傾国の遊女

曼珠沙華

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第四章

決心の華

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サリエルさんと部屋へ向かう。
マナーやそういったものに疎いウチでもわかる程、サリエルさんの所作は完璧だった。
まるでウチがお姫様になったかの如く、丁寧で無駄がない。

それ程までにきっちりとしたエスコートだったからか、ウチはかなりドギマギとしていた。

部屋に着き、若い衆達が頭を下げて去っていく。
ダークウッドの扉を開ければ、ホテルのスイートルーム並みに綺麗な内装が。

「…わぁ」

ウチは思わず感嘆の声を漏らす。
大きなベッドに、落ち着いた内装。
窓の先には魚達が泳いでいる。
サリエルさんは自身の顎へと鉤爪を添えた。

「ふむ…、中々悪くない。
一度も使ったことがないから、ここまでとは想像していなかった。」

と、言いまじまじと部屋を見渡す。
それよりもウチが気になったのは…。

「え、使ったことないんですか…?」

サリエルさんはウチの言葉に首を傾げた。

「無い。」

「ほ、他の遊郭は…?」

「…無いに決まっているであろう。」

少し言い淀んだ様子でサリエルさんが答える。

遊郭には地位のある人間専用の部屋が存在する。
楓先輩によれば、サリエルさんのようにかなり偉い人は、その人専用の部屋が1つの遊廓に必ず一室あるらしい。
それをサリエルさんは幽玄遊郭どころか、他の遊郭ですら使ったことがない。

つ、つまりだ。
サリエルさんは…。
と、考えたところで無意識に顔に熱が集中してしまう。

「い、意外です…。慣れてるのかと…。」

サリエルさんは、暫く何かを考えた。
そしてハッとした表情を、すぐさま逸らす。

「……そ、そんな余裕も…、なかったからな…。」

よく見れば、ほんのりとサリエルさんの灰色の肌が赤く染まっている。

いや、可愛いなこの人。
さっきまで自分も恥ずかしがっていた事を忘れてしまうほど、サリエルさんのギャップが可愛い。

あんなに仕事ができ、スマートで、完璧なのに、そっちの方面で全く経験が無い。
世の中の女子は何やってるんだレベルではないか。

「…お、おほん!!そ、それより、今日は確認したくて呼んだんだ。」

サリエルさんは、優しくウチの手を引くとベッドへとウチを座らせた。
そして自身も隣へと腰掛けると、ウチへと真剣な様子で問いかけた。

「体は治ったと聞いている。」

「はい!もう全快です!」

ウチが無い腕の筋肉を見せる。
サリエルさんはブルーサファイアの瞳を細めた。

「それはよかった。
…が、心の面では何か不調はないか…?」

サリエルさんの言葉にびくりと肩が揺れた。
そんなウチを見て是と捉えたのか、サリエルさんはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……あの事件の取り調べで、奴らがお前に何をしたのか、どんな方法で嬲ったのかを知った…。」

サリエルさんは一呼吸置く。

「遊女に必要なのは体だ。そして、その体で1番使わねばならない所。奴らは君を傷物にするため、重点的にそこを狙っていた。」

ぞくりと背筋が凍る。
痛むはずがない、そこが痛み出す。
全身の血液が無くなったのかのように、寒い。

無意識に震えていたウチの手をサリエルさんは優しく握る。

「そんなお前をすぐに客を取らせるのは酷だと思った。お前には面倒な客がいるからな…。だから、私がひと足先にお前を買ったのだ。」

ウチは弾かれたように目線をサリエルさんへと向けた。
サリエルさんはバツが悪そうに瞳を伏せた。

「…お前の心の傷が塞がるまで、私がお前を抱かない馴染みになろう。」

はっと息を呑む。

「そ、そんな…、そこまで迷惑はっ…」

「迷惑などと、言うな。」

サリエルさんの瞳が厳しいものになる。

「言ったであろう。お前の幸せこそが、私の幸せだと。」

サリエルさんの瞳は真剣だった。
しかし、真剣だったからこそウチの胸中がくすぐったくなった。
徐々に頰に熱が集まり、咄嗟にサリエルさんから目線を逸らしてしまう。

優しいサリエルさんの言葉に、善意に寄りかかってしまいたくなってしまった。

しかし、脳裏に浮かぶのレイノルズさんの姿。

ウチには、待ってくれている人がいる。

強く拳を握り締め、今度はウチがサリエルさんの目をまっすぐと見つめる。


「ウチ、乗り越えたいです…っ!」


そんなウチの様子に、サリエルさんはブルーサファイアの瞳を見開く。

「頑張って乗り越えて、待っててくれてる人に会いたいです…!」

ウチがそう言い切れば、サリエルさんは複雑な表情を浮かべる。

「……やはりお前はそう言うか…。」

鉤爪のない方の手で、ウチの頰を撫でるサリエルさん。

「わかった。手伝おう。」

「っ!ありがとうございます!」

やはりサリエルさんは優しい。
呑気に笑っていると、サリエルさんは何かを考え込む。

「……具体的にどうすればいいのだろうか…」

サリエルさんの言葉に、ウチも思考する。



「もう…挿れて慣らすしか……」

ほぼ無意識に漏れ出た言葉。
冗談だと誤魔化そうとして勢いよくサリエルさんを見る。

灰色の顔をこれでもかと真っ赤にしているサリエルさんが居た。
マイケルさんとの血の繋がりを感じてしまう程に。

そんなサリエルさんの様子に、ウチまで恥ずかしくなってしまう。

「す、すみません!!い、嫌ですよねっ?!!別の方法を…」

懸命に誤魔化そうとした。
しかし、サリエルさんの手が肩に置かれる。

サリエルは真っ赤な顔のまま、覚悟を決めたようにウチを見つめる。


「…手伝うと言ったのは私だ。」

サリエルさんは、優しくウチの頰に手を添えた。

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