出会わなかった未来なんて想像できない。間違いなく、今俺の世界の中心にいるのは家族なのだ。理久じゃない。
「……ゆう、にいちゃん……」
理久が手を伸ばしてきた。腰を打ち付けるのを止めないまま顔を寄せると、目元を拭われた。
「ごめんね、俺、迷惑かけてる」
くしゃくしゃの顔だ。どうして理久が謝る?
拭われた目元が冷たい。その時、目から落ちた雫がぽたりと理久の胸を濡らした。
俺は泣いているのか? 悲しいのか? なにが? 幸せなのに? ……よくわからなかった。
理久を抱き締め、肌を重ねた。ひんやりと一瞬冷たいのに、すぐに互いの体温で熱くなる。理久の耳元に唇を寄せた。
「もう、ぐっちゃぐちゃ」
理久の中も、俺の中も。ぐっちゃぐちゃのどろどろだ。混沌はもうこのまま全部混ざってしまえばいい。だって今だけなんだから。
朝になれば、すべておわる。俺たちの恋人ごっこも、このよくわからない感情も。朝日を浴びて、浄化されて、泡のように溶けて消えてしまうに違いないのだ。
「……あっ、ゆう……ちゃ……」
理久が唇を突き出してきた。迷わず貪るように吸う。苦しい呼吸を交換しながら、俺は夢中になって理久に腰を打ち続けた。
「俺さ、ちょっと前から考えてたんだけど。受けてみようと思うんだ。この前の」
玄関で靴を履いて立ち上がると、壁に寄り掛かって腕組みをした理久が穏やかに言った。ドア横の擦りガラスの小窓から差す朝日が、理久の明るい色の髪を透かす。
「この前って?」
「話したじゃん、同期のさ、小森っていうんだけど」
俺の手から靴ベラを受け取った理久は、数時間前の濃厚な情事の色香をうっすら残している。仕草が気だるげなのだ。初めて酷使した尻が痛いからかもしれない。でも、表情は心なしか明るい。
「俺が昔の男を忘れられなくてもいいから、付き合ってほしいんだって。友達でもいいから、って。生理的に無理でなければまず付き合って、それから好きになってほしいんだってさ」
無茶苦茶だよなと笑う顔は寂しそうだ。好意をかわす口実に忘れられない昔の男がいるなんて話したのか。理久もなかなかじゃないか。
「いいやつなのか?」
なぜだが尋問めいた口調になる。俺にそんなことをする権利なんてないのに。
理久は少し目を丸くしてから、また小さく笑った。
「うん、すっごくね。俺が風邪ひいたとき、学校休んで俺んとこ来てんの。んで、色々買い込んできてくれて、冗談で嫁かよって言ったらさ、……ああ、もう話したよな」
理久の声のトーンが落ち着いた。
そうだ、そうなのだ。思い出した。小森はいいやつだ。実物なんか知らないけど、俺もそう思う。下衆な俺なんかより、ずっとずっとできた人間じゃないか。
嫁かよと言われて、小森は真顔で嫁になりたいと理久に告白したのだ。理久になら突っ込まれても構わない、と。けれどできれば突っ込みたいとすぐに白状したそうだ。
そして理久は、昔の男が忘れられないと振った。それでも小森は理久へのアタックをやめなかった。
「俺、小森と付き合う」
理久の声は晴れやかだ。重く引きずっていたものを断ち切ったのだ。それが何だか、俺もよくわかっている。
「昔の男は吹っ切れそうか?」
「うん」
「……そうか。初彼氏だな。おめでとう」
「ありがとう」
理久の笑顔が眩しい。握手して、扉を開けた。朝の空気が入り込み、きんと頬を刺した。
「優くん、ありがとう。恵さんとサナちゃんにもよろしく」
おうよ、と答えると、一瞬理久は俯いて黙り、すぐに顔を上げた。
「またね」
「ああ。元気で」
扉が閉まる一瞬前、手を振る理久の表情が歪んだ。それに気付かない振りをして、廊下を行く。
またね、なんて返せない。俺は酷いやつだ。理久が可愛くて仕方ないのに、背中を押してやらなかった。家族まで作ったのに、それなのに理久に漬けこんで身体を抱いた。
「……最悪」
誰にでもない、自分に聞かせるための言葉だ。
俺はもうこのアパートへは来ない。呼ばれても行かない。実家が近所だからまた理久と顔を合わせることもあるだろうが、二人きりで会うことはない。一生、家族を幸せにする。
