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第四章
羞恥の華
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ウチは困惑している。
何故なら、毎回薬をくれる男がずっとここにいるからだ。
ウチより2mくらい離れたところに座る男。
全くの無表情で、目があうのは此方がしつこく見つめ続けた時くらいだ。
いつもなら、ウチに薬を飲ませ、日が昇らないうちに帰っていたはずだ。
どう言った心境なのだろうか。
ただ一点を静かに見つめながら、ぴくりとも動かない男。
ファンタジーゲームに出てきそうな真っ黒なアサシンの服は倉庫の影と同化しているが、彼の真っ白な肌がフードから見え隠れし存在感を示している。
「…何だ?」
どうやら見つめすぎたみたいだ。
男の真っ赤な瞳と視線がかち合ってしまう。
態とらしく視線を泳がせ、「何もない」ことをアピールする。
聞いたって答えてくれなさそうだから。
日が差し込む倉庫の中。
男はちょうど陰になる場所に座っている。
ふと、ウチの中に一つの考えが浮かぶ。
今まで聞いたって答えてくれないと決めつけていたが、実はこの男、聞いて欲しいのではないのだろうか?
だから、わざわざ雑談の時間を作ってくれているのかな?
そう思うと、途端に男への好奇心に駆り立てられるウチ。
話してくれなければそれでいい。
当たって砕けろ!
「あのぉ~…」
まるで猫に話かけるように、自分は無害だと示すように心がける。
その結果が猫撫で声でも、文句を言わないでほしい。
男の赤い相貌がウチの方へと向けられる。
相変わらずそれは冷たい。
しかし、諦めるわけにはいかない!
「…ま、まだ名乗ってませんでしたよね!?う、ウチはマナです!!」
まるでお見合いのような緊張感。
恐ろしいけど、ワクワクする。
男は少し驚いたのか、目を少し見開いた。
この些細な変化を見逃さなくなったのは、最近のことだが。
「……それを聞いてどうする…」
警戒心をあげてしまったようだ。
どんどん後ろへいってしまう黒猫のように、此方を睨む男。
ウチは焦って、「違うんです!」と叫ぶ。
「い、いや!だ、だ、だって、協力関係なんですよ!?それなのに、互いの名前を知らないって不便じゃないですか…?!」
あなたに危害は加えません。
それを懸命にアピールする。
しかし、徐々に最初のような勢いは萎んで行き、「答えてもらえるかも」といった根拠のない自信まで吸い取られて行く。
「あ、あの…、貴方の名前は言わなくも大丈夫です…。で、でもウチの名前はマナです!!」
取り敢えず認識してもらおうと、ウチは男の目を見つめた。
男はバツが悪そうに視線を逸らす。
返事はない。
だめか…。
ここはウチが食い下がるか…。
その後のウチと男の会話は無かった。
暫くしてウチが眠ってしまったからなのか、男との距離が離れてしまったのかは分からないが…。
*****
夜だ。
目を覚ませば辺りは暗くなっていた。
いつものように、月の明かりが倉庫内を照らす。
横を見れば、まだ男はいた。
同じ位置に同じ顔で座っていた。
あまりにも違いがないからか、置物のように見えてしまう。
「そろそろか…」
ウチは立ち上がると、倉庫の奥へと進む。
ガサガサとガラクタの山をどかせば、押し入れが見えた。
「あの…。
埃っぽいですけど、ここに入ってて下さい。」
ウチは押入れの戸を開けると、男へそう告げた。
「…何故」
「何故って、あなたが居るのをシレネが見たら遊郭の人にバレますよ?」
きっと昨日の傷といい、ここに来るのに相当苦労してるに違いない。
ウチの薬のために、あんな怪我を負ったと思うと心が痛い。
「…そこがあるなら…。」
「いいんです!」
男の言葉を遮った。
分かっている。
その先の言葉は自分が一番よく分かっている。
でも…。
「これを乗り切らなきゃ、守れないんです…。」
この押入れの中に入って隠れれば、なんなら倉庫の扉を開けたり、窓から逃げることだって出来る。
でも、それをウチは敢えてしない。
できない。
それをして仕舞えば、ウチはツクヨを…楓先輩を見捨てることになるから…。
「お願いしますっ…。
終わるまで、待ってて下さい…」
そう懇願するように言えば、男は大人しく押入れの中に身を入れた。
ウチはそっと戸を閉めると、元あった位置にガラクタ達を戻した。
そして、昨夜痛めつけられた場所に寝転がる。
血のおかげで、どこに倒れていたのかが一目瞭然だ。
ドクドクとこれから始まる地獄への恐怖で心臓が脈打つ。
大丈夫。
大丈夫。
ウチなら出来る。
ウチなら…、
「こんばんわぁ~」
*****
「あ”っ…ぐっ…」
痛みが精神を支配する。
シレネ達が帰った後の時間。
これだけは今だに慣れない。
痛いだけじゃなくて、希死念慮さえ出てくるのだから。
消えたい。
死んでしまいたい。
そんな思考しか出てこないから。
平静を保つために、日課の木目数えをし始める。
とにかく数字に縋った。
数えて数えて。
目を潰されなかっただけましだ。
ひゃくに…ひゃくさん…
数えた。必死に。
ふと、視界に影が掛かった。
思い当たる節は1人しか居ないが。
男は今のウチを見てどう思うだろうか。
馬鹿だと、哀れで愚かだと思うだろうか。
恥ずかしかった。
こんな自分を見せるのは恥ずかしかった。
だから、男の顔を見ずにひたすら木目を数え続けた。
「…。」
男は無言だった。
無言のまま、いつものように砕いた薬をウチの口元に運んだ。
何故なら、毎回薬をくれる男がずっとここにいるからだ。
ウチより2mくらい離れたところに座る男。
全くの無表情で、目があうのは此方がしつこく見つめ続けた時くらいだ。
いつもなら、ウチに薬を飲ませ、日が昇らないうちに帰っていたはずだ。
どう言った心境なのだろうか。
ただ一点を静かに見つめながら、ぴくりとも動かない男。
ファンタジーゲームに出てきそうな真っ黒なアサシンの服は倉庫の影と同化しているが、彼の真っ白な肌がフードから見え隠れし存在感を示している。
「…何だ?」
どうやら見つめすぎたみたいだ。
男の真っ赤な瞳と視線がかち合ってしまう。
態とらしく視線を泳がせ、「何もない」ことをアピールする。
聞いたって答えてくれなさそうだから。
日が差し込む倉庫の中。
男はちょうど陰になる場所に座っている。
ふと、ウチの中に一つの考えが浮かぶ。
今まで聞いたって答えてくれないと決めつけていたが、実はこの男、聞いて欲しいのではないのだろうか?