……これが贖罪であり、俺の幸せでもあるのだ。
階段を下り、細い道を行く。早く帰らなければ。掃除をして、買い出しも済ませて、昼過ぎにあいつらが実家から帰って来るのを待つ。
俺は、俺が築いたものたちと歩いていく。
滲む目元に朝日が眩しくて、目を細めて歩いた。
インターホンのボタンを押すと、控えめな声で「はい」と応答がくる。
「俺だよ。来たけど」
言うと、すぐに無言でぶつっと切れた。何か言えよと思いながらカメラを見つめていると、濃い色の扉の向こうからはぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「い、いらっしゃい。優くん」
ぎこちない声、ぎこちない笑顔の理久が扉を開けてくれた。こっちは仕事終わりそのままのくたびれスーツだってのに、さらにその上を行くくたびれ具合のスウェットなんかだるだると着やがって。
その上少し見ない間に髪が伸びた。色もかなり明るくなっている。
「……おう。なんかちょっと変わったな」
二十年来の俺と理久の付き合いだ。構わないだろうと遠慮なくじろじろ眺めていると、理久は長めのさらさら前髪を弄りながら居心地悪そうにごにょごにょ喋る。
「これね。お任せで頼んでみたらこうなった」
「りっくんのくせに色気づきやがって」
「いいから早く入れよ」
腕を引っ張られるようにして部屋に上がった。狭い1Kだが学生の一人暮らしには十分だ。
去年ここへの引っ越し作業を手伝ったが、その時より物の位置が定まったのかすっきりとして見違えるようだ。……というより、物がない。
「断捨離でもした? 学校の道具しかないんじゃん?」
ラグの上に適当に鞄を放り、壁際に寄せられたベッドに腰を下ろした。あの時はあんなに大量の段ボールがこの部屋を占拠していたのに。
ベッド、小さな木のテーブル、本棚。めぼしい家具といえばそれだけ。廊下兼炊事ができるのか不思議なほどに狭いキッチンには小さな冷蔵庫、そして確か洗濯機はベランダだ。
「クローゼットに入り切るようにいっぱい捨てたんだよ。……まず身の回りから、変えていこうと思って」
最後の方は萎んで聞き取りにくい声だった。
理久は小さな冷蔵庫からペットボトルの茶を出してきてコップに注いでくれる。ベージュのラグの上にもさもさした深緑色のクッションを二つ並べて、そのうちの一つに腰を下ろした。
「どうぞ」
ことん、と俺の方にコップを置いて、理久は自分用の方をじっと見下ろす。
こいつはもうこんなことができるのか、と感心した。当たり前だがやっぱりいつまでも子どもじゃないんだな、理久も。
「ありがとな」
ベッドから立ち上がり、隣のクッションに胡坐をかいて座る。理久が顔を上げてこっちを見た。ほんの少し開いた唇に、自分のものを重ね合わせる。理久がびくりと震えたのがわかった。
「……なに、今の」
身体を離してから、理久が自分の唇に触れている。明らかに動揺している。それもそうか。理久の話が本当なら、キスだって未経験のはずだ。
「何もない時の不意打ちのキスだ。これぞ恋人だろ」
「なにそれ。変な持論。優くんだけだろ」
理久は顔を背ける。付き合ってなければ何もない時にこんなことするかよと突っ込んでやりたかったが、かわいそうなくらい赤くなった顔に免じてやめた。
「風呂借りようかな」
「えっ」
麦茶を流し込みながら呟くと、理久は弾かれたようにこっちを見た。
「お前入った?」
「うん、一応……」
もにょる声に勘付く。
これは、上手くできなかったな。
しかし何のために俺が呼ばれたのかというと、きちんとこの年下の幼馴染を良い方向に導いてやるためだ。こんなこと、嫁も子もいる俺が言えたこっちゃないのはわかっているのだが。
「タオル貸して。あとなんか着るやつ」
「うん」
麦茶のコップを置いて、もう一度唇を触れ合わせた。理久の顔は変わらず赤かったが、今度は何も言わなかった。
全部脱いでと言うと理久は素直に裸になった。オレンジの常夜灯の下、ベッドの上で正座し俯く。
緊張してるんだな。そりゃそうか。
「尻こっち向けて」
「えっ? ……冗談……?」
服を脱いだ俺の股を凝視しながら、理久がさっと顔を青ざめさせた。「絶望」って書いてある。
まあわかるよ。俺の、たぶんデカい方だしな。人に向かってケツを突き出すこともそうそうないし。
「穴を解さないでどうやってこれを入れるんだよ」
「いや、自分でやったから」
「上手くできたのか? 初めてなのに? 童貞処女なのに?」
「……もう、わかったから」
この一瞬で色々と葛藤もあったろう。だが、理久は案外大人しく後ろを向いて四つん這いになった。だって俺を呼んだのは理久だもんな。恥ずかしさより、やるべきことの方が大事だもんな。
「えらいぞ。羞恥の克服は良いセックスへの第一歩だ。まずは合格だな」
「なんだよ、合格って。……ひっ」
差し出された白い肉を、両手で掴んで揉んでみた。理久は小さく息を呑み込んだ。
「……やらかいけど固い。若いケツだ」
「や、だ……優くん、そんなに色んなケツ知ってんの……?」
知ってる。ヤリチンだったわけじゃないが、大学時代は人並みに一人暮らしの部屋に当時の恋人を連れ込んでいた。三人と付き合ったけど、誰とも長く続かなかった。
就職して嫁と出会う前は、自分は男にしか欲情しないゲイなんだと思っていた。
「優、くん……いつまで揉んでんの」
理久が震える声で問う。振り向く目は俺を非難している。けれど、心の底から嫌がってるわけじゃないだろう? だって、お前は俺に抱かれたかったんだから。
「可愛いケツ、愛でさせてくれよ。俺の好物なんだから」
わざと舌なめずりをすると、理久は視線を逸らして顔を枕に埋めた。尻だけを高く突き出す体勢で、もじもじと腰を揺する。
「なに? 足りない?」
「……ばーか」
単に恥ずかしいのかもしれない。くぐもった声は枕に吸い込まれた。
白くてまろやかな尻に軽く歯を立てると、腰が大きく揺れた。
「あっ、なにっ? 痛いって」
ちょっと怒りながらこっちを振り向く理久に構わず、舐めながらやわやわ甘噛みする。じゅる……と啜るような音を立ててやると、口元を押え蕩けたようにまたベッドに上体を預けた。
「……ふ……んんっ……」
枕に顔を押し付けて必死に声を押し殺している。可愛いことをするもんだ。
「理久、我慢しないで。声、出せよ」
あんまり可愛くて、理久に覆い被さった。可愛い尻にすでにギンギンになったブツをゴリゴリやりながら、耳元に息を吹きかける。
「やっ、やだ、だめだって」
理久が身を捩って嫌がる。吐息の混じった声が嫌に色っぽい。なんとなく、昔からこいつはこうなるような気がしてた。
我ながら五つも下のガキ相手にどんな気起こしてたんだとは思うが、そう感じてしまったもんは仕方ないよな。俺の予感は的中した。
理久は男に抱かれる素質があったんだ。
「だめなの? やめる?」
うなじを吸いながら訊ねると、首を横に振った。
「だ、め。……やめない」
真っ赤な顔だ。涙を滲ませた目で俺を見て、消えそうな声で言う。
そうだよ、こいつはやめない。恋人みたいなセックスを教えてくれって頼んできたのは理久の方からだ。
恋人はまだできたことがないが一度経験してみたい、優くんに抱かれるなら構わないと、電話越しに声を震わせていた。
「ここにさ、入れてみたかったの?」
「……あ……」
後孔にそっと指を這わすと、理久はぶるりと震えた。伏せられた睫毛が、怯えるようにゆっくりと閉じたり開いたりする。
可愛いな。小さいころから理久は泣きそうになるといつもこうなる。
「……ゆう、……ちゃ……」
理久の声は濡れていた。もう子どもじゃない。理久は自分で望んでセックスをしたがっている。
どうしよう。興奮してきた。
「理久、すっげ可愛いよ。昔からお前のこと可愛いって思ってたけど、まさか俺とお前がこんなことになるなんてな」
「ん、……う……」
顔を傾けさせてキスをする。舌を絡めながら指を奥に鎮めようとすると、恥じらい拒むように襞がきゅっと窄まった。