だから、わざわざ雑談の時間を作ってくれているのかな?
そう思うと、途端に男への好奇心に駆り立てられるウチ。
話してくれなければそれでいい。
当たって砕けろ!
「あのぉ~…」
まるで猫に話かけるように、自分は無害だと示すように心がける。
その結果が猫撫で声でも、文句を言わないでほしい。
男の赤い相貌がウチの方へと向けられる。
相変わらずそれは冷たい。
しかし、諦めるわけにはいかない!
「…ま、まだ名乗ってませんでしたよね!?う、ウチはマナです!!」
まるでお見合いのような緊張感。
恐ろしいけど、ワクワクする。
男は少し驚いたのか、目を少し見開いた。
この些細な変化を見逃さなくなったのは、最近のことだが。
「……それを聞いてどうする…」
警戒心をあげてしまったようだ。
どんどん後ろへいってしまう黒猫のように、此方を睨む男。
ウチは焦って、「違うんです!」と叫ぶ。
「い、いや!だ、だ、だって、協力関係なんですよ!?それなのに、互いの名前を知らないって不便じゃないですか…?!」
あなたに危害は加えません。
それを懸命にアピールする。
しかし、徐々に最初のような勢いは萎んで行き、「答えてもらえるかも」といった根拠のない自信まで吸い取られて行く。
「あ、あの…、貴方の名前は言わなくも大丈夫です…。で、でもウチの名前はマナです!!」
取り敢えず認識してもらおうと、ウチは男の目を見つめた。
男はバツが悪そうに視線を逸らす。
返事はない。
だめか…。
ここはウチが食い下がるか…。
その後のウチと男の会話は無かった。
暫くしてウチが眠ってしまったからなのか、男との距離が離れてしまったのかは分からないが…。
*****
夜だ。
目を覚ませば辺りは暗くなっていた。
いつものように、月の明かりが倉庫内を照らす。
横を見れば、まだ男はいた。
同じ位置に同じ顔で座っていた。
あまりにも違いがないからか、置物のように見えてしまう。
「そろそろか…」
ウチは立ち上がると、倉庫の奥へと進む。
ガサガサとガラクタの山をどかせば、押し入れが見えた。
「あの…。
埃っぽいですけど、ここに入ってて下さい。」
ウチは押入れの戸を開けると、男へそう告げた。
「…何故」
「何故って、あなたが居るのをシレネが見たら遊郭の人にバレますよ?」
きっと昨日の傷といい、ここに来るのに相当苦労してるに違いない。
ウチの薬のために、あんな怪我を負ったと思うと心が痛い。
「…そこがあるなら…。」
「いいんです!」
男の言葉を遮った。
分かっている。
その先の言葉は自分が一番よく分かっている。
でも…。
「これを乗り切らなきゃ、守れないんです…。」
この押入れの中に入って隠れれば、なんなら倉庫の扉を開けたり、窓から逃げることだって出来る。
でも、それをウチは敢えてしない。
できない。
それをして仕舞えば、ウチはツクヨを…楓先輩を見捨てることになるから…。
「お願いしますっ…。
終わるまで、待ってて下さい…」
そう懇願するように言えば、男は大人しく押入れの中に身を入れた。
ウチはそっと戸を閉めると、元あった位置にガラクタ達を戻した。
そして、昨夜痛めつけられた場所に寝転がる。
血のおかげで、どこに倒れていたのかが一目瞭然だ。
ドクドクとこれから始まる地獄への恐怖で心臓が脈打つ。
大丈夫。
大丈夫。
ウチなら出来る。
ウチなら…、
「こんばんわぁ~」
*****
「あ”っ…ぐっ…」
痛みが精神を支配する。
シレネ達が帰った後の時間。
これだけは今だに慣れない。
痛いだけじゃなくて、希死念慮さえ出てくるのだから。
消えたい。
死んでしまいたい。
そんな思考しか出てこないから。
平静を保つために、日課の木目数えをし始める。
とにかく数字に縋った。
数えて数えて。
目を潰されなかっただけましだ。
ひゃくに…ひゃくさん…
数えた。必死に。
ふと、視界に影が掛かった。
思い当たる節は1人しか居ないが。
男は今のウチを見てどう思うだろうか。
馬鹿だと、哀れで愚かだと思うだろうか。
恥ずかしかった。
こんな自分を見せるのは恥ずかしかった。
だから、男の顔を見ずにひたすら木目を数え続けた。
「…。」
男は無言だった。
無言のまま、いつものように砕いた薬をウチの口元に運んだ。
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