隣のクラスのあまり喋ったことのない男子が好きだと打ち明けられたのは、理久が中二の頃だ。
忘れもしない、かなり暑い日だった。俺の実家に遊びに来た理久は変な柄のタンクトップを着ていて、痩せた胸板をのぞかせながら冷凍庫から勝手に取ってきた棒アイスを食っている。
俺は理久の貧相だが発展途上の身体に興味津々だったが、なんとか年長者としての威厳を保とうと努めていた。
男が好きなのかと訊ねると、頷く。
俺はとても驚いた。驚いたが、まあそこまで不思議には思わなかった。近所のお兄ちゃんとして理久の誕生から自我の芽生えまですべて見守ってきたが、こいつが女子に興味を示すところなんて見たことがなかったから。
一瞬悩んだが、俺は実は自分もそうだと打ち明けた。
当時大学一年になっていた俺は、告白されて付き合っている同期の男もいた。
――優くんもそうなの?
理久が顔をぱっと明るくしたのをよく覚えている。この頃、理久は俺のことを「優にいちゃん」でなく「優くん」と呼ぶようになっていた。
俺も理久も一人っ子で、こいつが俺の後を優にいちゃん優にいちゃんとついてくるのが可愛くてたまらなかった。ぱっちりおめめにさらさら髪のお人形みたいだったりっくん。小さい頃はよく女の子に間違われていた。
だが俺が進学のために家を出て一人暮らしを始め、盆に戻って来た時には理久の髪はスポーツ刈りになっていて、背も俺に追いつきそうな高さに伸びていた。そしてもう、にいちゃんとは呼んでくれなくなっていたのだ。
これが喪失感か、と初めて感じる感情を俺は迷いもなく名状することができた。俺は変わる。そして同じように、理久も変わっていく。
――ああ、そうなんだ。付き合ってるやつもいるよ。
ショックを抑え込んでちょっと得意げに言うと、理久はまた顔を輝かせる。けれどここで期待を持たせると、愛しい弟分の理久が泣きを見てしまうことになる。なんたって多感な時期だ。
――今は秘密にしておけよ。辛いだろうがな。
中学生なんて一番野蛮な年代じゃないか。
やつらは異分子を発見したらどんな過激な私刑を加えてくるかわからない。排除することでなく、虐げることを目的として楽しむ残虐極まりない性質なのだ。
もし俺の可愛い理久がそんなやつらの標的にされても、離れて暮らす俺は守ってやることができない。だから最善のアドバイスがこれだと信じる。
――やっぱり、黙ってた方がいいかな。
――いいに決まってる。男はそいつだけじゃないんだぞ? もしどうしても辛くて辛くて仕方ない時は、優にいちゃんに頼れよ。電話とかしてきていいから。
理久はそっかと小さく呟いて寂しそうに笑った。つきんと胸が痛む。本当は背中を押してやるのが良いんだろうけどな。俺には理久を危険に晒すことはできないよ。
――優くんに相談してよかったよ。
納得はいかないが、納得しなければならない。そんな調子で理久は独り言のように言い、溶けてきたアイスを赤い舌で舐め上げた。
その様子が妙にエロかったのだ。おそらくやつを凝視する俺の目は血走っていたかもしれない。
汗くさい中学生のガキに何ときめいてんだと自分を律したが、本能で感じてしまったものは否定できないだろう。
間違いなく理久は、あの時点ですでに、無意識に男を惹きつける何かを持っていた……のだと思う。
「…あっ、……あ、優くん、やだ、変……」
ちゅ、くちゅ、とわざと音を立てて割れ目をなぞってやると理久はいやいやと首を振った。
やっぱり顔を見たいからと仰向けにし、ローションでぬるぬるにした穴の中に指を突っ込む。半勃ちの理久のムスコがぴくりと反応した。
「ひっ、あ……」
理久は天井を見上げて目を剥いた。
指に感じる、押し返そうとするような抵抗。思った通り、全然解れていない。
「理久、悪い子だな。自分でできるって言ったくせに、全然じゃん」
「……あっ、ああ……」
理久は尻をきゅんと締めた。
「こんなんじゃ、俺のが入るわけねえだろが」
関節を曲げ、腹の裏を押してやるとひっくり返った声が上がる。
「うあっ、なに、ここっ?」
「いいだろ?」
「や、やだ、だめな気がする……!」
泣き出しそうな顔を見下ろしながら、いいところを探る。
「ふっ、あ、やだぁ……っ」
「顔、隠すなよ」
「むりむりむり、恥ずかしいから!」
顔の上に置かれた腕を無理やり除けてやった。薄暗がりでもわかるくらい、理久の頬は赤い。
「可愛い可愛い彼氏のエロい顔、見てたいって思うのが普通なんだけど」
「彼氏……」
「でも今回は勘弁してやるよ」
うわ言のように繰り返した理久の濡れた唇に、キスをした。腹の中と同じくらいに熱い温度。ぬるぬるの舌同士を絡ませて、わざと下品な音が立つように吸う。湿った息が顔にかかる。下半身がどんどん苦しくなる。
「……んっ、……んむ……」
理久は抵抗を止めた。いつの間にか両肩に理久の手が置かれている。少しだけ唇を離すと閉じられていた目が開き、切ない感じで見上げてきた。
「ごめん。俺、下手だろ? 優くん俺の相手すんのしんどくない?」
可愛い。しんどいわけがないのに。馬鹿だな。
「なんで笑った?」
「べつに」
軽く頬にキスして、身体を起こした。次は何をするのかと理久の表情が強張る。
今日は初心者相手に余計なことはしないようにしようと思っていたけれど、無理だ。もっと可愛い顔が見たい、可愛い声が聞きたい。
理久の両膝に手を乗せ、大きく割った。
「いっ、入れるの?」
「まだ」
完全に勃っている理久のムスコ。せっかくビンビンだが、入れる側は俺だ。でも可愛い理久の一部だし、違う穴になら入れてやってもいい。
ちんこを掴み、ばくりといった。
「やっ、ちょっ、なになに? ゆうくん……や……!」
理久が身体を起こして俺を見て、またすぐにばたりと倒れた。びくびくと内腿が震えている。
これはかなり気持ちいいはずだ。俺も初めてやられた時にはすぐに昇天した。唾液を絡め、唇をすぼめて扱きながら後ろの穴も弄ってやる。
「だめ、まって、出そう」
俺の頭に手を乗せて引き剥がそうとしてくるが、上手く力が入っていない。
三本の指でゆっくりとピストンしながら、じゅっ……じゅっ……と扱いてやる。理久はぶるぶる震えながら悲鳴じみた高い声を上げた。
「あ、……あ、やめ、もう出る……っ!」
ふにゃふにゃな声の後、口の中にどろりと濃い液体が流れ込んできた。鉄っぽくて、青臭い味。これが、理久の味。
「優くん、出して」
慌てたようにティッシュの箱を差し出されたが、せっかくの理久の初夜だ。吐き出すのは粋でない気がしてそのまま飲み込んだ。
べっ、と舌を突き出すと、泣き出しそうに顔を歪める。
「ばか……」
「セックスっていうのは、どれだけ馬鹿になれるかだ」
その時が来たと俺のムスコが跳ねる。理久を押し倒し、膝を抱え上げて穴と先端をくっつけた。
「入れるけど」
いい? のつもりで理久を見下ろすと、怖がってるのを隠そうともしない顔でかすかに頷いた。さっき散々可愛がってやったちんこは濡れたままでぐったりしている。
今また元気にしてやると、声に出さずに理久のちんこに誓う。
「痛いかな」
消え入りそうな声だ。ギンギンのものを持って入口にぐちゅぐちゅ馴染ませていたが、不安そうなので一旦手を止めた。
「痛かったら止めるから言って」
「止めないで」
不安そうなくせに、すぐさま首を振る。ちょっと笑ってしまった。
「痛い思い出にはしたくないなあ」
「でも俺は、初めては優くんがいいって思ってたんだよ。だからさ」
今日しかないじゃん、と理久は口を尖らせて続けた。
そうだ、今日しかないのだ。今日だけ。恋人同士なのは、今日だけ。
ぐん、と腰を進めた。理久が「ひっ」と小さく息を漏らす。
「入れる」
「……ん……」
一番張り出た雁首が、もう少しで全部潜り込む。理久は肘をついて上体を少し起こし、股間を見下ろしながら浅い息を繰り返す。
「理久、もうちょいだ」
かなりきつい。けれど、早く入りたい。気持ちいい。興奮する。だって、理久の身体だぞ? 俺は理久を抱けるんだぞ?
そう思うと、いたわってやる気持ちなんて吹っ飛んだ。もう十分解したじゃないか。
もう一度ぐんと突くと、怯える小動物みたいだった理久の顔が歪んだ。
「ああっ! やっ、……」
一番の引っかかりが理久の中に入り込んだ。そのままずぶずぶと腰を進める。
「あ……あ……」
理久が下腹の上に手を置き、顔をくしゃっとさせた。
もう行き止まりというところまで進んで、俺の腰骨と理久の尻がぶつかった。
「だ……め、ゆうく、ちょっ、待って。やっぱいったん抜いて。腹、やばい」
理久は苦しそうに胸を上下させる。汗で額に張り付いた前髪を指で払ってやった。
「どうやばいの?」
入れたまま動かさず訊ねた。
理久の体の中が温かい。こんな場所に迎え入れてくれたことに本当は感無量だが、それを悟られないよう冷静を装う。
「……いっぱいで、破れそう。苦しい。少しでいいから、抜いて」
「無理」
だってさっき、止めるなって言ったじゃないか。
哀願する理久を無視し、腰を引いて打った。
ローションがぐちゅんと音を立てる。
「ひっ……!」
理久が変な具合に空気を呑み込んだ。少しだけかわいそうになる。でも、止めてやらない。止めてやれないのだ。
「理久……理久、お前の中、めっちゃいいよ」
お前は知らないだろう? お前の中はすごいんだよ。まだ誰も受け入れたことのない肉を、俺は全部残さず味わいたいんだよ。
手を伸ばし、萎えたままの理久を擦る。揺さぶられる腹の上で、徐々に力を取り戻していく。
「……あっ、あ、あ、ゆう、に、ちゃ……」
懐かしい呼び名を聞いた気がした。
理久が両目尻から涙を流している。泣いているのか?
「痛い?」
「ちがう……」
左右に首を振る。乱暴に涙をぬぐうもんだから理久の腕まで濡れている。
「すき、なんだ。ほんとはずっと……」
波みたいに絶えないエロい音の合間に、すぐに消えてしまった小さな声だ。でも、しっかりと拾えた。耳に残って、よくわからないけれどみぞおちの辺りにすっと落ちる。
理久はすき、すき、と子どものように繰り返す。何度でも、飽きるまで気に入った言葉を唱え続ける、小さな子どもみたいだ。
……俺も、と言えたら、どんなにかよかっただろう。
「うん、ありがとう。……ありがとな」
それしか言えなかった。恋人だとか言っておいて。結局俺はそこまで踏み込めない。
これが何年早かったら、と何度も頭をよぎった。けれどそこで思い浮かぶのは、嫁と最近這い始めたばかりの子どもの顔だ。
こいつらに出会わなかった未来なんて想像できない。間違いなく、今俺の世界の中心にいるのは家族なのだ。理久じゃない。
「……ゆう、にいちゃん……」
理久が手を伸ばしてきた。腰を打ち付けるのを止めないまま顔を寄せると、目元を拭われた。
「ごめんね、俺、迷惑かけてる」
くしゃくしゃの顔だ。どうして理久が謝る?
拭われた目元が冷たい。その時、目から落ちた雫がぽたりと理久の胸を濡らした。
俺は泣いているのか? 悲しいのか? なにが? 幸せなのに? ……よくわからなかった。
理久を抱き締め、肌を重ねた。ひんやりと一瞬冷たいのに、すぐに互いの体温で熱くなる。理久の耳元に唇を寄せた。
「もう、ぐっちゃぐちゃ」
理久の中も、俺の中も。ぐっちゃぐちゃのどろどろだ。混沌はもうこのまま全部混ざってしまえばいい。だって今だけなんだから。
朝になれば、すべておわる。俺たちの恋人ごっこも、このよくわからない感情も。朝日を浴びて、浄化されて、泡のように溶けて消えてしまうに違いないのだ。
「……あっ、ゆう……ちゃ……」
理久が唇を突き出してきた。迷わず貪るように吸う。苦しい呼吸を交換しながら、俺は夢中になって理久に腰を打ち続けた。
「俺さ、ちょっと前から考えてたんだけど。受けてみようと思うんだ。この前の」
玄関で靴を履いて立ち上がると、壁に寄り掛かって腕組みをした理久が穏やかに言った。ドア横の擦りガラスの小窓から差す朝日が、理久の明るい色の髪を透かす。
「この前って?」
「話したじゃん、同期のさ、小森っていうんだけど」
俺の手から靴ベラを受け取った理久は、数時間前の濃厚な情事の色香をうっすら残している。仕草が気だるげなのだ。初めて酷使した尻が痛いからかもしれない。でも、表情は心なしか明るい。
「俺が昔の男を忘れられなくてもいいから、付き合ってほしいんだって。友達でもいいから、って。生理的に無理でなければまず付き合って、それから好きになってほしいんだってさ」
無茶苦茶だよなと笑う顔は寂しそうだ。好意をかわす口実に忘れられない昔の男がいるなんて話したのか。理久もなかなかじゃないか。
「いいやつなのか?」
なぜだが尋問めいた口調になる。俺にそんなことをする権利なんてないのに。
理久は少し目を丸くしてから、また小さく笑った。
「うん、すっごくね。俺が風邪ひいたとき、学校休んで俺んとこ来てんの。んで、色々買い込んできてくれて、冗談で嫁かよって言ったらさ、……ああ、もう話したよな」
理久の声のトーンが落ち着いた。
そうだ、そうなのだ。思い出した。小森はいいやつだ。実物なんか知らないけど、俺もそう思う。下衆な俺なんかより、ずっとずっとできた人間じゃないか。
嫁かよと言われて、小森は真顔で嫁になりたいと理久に告白したのだ。理久になら突っ込まれても構わない、と。けれどできれば突っ込みたいとすぐに白状したそうだ。
そして理久は、昔の男が忘れられないと振った。それでも小森は理久へのアタックをやめなかった。
「俺、小森と付き合う」
理久の声は晴れやかだ。重く引きずっていたものを断ち切ったのだ。それが何だか、俺もよくわかっている。
「昔の男は吹っ切れそうか?」
「うん」
「……そうか。初彼氏だな。おめでとう」
「ありがとう」
理久の笑顔が眩しい。握手して、扉を開けた。朝の空気が入り込み、きんと頬を刺した。
「優くん、ありがとう。恵さんとサナちゃんにもよろしく」
おうよ、と答えると、一瞬理久は俯いて黙り、すぐに顔を上げた。
「またね」
「ああ。元気で」
扉が閉まる一瞬前、手を振る理久の表情が歪んだ。それに気付かない振りをして、廊下を行く。
またね、なんて返せない。俺は酷いやつだ。理久が可愛くて仕方ないのに、背中を押してやらなかった。家族まで作ったのに、それなのに理久に漬けこんで身体を抱いた。
「……最悪」
誰にでもない、自分に聞かせるための言葉だ。
俺はもうこのアパートへは来ない。呼ばれても行かない。実家が近所だからまた理久と顔を合わせることもあるだろうが、二人きりで会うことはない。一生、家族を幸せにする。
……これが贖罪であり、俺の幸せでもあるのだ。
階段を下り、細い道を行く。早く帰らなければ。掃除をして、買い出しも済ませて、昼過ぎにあいつらが実家から帰って来るのを待つ。
俺は、俺が築いたものたちと歩いていく。
滲む目元に朝日が眩しくて、目を細めて歩いた。
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